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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 2-

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07 サプライズ

 めぐるは、車中で目を覚ました。

「あ、あれ?」と半分寝ぼけながら身を起こすと、和緒がすぐさま頭を小突いてくる。


「人様の車で、よくもそうまでぐーすか眠れるもんだね。さすがのハルさんも、怒髪天を衝いていらっしゃるよ」


「あはは。そんなことないよー! 和緒ちゃんが、たっぷりお相手してくれたからね! いやー、和緒ちゃんって、ほんとにめぐるちゃんを大切に思ってるんだなー!」


「おやめください。このプレーリードッグが本気にしたら、どうしてくれるんですか」


 そんな軽妙なやりとりを聞いている間に、めぐるの頭も目覚めてきた。

 一同はファミレスでランチを終えたのち、帰路を辿っていたのだ。別荘から地元までは一時間ていどの距離であるため、もちろん車内にはまだ昼下がりの陽光が眩しいぐらいに差し込んでいた。


「す、すみません。おなかがいっぱいになったら、眠くなっちゃったみたいです。普段はこんなこと、ないんですけど……」


「そもそも普段のあんたは、満腹になるぐらい食べないもんね。この三日間で、少しは肉をつけられたんじゃない? 自宅に戻っても、その食事量をキープしなさいな」


「そうそう。そういう発言にも、愛を感じちゃうんだよねー。うーん、尊い!」


 めぐるは何だか居たたまれない心地で、窓の外を見やった。

 しかし、よほど自宅に近づかなければ、見慣れた光景というものは存在しない。ただ、すでに有料道路ではなく、ずいぶん車線の多い賑やかな一般道路であるようだ。なおかつそれは、行き道では見かけていない風景であるようであった。


「えーと……ここは、どこなんでしょうか?」


「もうすぐ目的地だよー! 例の、寄り道ってやつね!」


 ハルは相変わらずご機嫌の様子で、和緒はクールなポーカーフェイスだ。さしもの和緒も、『V8チェンソー』の面々がどのようなサプライズを準備しているのかは予測がつかないようであった。


 そんな調子で前進していくと、だんだん景色が閑散としてくる。しかしそれでも、めぐるたちの地元よりはよほど栄えているようであった。


「あたしらの地元を突破してから、もうけっこう経ちますよね。いったいどこに向かってるんですか?」


「それはねー、ナイショだよ! スマホで検索されたら、サプライズが台無しだからねー!」


 ハルの車が動きを止めたのは、それからさらに十分ていどが経過してからのことであった。

 場所は、広々とした駐車場である。どこか、野外音楽堂の存在する海浜公園を連想させる風景であった。


 そうして車外に出ためぐるは、仰天する。

 二つの事実が、めぐるの連想をいっそう強めたのだ。

 それは――潮の香りを含んだ風と、遠くから聴こえるバンド演奏の音色であった。


「ふむ……これはなかなか、のっぴきならない事態みたいだね」


 感情を殺した声で、和緒がそのようにつぶやいた。

 その切れ長の目は、何台か離れた場所に停車したフユのワゴン車を見つめている。その後部座席から降りてきたのは、町田アンナと――リィ様であった。


「いやー、まさかこんなサプライズだったとはねー! もー、最後の最後までやってくれるなー!」


 町田アンナは、満面の笑みである。

 リィ様の扮装をした栗原理乃は、人形めいた無表情だ。アイスブルーのショートヘアーが八月終わりの陽光にきらめき、黒いフリルの目隠しがその眼差しを隠していた。


「さあて、それじゃあもういっぺん、搬入作業だねぇ。ベーアンとボードは、ハルと和緒っちでよろしくぅ」


 助手席から現れた浅川亜季が、めぐるたちににまにまと笑いかけてくる。

 和緒はあくまでポーカーフェイスを崩さず、そちらをねめつけた。


「その前に、まずはご説明を願いたいですね。これはいったい、どういうおふざけなんです?」


「あれぇ? ハルはまだ説明してなかったのぉ?」


「うん! ぎりぎりまで隠しておいたほうが、面白いかと思ってさ!」


「そっかそっかぁ。こっちはリィ様の準備があったから、そういうわけにもいかなくってさぁ。アンナっち、解説役をお願いできるかなぁ? その間に、こっちは荷物を下ろしておくからねぇ」


「うん、りょーかい!」と、幼馴染の手を引いた町田アンナがめぐるたちのほうに突進してきた。


「あのね、今この会場は、『千葉パルヴァン』の野外フェスの真っ最中なんだってー! で、その野外フェスでは、飛び入り参加のセッションタイムってやつがあるんだってよー!」


「まさか、それに出場しろとでも?」


「うん! アキちゃんたちがそっちの店長さんに話を通して、十分間だけ時間をもらえたんだってー! いやー、また野外フェスのステージを味わえるなんて、ほんとラッキーだねー!」


 町田アンナはご機嫌の様子であるが、めぐるはまだ理解が追いつかない。そのかたわらで、和緒は深々と嘆息をこぼした。


「タチが悪いにも、ほどがあるよ。誰かひとりでも、キャリア数ヶ月の超弩級初心者を気づかおうってお人はいなかったのかねぇ」


「和緒だったら、いきなりのライブぐらいヨユーっしょ! てゆーか、昼までさんざん叩いてたんだから、ウォームアップは十分っしょ? 演奏するのは、ウチらの持ち曲でオッケーって話だからさ!」


「うちらの持ち曲? それのどこがセッションなのさ?」


「だから、ブイハチのみんなも参加するんだよ! それなら、立派なセッションでしょ?」


 その言葉に、めぐるの心臓が跳ねあがることになった。


「そ、それじゃあ……『V8チェンソー』のみなさんと一緒に、ステージに立つということですか?」


「そーゆーこと! だから、合宿所と同じ調子でやればいいんだよ!」


 めぐるの胸は、どくどくと高鳴っていく。

 それでも和緒が仏頂面をさらしていると、栗原理乃がふわりと進み出た。


「磯脇さんは、お気が進まないようですね。でも私は、今度こそ最後まできちんと歌いあげようと決意しています。どうかお力をお貸し願えないでしょうか?」


「あーあ。けっきょく、あたしがミンチになる運命か」


 そんな風に言いながら、和緒はめぐるの頭を三回小突いてきた。


「マイフレンドの気安さで、三人ぶん小突かせていただいたよ。もう炎天下で語らうのはけっこうだから、とっとと済ませてとっとと帰ろうか」


「よーし! それじゃー今日も、かっとばそー!」


 町田アンナを先頭にしてワゴン車のほうに向かうと、すでに必要な機材が地面に下ろされていた。四名分の弦楽器のケースに、三つのエフェクターボード、和緒のスティックケース、そして小ぶりのベースアンプである。


「さすがにベーアンは一台しかないって話だから、こいつは持ち込みねぇ。出力は小さいけど、そこはPAさんの手腕に期待しよぉ」


 一同は、それぞれの機材を手に進軍を始めた。

 三つのエフェクターボードはまとめてキャリーカートに積まれていたため、そちらを和緒が受け持ち、ハルがベースアンプを担当する。手ぶらであるのは、栗原理乃ただひとりだ。彼女は純白でなくベージュ色のワンピースであったが、それでリィ様としての風格が損なわれることはなかった。


 しばらくすると、巨大な円形の広場に出る。

 一面が芝生であり、座席などは存在しない。その代わりに、敷地面積は稲見の野外音楽堂を遥かに上回っているだろう。その最果ての野外ステージで、見知らぬバンドが演奏に励んでいた。


 広場があまりに広大であるため、それほど観客は集まっていないように感じられる。

 だが、ステージのほうに近づいていくと、その印象が一変した。最低でも、百名やそこらは集まっているようであるのだ。中には芝生にビニールシートを敷いて、昼から飲酒を楽しんでいる人間も散見できた。


「じゃ、あたしらは店長さんに挨拶してくるから、みんなはちょっと待っててねぇ」


 広場の片隅に機材を下ろした『V8チェンソー』のメンバーは、ステージの横合いへと突き進んでいく。

 芝生にギグバッグを下ろしためぐるは、存分に胸を騒がせながらステージの模様を見物することになった。


 現在演奏しているのは、なかなか年配でありそうな男性の四人組である。さすが年の功で、演奏レベルは非常に高いようであった。

 ステージの真ん前まで押しかけている人間もいなくはないが、広場でのんびりくつろいでいる人間のほうが遥かに多い。それに、ライブステージなど知らぬげにフリスビーを楽しんでいる子供たちや、犬の散歩をしている老人の姿などもうかがえる。こちらの会場も、海辺の施設であるのだろう。いまだ名前も知らない会場でライブを行おうというのは、なかなかとてつもない話であった。


「セッションタイムは、この次のバンドが終わった後だってさぁ。予定通り、十分間は好きにしていいってよぉ」


 やがてこちらに舞い戻ってきた浅川亜季が、のんびりとした笑顔でそのように告げてきた。


「ただ、こっちはゴリ押しで時間をもらった立場だから、なるべく速やかにセッティングしないとねぇ。今の内に移動して、できる準備を進めておこうかぁ」


 というわけで、めぐるたちはステージの裏を目指すことになった。

 その途上で、二つの人影が近づいてくる。それは、軽音学部の二年生コンビであった。


「みんな、どうしたの? もしかして、セッションタイムに出演するとか?」


 そのように問うてきたのは、男子部員のほうである。その顔には、実に無邪気な笑みがたたえられていた。


「あ、『KAMERIA』のみんなの先輩さんたちだね! こっちのイベントも観にきてたんだ?」


 ハルが愛想よく応じると、女子部員のほうが笑顔で「はい」とうなずいた。


「こういうイベントは、なるべく顔を出すようにしているんです。たいていは、知り合いのバンドさんも出てますので」


「でも、ブイハチや『KAMERIA』まで観られるなんて、ラッキーだったなぁ。みんな、頑張ってくださいね!」


 二回のライブイベントを経て、こちらの両名もすっかり気安くなったようである。町田アンナも「まっかせてー!」とそれ以上の元気さで応じていた。


 そうしてステージの裏手に到着したならば、各楽器のセッティングである。めぐるが為すべきはベースのチューニングと、エフェクターの配線だ。めぐるが高鳴る胸を抑えながらその作業に取り組んでいると、フユがぶっきらぼうな声を投げかけてきた。


「このベーアンは、私が使わせていただくからね。あんたはステージのベーアンを使いな」


「え? でも……ステージに準備されているアンプのほうが、立派なんじゃないですか?」


「あんたたちの曲を演奏するんだから、あんたがそっちを使うんだよ。今回も、私は上物に徹するからね」


 めぐるがまごまごしていると、背後から同じようなやりとりが聞こえてきた。


「そーゆーわけで、ドラムは和緒ちゃんね! あたしはステージに準備されてるパーカッションで遊ばせていただくから!」


「こっちもマーシャルはアンナっちにお譲りするよぉ。あたしもこの三日間で、すっかりジャズコに慣れてきたからさぁ」


『V8チェンソー』の面々は、あくまで『KAMERIA』の演奏を中心に据えようとしているのだ。

 まあ、『KAMERIA』の楽曲を演奏するのだから、それも当然の話なのかもしれないが――めぐるは昂揚すると同時に、『V8チェンソー』の面々の心づかいに胸が詰まってしまいそうであった。

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