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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 2-

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-Track 3- 01 観賞会

 翌朝――めぐるは、どこか遠くから鳴り響く目覚ましアラームの音色で目覚めることになった。

 めぐるが寝ぼけた頭で周囲を見回すと、すぐ隣のベッドで和緒が寝釈迦の体勢を取っている。そしてその目は、真っ直ぐめぐるに向けられていた。


「おはよう、マイフレンド。今日も健やかな寝顔だったね」


「や、やだなぁ……かずちゃんは、いつから起きてたの……?」


「あんたの数秒前だよ。目覚ましアラームを止める前に、ついついマイフレンドの可愛い寝顔に見とれちまったのさ」


 真剣な顔でふざけたことを言いながら、和緒はスマホの目覚ましアラームを停止させた。

 ここは別荘の二階にあるゲストルームである。こちらの別荘にはツインの寝室が四部屋も存在したため、めぐるは和緒と同じ部屋で就寝することに相成ったのだった。


 しかしめぐるは、ベッドに横たわった記憶がない。昨晩はあれから練習部屋に移動して、午前の一時ぐらいまでしっちゃかめっちゃかなセッションを楽しみ、寝室に移動してからはベースを爪弾きつつ窓際のチェアで和緒と語らっていたはずであるのだが――めぐるの記憶は、そこで途絶えていた。


「えーと……もしかして、またかずちゃんがベッドまで運んでくれたの……?」


「さて? 宵越しの金と記憶は持たない主義なんでね。もしかしたら、二人まとめて妖精さんが運んでくれたのかもしれないよ」


 それが事実であったとしても、ベースまできちんとソファに横たえられていたので、めぐるとしては感謝するしかなかった。

 寝室はエアコンによって適切な温度と湿度が保たれていたため、寝汗のひとつもかいていない。そして、寝起きの状態で和緒と顔をあわせるという人生で二度目の体験に、めぐるはまた胸の内側をくすぐられているような心地であった。


「昨日はそこそこ夜ふかしだったけど、それでも三時にはなってなかっただろうね。あんたが本当に毎日その時間までベースを練習してるのかどうか、疑問の目を向けたくなってきたよ」


「うん……もしかしたら、かずちゃんのおかげでリラックスできて、寝付きがいいのかもしれないね」


 和緒は大儀そうに立ち上がると、めぐるの頭を小突いてから「うーん」と大きくのびをした。


「他の人らも、そろそろ起きたかな。とりあえず、下におりてみようか」


 壁の時計を見ると、午前の九時半である。午前の三時になる前に就寝したのなら、睡眠時間も十分以上であった。

 備え付けの洗面台で顔を洗い、寝間着を部屋着に着替えて階段を下る。目指すは、打ち上げの会場でもあったリビングだ。そちらは小洒落たオープンキッチンが併設されており、町田アンナとハルが朝食をこしらえているさなかであった。


「おー、来た来た! めぐると和緒も、おっはよー! やっぱりドンケツは、理乃だったかー!」


「へえ? 浅川さんとフユさんも……うわ」


 和緒が長身をのけぞらせたのは、ソファの陰から浅川亜季がにゅっと赤い頭を突き出したためである。もともとワイルドな頭が、寝ぐせでいっそうぐしゃぐしゃになっていた。


「おはよぉ……みんな、早起きだねぇ……休みの日ぐらい、ゆっくり寝てればいいのにさぁ……」


「おはようございます。どうやら浅川さんは、あたしたちよりも夜ふかしだったみたいですね」


「うん……昨日はついつい盛り上がっちゃったねぇ……」


 そんな風に言ってから、浅川亜季は「くわぁ……」と大あくびをした。普段以上に、年老いた猫めいた風情である。

 が、彼女はタンクトップひとつの姿で、しかも腰から下には下着しか身につけていなかった。太すぎず細すぎないしなやかな両足がだらしなくソファにのばされて、いささかならず目のやり場に困るところである。彼女が昨晩着用していたルームウェアのロングパンツは、ソファの下でとぐろを巻いていた。


「もー! いたいけな娘さんたちに、あんまりだらしない姿を見せないようにね!」


 こちらは朝から元気いっぱいのハルが、スクランブルエッグの皿を手にキッチンから出てきた。パステルイエローのエプロンが、とても可愛らしい。


「アキちゃんとフユちゃんは、ここで寝落ちするまで飲んでたんだってさ。フユちゃんは、シャワーで頭を冷やしてるよ」


「あはは! ま、そーゆーのも合宿っぽくて、楽しいじゃん! じゃ、ウチも理乃を起こしてくるねー!」


 町田アンナは綺麗に盛りつけられたシーザーサラダの大皿をテーブルに配置してから、階段を駆けあがっていった。

 それと入れ違いで、フユが廊下から姿を現す。湿ったスパイラルヘアーがざんばらに垂れ下がり、『ジェイズランド』のジェイ店長を思い出させる姿である。なおかつ彼女は、銀色の華奢なフレームをした眼鏡をかけていた。


「ああ、さすがに飲みすぎた……ハル、コーヒーをお願い……」


「もー! あたしはみんなのママじゃないんだからねー!」


 そんな風にぼやきながら、ハルは楽しそうな笑顔だ。朝から『V8チェンソー』の飾らない姿を目の当たりにして、めぐるとしても微笑ましい心地であった。

 それに、めぐるがおずおずとフユに挨拶をしてみると、「ああ」というぶっきらぼうな声だけが返ってくる。どうやら昨晩めぐるに絡んでいた記憶は、無事に消去されたようである。フユのためにも、めぐるはその事実に安堵することになった。


 その後は町田アンナに抱えられた栗原理乃も合流して、洋風の朝食をいただく。それで、町田アンナとハルの調理の手腕が人並み以上であることが判明した。


「あたしなんかは一人暮らしの歴が長いだけだけど、アンナちゃんはまだ高校生なのにすごいね!」


「ウチだって、そんな大したもんじゃないよー! ただ、ママは道場のコーチで忙しいから、キッチンに立つ機会が多かっただけさー!」


 そんな風に言ってから、町田アンナはテーブルのメンバーをぐるりと見回した。


「でも、昼とか夜とかはもっとちゃんとしたものを食べるっしょ? そしたら、もう何人かに手伝ってほしいかなー!」


「アキちゃんは、あたしなんかよりよっぽど上手だよー。毎日おじいちゃまに、ごはんを作ってあげてるんだもんね!」


「じーさまが無精だから、しかたなく作ってるだけさぁ。ちなみにフユは戦力外なんだけど、『KAMERIA』のほうはいかがかなぁ?」


「理乃もおもいっきり戦力外だよー! ピアニストとして指を守るために、キッチンに入ることも禁止されちゃってたんだってー!」


「あたしもキッチンに立つぐらいならコンビニに走ってたクチですね。このプレーリードッグは、そこそこ家庭的ですよ」


「そ、そんな大したものではないですけど……野菜を切るぐらいなら、何とかなると思います」


 そんな具合に、朝食の場もじょじょに活気を帯びていった。

 そうして全員の目がすっかり覚めた頃には、すべての皿が空になる。それらの食器を片付けたならば、いよいよ合宿二日目のスタートであった。


「練習部屋に向かう前に、まずは例のブツをお披露目しよっかぁ。フユ、準備をお願いねぇ」


 にんまりと笑った浅川亜季がそのように言いたてると、フユは無言のまま壁際のラックに近づいていく。そして、ハルが中庭に面するガラス戸にカーテンを引くと、一気にリビングが薄暗くなった。


「なになにー? 上映会でも始めるのー? テレビも何もないみたいだけど!」


「テレビはないけど、立派なプロジェクターがあるんだよぉ。その特大画面で、『KAMERIA』のライブ映像を拝見しようと思ってさぁ」


 浅川亜季のそんな言葉に、めぐるは目を丸くして、和緒は小首を傾げる。そして、町田アンナは「えー?」と不審の声をあげ、栗原理乃は――薄暗がりの中で、青ざめた。


「ちょ、ちょっと待ってください。それってまさか、この前の野外フェスの映像ではないですよね?」


「大当たりぃ。実はジェイさんの指令で、スタッフのひとりがスマホで撮影してたんだってさぁ。なんだかんだ言って、ジェイさんも『KAMERIA』に期待してたんだろうねぇ」


「そ、そんな……」と、栗原理乃はソファの上で倒れそうになってしまう。それを横から支えたのは、もちろん町田アンナであった。


「ライブなんて、好きに撮影してもらっていいけどさー! でも、なんで今日まで黙ってたの? あれからもう、二週間ぐらい経ってるよね?」


「無許可の撮影だったから、ジェイさんも外に出す気はなかったんだってさぁ。ただ、あたしらとジェイさんで『KAMERIA』のライブの感想がいまひとつ噛み合わなかったんだよねぇ。そうしたら、ジェイさんがこの映像を送ってくれたんだよぉ」


「そうしたら、店長さんの感想に納得がいったわけですか?」


 和緒がクールに問い質すと、浅川亜季は「そういうことだねぇ」と首肯した。しかしめぐるにはさっぱり意味がわからないし、町田アンナもきょとんとしている。


「よくわかんないなー! そもそも、どんな具合に感想が噛み合わなかったの?」


「あたしらは、前回のイベントを上回る出来栄えだと思ってたんだよねぇ。いっぽうジェイさんは、まだまだ発展途上っていう意見でさぁ。もちろん『KAMERIA』のみんなは高校生なんだから、たっぷりのびしろは残されてるだろうけど……それにしても、カラい意見だなぁって思ったわけだよぉ」


「その理由が、この映像でわかるということですか?」


「うん。少なくとも、ジェイさんの意見は理解できたよぉ」


『V8チェンソー』のメンバーもジェイ店長も、同じ場で『KAMERIA』のステージを見届けている。それで個人間の意見が分かれるのは不思議でもないが、映像を観るとその理由が判明するというのは――やはり、めぐるには理解できなかった。


「ま、論より証拠で、みんなもこの映像を観てみるといいさぁ。……理乃っちも、覚悟は固まったかなぁ?」


「……はい。私が不甲斐ないことは、自分が一番わかっていますので」


 栗原理乃が悲壮な面持ちでそのように応じると、浅川亜季は「あははぁ」とのんびり笑った。


「実のところ、今回の話に理乃っちは無関係なんだけどねぇ。だけどまあ、他の面では理乃っちの頑張り次第で改善できる部分もあるだろうから、とくと見届けるがいいよぉ」


 そんな言葉を交わしている間に、上映の準備が整えられたようであった。

 白い壁に、四角く光が投射されている。そして、フユがラックに設置された機材をさらに操作すると――そこに、『KAMERIA』の姿が映し出された。


 煉瓦色をしたステージの上で、四名のメンバーと二名のスタッフが演奏前のセッティングに勤しんでいる。自分の姿を映像で目にするというのはほとんど初めての体験であったため、めぐるはひそかに胸を騒がせることになった。


 三名の演奏陣は、それぞれの楽器の鳴りを確かめている。ただひとり、リィ様の姿である栗原理乃だけがステージの中央で直立不動だ。ステージのすぐ手前には『V8チェンソー』のメンバーに町田家のご家族に軽音学部の先輩がたが立ち並んでいたが、いくぶん斜めからのアングルであったため、メンバーの姿が隠されることはなかった。


 なんだか――あの日の記憶が、そのまま四角く切り取られたかのような心地である。

 あの日の日差しや潮風の香りまでもが脳裏にくっきりと蘇り、めぐるは得も言われぬ感慨にひたってしまいそうだった。


『こんな暑い中、お疲れさまー! ウチらは「KAMERIA」でーす!』


 やがて画面上の町田アンナが、ギターをかき鳴らしながらそのように宣言した。

 それに合わせて、めぐると和緒もそれぞれの楽器を鳴らす。当たり前の話だが、何もかもがめぐるの記憶の通りであった。


 しかし、かすかな違和感がめぐるの心をよぎる。

 それは、映像ではなく音声からもたらされる違和感であった。


『たぶん、ウチらを知ってるのは身内だけだよねー! ウチらは先月、初めてのライブをやったばかりだからさー! こんな新米バンドを参加させてくれて、どうもありがとうございまーす!』


 ステージ全体を収めるために、ずいぶん遠目のアングルであるが、町田アンナの笑顔が見て取れるぐらい鮮明な映像である。

 そこで「ふむ」と声をあげたのは、和緒であった。


「スマホの撮影とは思えないほど、映像も音声もクリアですね。だから、こんな検証も可能だったわけですか」


「ふぅん? もしかして、和緒っちには察しがついたのかなぁ?」


「ええ、そこはかとなく。でも、先入観を持たせないように、あたしも黙っておきますよ」


 やはり何事につけても鋭敏な和緒には、このたびの趣向の実態もつかめているようである。

 めぐるはただ、自分の中に生じた違和感を追いかけるばかりであった。


『じゃ、前置きはここまでねー! 最初の曲は、「小さな窓」でーす!』


 町田アンナの言葉から数秒置いて、めぐるがベースを弾き始めた。

『小さな窓』のイントロである、歪んだ音色のスラップだ。

 それでめぐるの内に生じた違和感は、一気にふくれあがることになった。


 しばらくして、ギターとドラムも重ねられると、さらに違和感が倍増していく。

 音色の質感が、ずいぶん違っているのだ。

 端的に言って、迫力が欠けている。そして、その理由の大部分は――めぐるのベースが原因であった。めぐるのベースが弱々しい音色であるために、『KAMERIA』が持っているはずの調和が大きく崩れていたのだった。


「こ、これってどうして……」


「しっ。とりあえず、最後まで聴いてみようよ」


 隣の和緒にたしなめられて、めぐるは唇を噛むことになった。

 もちろんあの日のめぐるは、初めての屋外ステージで音作りに手こずっていた。しかし、こうまで情けない音は鳴らしていなかったはずだ。慣れない環境でも最善を尽くして、普段と変わりのない心地好さをつかみ取っていたはずであった。


 しかし今、めぐるのベースは不本意な音を鳴らしている。

 もしも現場でこのような音が聴こえていたら、めぐるは楽しく演奏することもできなかったに違いない。だからこれは、めぐるの聴いていた音とまったく異なる音であるはずであった。


 他のメンバーの音に、そこまでの違和感はない。歌もギターもドラムも、めぐるがモニターから聴いていた音とほとんど遜色ないように思えた。

 しかし、ベースの音がお粗末であるために、演奏そのものが物足りなく思えてしまう。その中で、栗原理乃の歌声だけが妙に冴えざえと響きわたっているような印象であった。


 めぐるはバンド内での調和を目指して音作りをしているのだから、それが当然の話であるのだろう。もしもギターやドラムの音がこのようにお粗末であったなら、他の演奏も魅力を損なわれてしまうはずであるのだ。


 やがて『小さな窓』が終了し、『転がる少女のように』が披露されても、その印象に変わりはなかった。

 いや、こちらの曲では栗原理乃が調子を乱してしまうため、いっそう危うくなってしまう。めぐるとしては、ベースの音が悪いために栗原理乃の調子が乱れてしまったのではないかと思えるほどであった。


 そんな中、楽曲はギターソロに差し掛かり――そこで、栗原理乃がぺたんとへたり込んだ。

 その事実を忘れかけていためぐるは、思わず息を呑んでしまう。なおかつ、当時のめぐるは指板から目を離せなかったため、この光景を目にしたのも初めてのことであった。


 ステージの前面に出て自由奔放なギターソロを披露していた町田アンナは、ぎょっとした様子で栗原理乃のほうを振り返る。

 しかし、町田アンナは演奏の手を止めようとはせず、小走りで自身のマイクのもとに駆け戻った。


 そうしてBメロに入ったならば、町田アンナが元気な歌声を響かせる。

 その間に、栗原理乃がマイクスタンドを支えにして立ち上がった。

 いかにも苦しげな挙動だが、その白い面は完璧な無表情だ。そのためか、芝居がかっているように見えなくもなかった。


 そしてサビでは、二人がアドリブでハーモニーの歌唱を見せる。

 それらの歌声は、素晴らしいのひと言であった。演奏の調和が乱れている分、歌の完成度が際立っているのだ。


 サビが終わってアウトロに入ると、栗原理乃は再びへたり込んでしまう。

 それをちらりと心配げに見やってから、町田アンナはモニターに足をかけて豪快なギタープレイを披露した。


 あとは、めぐるの記憶にある通りである。

 町田アンナが別れの挨拶を告げたところで、映像は停止された。


「なるほどー! なーんか、音がおかしな感じだったねー!」


 ハルの手でカーテンが開かれると、町田アンナはそちらから差し込む陽光にオレンジ色の髪をきらめかせながら声を張り上げた。


「ライブハウスで撮ってもらう映像なんかはラインの音オンリーだから、もっとしょぼしょぼだけどさー! これって、スマホの映像なんでしょ? だったら普通は、音が割れるぐらいの迫力になるもんじゃない?」


「このスタッフは、ベンチの席からズームの機能で撮影してたんだってさぁ。だから、アンプの音なんかはほとんど拾えないで、スピーカーの音だけが録音されたんだろうねぇ」


 浅川亜季はチェシャ猫のように笑いながら、めぐるのほうに向きなおってきた。


「めぐるっちは、今にも爆発しちゃいそうなお顔だねぇ。でも、めぐるっちはベストを尽くしたんだろうから、そんなに気にすることはないよぉ」


「でも……自分があんな情けない音を出してたなんて……」


「うんうん。思いの外、外音は不本意な出来栄えだったねぇ。でも、あたしらはステージの真ん前まで押しかけてたから、ベーアンから響く凶悪な音色にご満悦だったんだよぉ。だから、ベンチに寝っ転がってたジェイさんと感想が噛み合わなかったのさぁ」


「そうだね」と、フユも鋭く声をあげた。


「でも、『ジェイズランド』のPAも腕は悪くないし、店長の教育が行き届いてるから、こういうイベントでも手を抜くことはない。普通のPAが普通に調整すると、スピーカーから流される外音はあんなもんってことさ。まあ言ってみれば、それであんたの音作りの未熟さが露呈したってわけだね」


「や、やっぱりあれは、わたしの未熟さが原因なんですよね?」


 めぐるは俄然、身を乗り出すことになった。


「わ、わたしはどうしたらいいんでしょう? ベースがあんな情けない音をしていたら……『KAMERIA』の魅力が、半分も伝わりません」


「へえ。あんたはバンドの中で、サウンドの責任を半分も背負ってるっての?」


「いえ。それはベースに限った話じゃありません。歌でもギターでもドラムでも、誰かがあんな情けない音になっていたら……やっぱり、魅力は半減するはずです」


 めぐるがそのように言いたてると、フユは立ったまま冷然とめぐるの顔を見下ろしてきた。


「聴いての通り、情けない音を鳴らしてたのは、あんたひとりだよ。ギターやドラムはマイクで拾った音を外音で出してるけど、ベースってのはラインの音がメインだからね。そこのあたりの仕組みも理解しないと、音作りは完成しないってわけさ」


「その仕組みを、わたしに教えていただけますか?」


 めぐるがそのように言いつのると、和緒が横から「こら」と頭を小突いてきた。


「あんたが狂暴な本性を剥き出しにすると、周りの人間は戦々恐々だよ。教えを乞うなら、もっと謙虚にいきなさいな」


「うんうん。だけど、めぐるっちの思いは伝わったよぉ。やっぱりめぐるっちは、そんな本性を隠してたんだねぇ」


 普段通りののんびりした面持ちで、浅川亜季はそのように言いたてた。


「それじゃあエンジンもあったまったみたいだし、練習部屋に移動しようかぁ。こりゃあ昨日に負けない充実した一日になりそうだねぇ」

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