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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 2-

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04 個別指導(上)

 浅川亜季の提案によって、七名の人間が二つのグループに分けられた。

 上物とリズム隊という区分であるため、めぐると同じグループになるのは和緒とフユとハルの三名だ。めぐるとしては、和緒がいてくれるだけで不満の持ちようはなかった。


「で、あたしらは何をしたらいいんですかね?」


 まずは和緒が疑念を呈すると、ハルが笑顔でそれに応じた。


「同じパートの人間同士でおしゃべりしてたら、それだけで有意義なんじゃない? もちろん何か質問でもあったら、ばんばん受け付けるよー!」


「こっちはずぶの素人なもんで、気のきいた質問も思いつかないんですよね」


「じゃ、こっちから質問ねー! そのドラムセットは、叩きにくくなかった?」


 和緒は形のいい下顎に手をあてながら、「ふむ」と思案した。


「このドラムセットが特別叩きにくいとは感じませんけど……やっぱり場所が変わるたびに、叩き心地は変わってきますね。まあ、モノが違うんだから当然の話なんでしょうけど」


「ふんふん。具体的には、何が気になるのかな?」


「やっぱり、スネアの鳴りとペダルの踏み心地でしょうかね。部室のドラムセットなんかはずいぶん年代物っぽいんで、そっちに慣れちゃうとなおさらです」


「あー、メインの練習場所のセットがくたびれてると、困っちゃうよね! あんまり気になるようだったら、スネアとペダルの購入を考えてみたら?」


「やっぱり、そういう話に落ち着きますか」


 と、和緒は芝居がかった調子で溜息をついた。


「あたしがスマホの検索機能を駆使したところ、ドラマーが最初に買いそろえるべきはバスドラのペダルで、次点がスネアだったんですよね。ハルさんも、異論はございませんか?」


「うん! あたしもまさしく、その順番だったねー! ペダルの踏み心地とスネアの鳴りは、やっぱ二の次にできないからさ!」


 あくまでも朗らかに笑いながら、ハルはそのように言いたてた。


「で、ペダルなんかはメーカーや機種ごとでずいぶん踏み心地が違ってくるからねー! ビーターの材質や形状とか、ストラップの種類とかも吟味しなきゃだし!」


「そのあたりで、あたしも思考停止しましたよ。ずぶの素人に、ペダルの善し悪しなんてわかりませんしね」


「善し悪しなんて、自分が踏みやすいかどうかだよー! 試しに、あたしのペダルを使ってみる? ここのペダルとはメーカーもストラップも別物だから、比較ぐらいはできるはずだよー!」


 そんな風に言ってから、ハルはめぐるとフユの姿を見比べてきた。


「でも、いきなりそっちを二人きりにしちゃうのは心配かも! フユちゃんも、あれこれアドバイスしてあげたら?」


「……私に、何をしろってのさ?」


「それを考えるのが、先に生まれた人間の役割でしょー? じゃあ、めぐるちゃんは? ベースに関して、何か質問はない?」


「わ、わたしはその……エフェクターについて、色々と聞かせてほしいんですが……でも、何をどんな風に聞いていいのか……」


 めぐるがつい縮こまってしまうと、和緒が横から頭を小突いてきた。


「プレーリードッグはプレーリードッグらしく、本能のままにふるまえばいいでしょうよ。……でも、あたしもそちらのエフェクターには驚かされましたよ。ギターの浅川さんより、フユさんのほうが山ほどエフェクターを使ってるんですね」


「……ベースは足もとで音を作る人間が多いんだよ。これぐらいのエフェクターをそろえる人間は、珍しくもないさ」


「なるほど。このプレーリードッグはみなさんご存じ『SanZenon』に心酔してるんで、やっぱりエフェクターに興味をひかれるんでしょうね。あのミニアルバムでも、山ほどエフェクターが使われてるみたいですし」


 和緒のそんな言葉に、フユは鋭く目をすがめた。


「そういえば……こいつはあの音源じゃなく、ライブ映像の音色おんしょくを参考にしてるみたいだね」


「ええ。『SanZenon』の元メンバー直伝の組み合わせですからね」


 フユは「あん?」と眉をひそめ、ハルはきょとんと目を丸くした。


「元メンバーの直伝って? めぐるちゃんたちは、『SanZenon』のバンド名も知らなかったんでしょ?」


「はい。でも、ハルさんのおかげでバンド名もライブ映像のありかも判明しましたからね。あの動画サイトのメッセージ機能で、直接おうかがいしたわけですよ」


 フユとハルは、心から仰天したようだった。


「それはすごいねー! しかも、それにきっちり答えてくれるなんて、元メンバーさんも親切だねー!」


「まったくですね。プレーリードッグの一念、岩をも通すです」


「あはは! 語呂の悪い格言だねー!」


 ハルは無邪気に笑っていたが、フユはますます剣呑な目つきになっていく。それでめぐるは、いっそう小さくなることになってしまった。


「……で? あんたは私のエフェクターの、何が気になってるっての?」


「そ、それが何とも説明しにくくて……とにかくわたしは、知識が不足しているので……」


 すると、和緒がまためぐるの頭を小突きながらフォローしてくれた。


「とりあえず、フユさんがどういうエフェクターを使っているのか教えてもらえませんか? そうしたら、このプレーリードッグも質問のとっかかりを見いだせるかもしれません」


「……あんたはこいつの保護者か何かなの?」


「いえいえ。あたしは暴走プレーリードッグに引きずられる、あわれな生贄にすぎません」


 フユはスパイラルした前髪をかきあげながら、巨大なエフェクターボードのかたわらに腰を下ろした。それを追いかけて、めぐるたちもボードを中心に車座を形成する。

 蓋を外された長方形のケースに、きらきらと輝くエフェクターが十個以上も収納されている。それらのすべてにケーブルも繋がれているわけだが、フユの性格を示すようにすべてが整然としていた。


「あらためて、ものすごい数ですね。このひとつひとつに、重要な役割があるわけでしょう? あたしなんか、それを記憶するのも難しそうです」


「あたしも、それは同意見かなー! ていうか、いまだにチンプンカンプンだし! いい機会だから、あたしにもエフェクターの名前と役割を教えてよ!」


「……ドラムのあんたたちがそれを知って、何になるってのさ」


 フユがそのように答えたとき、逆側の壁際から二種のギターサウンドが鳴らされてきた。もちろん犯人は、町田アンナと浅川亜季であったが――両名は、それぞれギターを交換していた。


「おー、やっぱかっちょいー! なんかこう、ねばーってカラみついてくるような感じだねー!」


「あははぁ。あたしは粘っこい音が好きだからさぁ。でも、あたしもアンナっちのおかげでテレキャスの魅力を再確認させられたよぉ」


 フユは眉を吊り上げながら、「ちょっと!」と怒声を響かせた。


「これじゃあ会話もできないでしょ! ちっとは遠慮ってもんを学びなよ!」


 何だか、軽音学部の部室を思い出させるやりとりである。しかしフユは宮岡部長と比較にならない迫力を有しているため、さしもの奔放な町田アンナたちも素直にボリュームを絞っていた。


「あっちも順調に進んでるみたいだね! めぐるちゃんも、フユちゃんのベースを弾かせてもらったら? そのほうが、エフェクターの説明も頭に入りやすいだろうしね!」


 ハルがそのように言いたてたため、めぐるはいっそうドギマギしてしまう。


「で、でも、わたしなんかがフユさんのベースをお借りするのは申し訳ないので……もしよかったら、自分のベースでそちらのエフェクターを使わせていただけませんか?」


「……このボードは、私のベースに合わせて組んでるんだよ。あんたのベースじゃ、ポテンシャルは発揮できないね」


 フユの冷徹な物言いに、ハルが「えー?」と小首を傾げる。


「でも、フユちゃんはベースをとっかえひっかえしてるよね。さっきもいつものワーウィックじゃなくて、ケンスミスってやつを使ってたじゃん」


「ワーウィックもケンスミスも、アクティブサーキットを積んだハイエンド系のベースなんだよ。もちろんそれでも差は出るけど、リッケンほどじゃないさ」


「あくてぃぶさーきっと……?」と、めぐるが無意識の内に反問すると、フユが冷たい眼光を突きつけてきた。


「アクティブサーキットってのは、要するにプリアンプが内蔵されてるってことだよ」


「ぷりあんぷ……?」


「プリアンプは、音を調節する回路のことさ。アンプのヘッドにも、同じもんが搭載されてるよ」


「ええ? それじゃあ、ベースだけでアンプの音を鳴らせるということですか?」


 そんな風に言ってから、めぐるはすぐさま自らの過ちに気づかされた。


「あ、いや、キャビネットがないと、エレキの音は出せないんですよね。でも、それじゃあ……ベースにプリアンプが内蔵されているのに、どうして自前のヘッドまで……?」


「あのねぇ……ベースの中に収まるていどのプリアンプで、ああいう立派なヘッドの代わりが務まると思う? そもそもアンプヘッドってのは、音質を調整するプリアンプと、プリアンプの信号を増幅させてキャビに送るパワーアンプの総称なんだよ。ベースに内蔵されたプリアンプってのは、基本的なパワーを増幅させて、ローやハイのトーンコントロールをするのが役割ってことさ」


 面倒くさげに説明しながら、フユはスタンドに立てかけてあった五弦ベースを手に取って、めぐるのほうに差し出してきた。


「あんたが使ってるリッケンベースは、そういうプリアンプが内蔵されてないパッシブサーキットだ。もちろんパッシブにはパッシブの美点があるんだから、どっちが上って話じゃない。でも、基本のパワーが違ってるから、あんたのベースで私のボードを使うにはエフェクターの調節が必要になるんだよ。そんな面倒な真似はしてられないから、四の五の言わないでこいつを使いな」


「は、はい。ど、どうも申し訳ありません……」


 めぐるは心から恐縮しながら、五弦ベースを受け取った。

 ボディもネックも立派であるためか、めぐるのベースよりもさらにずしりと重い。さらに、フユの所有物であるという事実が、精神的な意味でも重かった。


「い、一番上の弦が、すごく太いですね。つまり、普通のベースよりも低い音を出せるということでしょうか?」


「当たり前でしょ。そいつはレギュラーチューニングだから、五弦はローBだよ」


「れぎゅらーちゅーにんぐ……?」


「あんたの使ってるチューナーだって、半音下げや一音下げの機能ぐらいついてるでしょ? バンドによっては、そういうレギュラーじゃないチューニングで曲を作ったりもするんだよ。……ったく、知識のほうは本当に初心者だね」


 ハルが「まあまあ」とフユをたしなめながら、あらためて巨大なエフェクターボードを覗き込んだ。


「それで? メインの議題は、エフェクターだからね。このでっかいエフェクターなんかは、どういう役割なのかなー?」


「あのねぇ……こいつは、電源を供給するパワーサプライだよ。あんたも高校生と同レベルだね」


 溜息をつくフユのかたわらで、和緒も「ふむふむ」と身を乗り出す。


「だからこのパワーサプライってのは、すべてのエフェクターとケーブルで繋がれてるわけですか。うにょうにょした配線が、時限爆弾みたいで格好いいですね。……それじゃあこの一番でかいやつは、どういう役割なんですか?」


「……そいつは、ループスイッチャーだよ。エフェクターってのは直列でいくつも繋ぐとどうしたって音が劣化するから、こいつで必要な分だけオンにする。複数のエフェクターを同時に作動させるのも、こいつの役割ってわけだね」


 そのループスイッチャーというのは横幅が三十センチ以上もあり、さきほどのパワーサプライという機材と同様に、さまざまなエフェクターと配線で繋がれていた。


「なるほど。エフェクターは全部オン状態で、このループスイッチャーってやつに繋げられてるわけですね。フユさんが演奏中に踏んでるのは、このループスイッチャーの切り替えスイッチだったわけですか」


「いや。いくつかの組み合わせはひとつのチャンネルにまとめてるから、個別に使いたい場合はエフェクター自体のオンオフで切り替える。このスイッチャーは5チャンネルだから、全部のエフェクターを個別に登録することはできないんだよ」


 フユは仏頂面のままであるが、だんだん弁舌がなめらかになってくる。それはどこか、『リペアショップ・ベンジー』の店主を思わせる様相であった。


「あと、常時かけっぱのエフェクターはスイッチャーを通さないで、直列で繋げてる。私の場合は、コンプレッサーとプリアンプの片方だね」


「ほほう。ベースに内蔵されてるのとアンプヘッドの他に、エフェクターでもプリアンプってのがあるわけですか。これは確かにプレーリードッグじゃなくても、混乱しそうです。しかも片方ってことは、二つ存在するんですよね」


「プリアンプの片方は歪みのエフェクターとして使ってて、常時かけっぱのほうで基本の音作りをしてる。だから、ベースとヘッドのほうはほとんどフラットだよ。基本の設定を分散させても、音作りがややこしくなるだけだからね」


 そのように説明しながら、フユは二つのエフェクターをオフにした。


「これで、全部のエフェクターがオフになった状態だ。試しに、何か弾いてみな」


 めぐるはおそるおそる、初めて体験する5弦の5フレットを押さえて弦を弾いた。

 重くくぐもった音色が、ボーン……と響きわたる。それは4弦の開放弦と同じE音であるようであったが、音の質感がまったく異なっていた。


「エフェクターをかける前提でベースやヘッドのほうをフラットにしてるから、いまひとつの音色でしょ? まずは、コンプレッサーで音を引き締める」


 フユがコンプレッサーのエフェクターをオンにすると、くぐもった感じが多少ばかり緩和された。


「コンプレッサーは深くかけるとわざとらしい音になるし、アンサンブルで埋もれがちになるから、私は指弾きとスラップの音量差を調節するために薄くかけてる。それでお次は、プリアンプだけど……私はけっこう、こいつのキャラクターに頼ってる」


 プリアンプのエフェクターがオンにされると、得も言われぬ艶やかさが生まれる。それで、めぐるの知るフユのベースサウンドがおおよそ完成されたのだった。


「す、すごいですね! 最初の音とは、まるきり別物です! それに……一番低いEにしては、ずいぶん音が引き締まっているような……」


「それはエフェクターじゃなくて、五弦ベースの特性だよ。4弦のEを弾けば、その意味がわかるだろうさ」


 めぐるは小首を傾げつつ、その指示に従った。

 普段は最上段にある4弦が上から二番目に位置するというのは、なかなかの違和感であったが――しかしそちらを弾いてみると、めぐるにとって馴染みの深い響きが感じられた。


「ああ……つまりこれは……開放弦だと振動が大きいから、鳴りが違ってくる……ということでしょうか……?」


 めぐるがそのように問いかけると、フユはぴくりと口もとを引きつらせた。


「初心者のくせに、よくわかったね。フレットを押さえたら、音が引き締まるのは当たり前でしょ? 4弦の5フレットと3弦の開放で響きが違うのと同じことさ」


 言われてみれば、その通りである。フレットを押さえてローEを鳴らしたのが初体験であったため、めぐるは言わずもがなの違和感にとらわれていたようであった。


(でもやっぱり、フユさんは色んなことに詳しいんだなぁ。自分がいかに初心者かってことを思い知らされちゃうなぁ)


 めぐるがそんな感慨を噛みしめていると、和緒が耳もとに口を寄せてきた。


「フユさんは、必死に笑うのをこらえてたよね。この、ヘンクツ限定の人たらしめが」


 めぐるは何か言い返そうとしたが、その前に頭を小突かれてしまった。

 ともあれ――これでようやく、エフェクターの解説の前準備が整ったようであった。

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