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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 2-

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02 到着

 浅川亜季が宣言していた通り、車は一時間ていどで目的地に到着した。

 めぐるたちの住まいから南に下った、大網白里市なる区域である。目的地の別荘は海岸の近くに位置すると聞いていたが、車窓に広がるのは緑豊かな山合いの情景であった。


 現地のスーパーで残りのメンバーと合流し、食事のための買い出しを完了させたならば、いざ別荘に突撃である。

 その別荘というのは――実に立派なたたずまいであった。


「わー、すっげー! なんか、日本じゃないみたい!」


 いち早く降車した町田アンナは、昂揚しきった様子でそのようにわめいていた。

 そちらの別荘はブロックのフェンスと丈の高い樹木に囲まれており、庭もたいそう広々としている。二階建ての建物は白塗りのモダンな外観で、庭に植えられている椰子の木が異国情緒を演出しているものと思われた。


「騒いでないで、さっさと搬入だよ。働かざるもの食うべからずだからね」


 フユの号令によって、車内の荷物が引っ張り出される。めぐるはまず自分のギグバッグを担がせていただいたが、こちらのワゴン車にはとてつもない質量の機材が詰め込まれていた。

 めぐるに判別できるのは、アンプと黒いトランクケース――いわゆるエフェクターボードぐらいのものである。ただし、アンプは一台きりで、エフェクターボードは四つも存在する。あとはコンテナボックスや、素性の知れない巨大なケースばかりであった。


「あ……それが浅川さんのギターだったんですか?」


 めぐるがそのように呼びかけると、浅川亜季は「そうだよぉ」と微笑んだ。彼女が荷台から引っ張り出したのは、平面のひょうたんめいた形状のケースである。


「あたしも普段はギグバッグだけど、遠出のときはハードケースを使ってるのさぁ。そういえば、めぐるっちのベースはちゃちなソフトケースしかついてなかったんだよねぇ」


「は、はい。そんな立派なケースだと、いっそう安心ですね」


「でも、ハードケースってのは重いからさぁ。なかなか普段から使おうって気にはなれないねぇ」


 搬入の段階から目新しい発見をして、めぐるはいっそう胸を高鳴らせてしまう。


「それじゃあ、あの……こっちの四角いケースにも、楽器が入っているんですか? 残り三つもありますけど……」


「うん。フユが気張って、三本もベースを持ち込んできたのさぁ。あとでたっぷり自慢されると思うから、覚悟しておいてねぇ」


 幸いなことに、フユは電子キーで家屋の側面のシャッターを開けているさなかであったため、めぐるたちがにらまれることにもならなかった。

 大きく開かれたシャッターの内側に待ち受けていたのは、立派なリビングの様相である。巨大なテーブルに革張りのソファセットが設えられており、十人ぐらいの人間が押しかけても窮屈な思いをすることはなさそうだ。足もとには毛足の長い絨毯やラグマットが敷かれており、壁には美術の教科書に載っていそうな絵画が飾られていた。


「わーっ! 中身も立派だねー! フユちゃんの家って、ほんとにお金持ちなんだなー!」


 ハルの車で運ばれてきたスーパーの袋を手に、町田アンナが感心したような声をあげる。それに続くハルは、大きなキャリーケースを引いていた。


「とりあえず、ひと通りの荷物を入れちゃおうね。重い機材もあるから、みんな気をつけて!」


「ウチは心配いらないよー! 理乃はあんまり無理しないようにね!」


 二名分の手荷物を運んでいた栗原理乃は、「うん」とはにかむように笑う。めぐるに劣らず人見知りの彼女であるが、同乗していたのが幼馴染と社交家のハルであったため、まったく気疲れはしていないようだ。そのすこやかな姿に、めぐるはこっそり安堵の息をつくことになった。


「食材はキッチンで、機材は練習部屋ねぇ。練習部屋は、こっちだよぉ」


 ひと通りの荷物を屋内にあげたのちは、さらに然るべき場所へと搬送する。自らのギグバッグと予想以上に重たいエフェクターボードのひとつを受け持っためぐるは、浅川亜季の案内で練習部屋に向かうことになった。


 廊下は広々としたフローリングで、大荷物を抱えていても歩くのに不自由はない。天井は高く、壁は真っ白で、使用頻度が少ないためか、新築のように小綺麗であった。

 そんな廊下の突き当たりに、大きな両開きのドアが待ち受けている。

 浅川亜季の手で、そちらのドアが開かれると――まぎれもなく、演奏を練習するための部屋が待ち受けていた。


 広さは、十二帖ていどであろう。三台のアンプに、ドラムセットに、三本のマイクスタンドに、マイクを繋げるミキサー台に、ミキサーからの音を返すモニタースピーカーに、小ぶりのキーボード――アンプ類はやや小ぶりであったものの、練習スタジオに匹敵するほどの設備である。少なくとも、軽音学部の部室よりは遥かに立派であるように思えた。


「自力でこしらえた割には、それなりでしょ? 壁の防音材なんかは申し訳ていどだけど、この辺りの家はみんな庭が広いせいか、今のところは苦情をいただいたこともないんだよねぇ」


「す、すごいですね。アンプやドラムも、全部みなさんで買い集めたんですか?」


「うん。どれもこれも、中古屋とかネットオークションとかで格安品をゲットしたのさぁ。アンプなんかはジャンク品を引き取って、じーさまに何とかしていただいたってわけだねぇ」


 すると、新たなアンプを運んできたハルが、笑顔でめぐるに呼びかけてきた。


「ギターアンプはナッちゃんが使ってた分があるけど、ベーアンは一台しかなかったからさ。それで今回は、アキちゃんのおじいちゃまにこれをお借りしてきたの。これがめぐるちゃんの相棒になるから、最終日までよろしくね」


 そちらのアンプは、部室のものよりもひと回り大きなサイズであった。ライブやスタジオで使用する冷蔵庫のごとき巨大アンプとは比べるべくもないが、めぐるには十分以上である。めぐるは精一杯の思いを込めて、「ありがとうございます」と頭を下げてみせた。


 その後は何往復もして、ようやくすべての搬入作業を終える。

 浅川亜季は「ふいー」と息をつきながら、肩に掛けていたスポーツタオルで額の汗をぬぐった。室内にはすぐさまエアコンがつけられたものの、それを上回る運動量であったのだ。


「それじゃあ、どうしよっかぁ? リビングに移って、お茶でもするぅ?」


「それよりまずは、機材をいじらせてほしいかなー! めぐるなんて、きっと指がうずいちゃってるだろーからさ!」


 町田アンナは、きらきらと瞳を輝かせている。きっと鏡を見たならば、めぐるも同様であるのだろう。浅川亜季は、「りょうかぁい」と愉快げに微笑んだ。


「じゃ、とりあえずセッティングしちゃおっかぁ。あたしはジャズコを使うから、マーシャルはアンナっちに譲るよぉ」


「えー、いいの!? アキちゃんだって、ライブではマーシャルっしょ?」


「そこはギターとエフェクターの力で何とかするさぁ。こっちのほうが、武器はそろってるだろうしねぇ」


 とりあえず、弦楽器の四名はチューニングとエフェクターの準備、栗原理乃は三本のマイクのセッティングである。

 いっぽうドラマーたる両名の間でも、譲り合いの場が形成されていた。


「とりあえず、あっちのドラムは和緒ちゃんのセッティングにしちゃっていいよ! あたしはこっちを使わせてもらうからさ!」


「なんですか、それ? ずいぶん薄っぺらいですけど……それがバスドラなんですか?」


「うん! 実はあたし、高校時代にはストリートでもライブをやっててさ! そのときに、ちまちま買い集めたんだよねー!」


 めぐるがこれまで目にしてきたバスドラは直径が五十センチ以上、厚みは四十センチていどというサイズであったが、ハルが黒いケースから取り出したバスドラは直径が四十五センチていどで厚みが十センチていどという薄っぺらい形状をしていた。

 その薄っぺらいバスドラに立派なスネアをジョイントさせて、左右にハイハットとシンバルのスタンドを設置する。いかにも簡易的なドラムセットである。


「シンバルは一枚で、タムも何もないわけですか。申し訳ないんで、立派なドラムセットはお譲りしますよ」


「いーのいーの! 和緒ちゃんは、こういうセットに慣れてないでしょ? 途中で交代はアリだけど、最初はあっちのを使っちゃってよ!」


「慣れない機材なら失敗の言い訳も立つのに、駄目でしたか」


「うん! だめだめー! 和緒ちゃんには、思うぞんぶん実力を発揮してもらわないとねー!」


 ハルほど善良なお人柄であると、和緒もあまり憎まれ口を連発する気になれないのだろう。比較的すみやかに、和緒は立派なドラムセットに陣取ることになった。


 それを横目に、めぐるは自分のセッティングにいそしむ。しかしこの段に至っても、フユはずっとベースアンプのもとに留まっていた。


「あの……フユさんは、何をされているのですか?」


「見ればわかるでしょ。自前のヘッドをキャビに繋いでるんだよ」


「自前のへっど……?」


「……あんたが使うのは一体型のコンボアンプだけど、こっちのはヘッドとキャビが分かれてるんだよ。へぼいキャビでも自分の音を出せるように、自前のヘッドを持ち込んでるのさ」


 フユのそんな言葉が、遠い記憶を刺激した。めぐるもかつて『リペアショップ・ベンジー』にて、浅川亜季からアンプの構造について解説されることになったのだ。


(えーと、ヘッドホンアンプっていうのはアンプのヘッド部分を極限まで小型化したもので……外に音を鳴らすには、キャビネットっていうスピーカーが必要になるって話だったっけ)


 めぐるがそのように思案していると、フユが舌打ちしながら向きなおってきた。


「アンプで音を作るってのは、このヘッド部分を操作することなんだよ。キャビってのは、作られた音を鳴らすスピーカーに過ぎないの。もちろんキャビがへたってたら、音作りもへったくれもないけどさ。キャビまで自前でそろえるのはひと苦労だから、普通はヘッドだけでも準備するもんなんだよ」


「あははぁ。それは普通のハードルが高いなぁ。自前のヘッドを準備するなんて、音作りにこだわりのある人だけっしょ?」


 浅川亜季がのんびり口をはさむと、フユは眉を吊り上げながらそちらを振り返った。


「アマチュアだろうと何だろうと、音にこだわらないで何にこだわるのさ? 誰も彼もが、あんたみたいに適当じゃないんだよ」


「あたしはスタジオやライブハウスのアンプを不満に思ったこともないからさぁ。それなのに、大枚はたいてヘッドを買う気にはなれないなぁ。だいたい、練習やライブのたびにヘッドを持ち込むなんて、面倒でしかたないからねぇ」


 浅川亜季の呑気な態度に変わりはないが、『KAMERIA』ではまずありえないような意見の衝突である。

 それでめぐるがあわあわしていると、ハルが朗らかに笑いかけてきた。


「フユちゃんとアキちゃんはいっつもこんな感じだから、気にしなくていいよー! それに、どっちが正しいって話でもないからね! 機材なんて、自分の好きなものを使えばいいんだよ!」


「そうそう。ナツが辞めて以来、フユはあたしへの当たりがキツくってさぁ。八つ当たりは勘弁してほしいよねぇ」


「あんたもあいつも、憎たらしさに変わりはないよ!」


 フユはぷりぷりと怒りながら、ベースアンプに向きなおった。

 それでようやく、めぐるはほっと息をつく。なんとなく、フユと浅川亜季の言い争いに、町田家の父娘の姿が重ねられたのである。彼女たちは本音をさらけ出しているがゆえに、こういう賑やかさが生まれるのかもしれなかった。


(……でも、わたしはあんな風に怒鳴られたら委縮しちゃうだろうなぁ。メンバーのみんなが優しくてよかったなぁ)


 そんな思いを抱えながら、めぐるはセッティングを完了させた。

 その頃には、すでに町田アンナが雷鳴のごときエレキサウンドをかき鳴らしている。そしてそこに、すぐさま浅川亜季の音色も重ねられた。


「おー! やっぱレスポールって、音が分厚いねー! ジャズコでもその音圧かー!」


「でしょ? ジャズコはジャズコで、音を作りやすいからねぇ」


 浅川亜季が手にしているのは、ライブでも使用しているワインレッドのギターである。めぐるが初めて出会った日にも、彼女はカウンターでそちらのギターを爪弾いていたわけであるが――ステージではなく同じ目線の場所でエレキサウンドが鳴らされるというのは、何とも新鮮で心の弾む光景であった。


 和緒やハルも最初のセッティングを終えて、鳴りの具合を確かめている。それらの音色にも胸を弾ませながら、めぐるは自らもベースを鳴らした。

 心地好い重低音が、めぐるの耳と肌を震わせる。こちらのアンプは『リペアショップ・ベンジー』の商品であるようだから、きっと状態もいいのだろう。少なくとも、部室のアンプよりは遥かに心地好い鳴りであった。


 そうしてさまざまな楽器の音色が響きわたる中、ようやくアンプのセッティングを終えたフユがベースのハードケースを次々に開帳していく。それで三本のベースの姿があらわにされて、めぐるの関心を引き寄せた。


 一本は、『V8チェンソー』のライブで使用されているベースだ。ボディは黄白色の木目で、非常にスリムなシルエットである反面、厚みが強調されてころんとした姿に見える。


 もう一本も同じようなシェイプであるが、ボディの色合いは茶色がかっており、ネックの付け根から底部までだけが黄白色の色合いをしている。黄白色のラインが、茶色の色合いに左右からはさみ込まれている格好だ。


 そして最後の一本はさらに深い茶色をしており、やはり真ん中だけ白っぽいラインが走っている。そして、ボディの横幅はリッケンバッカーのベースよりも広く、ピックアップもブリッジもどっしりとした形状をしており、ツマミは五つ、スイッチは二つも存在した。ネックの幅までもが広いために、ひどく重厚なデザインである。


「あ、あれ? そのベース……弦が五本ありませんか?」


「……五弦ベースに、文句でもあるっての?」


「い、いえ。ベースはみんな、弦が四本だと思っていたので……」


 めぐるがまごまごしていると、浅川亜季がギターサウンドの隙間から「あははぁ」と笑い声を飛ばしてきた。


「やっぱりそいつを持ち込んだのかぁ。フユの秘蔵っ子、ケンスミスのブラックタイガーなんちゃらだねぇ。たしか、中古の軽自動車が買えるぐらいのお値段なんでしょ?」


「やかましいね。いい楽器にいい値段がつくのは、当然の話でしょ」


「そいつの場合は、レア度も重要なんだろうけどねぇ。まあ、ケンスミスだったら質のほうも申し分ないだろうけどさぁ」


 すると、町田アンナも「へー!」とケースの内側を覗き込んだ。


「値段もすごいけど、見た目もかっちょいーね! でも、どーしてブイハチのライブで使わないの?」


「……そいつの作る曲には五弦なんて必要ないし、ワーウィックのほうが音も合うんだよ」


「うんうん。ケンスミスは、音がケロケロしてるからねぇ。あたしも嫌いな音じゃないけど、ブイハチにはワーウィックのほうがハマるかなぁ」


 フユは「ふん」と鼻を鳴らしながら、五弦のベースをつかみ取った。

 そちらをスタンドにたてかけてから、他のケースの蓋を閉めていく。その次に開かれたのは、巨大なエフェクターボードである。その内側には、二ケタにも及ぶエフェクターがところせましと詰め込まれており――めぐるを仰天させると同時に激しく昂揚させたのだった。


「す、すごいエフェクターの数ですね! フユさんは、そんなにエフェクターを使ってたんですか!」


「いちいちうるさいね! ブイハチで全部のエフェクターを使うことはないけど、わざわざ抜き出すのが面倒なだけだよ!」


 フユは顔を赤くしながら、声を荒らげる。

 すると、浅川亜季がまた「あははぁ」と笑った。


「だから行き道で、めぐるっちもあらかじめお詫びしてたじゃん。フユだっていいとこ見せたかったんだから、本望でしょ?」


「ああもう、どいつもこいつもやかましいんだよ! 口じゃなくって、手を動かしな!」


「フユの準備が遅いから、こっちもやることがないんだよぉ。さっさと準備して、めぐるっちにいいとこ見せてあげたらぁ?」


 浅川亜季は咽喉で笑い、町田アンナやハルも笑った。

 そうしてめぐるは練習を開始する前から、どんどん血圧を上げることになったわけであった。

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