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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 2-

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08 余韻

『KAMERIA』の記念すべきセカンドステージの終了後――栗原理乃は、果てしなく落ち込むことになってしまった。

 ただ幸いなことに、涙までは流されていない。リィ様の扮装を解いた彼女はフレアハットを深々とかぶり、子供のように膝を抱えて、思うさま消沈することに相成ったのだった。


「そんな落ち込むことないってばー! トータルとしては、前回のライブに負けない出来栄えだったっしょー?」


「うん! リィ様も最後までかっこよかったよー! 疲れて歌えなくなっちゃったなんて、ぜんぜん思わなかったもん!」


「そうだよね。すごく自然だったから、きっとお姉が歌うアレンジにしたんだなって思ったよ。そのあと、リィ様が一緒に歌うところも、すごくかっこよかったしね」


 心優しく元気な三姉妹がそのようになだめても、膝を抱えた栗原理乃はぷるぷると首を振るばかりであった。

 ここはベンチシートの横手に広がる芝生の木陰である。町田家のご両親が楽器を車まで運んでくれたため、めぐるたちはステージを終えてからずっとこうして栗原理乃を取り囲んでいるのだが、彼女はいっこうに立ち直ってくれなかったのだった。


「今日は前回以上のステージにしたかったのに……途中で歌えなくなっちゃうなんて……これじゃあ誰にも顔向けできないよ……」


「だからさー! 大失敗したっていいし、今日のは失敗の内に入らないってばー! あんなの、ウチやめぐるで言ったら、弦が切れるようなもんでしょー? そんなていどのアクシデントなんて、ライブにはつきものなんだからさー!」


 そうしてこちらの一行がわちゃわちゃ騒いでいると、『V8チェンソー』のメンバーまで集まってきてしまった。


「やあやあ、お疲れさまぁ。今日は前回以上の仕上がりだったねぇ。初めての野外であんなパフォーマンスを出せるなんて、ほんとに大したもんだよぉ」


「うんうん、本当にね! しかも、一週間ちょっとでアレンジまでされてるから、びっくりしちゃった! アンナちゃんも、すごくいい歌声を持ってるね!」


「ていうか、あれだけ歌えるならもっとコーラスを入れるべきでしょ。高校生の分際で、出し惜しみなんてしてるんじゃないよ」


 それが、『V8チェンソー』の評価であった。

 町田アンナは笑顔で「ほらほらー!」と幼馴染の肩を揺さぶる。


「みんな大絶賛なんだから、理乃が落ち込む必要はないっての! 結果オーライって言葉は、こーゆーときに使うもんなんだからねー!」


「んー? 理乃っちは、ナニを落ち込んでるのかなぁ?」


「実はこれこれこういう次第でして」


 和緒が手早く説明すると、浅川亜紀やハルばかりでなくフユまで目を剥くことになった。


「それじゃああれは、全部アドリブだったっての? 最後のBメロでヴォーカルが交代したのも、サビでヴォーカルがハモりのパートになったのも? そいつは……悪い冗談だね」


「うんうん! ヴォーカル交代はまだしも、いきなりハモれるなんてすごいじゃん! ハモりの練習だけは、前からしてたとか?」


「いえいえ。少なくとも、あたしは今日が初耳でしたね」


「ははぁ。そいつは尋常じゃない音感と歌唱力だねぇ。理乃っちも、想像以上にバケモノじみてるなぁ」


「ほらほらー! 理乃はバケモノだってよー! バケモノはバケモノらしく、堂々としてないと!」


「まったくだよ。どうもうちのメンバーは、バケモノ度が高いほど自覚が足りてないよね」


『V8チェンソー』のメンバーが加わったことで、いっそうの騒ぎになってしまう。

 そんな中、めぐるは和緒の機転と優しさに感服することになった。きっと和緒は『V8チェンソー』のメンバーから好意的なコメントを引き出すために、率先して事情を打ち明けたのだ。めぐるなどはあたふたとするばかりで何の力にもなれていないのに、まったく大した話であった。


「……女子高生の諸君、お疲れさん……」


 と、今度はジェイ店長までもがやってきてしまう。

 とたんに、団子のように丸くなっていた栗原理乃が飛び起きた。


「きょ、今日はせっかくのご厚意で参加させてくださったのに、どうも申し訳ありませんでしたっ!」


「……何に対する謝罪なのか、さっぱりわからないねぇ……」


 幽霊じみた面相をしたジェイ店長は、ざんばら髪の隙間から栗原理乃の思い詰めた顔を見返す。そしてその骨ばった指先が、黒い紙片を差し出した。


「……バンド名は、『KAMERIA』だったっけ……? ライブをしたいときは、ここに連絡をよこしな……ただし、午後の二時を過ぎてからね……」


 栗原理乃が動けずにいると、町田アンナが横からその紙片を受け取った。それは黒地に白い文字がプリントされた名刺であったのだ。めぐるも覗き込んでみると、そこには毒々しい字体で『ジェイズランド店長 松尾樹里亜』と記されていた。


「ありがとーございまーす! 持ち曲が溜まったら、ケントーさせていただきますねー!」


「あいよ……じゃ、あとは適当に楽しんで……」


 ジェイ店長は、両足を引きずるようにして立ち去っていく。

 すると、浅川亜紀がのんびりと笑いながら『KAMERIA』のメンバーを見回してきた。


「それ、店長個人の名刺だねぇ。ってことは、めちゃくちゃ気に入られた証拠だよぉ。あたしらも、無理を言ってねじ込んでもらった甲斐があったなぁ」


「へー! それもみんなで頑張った成果だねー!」


 町田アンナは満面の笑みで、幼馴染の肩を抱く。

 しかし栗原理乃はまだずぶぬれの子犬めいたい面持ちで、めぐると和緒の顔をおずおずと見比べてきた。


「あの……今日は本当に申し訳ありませんでした……今後はこのようなことがないように、しっかり体調管理しますので……どうか見放さないでいただけますか……?」


「見放す要素があるのかね。三十分ばかりも昏倒してたどこかのプレーリードッグより、よっぽど罪はないと思うよ」


「でも、遠藤さんが倒れたのは演奏をやりとげた後でしたから……私、本当に自分が不甲斐なくて……」


「理乃は――!」と何か言いかけた町田アンナが、途中で口をつぐんだ。

 すると、和緒が肩をすくめつつ発言する。


「栗原さんは、極度の低血圧なんでしょ? それで今回は、車酔いまでプラスされたわけだからね。前回なんかは一睡もしてないのに倒れることもなかったんだから、こういう朝方のライブのときだけ気をつければ、同じアクシデントは起きないんじゃないのかな」


「わっ! か、和緒はなんで、ウチの言いたいことがわかったの?」


「べつに心を読んだつもりはないけど、幼馴染のあんたが言うより、つきあいの浅い人間が言ったほうが説得力があるかと思ってさ」


「わー、きもちわりー! サトリの妖怪って、こんな感じかー!」


 町田アンナはけらけらと笑って、幼馴染の肩をいっそう強く抱き寄せた。


「ま、そーゆーことだから! こーゆーイベントのときは、しっかり用心しよーね! もちろんどんなライブでも、体調管理は大事だけどさ!」


「うんうん。それに、体調が悪いなら悪いで、いつも以上の力が出るもんだしさぁ。とにかく大事なのは、どんな状況でも最後までやりとげようっていう気概なんだと思うよぉ」


 浅川亜紀はにんまりと笑いながら、自らのメンバーたちを見回した。


「ってことで、あたしもビールをいただいちゃっていいかなぁ? そろそろ我慢の限界なんだよねぇ」


「ふん。それでミスったら、こっちは遠慮なく蹴っ飛ばすからね」


「そうそう! アキちゃんは酔っぱらうと、舌が回らなくなっちゃうんだから!」


「じゃ、そういうわけで、また後でねぇ。あたしらの出番は、お昼ぐらいだからさぁ」


『V8チェンソー』のメンバーが、やいやい騒ぎながら立ち去っていく。それと入れ替わりでやってきたのは、機材の運搬を終えた町田家のご両親であった。父親のほうはコンテナボックスを、母親のほうは保冷バッグを抱えている。


「あらためて、みんなお疲れ様! 今日もいい演奏だったよ! それじゃあ俺たちはビーチに向かうから、またお昼にな!」


「理乃ちゃんも、体調は大丈夫? アンナにキーを預けておくから、疲れたときは車で休んでね」


 そうして町田家の面々は、ビーチへと向かっていった。

 これでようやく、『KAMERIA』のメンバーだけとなる。それでもまだ栗原理乃がしょんぼりしていると、和緒が肩をすくめながら発言した。


「あのさ、ライブ演奏における一番の大失敗ってのは、曲を途中で止めちゃうことだと思うんだよね。ギターソロの最中に栗原さんがへたりこんでも、誰ひとり演奏を止めることなく完奏できたんだから、べつだん気にする必要はないんじゃない?」


「…………」


「で、どこかの誰かさんは大切な幼馴染に駆け寄りたい気持ちをぐっとこらえて、演奏を続けてみせたわけだよ。これで演奏まで台無しになったら、誰より大切な幼馴染が大ダメージを負うってわかりきってたから、心を鬼にしたんだろうね。もともと人の心を持ち合わせてない冷血漢や四足獣はともかくとして、大切な幼馴染のために演奏をやりとげた誰かさんの気持ちは汲んであげるべきなんじゃないのかな」


 栗原理乃は愕然とした様子で、大切な幼馴染を振り返る。

 町田アンナはオレンジ色の頭を引っかき回しながら、照れ臭そうに笑った。


「サトリの妖怪って、始末に負えないなー! でも、ウチは誰が相手だって、おんなじようにしたと思うよー! そんでもって、自分が同じ立場でも、そうしてほしいと思うしねー! バンドのメンバーだったら、それが当然じゃん!」


「アンナちゃん……ごめんなさい……私、自分のことしか考えてなくって……」


「だから、謝る必要はないってばー! いつかウチが機材トラブルで音が出なくなっちゃっても、理乃は歌うのをやめないでよー?」


 町田アンナは再び栗原理乃の肩を抱き、そのこめかみに頬ずりをした。

 栗原理乃は目もとを潤ませながら、「うん……」と微笑む。


「さて! それじゃあ一件落着ってことで、ウチらはライブ観戦だね! 暑くて大変だけど、最後までがんばろー!」


「まあ、イベントのほうは粛々と進行されてるわけだけどね」


 そう、こちらが騒いでいる背後では、三番手のバンドが演奏を開始していたのだ。ただ、こちらのバンドは比較的ゆったりとした楽曲であったため、客席の外れでは問題なく言葉を交わせる音量であったのだった。


「こーゆーのって、フォーク・ロックとでもいうのかなー? ウチは完全に範囲外だけど……でもなんか、野外で聴くにはピッタリの雰囲気だねー!」


 そちらのバンドはアコースティックギターにキーボードにパーカッションという編成で、ギタリストの男性が椅子に座ってヴォーカルも担当している。ベースが存在しないためにめぐるとしては物足りなかったが、しかし町田アンナの感想には共感することができた。


 太陽はどんどん高みに上昇していき、それにつれて気温も上がっていく。ただ、日差しは厳しいが風があるために、それほど過ごしにくいわけではない。そうして潮の香りがめぐるの鼻腔をくすぐると、ステージで味わった熱気がふつふつと蘇ってきた。


「……今日のライブも、楽しかったですね」


 めぐるが思わず真情を吐露すると、三名のメンバーは一様にきょとんとする。そして、町田アンナは陽気に笑い、栗原理乃は泣き笑いのような表情になり、和緒は仏頂面でめぐるの頭を小突いてきた。


「ずっと黙りこくっておいて、最初のコメントがそれかい。いい加減にしやがれよ、このゴーイングマイウェイのプレーリードッグ野郎」


「あはは! めぐるが最初っからそんな笑顔を見せてくれたら、理乃が落ち込むこともなかっただろうにさー!」


「……ありがとうございます、遠藤さん。なんだか……救われたような心地です」


 やはり人格に難のあるめぐるは、周囲とまったく歩調が合っていないようである。

 しかしそれでも、めぐるはとても満ち足りた気持ちで大切なメンバーたちに笑顔を返すことがかなったのだった。

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