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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 1-

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エピローグ 転がる少女のように

「よーし! それじゃあ、打ち上げだー!」


 イベント会場であるライブハウスを出るなり、町田アンナがそのように声を張り上げた。

 すると、メンバーではなく彼女の父親がそれに答える。


「本当に、乗っていかなくていいのか? アンナと理乃ちゃんの席はあるんだぞ?」


「だから、打ち上げだって言ってんでしょー? ウチと理乃だけ車に乗ったら、めぐると和緒はどーなるのさ! ちっとはノーミソを使ってから口を開きなよねー!」


「いや、だから、打ち上げは地元に戻ってからでも……」


「それでもめぐるたちだけ電車で帰らせるなんて、ロンガイっしょ! いいからもう、あんたは黙ってなよねー!」


 父親がしょぼんと肩を落とすと、母親が笑顔で「こら」とたしなめた。


「あんまりパパをいじめるんじゃないの。それじゃあわたしたちはもう行くけど、あんまり遅くならないようにね」


「まだ六時やそこらなんだから、余裕っしょ! そっちも気をつけて帰ってねー!」


 周囲では、同じようなやりとりがあちこちで繰り広げられている。十組の出演者が、招待客との別れを惜しんでいるのだ。公道にはたまらないようにと再三注意を受けていたが、これだけの人数が一気に離散するのはなかなか難しいようであった。


「じゃ、あたしらはこれからリハだからさぁ。めぐるっちたちはメンバー水入らずで、打ち上げをしっぽり楽しんでねぇ」


「あ、みなさんはこれから練習だったんですか。お忙しい中、ご来場ありがとうございました」


「いやいや。めぐるっちたちのライブを観たら血がたぎるんじゃないかって想定して、スタジオの予約を入れておいたんだよぉ。予想はずばり的中だったねぇ」


 のんびりと微笑む浅川亜季のかたわらで、ハルも「うん!」と大きくうなずく。


「あたしもドラムを叩きたくて、うずうずしちゃってるもん! フユちゃんも、今日はヘヴィなプレイになりそうだねー!」


「ふん。誰がこんなちびっこに感化されたりするもんかい」


 そんな風に応じながら、フユは初めてサングラスを外した。きっちりメイクされた切れ長の目が、傲然とめぐるを見下ろしてくる。


「……あんたたち、次のライブは決まってないの?」


「え? ああ、はい……何せ、持ち曲が二曲しかないもので……しばらくは、新曲の完成が目標になるかと思います」


「あっそう」と、フユは口をへの字にする。その姿に、ハルは「あはは」と笑った。


「あたしも次のライブが待ち遠しくてたまんないなー! 何かあったら誘うんで、そのときはよろしくねー!」


「な、何かと申しますと……?」


「何かは、何かだよー! じゃ、他のみんなもお疲れさまー! 打ち上げ、楽しんでねー!」


「うん! ハルちゃんたちも、練習頑張ってねー!」


 そうして町田家の家族に続いて『V8チェンソー』のメンバーも立ち去ると、最後に軽音学部の先輩がたが近づいてきた。


「それじゃあ、わたしたちも帰るね。その前に、ひとつだけ確認させてもらいたいんだけど……文化祭は、出てくれるよね?」


「文化祭? あー、体育館とかでライブかー。うーん、体育館って音響がイマイチだから、ウチはいまひとつそそられないんだよねー」


「それはそうかもしれないけど、部室で練習してるからには、軽音学部に貢献する義務が生じるはずだよ」


「コーケン? ウチらが出たって、誰の得にもならないっしょ?」


「そんなことはないよ。あなたたちがライブを披露したら、入部希望者が増えるかもしれないじゃん。力のある人間には、それに相応しい責任が生まれるってことさ」


 そう言って、宮岡部長は力強く微笑んだ。


「あと、夏休みが明けたら、わたしたちも練習を再開させるからね。そうしたら部室の争奪戦だから、そのつもりでね」


「あー、そっかー! ま、そんときは自腹でスタジオに通うだけさ! じゃ、センパイたちも気をつけて帰ってねー!」


「あ、きょ、今日はご来場ありがとうございました」


 めぐるも慌てて頭を下げると、宮岡部長は「うん」と笑ってきびすを返した。二年生の男女コンビは、これまでよりも和やかな笑顔を残してそれに続いていく。


「よーし、それじゃあウチらも出発だねー! もー、おなかがぺこぺこだよー!」


「それは同感だけど、さすがにハンバーガーは勘弁願いたいところだね」


「あはは! ウチだって、昼夜ぶっつづけで同じもんを食べたりしないよー! とりあえず、駅前で店を物色しよっかー!」


 町田アンナが意気揚々と歩き始めたため、残る三名もそれに追従する。栗原理乃はライブハウスを出る前に変装を解いたので、今は三つ編みにしたロングヘアーをあらわにしていた。


「それにしても、ライブってのはくたびれるもんだね。あんたもせめて、荷物ぐらいは車に積んでもらえばよかったんじゃない?」


「そうしたら、めぐるがひとりで大荷物になっちゃうじゃん! 和緒はめぐるラブのくせに、こーゆーときには気がきかないねー!」


「だったら、あんたが荷物を肩代わりしてやりゃいいんじゃないの? あたしは、御免こうむるけどさ」


 そのように言ってから、和緒は横目でめぐるを見やってきた。


「ちなみに、帰り道でぶっ倒れる予定はないだろうね?」


「だ、大丈夫だよ。あれからずっと、体は元気だし……きっとあれは、演奏の刺激が強かったせいなんじゃないのかな」


「あはは! 普通のライブは、この三倍ぐらいの時間なんだからねー! ライブのたんびにぶっ倒れないように、めぐるは気をつけてよー?」


「は、はい。気をつけます」と頭を下げながら、めぐるはやっぱり幸福な心地であった。いずれまた次なるライブに臨めると考えただけで、心が浮き立ってしまうのだ。


 本日のめぐるは演奏に集中できたものの、客席の様子にはまったく気を向けることができなかった。これではとうてい、浅川亜季の言うライブの楽しさを実感できたとは言えないことだろう。

 だが――それでもめぐるは、何かしらの感触をつかむことができていた。たとえ演奏のさなかは無我夢中であっても、ライブの後にかけられた数々の言葉が、めぐるの心を大いに揺さぶってくれたのだ。


 やはりライブというものは、練習と違う。楽器の演奏という行為は同じであっても、そこに第三者が介在することで、何か大きな差異が生まれるのだ。これからは、その差異の正体というものを探し求めることになるのかもしれなかった。


「あっ、そーだ! さっきもらったギフトカードなんだけどさ! これって、どうしよっか? 五千円券が四枚だから、普通に山分けしちゃう?」


「それ以外に、どういう選択肢があるってのさ?」


「よくよく考えると、これは『KAMERIA』の成果なわけだからさー! なんか記念に残るようなものを買うとか、それこそ打ち上げで使っちゃうとか、色々あるじゃん!」


「記念の品なんて、ピンとこないね。だったら、機材にでも使っちゃえば?」


「機材かー! 和緒には、何かアイディアでもあるの?」


「色々あるでしょ。スネアだとか、バスドラのペダルだとか。スティックだって、消耗品だしね」


「そんなの、不公平っしょ! だったらウチやめぐるだって、新しいエフェクターとか欲しいよねー?」


「そ、そうですね。でもわたしは、バイトで稼ぐつもりですので……あ、そうだ。バイトのシフトについて、町田さんに相談したかったんですけど……」


「そんな話は、明日にしよーよ! せっかくライブのヨインにひたってるんだからさー!」


 確かに町田アンナは、普段以上に元気なようだ。その足取りはスキップを踏んでいるかのようであるし、そのたびにオレンジ色の髪が炎のようにたなびいている。あたりはずいぶん暗くなりかけていたが、彼女の周囲だけオレンジ色のスポットがあてられているかのようだった。


 そうすると、栗原理乃がいっそうひっそりとしているように見えてしまう。リィ様の姿をしている際には静けさに冷たさまでもが加わるためか、存在感が増すようであるのだ。素顔に戻った栗原理乃は、月の下に咲く小さな花のようにはかなげであった。


(今さらだけど、栗原さんがあんなすごい歌を歌えるなんて、驚きだなぁ。いったいどんな顔で歌ってるのか、今度動画でも撮ってもらおうかなぁ)


 そんな想念にひたりながら、めぐるはひそかに栗原理乃の様子をうかがった。

 すると――その白い頬に、透明の輝きが流れ落ちる。それでめぐるは、ぎょっと身をすくめることになってしまった。


「ど、どうしたんですか、栗原さん? どこか具合でも悪いんですか?」


「わーっ! なんで理乃が泣いてるのさ! まさか、今さらおなかが痛くなっちゃったとか?」


「ううん……」と、栗原理乃はほっそりとした首を横に振る。そうすると、透明な涙が薄闇に散った。


「そうじゃなくって……私は……悔しいの」


「悔しいって、何がさ! 今日は最高のステージだったじゃん!」


「うん……最高のステージだったのに……優勝できなかったから……」


 栗原理乃は往来で立ち止まり、ぽろぽろと涙をこぼしてしまう。町田アンナは大慌てで幼馴染の肩を抱き、歩道の端まで引き寄せた。


「そんなのが、なんで泣くほど悔しいのさ! ウチらは最初っから、優勝なんて目指してなかったっしょー?」


「うん……だけど……みんな、あんなにすごい演奏だったのに……それで私も、実力以上の力を出せたはずなのに……小学生の女の子に負けちゃうなんて……」


「ふーん。でも、完成度で言ったら完敗なんじゃないかなぁ。あちらさんは、ずいぶん場慣れしてるみたいだったしねぇ」


 和緒がいつもの調子で応じると、栗原理乃は「でも……!」と声を震わせた。


「でも……私は、悔しいです……もっと練習を頑張れば、優勝できたかもしれないのに……」


「あはは! 理乃って意外に、負けず嫌いだったんだねー! だからピアノのコンクールとかでも、気負いすぎちゃったのかなー!」


 町田アンナは、あくまで陽気である。

 ただ、その眼差しは優しかった。


「まあ、悔しいんだったら、好きなだけ泣いてかまわないさ! それで明日から、また頑張ろーよ! ウチは優勝とかどーでもいいけど、世界で一番かっちょいいバンドにするのが目標だからさ! そうしたら、どんなイベントでも優勝まちがいなしだよー!」


「世界一のバンドが、コンテスト形式のイベントなんぞに出場するもんじゃないよ」


「今のは、もののたとえっしょー? もー、和緒もクールぶってないで、理乃をなぐさめてよー!」


「そんな大役は、幼馴染におまかせするよ」


 和緒は和緒で、あくまでクールである。

 めぐるとしては、栗原理乃が心配でならなかったが――それでもやっぱり心の片隅では、満ち足りた思いを噛みしめていた。クールな和緒も、陽気な町田アンナも、繊細な栗原理乃も――誰もが等しく、好ましく思えてならなかったのだ。


 昼から夜まで同じ場所で過ごし、『KAMERIA』の初ライブという重大な体験を共有しながら、やっぱりひとりずつの心持ちは異なっているのだろう。これだけ気性の異なる四人が集まっているのだから、それが当然の話であるのだ。

 しかしそれでも、めぐるたちはこうして同じ場所に寄り集まっている。これからどこかで食事をして、週明けからはまた部室で練習だ。そしていつかは通常の形式でライブに臨み、十月には文化祭に参加することになるのかもしれない。そんな想像を巡らせるだけで、めぐるは幸福な心地であった。


 こんな幸福な時間がいつまで続くのかはわからない。

 ただめぐるは先のことなど考えず、この愛おしいメンバーたちとどこまでも転がっていきたかった。その先にどんな未来が待っていようとも、今この瞬間がこれだけ幸福であるならば、まったく恐れる気持ちにはなれなかったのだった。


「なんだか……わたしももっと、ベースを弾きたい気分です」


 めぐるが思わずそのようにつぶやいてしまうと、三名全員がきょとんと振り返ってきた。


「なにそれー! いくら何でも、トートツすぎるっしょ! めぐるって、たまーに天然がバクレツするよねー!」


「今のはまさか、ブイハチの方々がスタジオに向かうっていう発言に対するアンサーなの? だとしたら、尋常でない時間差攻撃だね」


「遠藤さんは……そんなに音楽を楽しんでいるから、こんなに物凄いスピードで成長できるんでしょうね……」


 町田アンナは笑い、和緒は肩をすくめ、栗原理乃はしみじみと息をついている。そんな愛おしい三人に向かって、めぐるは笑いかけてみせた。


「的外れなことを言ってしまって、どうもすみません。これからも、何かとご迷惑をかけるかと思いますが……どうかよろしくお願いします」


「だから、フォローになってないっての」


 和緒がめぐるの頭を小突くと、町田アンナばかりでなく栗原理乃も笑った。それにつられて、めぐるも笑い――そうして四人はあらためて、何が待つとも知れない薄闇の向こうへと足を踏み出すことに相成ったのだった。

ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

第一章である『-Disc 1-』はこれで終了となり、次回からは新章を開始いたします。

なお、次回の更新は7月29日(土)で、その後はしばらく隔日で更新していく予定です。

引き続きお楽しみいただけたら幸いでございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 音楽に関して疎いでありながらすごく楽しめました。続きも楽しみです
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