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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 1-

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07 授賞式

 しばらくして、めぐるたちが事務室を出ていくと、ライブハウスの関係者と思しき人物とイベントの関係者と思しき人物にびっくりまなこで出迎えられることになった。


「あっ。目が覚めたんですね。お体のほうは、大丈夫ですか?」


「は、はい。ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」


「いえいえ。いきなりのことでびっくりしましたけど、元気になったのならよかったです。これなら、病院は必要なさそうですね」


 イベントの関係者と思しき人物が、ほっと胸を撫でおろす。きっとイベントの最中に出演者が病院に担ぎ込まれたりしたら、誰かしらが責任を問われることになってしまうのだろう。そんな事態に陥らなかったのは、誰にとっても幸いな話であった。


「間もなく九番目のステージが終わるところですよ。今日のイベントもあと少しなので、無理をしないで体を休めてくださいね」


「は、はい。お気遣いありがとうございます」


 めぐるたちがそのように語らっていると、客席ホールに通じる扉からわらわらと人が出てきた。九番目の出演者が、演奏を終えたのだ。そしてこちらには、見覚えのある面々が近寄ってきた。


「やあやあ、めぐるっちも目が覚めたんだねぇ。体のほうは大丈夫かなぁ?」


「あ、ど、どうもすみません。みなさんにまで、ご心配をかけてしまって……」


「うんうん。最初は何かの演出かと思っちゃったよぉ。和緒っちが王子様みたいにかっこよくて、何かのお芝居みたいだったからさぁ」


 浅川亜季は普段と変わらず、のほほんと笑っている。そのかたわらで、ハルは満面の笑みであった。


「でも、何事もなくてよかったよー! 夏場はこういうのが怖いよねー!」


「ふん。あのまま倒れてたら、せっかくのベースもネックがへし折れてたかもね」


 フユは、あくまでクールである。しかしこういう物言いは和緒で免疫がついていたため、めぐるも戸惑うことはなかった。


「それにしても、すごい演奏だったねぇ。あたしは血がたぎるような思いだったよぉ」


 と、浅川亜季がのんびりとした笑顔で言葉を重ねてくる。


「これぞ初期衝動のカタマリって言いたくなるようなステージだったよねぇ。これは将来が楽しみでならないなぁ」


「うんうん! あたしも、想像以上だったよ! 高校生とは思えないプレイだったけど、高校生ならではの勢いなのかなー! 何より、四人とも個性がすごいしね!」


「ふん。リッケンベースの扱いは、邪道中の邪道だったけどね」


 そんな風に言ってから、フユはサングラスをかけた顔をめぐるのほうに寄せてきた。何かお香のような香りが、めぐるの鼻腔をくすぐってくる。


「でも、あんた……本当にキャリアは三ヶ月かそこらなの? その前に、別の楽器でも習ってたとか?」


「い、いえ。音楽は、本当に素人で……最初はギターとベースの区別もつかないぐらいでしたし……」


「あっそう」と、フユは身を引いた。


「ま、今日のライブだけじゃ採点できないね。ただのビギナーズラックって可能性もありえるんだからさ」


「またまたぁ。演奏の出来に、運は関係ないでしょうよぉ。『KAMERIA』は、化け物のタマゴだと思うよぉ」


 そんな風に言いながら、浅川亜季はゆったりと『KAMERIA』のメンバーを見回してきた。


「めぐるっちも和緒っちも、アンナっちもリィ様っちも、このままガンガン突き進んじゃってねぇ。あたしらも、負けずに頑張るからさぁ」


「りょうかーい! いつかブイハチのおねーさんたちも、一緒にライブをやろうねー!」


 町田アンナは相変わらずの無邪気さであったが、めぐるは何だか胸の詰まるような思いであった。『V8チェンソー』のメンバーたちに『KAMERIA』の演奏を楽しんでもらえたという事実が、想定以上の勢いでめぐるの胸を圧迫してきたのだ。浅川亜季のふにゃんとした笑顔も、ハルの温かい笑顔も、フユの冷ややかな顔までもが、めぐるの情動を揺さぶってやまなかった。


 そうして客席に戻ったのちは、他なる面々にも取り囲まれる。それは町田家のご家族と、軽音学部の先輩がたと――そして、イベントのトップバッターを務めた『ケモナーズ』の面々に他ならなかった。


「みなさんのステージ、すごかったです! 勢いだけは誰にも負けないつもりだったのに、鼻をへし折られちゃいました!」


 真っ先にそんな言葉をぶつけてきたのは、『ケモナーズ』でヴォーカル&ギターのパートを受け持っていた女性である。今年も軽音学部のコンクールに出場するということは、こちらの面々も高校生であるのだろう。愉快な着ぐるみを脱いでしまえば、どこにでもいそうな少年少女たちであった。


「本当にね。わたしはもう、開いた口がふさがらなかったよ。あなたたちは、もともとすごいプレイをしてたけど……二ヶ月前とは、もはや別人だね」


 宮岡部長は、懸命に昂揚を押し殺しているような面持ちであった。

 そして二年生の男女コンビに至っては、子供のように瞳をきらめかせてしまっている。


「え、遠藤さんは、本当に今年の春からベースを始めたのかい? 正直言って、僕なんてとっくに追い抜かれちゃってるよ」


「うん! 音もすごかったよね! あんな迫力のあるベースは、初めてかも!」


 ろくに口をきいたこともない先輩がたに賞賛の言葉をぶつけられて、めぐるはへどもどするばかりである。

 すると、家族団欒で語らっていた町田家の面々から、二人の少女が駆け寄ってきた。


「めぐるちゃんと和緒ちゃんも、おつかれさまー! 二人とも、すっごくかっこよかったよー!」


「うん。お姉のライブは何回か見たことあるけど、今日のステージは比べ物になりませんでした」


 下の妹は町田アンナさながらの無邪気さであり、上の妹はちょっぴり大人びた表情でただ小麦色の頬を紅潮させている。そしてやっぱり、めぐるはあたふたとして上手い言葉を返すこともできなかった。


「ところで、体のほうは大丈夫ですか? あれって芝居じゃなく、マジだったんですよね?」


「は、はい。昨日はちょっと、寝不足だったもので……」


「うちのお姉も寝てないとか言ってたけど、アレは真似しちゃダメです。夏場は体調管理に気をつけてください」


 どうやら上の妹は、めぐるよりもよっぽどしっかりしているようであった。

 そんな中、客席の照明が落とされる。最後の出演者の演奏が開始されるのだ。下の妹は慌ててヘッドホンタイプの耳栓をしながら、両親のもとに戻っていった。


 最後の出順となったのは、あの動画サイトで話題であるという小学生ピアニストだ。

 確かに彼女は、歌もピアノも達者であった。歌のほうは小学生ならではのキーの高さで、ピアノのほうはとにかく猛烈な勢いである。和緒いわく、彼女は小学生らしからぬ速弾きのプレイで人気を博しているのだという話であった。


 そちらの演奏が終了したならば、最後は『オーバードライバーズ』によるスペシャルライブショーである。

 その演奏は――めぐるにとって、何とも評価の難しい内容であった。完成度が高いのか低いのか、どうにも判断がつかなかったのだ。


(音はすごく聴きやすいし、ミスらしいミスもないんだけど……でも、何なんだろう? なんだか、すごく……物足りなく感じちゃうなぁ)


 演奏力は、本日出演したどのバンドよりも秀でているように感じられる。しかしそこには、何かが欠けていた。彼女たちは元気いっぱいで、誰もが笑顔であったのだが、他のバンドに感じるような熱というものが感じられなかったのだ。


 その中で、ひとときだけめぐるの胸を揺さぶる時間があった。

 土田奈津美による、ギターソロである。浅川亜季ほどの迫力や技術は感じられないが、そのギターソロがお披露目されている時間だけ、ふいに人間くさい熱気が舞い降りたかのようであった。

 しかし、ギターソロが終了すると、また無味乾燥な演奏に戻ってしまう。まるで、彼女の踏んだエフェクターに特別な仕掛けでもあるかのようだった。


「ふん。こいつらは本当に、素人の寄せ集めだね。何が楽しくて、ステージに立ってるんだか」


 演奏の終了後、フユはいかにも不機嫌そうな声音でそう言いたてた。


「で、でも、演奏は下手ではなかったですよね? 音もすごく聴きやすかったですし……」


 めぐるがおずおずと発言すると、たちまちサングラス越しににらみつけられた。


「……あんた、あんな演奏が好みだっての?」


「い、いえ。特に悪いところはないのに魅力を感じないのが不思議だなぁと思って……あっ、元メンバーさんのバンドなのに、どうもすみません!」


「あはは。めぐるっちも、なかなか辛辣だねぇ。まあ、あたしらはそのおかげで活路を見いだせたんだけど……あのバンドには、めぐるっちのありがたいお言葉も無用の長物かなぁ」


 と、浅川亜季がチェシャ猫のように笑いながら割り込んできた。


「まあ、きっとあの娘さんたちは事務所の意向でバンドを組まされたんだろうねぇ。それなりに練習はしてきたんだろうけど、やる気のなさが演奏に出ちゃってるんだと思うよぉ」


「そ、そうなんですか。やる気もないのにあんな演奏ができるなんて、逆にすごいと思いますけど……」


「あんな演奏って、ミスらしいミスがないことかなぁ? あれはミスが出ないように、シンプルなアレンジにされてるんだと思うよぉ。楽器のチョイスも音作りも、みんな事務所の指示通りなんだろうしねぇ。そうじゃなきゃ、ナツがハムバッカーのギターなんて使うわけがないからさぁ」


「はあ……そうなんですか……」


「うん。あたしはべつだん、アイドルを下に見てるわけじゃないんだけどさぁ。熱意のない人間は、何をやったってつまらないよねぇ。むしろ、本気でアイドルを頑張ってる人らこそ、あんなステージは鼻で笑うんじゃないかなぁ」


 どうもこれは、初心者のめぐるには荷が重い議題であるようであった。

 ただ一点だけ、理解できたこともある。もし本当に、楽器のチョイスにも音作りにも自分の意思が反映されないというのなら――めぐるだって、そんな環境で楽しく演奏できるとは思えなかった。


(だけど、それでも……あの土田さんっていう人は、何とか自分らしさを出そうと頑張っていたのかなぁ)


 めぐるはそのように考えたが、それを口にする気にはなれなかった。

 そうしてめぐるたちが語らっている間に、客席の人間が増えていく。間もなく審査の結果が発表されるので、すべての出演者が集まり始めたのだろう。そこはかとなく、これまでと異なる熱気がたちこめてきたようであった。


「ああ、これって優勝した組が全国大会に出場するとかいうイベントだったっけぇ。めぐるっち、自信のほどはいかがかなぁ?」


「じ、自信はまったくありません。それに、わたしは……コンテストとかに、あまり興味を持てないみたいです」


 浅川亜季は、「そっかぁ」としか言わなかった。

 めぐるは何だか落ち着かない心地で、周囲のメンバーたちに視線を走らせる。しかし、三名ともに普段通りのたたずまいであった。


「ウチも、コンテストとかは興味ないからねー。今度はちゃんと、普通のブッキングでライブをやりたいしさ!」


 町田アンナはそのように語っていたし、和緒も栗原理乃も異論はないようであった。

 それでめぐるも、安堵する。もしも優勝できなかったことを気に病むメンバーがいたならば、そちらのほうこそが心配であったのだ。


『みなさん、お疲れ様でした! およそ四時間にわたった本日のイベントも、ついにクライマックスを迎えました! 熱い演奏でイベントを盛り上げてくださった出演者のみなさんに、あらためて感謝の言葉をお伝えさせていただきたく思います!』


 ふくよかな体格をしたシバウラ楽器のマネージャー氏が、にこにこと笑いながらそのように宣言する。女性のシンガーソングライターは穏やかな笑顔で、音楽雑誌の編集長は仏頂面だ。


『それではこれより、本日の優勝者を発表いたしますが……本来音楽というものは、他者と優劣を競うものではありません! 惜しくも優勝を逃した方々も、どうか引き続き音楽活動をお楽しみください! 我々は、若い方々の間で音楽文化が盛り上がることを、何より熱望しております!』


 そのような念押しをされなくとも、めぐるの心は決まっていた。

 町田アンナはあくびまじりに、和緒と栗原理乃はポーカーフェイスでマネージャー氏の言葉を聞いている。そんなメンバーのたたずまいも、めぐるには心強い限りであった。


『それでは、優勝者の発表です! 本日の優勝者は……エントリーナンバー10、シバウラ楽器柏店からエントリーした、クラヴィアさんです!』


 それはつい先刻演奏を披露した、噂の天才小学生であった。

 クラヴィアというのは、動画チャンネルで使用しているニックネームなのだろう。フランス人形のごときドレスに着替えていたその女の子は、晴れやかに笑いながらステージの上にあがっていった。


 シンガーソングライターの女性が、記念の盾を受け渡す。客席の人々はおおよそ拍手で祝福していたので、めぐるもそれにならうことにした。


「……ふん。つまんない結果だね。けっきょくは、ネームバリューか」


 拍手の底を這いずるように、フユの低い声が聞こえてくる。

 すると、ハルが「まあまあ」とたしなめた。


「実際あの子は、歌もピアノも上手だったしさ。それにやっぱり、場慣れしてるんだろうね。動画の撮影だけじゃなく、きっとピアノのコンクールとかにも出てたんじゃないのかな。小学生がリハ無しのライブであそこまでできるのは、やっぱりすごいと思うよ」


「うんうん。このイベントだって、立派なコンクールなわけだしねぇ。コンクールにはコンクールの採点方法ってのがあるんだろうさぁ」


 そんな風に言いながら、浅川亜季はめぐるに向かってにんまりと笑いかけてきた。


「ま、あたしが審査員だったら、迷うことなく『KAMERIA』に一票いれてただろうけどさぁ。きっとそれだと、コンクールがわやくちゃになっちゃうんだよぉ」


「はい。わたしは気にしていないので、大丈夫です」


 めぐるは本心から、浅川亜季に笑顔を返すことができた。

 そんな中、マネージャー氏が『さて!』と声を張り上げる。


『本来であれば、授賞式はここまでなのですが……今回は特別に、審査員特別賞というものを設けることになりました! 全国大会に出場できるのは優勝者のクラヴィアさんのみですし、予定外の措置であったため記念の盾なども準備がないのですが、どうかご了承をいただきたく思います!』


「お?」と、浅川亜季がいっそう口の端をあげる。

 そして、驚くべき言葉がホール内に響きわたった。


『それでは、発表します! 審査員特別賞を受賞したのは……エントリーナンバー5,「KAMERIA」の方々です! 代表者の方、ステージにどうぞ!』


「ありゃりゃ。代表者って、ウチのことかー」


 町田アンナはオレンジ色の頭をひっかき回しながら、ステージに向かう。その行き道でも惜しみなく拍手が届けられており、町田アンナの妹たちもきゃあきゃあとはしゃいでいた。


『実のところ、本日の選考は最後の最後までクラヴィアさんと「KAMERIA」さんで争われることになったのです! それでも優勝者はひと組と決められていましたので、苦肉の策としてこちらの賞を設けることになりました! 記念の品も準備がなかったため、せめて副賞としてギフトカードを授与させていただきます!』


 マネージャー氏の言葉に従って、仏頂面の雑誌編集長が白い封筒を差し出す。とたんに、町田アンナは顔を輝かせた。


『ギフトカード? やったやったー! みんなで山分けするよー! どうもありがとー!』


 ハンドマイクはマネージャー氏の手に握られたままであったのだが、町田アンナの声があまりに元気であったために、マイクで音を拾われてしまった。客席には笑い声がわきかえり、和緒は溜息をつく。


「ああもう、共感性羞恥が刺激されてならないよ。いい機会だから、ここで脱退させてもらおうかなぁ」


「あはは。そうしたら、わたしが泣いて取りすがることになっちゃうけどね」


 めぐるがそのように応じると、和緒は頭を小突いてきた。

 町田アンナはえっへんとばかりに胸をそらせて、客席に白い封筒を見せびらかしている。そんな町田アンナの勇姿を見守りながら、めぐるは何だか満ち足りた気持ちであった。


(コンテストなんかに興味はないって思ってたけど……選ばれたら選ばれたで、けっこう嬉しいもんなんだなぁ)


 それに、優勝ではなく審査員特別賞であるというのが、何だか『KAMERIA』には相応しいように思えてしまう。

 これはあくまで、めぐる個人の見解であるが――めぐるは「優れている」と評されるよりも、「特別である」と評されたほうが、心をくすぐられるのかもしれなかった。


(それはきっとわたしにとって、『SanZenon』や『V8チェンソー』が……それに『KAMERIA』が、特別な存在だからなんだろうな)


 そんな思いを噛みしめながら、めぐるはステージ上の町田アンナに拍手を送った。

 それから、はたと思いあたる。現在のめぐるは、拍手を送る側ではなく送られる側であったのだ。

 そんな風に考えると、めぐるはいっそう温かい気持ちを授かることができたのだった。

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