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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 1-

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06 夢のあと

「あー、起きた起きた! めぐる、だいじょーぶ?」


 めぐるが覚醒すると、目の前に町田アンナの心配げな顔が迫っていた。


「わっ……ど、どうしたんですか、町田さん……?」


「どーしたはこっちのセリフでしょー? もー、あんまり心配させないでよねー!」


 町田アンナは深々と息をついてから、身を引いた。

 めぐるはさっぱりわけもわからないまま、半身を起こす。そこは見知らぬ雑然とした部屋であり、めぐるは床に敷かれた毛布の上に横たわっていたのだった。


「こ……ここはどこですか?」


「ここはライブハウスの事務室だよー! めぐるがぶっ倒れちゃったから、とりあえず休む場所を貸してもらったのさ! もー、このまま起きなかったら、救急車を呼ばれるところだったんだからねー!」


 そんな風に言ってから、町田アンナはにぱっと笑った。


「だけどまあ、めぐるはすやすや眠ってるだけだったから、そこまで心配はしてなかったけどさー! ウチらをこんなに心配させて、ノンキなもんだよねー!」


「わ、わたしは倒れちゃったんですか? それじゃあ、あの……ライブのほうは……?」


「覚えてないのー? 演奏が終わると同時に、バターンって倒れそうになっちゃったんだよー! スイッチが切れたみたいな勢いだったから、ホントにびっくりしちゃったよー!」


「ああ……それじゃあ、演奏は最後までできたんですね。夢じゃなくて、よかったです……」


「演奏のことより、自分の心配をしなさいな」


 と、横からのびてきた手が、めぐるの頭をわしゃわしゃとかき回してくる。めぐるが振り返ると、そちらには半分まぶたを閉ざした和緒のポーカーフェイスが待ちかまえていた。


「めぐるが無事に済んだのは、和緒のおかげだよー! ドラムセットをぴょーんって跳び越えて、めぐるを支えてくれたんだからねー! 和緒がいなかったら、床に頭でも打ってたんじゃないかなー!」


「えっ……ご、ごめんなさい、かずちゃん。こんな日にまで、面倒かけちゃって……」


 和緒は、「おうよ」としか言わない。そしてその間も、まだしなやかな指先がめぐるの頭をかき回し続けていた。


「やっぱ、寝不足のせいなのかなー? リィ様だって倒れたりしなかったのに、めぐるはナンジャクだなー! うちの道場で、鍛えなおしてあげよっか?」


「い、いえ……こ、今後は気をつけます。ご、ご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした」


 すると、横合いからアイスブルーのきらめきが接近してきた。

 誰よりも白い指先が、めぐるの手をそっとつかんでくる。めぐるがそちらを振り返ると、黒いレースに隠された目がめぐるを見つめていた。


「とにかく、無事に目を覚まされてよかったです。ご自分のために、どうか今後はご自愛ください」


「は、はい。ありがとうございます」


 栗原理乃はいまだリィ様の状態で完全無欠の無表情であったが、その手に込められた力が何より心情を物語っていた。

 そこでようやくめぐるの頭から手を離した和緒が、スポーツドリンクのペットボトルを突きつけてくる。


「とりあえず、水分だけでも補充しておきなさいな。次に倒れたら、遠慮なく見捨てさせていただくからね」


「う、うん。ありがとう……」


 あらためて、めぐるは自らの状態を検分することにした。

 パープルのTシャツは汗を吸って冷たくなっていたが、上に自前のパーカーを掛けられていたためか、体は冷えていない。喋っている内に頭がすっきりしてきたし、和緒からいただいたスポーツドリンクをいただくと、驚くぐらい清涼な心地になってきた。


「……わたしはどれぐらいの間、意識を失ってたんだろう?」


「ざっと三十分ってところかね。今は八番目のバンドが演奏を始めたところだよ」


「三十分……あっ! わ、わたしのベースは……?」


「ベースやエフェクターなんかは、ウチとリィ様で片付けておいたよー! 和緒のおかげでベースも無事だったから、心配はいらないって!」


 めぐるは心の底から安堵して、もういっぺんメンバーの全員に「ありがとうございます」と頭を下げることになった。


「そんな何べんも頭を下げなくていいってばー! それより、楽しかったねー!」


 町田アンナは真夏の太陽のように輝く笑顔を、めぐるに近づけてきた。


「ウチ、こんなに楽しいライブは生まれて初めてだったよー! リハ無しでたった二曲のステージだったのに、カンゼンネンショーの気分だもん! めぐるもリィ様も和緒も、いつも以上にバッチリだったねー!」


「はい。これまででもっとも完成度の高い演奏であったかと思います。本番では練習の半分も力を出せないものだと聞いていたのですが、一概にそうとは言い切れないようですね」


 栗原理乃が感情の欠落した声音で応じると、町田アンナは「ほんとだねー!」といっそうにこやかに声を張り上げた。


「ミスとかそんなのは最初っから気にしてなかったけど、とにかくノリノリで気持ちよかったー! ね、めぐるもそう思うでしょ?」


「は、はい。普段以上に、気持ちよく演奏することができました」


「だよねー! めぐるのベースも、うねりまくってたもん! 相変わらず、指板とにらめっこだったけどさー! あんな黙々と極悪な音を鳴らすんだから、あれはあれでかっちょいーかもねー!」


 町田アンナはけらけらと笑いながら、和緒のほうに向きなおった。


「和緒も、楽しかったでしょー? プレイはいつも通りケンジツだったけど、音がイキイキしてたもん!」


「さて、どうだかね。緊張のあまり記憶が曖昧で、なんとも判断がつかないところだよ」


「またまたー! どんなにクールぶったって、音でバレバレなんだからねー! とにかく今日は、最高だったよー!」


 そうして町田アンナは、最後に栗原理乃を振り返った。


「リィ様も、これで吹っ切れたっしょ? あーんなすごいステージができたら、もう何にも気にする必要はないって! これからも、『KAMERIA』を頑張っていこうねー!」


「……はい。私もプレッシャーに屈することなく、現時点におけるベストのプレイを披露することができたように思います。でも……すべての判断は、みなさんに託したく思います」


 栗原理乃は人形のような無表情のまま、わずかに声を震わせた。


「私は……今後もこちらのバンドを続けていくことを許されますでしょうか?」


「あったりまえじゃーん! 失敗したってよかったのに、大成功だったんだからねー!」


「は、はい。私も栗原さんと――あ、いえ、リィさんとバンドを続けていきたいです」


「本人にやる気があるんなら、文句をつける理由はないでしょうよ。トラウマ克服、おめでとさん」


「ありがとうございます」と、栗原理乃は一礼した。

 すると、透明にきらめくものが、床に滴る。黒いレースからにじんだ涙が、ひとしずくだけこぼれ落ちたのだ。


 めぐるは、幸福な心地であった。

 最後の最後で大失態を見せてしまったが、それでも演奏だけはやりとげることができたのだ。そして、めぐるは半分正気を失っていたために、演奏中の幸福感が実情を反映しているのかどうか、まったく心もとなかったのだが――三人の反応を見る限り、めぐるは夢や幻想を見ていたわけではないようであった。


「……みなさん、ありがとうございます。この四人でバンドを組めて、わたしは本当に幸せです」


 めぐるがそのように伝えると、町田アンナがきょとんとした顔で振り返ってくる。そしてすぐさま、それはおひさまのような笑顔に切り替えられた。


「お礼を言いたいのは、こっちだよー! めぐるも和緒もリィ様も、みんなみんなありがとねー!」


「はい。こちらこそ、ありがとうございます」


「今度は感謝の応酬かい。ガラじゃないんで、あたしは傍観させていただくよ」


 そんな三人の言葉に包まれていると、めぐるはますます幸福な心地になっていく。

 客席の面々がどのような感想を抱いたかは不明であったが――『KAMERIA』のメンバーは、望む通りの演奏をやりとげることがかなったのだ。めぐるにとって、それより重要なことは他に存在しなかったのだった。

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