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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 1-

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03 イベント開始

 イベント開始の午後二時まであと数分というタイミングで、新たな面々が来場してきた。めぐるたちがチケットを売りつけた、軽音学部の先輩がたである。


「おー、センパイがたもいらっしゃーい! 今日はわざわざありがとねー!」


 たとえ部活の先輩が相手でも、町田アンナの元気な応対に変わるところはない。それを迎え撃つのは宮岡部長と、二年生の男女部員であった。幽霊部員である三年生のベーシストはもちろん、ドラマーである寺林副部長も、『KAMERIA』のライブに興味を示さなかったのだ。


「それにしても、早かったねー! センパイがたにも、出番の時間は連絡したっしょ?」


「最初に出るバンドが、知り合いだったんだよ。去年のコンクールでもご一緒したバンドでね」


 宮岡部長は、いつも通りの落ち着きで言葉を返してくる。コンクールの出場を拒否しためぐるたちが他なるイベントに出場することにも、取り立てて腹は立てていない様子である。

 いっぽう男女の二年生コンビは、めぐるたちと同席していた面々の姿に目を剥いていた。


「あ、あれ? もしかして、『V8チェンソー』のメンバーさんですか?」


「うん、そうだよぉ。どこかでお目にかかったかなぁ?」


「い、いえ。でも僕たち、ライブハウス主催の野外フェスとか周年イベントとかはなるべくチェックしてるんで、みなさんのステージは何回か拝見しています」


 そんな風に語る男子部員の顔が、驚きから感嘆の表情に移り変わっていく。そしてそれは、隣の女子部員も同様であった。


「みなさんのライブ、すごく素敵でした。でも……今年になって、ヴォーカルさんが脱退しちゃったんですよね?」


「そうなんだよぉ。でも、ようやく3ピースの編成で活路を見いだせたからさぁ。またどこかでお目にかかったら、よろしくねぇ」


「はい、楽しみにしています。……でも、どうしてみなさんがうちの後輩たちとご一緒してるんですか?」


「あはは。めぐるっちは、あたしらにとって大恩人だからさぁ」


 浅川亜季のそんな言葉に、両名は再び仰天することになった。めぐるとしては、いささか居たたまれない心地である。


「お、恩人なんて、大げさです。わたしのほうこそ、お世話になってばっかりで……」


「うんうん。そこは持ちつ持たれつでいこうかぁ。今後とも仲良くさせてねぇ」


 何だかまた浅川亜季が肩を抱いてきそうな気配であったため、めぐるはこそこそと和緒の陰に隠れることになってしまった。過剰なスキンシップというのは、めぐるにとって不慣れな領分であるのだ。


「……まあとにかく、あなたたちの演奏も楽しみにしてるよ。きっとこの二ヶ月ぐらいで、いっそう腕を上げてるんだろうしね」


 こちらの会話が一段落するのを待って、宮岡部長がそのように語った。


「ちなみに最初に出るバンドは、軽音部のコンクールで準優勝してるんだよ。それで今年は、優勝を狙おうって意気込みらしいね」


「ふーん。ま、よそはよそ、うちはうちってことで! どっちのステージも楽しんでいってよ!」


「うん、そのつもりだよ。ところで、栗原さんは――?」


 と、そこで軽音学部の先輩がたも、『V8チェンソー』のメンバーと同じ驚きを共有することになったわけであった。


「あ、あなたが栗原さんなの? よりにもよって、あなたがそんな格好をするなんて……ちょっぴり意外だね」


「そうですか」と、栗原理乃は別人格としてのスタンスを崩さない。ある意味では、奇抜な髪色や黒い目隠しよりもその冷ややかな態度こそが、もっとも余人を驚かせているのかもしれなかった。


 それからほどなくして、客席の照明が落とされる。ステージの幕が開かれると、そこに立ち並んでいたのは最初の出演バンドではなく『オーバードライバーズ』の面々であった。


『みなさん、こんにちはー! 本日の司会進行を務めさせていただく、「オーバードライバーズ」でーす!』


 ヴォーカルのミッキーなる少女が周波数の高い声音で宣言すると、その勢いにつられた様子で拍手が打ち鳴らされた。客席のホールには五十名ばかりの人間がたたずんでいたが、その半数ていどは出演者のようである。


 そうしてステージでは、また四名の少女たちが代わるがわるでイベントの内容を説明していく。『V8チェンソー』の元メンバーであるナッチこと土田奈津美も、別人のごとき笑顔でその役目を果たしていた。


『という感じで、本日は十組の若きアーティストが全国大会への出場をかけて、熾烈なライブバトルを繰り広げるわけですねー! いったいどのアーティストが優勝するのか、みなさんも最後まで見届けてくださーい!』


『わたしたちも最後にスペシャルライブをお披露目しますので、楽しみにしていてくださいねー!』


『それでは、「ニュー・ジェネレーション・カップ」、いよいよ開幕です!』


『最初の出演者はシバウラ楽器千葉店からエントリーした五人組、「ケモナーズ」のみなさんでーす!』


 ステージの袖から、五名のメンバーたちがわらわらと入場する。その姿に、めぐるはぎょっと身を引くことになった。彼らは全員、動物の着ぐるみめいたものに身を包んでいたのだ。

 しかしまあ、それほど本格的な着ぐるみではなく、ルームウェアの類いであるのだう。フリース素材で手足の先は露出しているし、頭部はフードに動物の顔がプリントされているのみである。ヴォーカル&ギターは猫、リードギターは犬、ベースは豚、キーボードはニワトリ、ドラムはゴリラというラインナップだ。


『こんにちはー! わたしたちが、「ケモナーズ」でーす!』


 猫の姿をした女性ヴォーカルがその手のギターをかき鳴らすと、『オーバードライバーズ』のメンバーたちはひらひらと手を振りながらステージの袖に消えていった。

 客席からは、それなり以上の歓声があげられている。おおよそは、同世代の少年少女たちだ。もしかしたら、彼らはノルマ以上のチケットをさばいてお客を集めたのかもしれなかった。


『今日は短いステージなので、最初から全力でトバしていきますねー! みんなも十分間で完全燃焼しちゃってくださーい!』


 そんな威勢のいい宣言とともに、演奏が開始された。

 二本のギターとキーボードまで加えられた、豪華な演奏だ。それでベースもトレブルを強調した硬い音作りであったため、ずいぶん音がぶつかってしまっていたが――ただ、勢いだけはなかなかのものであった。


 アップテンポで、ノリがよくて、ひたすら明るい印象だ。おそらくは、コードのメジャー感を前面に押し出しているのだろう。さらにはヴォーカルの歌声も、元気いっぱいのスタイルであった。

 ただやはり、めぐるがこれまで目にしてきたバンドと比べると、演奏の未熟さは否めない。五種の楽器はそれぞれリズムがちぐはぐであったし、二本のギターは音が入り混じってどちらが何を弾いているのかも判然としなかった。


(やっぱり楽器が増えれば増えるほど、音作りっていうのは大変なんだろうなぁ)


 めぐるとしては、そんな感慨を噛みしめるばかりであった。めぐるなどは相手がギター一本であっても、音作りに四苦八苦させられているのだ。こちらのバンドもベースのトレブリーな音色が他の楽器とぶつかってしまっているが、ここにめぐるの歪んだサウンドなどを持ち込んだらいっそう収拾がつかなくなるはずであった。


 ただ、演奏をしている本人たちは、とても楽しそうだ。

 きっと彼らもこの日のために、膨大なエネルギーを練習に注ぎこんできたのだろう。演奏力はいまひとつであるし、楽曲の雰囲気も決してめぐるの好みではなかったが――ただその楽しそうな姿を見ているだけで、めぐるはそこはかとなく温かい心地であった。


 さらに二曲目では、一曲目よりもさらにアップテンポの楽曲がお披露目される。ドラムがひとりで先走り、他の面々が置いていかれそうな雰囲気であったので、めぐるはずいぶんひやひやさせられてしまったが、それでも何とか致命的な崩壊を起こすことなく、演奏は終了した。


『どうもありがとうございましたー! 時間のある人は、最後まで楽しんでいってくださーい!』


 拍手と歓声の吹き荒れる中、ステージの幕が閉ざされていく。

 すると、その手前の空間に『オーバードライバーズ』の面々が出現した。


『エントリーナンバー1、「ケモナーズ」のみなさんでしたー! いやあ、高校生らしい元気いっぱいのステージでしたねー!』


 どうやら転換のインターバルは、彼女たちのMCで繋げられるらしい。

 それを横目に、宮岡部長がめぐるたちを振り返ってきた。


「どうだった? これがコンクールで準優勝を飾るバンドのレベルだよ」


「んー。これって、オリジナルだよねー? けっこういい感じだったと思うよー」


 町田アンナが気安い調子で答えると、宮岡部長は真剣な面持ちで詰め寄った。


「興味なさげな態度だね。もうこのていどのレベルじゃ満足できないってこと?」


「そんなエラそうなこと言うつもりはないけどさー。センパイだって、ウチらの練習を覗き見したっしょ? とりあえず、ウチの好みのジャンルじゃないんだよねー」


「そっか。まあ、ジャンルの好みは人それぞれだもんね」


 宮岡部長がしかたなさそうに口をつぐむと、町田アンナは不思議そうに小首を傾げた。


「ブチョーさんは、なんでそんなマジモードなの? もしかして、まだコンクールってやつにこだわってるとか?」


「今年のコンクールは、もうエントリー期間を過ぎちゃってるけどね。でも、来年や再来年にあなたたちが活躍してくれるんじゃないかって、期待はしてるよ」


 そう言って、宮岡部長はわずかに口もとをほころばせた。


「まあその頃には、わたしも卒業しちゃってるけどさ。期待するのは、こっちの勝手でしょ?」


「うん。期待に応えられるかどうかはわかんないけど、それはブチョーさんの自由だと思うよ」


 町田アンナも、にっと白い歯をこぼす。

 するとこちらでは、浅川亜季がめぐるに語りかけてきた。


「ねえねえ。めぐるっちとしては、どんな感想になるのかなぁ?」


「え? わたしは、その……みんな楽しそうでよかったなって思ったぐらいですけど……」


「ふむふむ。プレイヤー的な観点からは、如何かなぁ?」


「わ、わたしはそんな、偉そうなことは言えないですけど……ただ、楽器が多いと音作りが大変そうだなぁって思いました」


「なるほどぉ」と、浅川亜季はチェシャ猫のように笑う。

 めぐるとしては、この短いやりとりだけで内心を見透かされたような心地であった。


「こっちのほうこそ、先達のご意見をうかがってみたいもんですね。みなさんだったら、今のバンドはどういう評価になるんです?」


 和緒がそのように言いたてると、浅川亜季ではなくハルが答えた。


「コンセプトは面白いと思ったよー。楽曲の雰囲気も、衣装にマッチしてたしね。欲を言うなら歌詞とかにも動物要素を盛り込んで、コスプレ衣装にもうひと押し必然性をもたせてほしかったかなー。まあ、高校生でそこまでできたら、大したもんだけどさ」


「ほうほう。ハルさんは、演奏面よりそういう部分を重視してるわけですか」


「もちろん、演奏力ってのは大事だけどさ。でも、それより重要なのは、何ができるかより何をやりたいかじゃない? 高校生だったら、なおさらにね」


 そんな風に言いながら、ハルはにっこりと笑った。


「だから、『KAMERIA』のみんなには期待しちゃうんだよねー。四人とも、何かやってくれそうな気配がプンプンだからさー」


「あたしだけは、三人の暴走に巻き込まれてるクチですけどね」


 和緒はクールな面持ちで肩をすくめる。

 そのとき、「おねーちゃーん!」という元気な声がホールに響きわたった。MCに励んでいた『オーバードライバーズ』のメンバーが口をつぐみ、ホール中の人々がこちらを振り返るほどの声量である。


『……あらあら、可愛らしいお客さまがいらっしゃいました! 最後まで楽しんでいってくださいねー!』


 そのようにフォローの声をあげたのは、土田奈津美だ。それでささやかな笑い声が誘発される中、こちらに駆け寄ってきた小さな人影が町田アンナに飛びついた。


「あんたねー、ところかまわず大声を出すんじゃないよ! 他の人らに迷惑でしょー?」


「あはは。おねーちゃんが言っても、説得力ないなー!」


 それは栗色の髪をした、小学校中学年ぐらいの女の子であった。色白で、町田アンナによく似た面差しをしているようである。


「もー、ひとりでちょろちょろ動き回るんじゃないの! こんなに人がいっぱいいたら、危ないでしょ!」


 と、新たな人影が追いかけてくる。そちらは中学生ぐらいの年代で、髪が黒い上に小麦色の肌をしている。ただやっぱり、顔立ちは彫りが深くて町田アンナに似ていた。

 さらに、背が高い女性と中肉中背の男性も現れる。女性のほうは赤毛で碧眼、男性のほうは黒髪で浅黒い肌である。どちらも四十歳ぐらいに見えたが、表情や所作がとても若々しく活力に満ちていた。


「いやあ、お騒がせしちゃって申し訳ない! 町田アンナの、父です!」


「あんたまででかい声を出すんじゃないよ! あんただけは、お情けでチケットを恵んであげたんだからねー!」


 小さな女の子を抱きとめたまま、町田アンナはその男性を蹴るふりをする。紹介されるまでもなく、これらが町田アンナの家族であったのだった。


「……なるほど。確かに町田さんは、母親似みたいだね」


 と、和緒がこっそりめぐるに耳打ちをしてくる。町田アンナの母親は百八十センチはあろうかという長身であったが、それ以外は娘たちとよく似ていたのだ。それより十センチほど小柄である父親の要素は、次女の髪や肌の色ぐらいにしか受け継がれていないように思われた。

 ただ、五名全員に共通するのは、旺盛な生命力だ。彼らは全員が町田アンナに負けない活力を発散させており、めぐるなどはそばにいるだけで圧倒されそうであった。


「どうも娘がお世話になっています。みなさんの演奏を楽しみにしているので、頑張ってくださいね」


 にこにこと笑いながらそのように呼びかけてきたのは、母親だ。その年齢に相応しい立ち居振る舞いであったものの、町田アンナをそのまま大きくしたような姿であったので、めぐるとしてはへどもどするばかりであった。


 ともあれ、まだ一番目の出演者が演奏を終えたところであるのに、『KAMERIA』がチケットを配った相手はこれで勢ぞろいしてしまったようである。めぐるたちは、まずこの十名の人々のために力を尽くさなければならないのだった。


『それでは、次のバンドの準備ができたみたいでーす! みなさん、ステージに注目してくださーい!』


 そんなアナウンスとともに、客席の照明が落とされる。すると、町田アンナにしがみついていた三女が首に引っ掛けていたヘッドホンのようなものを装着した。どうやら耳を保護するための器具であるようだ。ライブハウスの轟音というものは、小学生には刺激が強すぎるのかもしれなかった。


 そうして次に演奏を開始したのは、『KAMERIA』と同じ四人編成のバンドとなる。全員男性で、『オーバードライバーズ』の説明によると某大学の音楽サークルのメンバーであるらしい。その年齢に相応しく、演奏力は『ケモナーズ』の比ではなかった。

 そしてそれより驚かされたのは、楽曲のアレンジの素晴らしさである。緩急がきいていて、とても耳に馴染みやすい。先刻の『ケモナーズ』が勢いまかせであったためか、その完成度がいっそう際立っていたのだった。


(でも……なんだかちょっと、ちぐはぐに感じられるなぁ)


 演奏力は高いのに、それでもまだ楽曲の有する魅力を引き出しきれていないように感じられる。演奏力を凌駕するほどの、凝ったアレンジであるようなのだ。これはめぐるが初めて抱く感慨であった。


「ああ、今のはコピバンだったんだよ。超メジャーな曲だったのに、めぐるは知らなかったのー?」


 と、そちらのバンドの演奏が終了するなり、町田アンナがそんな風に説明してくれた。それでめぐるは、抱いたばかりの疑念をすぐさま払拭されることになったのだった。


「なるほど、そういうことだったんですか。やっぱりプロの曲っていうのは、再現するのが大変なんですね」


「コピーしやすい曲ってのもあるだろうけど、今のは難しそうだったねー」


 コピーバンドに興味がないと公言する町田アンナは、そのように語る間も退屈げな面持ちであった。

 しかしめぐるは、それほど不満な心地ではない。彼らも彼らで楽しそうに演奏をしていたし、演奏力にも見るべきところがあったので、トータルとしては心地好かったのだ。どうもめぐるは、他者の演奏に対して寛容な気質なのかもしれなかった。


(その割には、『V8チェンソー』の最初のライブですごく不満な気持ちになっちゃったけど……あれは精神的な部分が大きかったのかなぁ)


 めぐるがそのように考えている間に、町田家の姉妹たちがまた大騒ぎをしていた。今度は栗原理乃をはさんで、嬌声をあげていたのだ。


「理乃ちゃん、やっぱりかっこいいねー! どんなライブになるのか、楽しみだなー!」


「こら。理乃ちゃんじゃなくって、リィ様って呼ぶ約束でしょ。理乃ちゃんの――あ、いや、リィ様の集中を乱すんじゃないの」


 三女をそのようにたしなめる次女は、まだしも大人びているようである。

 そのさまを横目に、和緒が町田アンナに呼びかけた。


「リィ様に関しては、妹さんたちにも周知してたんだね。まあ、顔見知りだったら、当然の措置ってことか」


「うん! まあそれ以前に、リィ様のビジュアルに関しては妹どもの意見ももらってたからさ! あの目隠しなんかは、下の妹のアイディアだったんだよー!」


 どうやら町田家は、家族ぐるみで栗原理乃と交流を深めているようである。ご両親も、温かい目で娘たちのさまを見守っていた。


 そんな中、三組目の出演者が登場する。

 今回は、アコースティックギターの弾き語りである。こちらは高校二年生であるとのことであったが、歌もギターもなかなかの力量であるように思えた。

 ただやっぱり、めぐるには物足りなく感じられてしまう。これはもう完全に好みの問題なので、しかたないことなのだろう。めぐるが魅了されたのは、あくまで暴力的なエレキサウンドであったのだった。


 そうしてそちらの演奏が終了したならば、ついにめぐるたちも楽屋で待機する時間となる。

 十名の客人たちは、それぞれの気性に見合った表情と態度でめぐるたちを見送ってくれた。


「それじゃあ四人とも、頑張ってねぇ。じっくりまったり拝見させていただくからさぁ」


「初めてのステージは緊張しちゃうだろうけど、とにかく自分たちが楽しめるようにね!」


 浅川亜季やハルはそのように言ってくれたが、やはりフユは無言である。ただそのサングラスに隠された目はめぐるのほうに向けられているようであったので、めぐるはどぎまぎしながら頭を下げることになった。

 さらに町田家や軽音学部の先輩がたにも温かい激励を受けて、楽屋へと向かう。四組目のバンドはすでにステージでセッティングを開始しているため、楽屋は無人であった。


 ギグバッグを開くとペパーミントグリーンのベースには何の異常も見られなかったため、めぐるはほっと息をつく。そんな中、町田アンナは颯爽とチェック柄のベストを脱ぎ捨てた。


「さー、みんなも戦闘準備だよー! ほらほら、リィ様も!」


 栗原理乃はずっとかぶりっぱなしであったフレアハットを壁に掛け、アイスブルーの髪をあらわにした。長い前髪から覗く黒いレースの目隠しが、やはりなかなかのインパクトだ。それで真っ白のワンピース姿であるものだから、本当に等身大の人形めいていた。

 そして栗原理乃はカーディガンを脱ぎ捨てると、小さなショルダーバッグから引っ張り出した白いTシャツをワンピースの上から着込む。そちらには、髪と同じ色合いで『KAMERIA』の名と一輪のツバキのイラストがプリントされていた。


 めぐるは半袖のパーカーを、和緒は襟なしのシャツを、それぞれ脱ぎ捨てる。楽屋がどういう状態であるか不明であったため、ショッピングロードのトイレであらかじめ着替えを済ませておいたのだ。めぐるは淡いパープルの生地にペパーミントグリーンのプリント、和緒はローズピンクの生地にボトルグリーンのプリントというカラーリングであった。


「いいねいいねー! それじゃあ記念撮影しとこっかー! ほらほら、めぐるもベースを構えてさ!」


 おそろいのTシャツを着た四名の姿が、町田アンナのスマホで撮影される。

 それでめぐるは、いっそう胸を高鳴らせることになってしまった。


「あの……その画像って、プリントできるんですか?」


「もっちろーん! うちにプリンターがあるから、いつかプリントしてあげるねー!」


 めぐるは心の底から「ありがとうございます」とお礼を申し述べることになった。

 めぐるは自分の写真など、一枚も保持していなかったのだ。かつての実家のアルバムはすべて処分されてしまったし、めぐるも和緒も写真に興味が薄かったため、この三年と数ヶ月の間にも新たな写真を撮影する機会が生じなかったのだった。


 しかしめぐるは、今の写真を手もとに置きたいと、心から願うことができた。

 この三ヶ月あまりで、和緒を含むバンドのメンバーたちがそういう心を育んでくれたのだ。

 それでめぐるはライブの本番前に泣きたいぐらい情緒をかき乱されながら、最後の練習に取り組むことに相成ったのだった。

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