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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 1-

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04 合否

 それから、三時間後――スタジオ練習を終えためぐるたちは、再び待合スペースで身を休めることになった。


「いやー、想像以上にバッチリだったねー! やっぱ機材がしっかりしてると、演奏のクオリティも変わってくるもんだなー!」


 キャップを団扇代わりにして顔をあおぎながら、町田アンナはそのように言いたてた。彼女に限らず全員が汗だくで、ボックス席には熱気がたちこめてしまっている。毎週土曜日の部室ではもっと長い時間を練習に費やしているものであるが、めぐるたちはこの三時間で完全燃焼した感があった。


 めぐるの小さな体にも、けだるい虚脱感が満ちている。しかしやわらかいソファの席に身をうずめながら、めぐるは幸福な心地であった。この日の体験もまた、めぐるにとっては忘れられない衝撃のワンシーンに追加されるのかもしれなかった。


「みんなで練習するのも十日以上ぶりだったし、それで余計にテンションあがっちゃったのかなー! 理乃も、ノリノリだったじゃん!」


「ア、アンナちゃんほどじゃないよ。演奏中、いきなり横からぶつかってくるんだもん」


「ごめんごめん! 楽しいと、勝手にカラダが動いちゃうんだよ! めぐるなんてずーっと固まったままだったけど、音はバクレツしてたよねー!」


「は、はい。動くと、演奏が乱れちゃいそうですし……町田さんはあんな暴れながらギターを弾けるなんて、すごいですね」


「あんま暴れると、やっぱミスっちゃうんだけどさー! でも、和緒はテンポキープがしっかりしてるし、いざってときにはめぐるが引っ張り戻してくれるから、ウチも遠慮なく暴れられるんだよねー!」


 めぐる以外のメンバーも、練習の余熱にひたっているようである。ただひとりポーカーフェイスの和緒は、先刻からすました面持ちでスポーツドリンクをあおっていた。


「それじゃあテンションを高めるために、本番の十日前から練習を自粛しようか。そうしたら、練習期間はあと一週間ちょいだね」


「なーに馬鹿なこと言ってんのさ! ようやく試験も終わったんだから、本番までかっとばしていくよー!」


「だけどまあ、いまだに出場できるかどうかもわからないわけだけどね」


 和緒の素っ気ない返答に、栗原理乃がいくぶん不安げな顔をした。


「でも本当に、連絡が遅いですね。アンナちゃん、不合格でも連絡は来るんでしょう?」


「うん! そもそも不合格なわけないけどねー! ウチらだったら全国大会まで勝ち進んで、優勝だって狙えるさー!」


 くだんのライブイベントは、そういうシステムなのである。めぐるたちがエントリーしたのは関東エリアCブロックの予選大会であり、そこで優勝をおさめたならば全国大会に出場という道筋が立てられていたのだった。

 ただしめぐるは、そのような話を念頭に置いていなかった。自分のような初心者の在籍するバンドがそこまで勝ち抜けるとは思えなかったし――それ以前に、めぐるは目の前のライブのことで手も頭も心もいっぱいであったのだ。


(それにやっぱり、演奏の出来に優劣をつけるっていうのが、ピンとこないんだよな。わたしはみんなで演奏を楽しめれば、それでいいや)


 そんな放埓な心地でもって、めぐるは余熱にひたらせていただいた。

 やいやい騒ぐ町田アンナも、おずおずと微笑む栗原理乃も、いつも通りにクールな和緒も、普段以上に好ましく思えてならない。めぐるをこのように幸福な心地にさせてくれたのは、まぎれもなく彼女たちであったのだ。和緒に対する情愛というのはバンド活動の効果で増幅するいっぽうであったし、いまや町田アンナと栗原理乃もめぐるにとってはかけがえのない存在に成り果てていたのだった。


「ところでさ、ひとつ相談があるんだけど! イベントの出場が決まったら、チケットはどーする?」


 と、町田アンナがやおらそのように言い出した。

 それに真っ先に反応したのは、やはり和緒だ。


「どうするって? チケットは一枚千円で、ノルマは十枚。さばけなかったら、自腹でしょ? 売れる限り、売るしかないんじゃない? ま、あたしは売るあてなんてひとつもないけどさ」


「でも、ブイハチのおねーさまがたは来てくれるって言ってるんでしょ?」


「そいつはあたしの管轄外だね」と、和緒は横目でめぐるを見やってくる。それにうながされて、めぐるは「はい」と答えてみせた。


「この前お店に行ったついでに、いちおうお伝えしておきました。そうしたら、三名分をお願いするって言われたんですけど……なんか、浅川さんたちにチケット代をいただくのは、ちょっと申し訳ない気分ですよね」


「そーなんだよ! なんせ、演奏時間はたったの十分なんだからさ! それで千円ももらっちゃうのは、やっぱ心苦しいよねー!」


「だったら、タダでばらまいたら? 自腹でひとり二千五百円なら、出せない金額ではないでしょ」


 和緒の言葉に、町田アンナは「うーん!」と腕を組む。


「ウチもそれは考えたんだけど、タダならタダで腕を安売りしたような気分で、なーんか気にくわなくてさー!」


「高値で売るような腕じゃないでしょうよ。ドラムがこんなド素人のバンドなんだからさ」


「和緒だって、もういっぱしのドラマーだよー! これが普通のライブだったら、ウチだって遠慮なんかしないもん! 二千円やそこらでウチらのステージを三十分も観られるなら、ラッキーでしょーってね!」


『V8チェンソー』のライブもチケット料金は二千円で、演奏時間は三十分ほどであったのだ。町田アンナいわく、それがこの近辺のライブハウスの一般的な相場であるようであった。

 然して、『ニュー・ジェネレーション・カップ』というのは特殊な形式のイベントであり、出場バンドも二ケタに及ぶという。それで料金設定も、いささか特殊であるわけであった。


「だから、みんなに相談しようと思ってたんだよねー! 理乃なんかは、どう思う?」


「わ、私もチケットを売るあてなんかないから……どっちにせよ、二千五百円を支払うつもりでいたよ」


「そんな弱腰はいただけないなー! これはバンド全体の問題なんだから、理乃もきちんと考えないと!」


「ご、ごめんなさい。でもやっぱり、何が正しいのか判断材料が少なすぎて……」


 栗原理乃が小さくなると、和緒がいかにも茶化してやろうという目つきでそちらを見た。


「栗原さんにしてみれば、チケットなんかさばかずに自腹を切ったほうが気楽なんじゃないの? 知り合いのお客なんて、いないに越したことはないんだろうしね」


「いえ。そんな考えはありませんでした。それでは、私の覚悟が示せませんので」


 栗原理乃がたちまち表情を引き締めると、和緒は「おーこわ」と肩をすくめた。


「そもそもさ、『V8チェンソー』の三名様の他にチケットを売るあてなんてあるの? まあ、あんたはひとりでご友人が多そうだけど」


「これが普通のライブだったら、あちこち声をかけてるところだけどさ! この料金だと、気が引けちゃうんだよ! 気兼ねなく呼べるのは、せいぜい妹どもぐらいかなー」


「ほうほう。身内だったら、遠慮なく金をふんだくれるってこと?」


「どうせお金を払うのは親だし、あいつらも理乃の歌を楽しみにしてるからねー!」


 町田アンナが笑顔を向けると、栗原理乃もひそやかに微笑んだ。どうやら栗原理乃も、幼馴染の妹たちと面識があるようである。


「その妹ってのは、二人いるんだっけ? それじゃあ、残りの五枚をどうするかと、チケット代をいただくかどうかだね」


「あ、あと、宮岡部長もライブをやるときは声をかけてって言ってたよね」


 めぐるが慌てて声をあげると、和緒は「ああ、そうか」と前髪をかきあげた。


「そういえば、そんな話もあったねぇ。……なるほど。ここで心苦しさってやつが生まれるわけか」


「そうそう! たったの二曲で、チケット代は千円! センパイがたを誘うなら、ちょっとばっかり気まずい金額っしょ?」


 町田アンナのそんな言葉が、めぐるのぼんやりとした心に焦点を結んでくれた。


「それだったら……最初に金額や演奏時間をおしらせして、それでもよかったらってお誘いしたらどうでしょう? もし声をかけてほしいっていうのが社交辞令だったら、むしろ断りやすくなるでしょうし……」


「ふんふん? めぐるもあんまり、センパイがたには来てほしくないのかな?」


「いえ。興味のある人には観てほしいし、興味のない人には観てほしくないっていう……そのていどの気持ちですけど」


 めぐるがそのように伝えると、町田アンナと栗原理乃が仲良くびっくりまなこになった。


「言うねー! やっぱめぐるって、中身は強気じゃん!」


「えっ、やっぱり傲慢な物言いでしたか?」


 めぐるはたちまち心配になってしまったが、町田アンナは笑顔になっていた。


「強気とゴーマンはイコールじゃないし、べつにゴーマンでもかまわないっしょ! とにかく、ウチもめぐるに賛成するよー! 二曲で物足りなかったら次の機会に誘うから無理しなくていいよって言えば、こっちも誘いやすいもんねー!」


「次の機会がある前提かい。それに何べんでも繰り返すけど、まだ合格通知も来てないんだからね」


「和緒は心配性だなー! ウチらが不合格になるわけ――」


 そのように言いかけた町田アンナが、「あっ!」とベストの胸ポケットをまさぐった。そこから取り出されたスマホが、ぶんぶんとバイブ機能を発露している。


「わーっ、シバウラ楽器からだ! ついに運命の瞬間だね!」


 町田アンナはめぐるたちに背を向けて、電話に出た。

「はい」だの「いえ」だのという短い言葉を返すばかりで、どのような内容なのかはさっぱりわからない。そして――後ろ姿の町田アンナががっくりと肩を落としたため、めぐるは息を呑むことになってしまった。


「ど、どうだった? 合格できなかったの?」


 町田アンナが通話を終えると、栗原理乃がその力ない背中に取りすがる。

 そうしてこちらに向きなおった町田アンナは――満面の笑みであった。


「そんなわけないじゃーん! よゆーで合格だったってさー! すっげーかっちょいーから優勝めざして頑張ってくださいだってよー!」


「そうだろうと思ったよ」と、和緒はすました顔で肩をすくめる。いっぽうめぐるは栗原理乃とともに、全力で安堵の息をつくことになった。


「もう! びっくりさせないでよ! アンナちゃんが泣いてるのかと思っちゃったよ!」


「あはは! 十年以上のつきあいなのに、理乃はからかい甲斐があるなー!」


 町田アンナはけらけらと笑いながら、栗原理乃のほっそりとした肩をかき抱いた。そして、明るく輝く鳶色の瞳でめぐると和緒を見回してくる。


「あらためて、明日からは練習ざんまいだね! 夏休みも目の前だし、ライブに向けて気合い入れていこー!」


 町田アンナを除く三名は、そんな号令に元気よく応じられる人柄ではない。

 しかし誰もが胸を高鳴らせているのだと、めぐるはそのように信じて疑わなかった。

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