09 煩悶
「やあやあ、どうもお疲れさまぁ。挨拶が遅れちゃって、ごめんねぇ」
前回と同じように、浅川亜季はライブが終わるなりひょっこりと姿を現した。今回もタンクトップひとつの姿で、赤い頭もしっとりと湿っている。ただその眠たげな笑顔は、前回よりもいっそう満ち足りているように思えてならなかった。
「ど、どうもお疲れ様です。今日は本当に、最初から最後まで素敵な演奏でした」
「ありゃ。いきなりありがとう。めぐるっちにそんなきらきらした目で見つめられると、何だか照れちゃうなぁ」
そんな風に言いながら、浅川亜季はのほほんと笑っている。
すると、そばかつの目立つ白い面を昂揚させた町田アンナも声を張り上げた。
「でもマジで、すっげーかっちょよかったよー! 生で観たライブでは、文句なしにナンバーワンだったね! めぐるたちがこんなすげーバンドとオトモダチだったんなら、もっと早く紹介してほしかったなー!」
「あはは。この前のライブでは、不甲斐ない姿を見せちゃったからねぇ。まあ、そんな風に言えるのも、めぐるっちのおかげで迷走状態から脱出できたおかげだけどさぁ」
そう言って、浅川亜季はビールの小瓶をラッパ飲みした。
「うーん。ライブの後は、お酒が美味いねぇ。……で、なんだっけ? ああ、そうそう。うちらはギタボが脱退してからずうっと迷走状態だったんだけど、やっと突破口が開けた気分なんだよねぇ。もう、リハでも本番でも演奏するのが楽しくってさぁ」
「あんなライブをできたら、当然だよねー! やっぱ、気持ちよく演奏するには技術も必要だよなー! ウチももっと頑張らないとなー!」
町田アンナは、めぐるに劣らず発奮している。そして彼女はめぐるのように、それを押し隠す人間ではないのだ。彼女はただでさえ旺盛な生命力がぐつぐつと煮えたぎり、今にも発火してしまいそうなほどであった。
そこに、ハルやフユもやってくる。これまた、前回と同じパターンである。フユのほうは相変わらず冷たい面持ちであったが、ハルのほうは満面の笑みであった。
「みんな、今日はありがとうね! ちょっとは楽しんでもらえたかな?」
「ちょっとどころの騒ぎじゃないよー! おねーさんも、すっげーグルーブしてたね! シャッフルじゃない曲までハネてるみたいだったよー!」
「あはは。油断すると、ほんとにハネちゃうんだよね。あたし、シャッフルが一番好きだからさぁ」
そんな会話を横目に、めぐるはおずおずとフユに語りかけることになった。
「フ、フユさんも、すごく素敵でした。あんな難しいフレーズなのに、しっかり土台まで支えていて……スラップの曲では、サムアップのテクニックも使ってましたよね? あんな速いテンポでまったくリズムが崩れないなんて、本当にすごいです。ベースの音も、すごく力強いのにすごく綺麗でうっとりしちゃいました」
「……あなた、そんなに暑苦しい子だったっけ? そんないきなりまくしたてられても、挨拶に困るんだけど」
と、フユは綺麗に整えられた眉を嫌そうにひそめた。
「それに……そこまで露骨に態度を変えられるとね。前回は心底うんざりしてたんだなって実感させられるよ」
「あはは。フユは素直じゃないなぁ。それだけあたしらのプレイが見違えたってことなんだから、素直に喜んでおこうよぉ」
浅川亜季が汗ばむ腕で肩を抱くと、フユは「暑苦しい」と顔をしかめた。
「めぐるっちがそんなにテンション高いと、あたしも嬉しくなっちゃうなぁ。ほんとに今日はご満足いただけたんだねぇ」
「は、はい。わたしは本当に知識がないんで、具体的なことは何も言えないんですけど……とにかく本当に、素敵でした。またライブをやるときは、ぜひ誘ってください」
「うん、ありがとぉ。めぐるっちたちも、ライブが決まったら教えてねぇ」
「あ、いえ……他のみんなはともかく、わたしなんかはそんなレベルじゃないので……」
「うふふ。それじゃあまた、めぐるっちに呪いをかけちゃおっかなぁ」
フユの長身にしなだれかかったまま、浅川亜季はにんまりと微笑んだ。
「めぐるっちも、楽しくバンド活動できてるんでしょ? それでねぇ……ライブをやったら、今より楽しくなっちゃうよぉ」
めぐるは本当に、心臓のど真ん中を撃ち抜かれたような心地であった。
「や、やめてください。の、呪いをかけてるって自覚があったんですか? わたしは浅川さんに軽音楽部の話を持ちかけられたとき、ずっとそんな風に考えてたんですよ」
「あはは。効果てきめんだねぇ。バンドと兼業で、シャーマンでも目指そうかしらん」
「馬鹿なことばかり言ってるんじゃないよ」
と、フユが自分の肩を抱く浅川亜季の腕をつねった。
「あんたもね、こんな馬鹿の言うことには惑わされないで、地に足をつけな。みっともないライブをしたら、せっかくのリッケンが泣くよ」
「ああ、そうそう。実はフユも、ひそかにそのリッケンを狙ってたんだよねぇ。やっぱ、八万で買えるリッケンなんてそうそうないからさぁ」
「えっ! そ、そうだったんですか? それは、あの……本当に申し訳ありません……」
めぐるは思わず、ギグバッグを両手で抱きすくめてしまう。
すると、浅川亜季のほうが「いいんだよぉ」と愉快げに笑った。
「フユなんて、もう五本も六本もベースを持ってるんだからさぁ。一本ぐらいは、未来ある後輩に譲ってあげないとねぇ」
「うるさいな。そのリッケンは、とっくにあきらめてたよ。あんなカラーリングは好みじゃないし、自腹でリフィニッシュなんて馬鹿げてるしね。……でも、剛三さんの腕は確かだから、そのリッケンはすごくコンディションがよかった。それでへぼい演奏をしたら、プレイヤーの腕が悪いってことだよ」
そんな風に言いながら、フユはしなやかな指先をめぐるの抱えるギグバッグに突きつけてきた。
「だからあんたは、そのリッケンに見合うような腕を身につけな。さもなきゃ、私が承知しないよ」
「要約すると、フユもめぐるっちのライブを観てみたいんだってさぁ」
「だから、違うってのに」と、フユはいっそう険しい顔になってしまう。
ただ、その凛然とした細面が、いくぶん気恥ずかしそうに赤らんでおり――それが何やら、めぐるの気持ちを温かくしてやまなかったのだった。
「なになに、ライブの話? あたしもめぐるちゃんたちのライブを観てみたいなぁ」
と、町田アンナと歓談していたハルまでもが、こちらに身を乗り出してくる。
「そういえば、今年はあのイベントが復活するんだよね。シバウラ楽器の、『ニュー・ジェネレーション・カップ』! あれって十代限定のイベントだし、持ち時間も短めでビギナー向けだから、めぐるちゃんたちもチャレンジしてみれば?」
「おー、いいねぇ。未来ある少女たちには、うってつけのイベントじゃん」
この展開に、めぐるはいささか慌てることになった。
すると、部室のときと同じように、町田アンナがすかさず元気な声で応対する。
「ウチらはまだまだ練習中だから、ライブを考えるのは早いよー! でも、あんなすごいライブをできるおねーさんがたに期待してもらえるのは光栄だねー!」
「あはは。あたしのことは、アキでいいよぉ」
「あたしはハルで、こっちはフユちゃんね。アンナちゃんと理乃ちゃんも、今後ともよろしくね!」
そうしてひとしきり騒いだのち、『V8チェンソー』の面々は別のお客に挨拶をするために立ち去っていく。よくよく考えれば、めぐるたちなどに真っ先に挨拶をしてくれるのは光栄なばかりであった。
そして――もとの四人に戻るなり、めぐると和緒と町田アンナは栗原理乃のほうを振り返ることになった。
すると彼女はそれに応えるかのように、力なくしゃがみこんでしまったのだった。
「わーっ、また発作が出ちゃった? いちいち理乃が気にする必要はないってばー!」
町田アンナは、慌てて栗原理乃のもとに膝をつく。
栗原理乃は、白魚のような手で自分の腹部を押さえており――そしてこのたびは、その白皙にはらはらと涙をこぼしてしまっていた。
「なに泣いてるんだよー! そんなにおなかが痛いのー?」
町田アンナが心配そうに背中をさすると、栗原理乃は力なく首を横に振った。
そこで、客席の照明が落とされてしまう。十分ていどのインターバルが過ぎ去って、次なるバンドのステージが開始されるのだ。
「重低音が、腹に響きそうだね。とりあえず、外に連れ出したほうがいいんじゃない?」
そんな風に言いながら、和緒は壁に立てかけてあった町田アンナのギグバッグを担ぐ。町田アンナは得たりと栗原理乃に肩を貸し、壊れ物でも扱うように立ち上がらせた。
じわじわと人数の増えていく客席を横断して、重い扉の外に出る。受付の外まで出てしまうと再入場はできないので、ひとまずその広からぬスペースで栗原理乃の容態をうかがうことにした。
「理乃、だいじょーぶ? この前も言ったけど、理乃の気持ちを無視してライブをするつもりはないってば!」
「ううん……違うの……」
壁にもたれてへたりこんだ栗原理乃は、なおも涙を流し続けている。
町田アンナはどこか精悍な感じに面を引き締めて、幼馴染の泣き顔を覗き込んだ。
「違うって、何が? またライブの話になったから、おなかが痛くなっちゃったんでしょ? あんな話は、気にしなくていいってば!」
「でも……アンナちゃんたちは、ライブをしたいんでしょう……?」
「そりゃーライブはしたいけど、無理強いしたら意味ないじゃん。理乃が楽しくなかったら、ウチらだって楽しくないしさ」
町田アンナは力強い面持ちのまま、にっと白い歯をこぼした。
すると――栗原理乃は、いっそう涙をこぼしてしまう。
「私も……ライブをしてみたい」
「え? 理乃もライブをやりたいの?」
「うん……この四人でバンドをやるのは、本当に楽しいから……さっきの人たちみたいにライブをやれたら、絶対に楽しいだろうなって思うの……」
そのように言い放つなり、栗原理乃は子供のように顔をくしゃくしゃにしてしまった。
「でも、駄目なの……想像したら、足がすくんで……おなかまで痛くなっちゃって……きっと私には、みんなとバンドをやる資格なんてないんだよ……」
「資格なんて、関係ないよ! ウチらはみんな、理乃とバンドをやりたいんだからね!」
町田アンナの言葉には、精一杯の思いが込められているように感じられる。
しかし、栗原理乃の涙が止められることはなかった。
「でも……このまま何年も過ぎちゃったら、どうするの……? 私のせいで、アンナちゃんたちまでライブをできなくなっちゃうんだよ……? そんなの……私は、やだよ……」
「やだよって言っても、しかたないじゃん! まさか理乃は、バンドをやめるつもりなの?」
「やめたくない……だから、どうしたらいいかわからないの……」
栗原理乃の泣き顔と涙声に、めぐるは胸を引き裂かれるような思いであった。
もしも自分が栗原理乃と同じ立場であったなら、他のメンバーたちにどれほど申し訳ない気持ちを抱え込むことになるか――そんなことを想像しただけで、胃のあたりがずしりと重くなってくる。そして現在の栗原理乃は、まさしくそういった苦悩と煩悶を抱え込んでいるのだった。
「く、栗原さんがバンドをやめる必要なんてありません。ライブのことなんて考えなくていいですから、どうか元気を出してください」
めぐるもまた栗原理乃のもとに屈み込み、そんな言葉を伝えることになった。
栗原理乃は涙に濡れた目で、めぐるの顔を見つめてくる。
「でも……遠藤さんだって、いつかはライブをやりたいと考えているんでしょう?」
「い、いえ。以前にもお話しした通り、わたしはライブのことなんてこれっぽっちも考えていませんでした」
「だけど……さっきライブの話になったとき、遠藤さんはすごく心が揺れているみたいでした……あの人たちのライブを観て、気持ちが変わってきたんじゃないですか?」
栗原理乃のそんな指摘に、めぐるは思わず息を呑むことになった。
いつでも余人の心情を慮っている栗原理乃は、そういった気持ちの動きにも敏感であるのだろう。めぐるは激しく困惑することになってしまったが――それでもやっぱり、本心を偽ることはできなかった。
「……そうですね。『V8チェンソー』のライブを観て、わたしは少し気持ちが変わってきたんだと思います。この前の部室でコンクールに誘われたときは、何も感じませんでしたけど……さっきの浅川さんの言葉には、すごく動揺しちゃいました」
「それだったら……」
「でもわたしは、この四人でバンドを続けたいんです。この四人でライブをやったらどうなるんだろうって想像するから、こんなにドキドキしちゃうんです」
そのように語りながら、めぐるは栗原理乃のほっそりとした指先を握ってみせた。
「この四人じゃなかったら、ライブをやりたいなんて思えません。それに……わたしは馬鹿だから、将来のことなんてどうでもいいんです。今はライブをやることより、栗原さんと一緒にバンドを続けることのほうが大事なんです。だから栗原さんも、何も気にせずバンドを続けてください」
それが、めぐるの本心である。
他者とのコミュニケーションが苦手なめぐるには、本心をぶつける以外に手立てがなかったのだ。
そうしてめぐるの本心をぶつけられた栗原理乃は――まったく感情の定まっていない面持ちで、いっそうの涙をこぼすことになってしまった。
「……何だかさっきから、堂々巡りだね」
と――長らく無言であった和緒が、いつもの調子で声をあげた。
「そもそもさ、栗原さんは何がそんなに不安なわけ? ピアノのコンクールではいつもプレッシャーで腹痛を起こしてたって言ってたけど、何がそんなにストレスだったの?」
栗原理乃は、何か怖いものでも見るような目つきで和緒を見上げた。
「それは……私が臆病だからです。たくさんの人たちが見ている前で失敗をしたら、どうしようって……それで家族のみんながどれだけ失望するだろうって考えたら、それだけで足がすくんじゃうんです……」
「ふーん。でも、バンドだったら家族だとかは関係ないよね。それとも、このバンドでライブをやったら、ご家族のみなさんも観戦にいらっしゃるとか?」
「い、いえ……バンドのことは、家族に話していません。家族はみんな、ロックバンドとかを毛嫌いしていますから……」
「あっそう。それじゃあ、あたしらを失望させるのがおっかないってことなのかな? 栗原さんがライブで大失敗したら、あたしらが怒るとでも?」
「い、いえ……でも、駄目なんです……たくさんの見知らぬ人たちを相手にするって考えただけで、私は……歌うどころか、声も出なくなってしまうでしょうから……」
「ふうん。ま、ヴォーカルってのはバンドの顔だもんね。演奏陣よりプレッシャーが大きいってのは、わからなくもないよ。……でもさ、そこのプレーリードッグとオレンジ色の幼馴染さんは、ライブなんてどうでもいいから栗原さんとバンドを続けたいって意思表明してるわけよ。それなのに、ライブをやりたいけどやりたくないだの、バンドをやめたくないけどみんなに申し訳ないだの、うじうじ言い訳を並べたてるのはあまりに不実なんじゃないのかな」
あくまでクールな態度を崩さず、和緒は腕を組んで栗原理乃の泣き顔を見下ろした。
「ま、不実の塊みたいなあたしがそんな風に語っても、説得力はないだろうけどさ。少なくとも、この二人に対しては誠意やら覚悟やらを見せるべきなんじゃない?」
「つまり……私がバンドをやめればいいってことですね……?」
栗原理乃の泣き顔が、思い詰めた表情に移り変わっていく。
しかし和緒は、「大外れ」と舌を出した。
「この二人はこの先ライブをできないリスクを抱えてでも栗原さんとバンドを続けたいって主張してるんだから、そんな話に納得するはずがないじゃん。それじゃあ、たとえば……このバンドがさっきのなんちゃらカップとやらにエントリーしたと仮定しようか。栗原さんは、どうする?」
「ど、どうするって言われても……私なんかに、ライブで歌うのは無理ですから……」
「あっそう。それじゃあ、当日はバックレってことかな? あたしらは三人で出場して、町田さんが歌うしかなくなるってわけだ。栗原さんは、それでご満足?」
「そ、そんなわけありません。アンナちゃんやみなさんに、そんなご迷惑をかけるわけには……」
「それじゃあ、どうしようか? もうエントリーは取り消せないから、どうにかしてこの苦境を乗り越えるしかないんだよ。栗原さんにとって一番理想的な対処法は、どんな感じ?」
和緒は決して声を荒らげようとはしないし、その秀麗な顔もポーカーフェイスのままである。まるで、何気ない世間話にでも興じているかのようだ。
しかし、その常と変わらぬ態度こそが、何よりのプレッシャーとなるのである。栗原理乃はほとんどナイフを突きつけられているかのような面持ちで、弱々しく声を振り絞った。
「それなら……目をつぶって歌うとか……いえ、顔を隠して歌うとか……私には、それぐらいしか思いつきません」
「へえ。顔を隠したら、ストレスを感じないですむの?」
「そ、それはわかりませんけど……他人のふりでもすることができれば、少しは気が楽になるかと思って……」
「だったら、他人のふりでもしてみれば? 今どきは、素顔を隠してるミュージシャンなんて珍しくもないからね。誰も驚きゃしないだろうさ」
和緒のそんな言葉に、栗原理乃は涙に濡れた目を見開いた。
「す、素顔を隠しているミュージシャンが……そんなにたくさん存在するものなんですか?」
「うん。最近は動画配信からのしあがるミュージシャンも多いし、そういうお人らは素顔を隠したまんまプロデビューすることも少なくないはずだね。そういう経緯じゃなくっても、メンバー全員が狼のマスクをかぶったバンドだとか、似顔絵のお面をかぶったバンドだとか、ライブでシルエットしか見せない歌手だとか、ずっとアイマスクをつけてるアニソンシンガーだとか……それこそ、あたしらが生まれる前の大昔から、素顔の露出をNGにしてるミュージシャンなんていくらでもいたはずだよ」
「…………」
「たぶん、栗原さんぐらい人目を気にする人間なんて、珍しくはないんだよ。……そんな風に考えたら、ちょっとは気も楽になるんじゃない?」
和緒がそんな風に言ったとき、階段を駆け下りてくる一団があった。それを機に、受付の店員が遠慮がちに声を投げかけてくる。
「あの、そちらは通路ですので、空けてもらっていいですか? 気分が悪いんなら、他のスタッフを呼びますけど」
「そいつは失礼いたしました。……さ、どうする? スタッフさんに看護してもらうか、このまま家に帰るか、はたまた見知らぬバンドさんの演奏を拝聴するか。あたしはどうでもかまわないよ」
「も、戻りましょう。私は、大丈夫です」
と、栗原理乃は町田アンナに肩を抱かれたまま、立ち上がった。
そしてその目が、町田アンナとめぐるを見比べてくる。
「アンナちゃんも遠藤さんも、ごめんなさい。うじうじと泣き言ばかり言っちゃって……私、自分でも納得のいく形でこのバンドを続けられるように、もっともっと考えてみます」
町田アンナはいくぶん目もとを潤ませながら、「うん」としか言わなかった。ただその顔に浮かべられているのは、これ以上もなく温かな微笑みである。
いっぽうめぐるは万感の思いを込めながら、二年来の友人に囁きかけることになった。
「……やっぱり、かずちゃんはすごいよ」
「何がさ? ま、あたしは人の気持ちなんておかまいなしの冷血漢だからね。あんたたちと違って、いくらでも乱暴な言葉を吐けるのさ」
露悪的なことを言いながら、和緒はひょいっと肩をすくめた。
そうしてめぐるたち一行は、再び轟音の渦巻く暗がりへと舞い戻ることに相成ったのだった。




