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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 1-

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08 新たな衝撃

 トップバッターであるバンドの演奏は、それほど悪いものではなかった。

 めぐるのような初心者がそのように言いたてるのは、あまりに不遜であっただろうか。しかし心中で勝手に思う分には、誰にも文句をつけられるいわれはなかった。


(やっぱりみんな、上手だなぁ)


 要約すると、それがめぐるの率直な感想である。

 ベースもドラムもギターも、みんな大した技術を持っている。かつて『V8チェンソー』に感じたようなちぐはぐな感じもないし、然るべきフレーズが然るべき演奏力で体現されているように感じられた。


 少なくとも、めぐるや和緒とは比較にならないレベルであるし、町田アンナのように勢いあまってミスをすることもない。彼らも二十歳そこそこの若さであるようであったが、高校生に過ぎないめぐるたちとは年季が違っているのだろうと思われた。

 ただ――めぐるは、和緒のドラムや町田アンナのギターのほうが、好きだった。これはもう、技術とは関係のない話であるのだろう。たとえ彼らがその演奏力でもって『小さな窓』や『転がる少女のように』を演奏したとしても、めぐるの心を震わせるには至らないように思えてならなかった。


(それに、ヴォーカルに関しては……栗原さんのほうが上手いんじゃないかなぁ)


 そもそもこちらのバンドは歌声が演奏に負けてしまっていて、きちんと聞き取ることも難しいぐらいであったのだが――絶対音感を有する栗原理乃は、正確な音程で歌いあげる技術をも体得しているのだ。彼女だけは、技術面でも彼らに勝っているのではないかと思われた。


 しかしもちろん、音楽に勝ち負けなどは存在しないのだろう。

 それがコンクールなどであれば、審査で優劣をつけられてしまうのかもしれないが、彼らは何かを競うためにライブを行っているのではない。ただ、めぐるの好みにはそれほど合致しないというだけの話であった。


 それに、どれだけ好みに合わなかろうとも、めぐるが失望することにはならなかった。きっと以前と現在では、めぐるの心持ちも違っているのだ。ロックバンドのエレキサウンドに魅了されて、自らその世界に身を投じた彼らのことが、めぐるには無条件で好ましく思えていた。たとえて言うなら、猫好きの同志を目の前にしたような心境であったのだった。


(ベースをピックで弾くと、こんな音になるんだな。すごくゴリゴリした音で、輪郭がはっきりしてて……これはこれで、気持ちいい音だなぁ)


 どうしても、めぐるの耳はベースの重低音を追いかけてしまう。しかしもちろん、それも他の楽器があってこその魅力だ。彼らの演奏は、二本のギターの音色が少々ぶつかってしまっているのと、あとはヴォーカルの声量が物足りないことを除けば、申し分のない出来栄えであった。


 そうしてめぐるは、轟音の中に身をひたし――あっという間に、三十分という時間が過ぎ去っていったのだった。


「いやー、なかなかよかったね。ジャンル的にはちょっと好みに合わなかったけど、アレンジのセンスも悪くなかったなー」


 周囲の耳をはばかってか、町田アンナも普段よりは抑えた声量でそのようにのたまわっていた。それに対して、和緒はクールに肩をすくめる。


「こっちはとても、そんな上から目線で語る気にはなれないね。酷評は、プレーリードッグにまかせるよ」


「こ、酷評なんてしないよ。すごくいい演奏だと思ったしね。ベースの音も、気持ちよかったよ」


「おっ、めぐるもピック弾きにチャレンジしてみるー?」


「いや、そこまでは思わないけど……でも、できることなら指でああいう音も出してみたいかなぁ」


 めぐるがそのように答えると、町田アンナがきょとんとした。栗原理乃もびっくりまなこで、和緒はいっそうクールな面持ちになっている。


「あ、あれ? わたし、何かおかしなことでも言いましたか?」


「あー、口調が戻っちゃった! 今、ウチにもタメ口を使ってたのにー!」


「えっ! そ、そうでしたか? どうもすみません!」


「なんで謝るのさー! タメなんだから、タメ口でいいんだよー! ま、ウチは誰が相手でもタメ口だけどさー!」


 こういう話題では、町田アンナも通常の声量になってしまう。しかしその前から、めぐるたちは少なからず注目を浴びていた。やはりライブハウスで制服姿の女子高生というのは目立ってしかたがないようであるし、めぐると町田アンナは楽器まで持参してしまっているし――それに何より、めぐるを除く三名はどのような場所でもどのような格好でも人目を集める容姿をしていたのだった。


「で、お次がいよいよおねーさまがたの登場だねー! どんなバンドなのか、楽しみだなー!」


「そ、そうですね。それは本当に、楽しみです」


 やがて十分ていどの時間が過ぎると、客席の照明が再び落とされる。

 大事なベースのギグバッグを両手で抱きかかえながら、めぐるは一心に幕が開かれるのを待ち受けた。


 BGMは、エスニックな民族音楽に切り替えられている。これがきっと、『V8チェンソー』のオープニングテーマのようなものであるのだ。

 そのゆったりとした演奏に導かれるようにして幕が開かれると、そこにはやはり楽器だけが鎮座ましましていた。赤いギターと木目のベース、二台のアンプとドラムセットだ。


 何もかもが、ひと月半前と同じ情景である。

 そんな中、『V8チェンソー』のメンバーが登場し――いつの間にか五十名ていどに増えていたお客たちが、歓声や口笛で出迎えた。


 本日の浅川亜季は、タンクトップにウエスタンシャツ、ダメージデニムにごついブーツという格好だ。ハルはさきほどと同じくTシャツにハーフパンツ、ベースのフユはノースリーブのトップスにバルーンパンツといういでたちで、胸もとや左の手首にじゃらじゃらと木製のアクセサリーをさげている。頭は以前と同じく、頭頂部でひっつめたスパイラルヘアーであった。


『こんばんはー! ピンチヒッターの「V8チェンソー」でーす! みんなで今日のイベントを盛り上げていきましょー!』


 ハルの元気な宣言とともに、浅川亜季が赤いギターをかき鳴らした。

 その雷鳴じみた轟音に、めぐるは思わず背筋を震わせてしまう。やはり彼女のギターサウンドは、とりわけ分厚くて迫力に満ちみちていた。


 浅川亜季は荒々しくギターをかき鳴らしたのち、単音を織り交ぜたリフに移行する。

 すると、フユが十六分音符で埋め尽くした難解なるフレーズを重ね、四小節ののちにハルがドラムを乱打した。


 その瞬間、めぐるは得も言われぬ戦慄を覚える。

 三者の楽器の音色がひとつに絡み合い、めぐるの五体を駆け巡っていったのだ。

 以前はあれほどちぐはぐであった三者の演奏が、嘘のように合致している。そして彼女たちは、トップバッターのバンドとも比較にならないほどの技術と迫力を有していたのだった。

 彼女たちの演奏レベルが高いことは、めぐるもとっくに承知している。そして今は、その演奏が正しく合致した際に生じる脈動というものに心臓を揺さぶられていた。


 そこで浅川亜季がハスキーで勢いのある歌声をかぶせると、めぐるはさらなる驚きに見舞われた。そのメロディに、めぐるははっきりと聞き覚えがあったのだ。


(これは、前のライブでもやってた曲なんだ。でも……こんな演奏は、初めてだよ!)


 彼女たちが演奏にどれだけのアレンジを加えたのかは、わからない。ただめぐるは、あの日にこれほど心地好い演奏を耳にした覚えはなかった。浅川亜季の耳をつんざくようなギターも、フユの流麗で力強いベースも、ハルの躍動感に満ちみちたドラムも、すべてがおたがいを支え合い、おたがいを補い合いながら、狂暴なうねりを世界に叩きつけていたのだった。


 それに、ひとつだけはっきりとわかることもある。

 以前の彼女たちは、おたがいの居場所を奪い合うような演奏を見せていたのだ。荒々しい迫力は減じないまま、その息苦しい印象だけが綺麗に消え去っていたのだった。


 おそらくは、音作りもフレーズも根底から見直すことになったのだろう。しかしそれは、音を弱めたり音数を減らしたりなどという、単純な話ではなかったはずだ。彼女たちは最大限に自己を主張して、時には激しくぶつかり合いながらも、それでも真っ直ぐ目指すべき場所を目指し――そうして、これほどに荒々しい調和を完成させてみせたのだった。


 これはまぎれもなく、めぐるが目指している境地である。

 そしてさらにその向こう側には、『SanZenon』のメンバーたちが立ち並んでいる。『SanZenon』というのは、この『V8チェンソー』よりもさらに技術が高く、さらに勢いに満ちており、そしてさらに狂暴かつ獰猛であったのだった。


 フユのベースはあまりに流麗で、『SanZenon』のベースとはまったく似ていない。もしかしたら、技術そのものはフユのほうが高いぐらいであったのかもしれないが、彼女の演奏は機械のように正確で、荒々しさに欠けていた。しかし彼女はそのように振る舞うことで、浅川亜季の荒々しさを支えているように思えてならなかった。また、これだけ難解なフレーズを弾きこなしながら、そのように土台を支えることのできる力強さに、めぐるは慄然とするほどであった。


 いっぽうハルは、弾むような軽快さでドラムを叩いている。『SanZenon』のドラムが転がる岩塊のごとき躍動だとしたら、彼女は野ウサギや仔鹿のように軽やかなる躍動であった。そうして彼女がぽんぽんと弾むものだから、いっそうベースがどっしりと抑えつけている印象になるのかもしれなかった。


 そして、浅川亜季の歌とギターだ。

 普段はあれだけのんびりとしていてけだるげである彼女が、ステージの上では猛々しさを剥き出しにしている。そしてそれが、まぎれもなくこのバンドの推進力であったのだ。


 浅川亜季がもっと荒々しいベースやドラムと組んだならば、さらなる勇猛さが生み出されるのかもしれない。

 だがしかし、めぐるの中にそれを望む気持ちはなかった。そのような勇猛さを得るためには、今のこの心地好い調和を手放さなければならないのだ。そんな惜しい話はないはずだと、めぐるにはそのように思えてならなかった。

 彼女たちはまぎれもなく調和して、合致して、ひとつの生き物と化していた。それこそが、めぐるがもっとも痛切に追い求めている存在であったのだった。


 これこそが、彼女たちの本当の姿であったのだ。

 あるいは――大切なピースを失ってしまった彼女たちがさまざまな試行錯誤を経て、再生した姿であったのだ。


 そうしてめぐるはその夜に、何度目かの衝撃を授かることに相成った。

 初めて『SanZenon』のライブ映像を目にした時――初めてリッケンバッカーのベースを手にした時――初めてベースを弾いたとき――初めて『SanZenon』の音源を聴いたとき――初めてベースをアンプで鳴らしたとき――初めて町田アンナのギターと音を合わせた時――初めて和緒のドラムが加わった時――初めて栗原理乃の歌声が加わった時――初めてエフェクターの音を鳴らした時――初めてエフェクターを使ってバンドの合奏に臨んだ時――そんな数々の衝撃の中に、『V8チェンソー』の二度目のライブを観た時という条項が、心のもっとも奥深い部分にまざまざと刻みつけられることになったのだった。

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