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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 1-

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07 出陣

 それから数日が過ぎて、六月の第二土曜日である。

 その日が『V8チェンソー』のライブの当日であった。


 朝の九時から午後の五時近くまで部室での練習に取り組んだ一同は、その足で駅に向かって、ライブハウスを目指す。全員が制服姿で、おまけにめぐると町田アンナはギグバッグを背負った格好だ。時間ぎりぎりまで練習を楽しむには、このように取り計らうしかなかったのだった。


 六月に入って衣替えの移行期間となったため、めぐるたち三名は半袖のブラウスにスクールベストという姿になっている。ただひとりベストを着用せず、腰にジャージを巻いた町田アンナは、誰よりも昂揚をあらわにしていた。


「いやー! ライブとか、チョーひさびさだなー! あのかっちょいいおねーさんがどんなギターを弾くのかも楽しみだし! 他にはどんなバンドが出るんだろうねー!」


「あんた、他のバンドまで観るつもりなの? 耳が馬鹿になっちゃうんじゃない?」


「えー? チケット代を払ったんだから、めいっぱい楽しまないと損じゃん! それに、人様のライブを拝見するのだって、大事なベンキョーだよー!」


 電車に乗っても、町田アンナの元気さに変わるところはない。周囲の人間の視線は痛かったが、めぐるも最近ではずいぶん免疫がついてきていた。

 スティックケースをぶら下げた和緒もまた、いつもの調子で町田アンナの相手をしている。そして、栗原理乃はというと――数日前のアクシデントもすっかり払拭できた様子で、気弱げに微笑みながら幼馴染のかたわらにひっそりと寄り添っていた。


(でも、栗原さんは繊細だからな……内心で気にしてないといいんだけど)


 軽音学部の先輩がたにコンクールの話を持ち出されただけで、彼女は腹痛を起こしてしまった。おそらくは、ピアノのレッスンをしていた時代のトラウマが蘇ってしまったのだろう。彼女はそうしてコンクールのたびに腹痛を起こして、両親や兄姉を失望させてしまったようであるのだ。


(わたしたちは、ライブのことなんて考えなくていいっていう条件で、栗原さんをバンドに誘ったわけだし……そもそもわたしだって、自分がライブをやる姿なんて想像もつかないもんなぁ)


 このメンバーの中でライブ活動を念頭に置いているのは、町田アンナただひとりである。

 しかし彼女はそれ以上に、幼馴染の心情を慮っていた。どんなにライブをやりたくとも、無理強いする気はさらさらないのだ。いつか栗原理乃がトラウマを克服できたならば、そのときこそ――と、彼女はそんな風に考えているはずであった。


(そのときには、わたしもライブをやりたいって思えるようになってるのかな。……そんなのは、やっぱり想像もつかないや)


 ともあれ、めぐるたちの日々は賑やかかつ平穏に過ぎ去っている。めぐるには、それで十分以上であった。

 やがて京成本線で津田沼駅に到着したならば、京成千葉線に乗り換えだ。出不精のめぐるにはそれらの電車の区別もつかなかったが、ともあれトータルの所要時間は四十五分ほどであり、ここまで来れば折り返しであるとのことであった。


「今日の会場は、『千葉パルヴァン』とかいうライブハウスだったっけ? いったいどんなライブハウスなんだろうね」


「あー、ウチも名前しか知らないハコだったけど、アコースティックとかが強いみたいだね! でも、今日は激しめのバンドのイベントみたいだよー!」


「そんな場所に制服姿で乗り込んで、無事に帰ってこられるやらだね。いざとなったら、どこかの誰かさんに自慢の腕っぷしを披露してもらうしかないか」


「和緒こそ、おかしな連中にケンカ売らないでよー? あんた、根っこが無礼なんだからさ!」


 そんな感じに、和緒と町田アンナがずっと軽妙に言葉を交わしていたため、行き道でも退屈することはなかった。

 そうして京成千葉中央駅に到着してみると――やはり土曜日の夕暮れ時ということで、駅前はたいそう混雑していた。滅多に地元を離れることのないめぐるには、目の眩むような喧噪である。


「ライブハウスは、こっちだね。今回も、徒歩四分だってさ」


 スマホを手にした和緒のナビゲートで、その人混みへと足を踏み出す。

 そうして高架下を抜けて、雑然とした大通りに出ると――そこからひとつ横道に入ったところに、目当てのライブハウスが存在した。


「わ、めぐるちゃんに和緒ちゃん、ひさしぶりー! 今日はようこそおいでくださいましたー!」


 ライブハウスの入り口にたたずんでいた人間のひとりが、朗らかな笑顔を向けてくる。男の子のようなショートヘアーで、めぐると同じぐらい小柄で幼げな容姿をしたその人物は、『V8チェンソー』のドラマーたるハルに他ならなかった。


「あ、ど、どうもおひさしぶりです。あの、先日は『SanZenon』のCD、ありがとうございました」


「いえいえ、とんでもない! めぐるちゃんのおかげで、あたしたちは迷走状態から脱出できたからさ! ほんとにもう、どんなに感謝しても感謝しきれないよー!」


 このハルというのは、おひさまのように眩しい笑顔を持つ女性である。それでめぐるがまごまごしていると、すぐさま頼もしきバンドメンバーが助け船を出してくれた。


「初めましてー! めぐるや和緒とバンドを組んだ、町田アンナだよー! こっちはヴォーカルの、栗原理乃ね!」


「初めまして! アキちゃんから、話は聞いてるよー! 噂通りの、元気な子だねー!」


 元気と元気が掛け合わされて、いっそうの熱気がわきかえってしまう。そして、ハルと輪を作っていた人々は、たいそう物珍しげにめぐるたちの様子をうかがっていた。


「制服姿がまぶしいなぁ。それに、大荷物だね! みんなは練習だったの?」


「うん! 家まで戻るのは、時間がもったいないからさ! 部室から直行したんだよ!」


「そっかぁ。できれば楽器を預かってあげたいけど、こっちも楽屋が大混雑だからさ。何かあったら、どんなにおわびしてもおっつかないしね」


「いいよいいよ! こっちも大事な楽器を手放すのは落ち着かないしね! すみっこで大人しく見物させたいただくよー!」


「うん。よろしくね。みんなに楽しんでもらえるように、頑張るよ」


 ハルのほうはファーストコンタクトの昂揚が過ぎ去ると、じょじょに沈静化していく。しかしその朗らかな笑顔に変わるところはなかった。


「そういえば、ドラムの担当は和緒ちゃんなんだってね。アキちゃんから話を聞いて、もうびっくりしちゃったよ。今後は同業者として、よろしくね」


「同業者だなんて、恐れ多いばかりですね。こちとらリズム隊の相棒が狂暴なもんで、毎日引退を考えてる始末です」


「あはは。めぐるちゃんって、そんなに狂暴なんだ? 人は見かけに寄らないねー!」


 めぐるがあわあわして答えられずにいると、ハルはスマホで時間を確認した。


「あ、そろそろ開演だね。あたしも最初のバンドを観ておきたいから、みんなで一緒に下りよっか」


 ということで、めぐるたちは入り口に集っていた面々とともに階段を下りることになった。こちらのライブハウスは、最初から地下の会場に直行する造りになっていたのだ。

 ハルがお相手をしていたのは、個人的な友人たちであったのだろう。いずれも若い女性ばかりであったが、派手なファッションをしているわけでもなく、真面目な大学生といったたたずまいであった。


 階段を下りると受付になっており、そこでチケットを提示してドリンクの代金を支払う。こちらではチケットの半券を提示することで、ドリンクをオーダーできるというシステムであるようであった。

 そうしてフライヤーの束を手にして、重いドアをくぐりぬけると――そこにはひと月半ぶりの、暗がりと激しいBGMが待ちかまえていた。


 客席ホールの規模は、以前にお邪魔したライブハウスと同程度であろう。こちらでは各所にドラム缶が置かれており、それがテーブルの代わりにされている。わずかばかりに存在する椅子は、やはりおおよそ取られてしまっているようだ。


 町田アンナにぴったりと寄り添った栗原理乃は不安げに目を伏せているが、それはいつものことである。彼女は幼馴染のつきあいで何度かライブハウスに出向いたことがあるとのことであったので、もっとも心臓を騒がせているのはめぐるであるのかもしれなかった。


「ひとバンドの持ち時間は三十分で、あたしたちの出順は二番目だよ。また後で挨拶させてもらうから、楽しんでいってね」


 そんな言葉を残して、ハルは友人たちとともに最前列へと赴いていった。


「じゃ、ウチらはこの辺りでくつろいでよーか! 大事な楽器を死守しなきゃだしねー!」


 めぐるたち一行は、真ん中辺りの壁沿いに待機する。それでようやく、めぐるは重いギグバッグを下ろすことができた。収納スペースにエフェクターまで詰め込んでいるので、これまで以上の重さであるのだ。


「ウチらがドリンクを持ってきてあげるよ! めぐるは何にする? トマトジュース? へー、ヘルシーだねー! じゃ、ギターが倒されないように見張っておいてねー!」


 腰を落ち着けるいとまもなく、町田アンナはめぐるたちの手からチケットの半券をひったくり、幼馴染とともにバーカウンターへと突撃していった。

 登校の時間以来、ここで初めて和緒と二人きりの時間になる。めぐるは高鳴る心臓をおさえながら、大切な友人に笑いかけてみせた。


「前のライブから、もうひと月半も経ってるんだよね。浅川さんたちは、どんなアレンジをしたんだろうね」


「さてね。あんたに酷評されないように、そりゃあ必死で頑張ったんじゃない?」


「こ、酷評なんてしてないよ。それに、わざわざバラしちゃったのはかずちゃんじゃん」


「そうだっけ? だけどまあ、あんたが不満たらたらだったのは事実だからねぇ」


 スティックケースをぷらぷらと揺らしながら、和緒はすまし顔だ。

 しかし和緒も機嫌は悪くないようなので、めぐるはほっとする。めぐるたちのバンド活動も間もなくひと月に達しようとしていたが、和緒は楽しそうな顔も見せない代わりに、不本意そうな顔も決して見せていなかったのだった。


(町田さんとやいやい騒いでる姿なんかは、むしろ楽しそうだもんな。……そんなの、本人には言えないけど)


 バーカウンターは込み合っているため、町田アンナたちはなかなか戻ってこない。その間に、時刻は午後の六時に達してしまい――客席の照明が落とされることに相成った。


 客の入りは、三十名といったていどだ。前回のライブよりもいくぶん寂しい人数であったが、めぐるの胸の高鳴りに変わりはなかった。

 それにめぐるもあの頃よりは、負の感情を覚えていない。今日は朝からみっちり練習をしてそれなり以上に心が満たされていたし、『V8チェンソー』がどのような変化を遂げたのかは気になっていたし、それに――見も知らぬバンドの演奏についても、多少ながら好奇心をかきたてられていた。


(世の中には、どんなバンドがいるんだろう。わたしなんて、本当に何も知らないからな)


 そうしてようやく町田アンナたちが戻ってきて、めぐるがトマトジュースのグラスを受け取ったとき、ステージを隠していた黒い幕が左右に開かれた。

 ステージでは、すでに四名のバンドメンバーが楽器を構えている。そして真ん中の人物が、威勢よくギターをかき鳴らした。


『それじゃあ、始めるよ。最後まで楽しんでいってくれよな』


 ギターの迫力とは裏腹に、脱力した調子でそのように言いたてる。

 そうしてめぐるはひと月半ぶりに、電気仕掛けの轟音で五体を揺さぶられることに相成ったのだった。

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