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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 7-

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326/327

09 モチーフ

 その後も『バナナ・トリップ』のステージは、怒涛の勢いで進行されていった。

 やはり『バナナ・トリップ』は、ノンジャンルと呼ぶに相応しいバンドであったのだ。あるいは、オールジャンルとでも評するべきであるのだろうか。彼女たちは次から次へと趣の異なる楽曲を披露して、めぐるの心を思うさま翻弄してくれたのだった。


 オープニングナンバーは行進曲マーチを思わせる曲調であったが、二曲目は野外イベントでもお披露目したヘヴィロックのパロディめいた楽曲であった。

 そして三曲目は8ビートのパンク調、四曲目はレゲエを思わせる軽妙な楽曲と、それこそおもちゃ箱をひっくり返したような騒ぎである。


 しかしそれでも、どこかに統一感が存在する。

 その一因は、おそらく音であろう。どのような楽曲であっても、根底にあるのは『バナナ・トリップ』のサウンドであるのだ。轟木篤子はエフェクターを使わずに力加減だけでさまざまな音色を出すことができるし、ウェンなどは一曲ごとに異なる楽器を持ち出すぐらいであったが、それでも根っこの印象に大きな違いはなかった。


 とりわけ重要であるのは、コッフィの歌とサックスである。

 彼女の歌声とサックスの音色が存在する限り、それはまぎれもなく『バナナ・トリップ』であるのだ。そんな風に思えるぐらい、コッフィの存在感は絶大であった。


 しかしもちろん、それもメンバーあってのこととなる。ギターとベースとドラムが堅実に音を支えているからこそ、コッフィとウェンはその上で大暴れできるのだ。二人の爆発力を引き出しているのは三人の演奏であり、三人の演奏を華やかに彩っているのが二人の輝きであった。


 しかしまた、二人のフロントマンと三人のバックバンドといった具合に、明確な線が引かれているわけではない。確かに華やかであるのはフロントで暴れる両名であるが、バックの三人にもそれぞれ強烈な個性が存在した。


 轟木篤子は、言うまでもないだろう。クリーンサウンドでピック弾きのみというスタイルでありながら、彼女はあらゆるジャンルに対応できる技術と感性を有している。また、ただ堅実なだけではなく、曲によっては生々しい迫力を前面に押し出すこともできるという、無類の実力者であった。


 ギターのギーナも堅実さと荒々しさに加えて、繊細さというものも備え持っている。レゲエ調の曲ではボリュームを絞ったクリーンサウンドにコーラスを深くかけて世にも妙なる音色を紡いでいたし、パンク調の曲では凄まじい疾走感を演出していた。


 ドラムのカーニャは軽妙にして軽快なプレイが特徴であるが、リズムを溜めることで重い雰囲気を出すことも思いのままである。また、スネアの音色は和緒に負けないぐらい硬質であったが、タムのコンビネーションでは民族楽器を彷彿とさせるあやしげな音色を現出させていた。


 けっきょく『バナナ・トリップ』のメンバーは、誰もが個性的で誰もが実力者であるのだ。

 誰かひとりが抜けてしまっても、『バナナ・トリップ』のサウンドは成立しない。あらためて、轟木篤子が加入する前はどのようなサウンドであったのか、めぐるには想像もつかなかった。


 そうして、おそらくはステージの折り返しとなる五曲目――ここでも、意想外の楽曲が披露された。

 ウェンはステージ上に持ち込んでいたコンテナボックスから古びたアコーディオンを引っ張り出し、ギーナはエレアコギターに持ち替えたのだ。


 そうして開始されたのは、リズム隊を除く三名で奏でられるワルツ調の哀切な楽曲であった。

 コッフィはヘヴィロック調の楽曲においても中盤の静かになるパートで、異国の子守歌のように優しい歌声を披露している。こちらのワルツ調の楽曲では、その歌声が基調にされていた。


 歌詞の内容は、死にかけた野良猫が暗い路地裏をさまよい歩きながら、飼い猫の時代の楽しい記憶を反芻する物語である。

 優しかった飼い主は、もうどこにもいない。そして野良猫もその思い出にすがりながら、ひとりひっそりと息絶えるのだ。めぐるは歌詞と演奏の両方から心を圧迫されて、止めようもなく涙をこぼしてしまった。


 その演奏の終了とともにステージ上も暗闇に包まれたと思ったら、次の瞬間には光と音の爆発である。哀切な気分にひたっていためぐるは、いきなり断崖から突き落とされたような気分であった。


 ウェンは暗転の間にアコーディオンをショルダーキーボードに持ち替えて、電子音による超絶的な速弾きを披露する。あとはリズム隊とサックスだけで場内のしんみりとした空気を粉砕するには十分であり、その間にギーナはエレキギターを抱えなおした。


『まだまだ宴はこれからじゃー! 次の曲は、「リビングデッド・パラダイス」!』


 六曲目は、ハードコア・パンク調の楽曲であった。

 ギターはファズサウンド、ベースはピックアップにピックを叩きつけるかのような荒々しい奏法で、ヘヴィロック調の楽曲以上の荒々しさを完成させる。そしてリズムは、BPM250を突破していそうなツービートであった。


 コッフィはとてつもない早口で、乱暴な歌声を叩きつける。

 さすがにこのスピードでは歌詞を聞き取ることも難しかったが、とりあえずゾンビか何かの群れが生前の記憶に従って日常生活の真似事に励んでいるという内容であるようであった。


 トーストをかじれば前歯が抜け落ち、恋した相手を目の前にしても心臓はときめかない。そんな歌詞の断片から察するに、ゾンビを題材にしたブラックユーモアを詰め込んだ内容であるようだ。

 めぐるの印象として、『バナナ・トリップ』の歌詞は『天体嗜好症』に負けないぐらい物語性が強いようであった。


(作詞作曲はウェンさんとギーナさんが受け持ってるっていう話だったけど……どれが誰の曲なのか、ちっともわかんないや)


 それぐらい、『バナナ・トリップ』の楽曲は方向性が多岐にわたっており、それでいて統一されている。五人の個性が混然一体となる『バナナ・トリップ』においては、歌詞も楽曲もその渦に呑み込まれるようであった。


 そちらの楽曲が終了するとウェンのおしゃべりタイムが開始され、その間にメンバーたちはジャケットとシャツを脱ぎ捨てる。その下に着込んでいたのは『V8チェンソー』のステージでも披露していた赤いバンドTシャツであり、全員がサスペンダーを装着していた。


 けっきょくは全員が同じ格好であるため、統一感に変わりはない。

 それでいて、五人はそれぞれ異なるカラーリングの髪をしている。

 それは何だか、異なる個性と統一感が両立している『バナナ・トリップ』のサウンドが視覚化されているような印象でもあった。


『ではでは、残るは三曲なのだ! 足腰立たなくなるまで、ライドオンなのだ!』


 そんなウェンの言葉によって、演奏が再開された。

 七曲目は四つ打ちビートのヒップホップ調、八曲目はダンシブルなファンク調と、また新たな魅力が開帳されていく。


 驚くべきは、ここまででめぐるに聞き覚えのある曲がヘヴィロック調の一曲のみということである。『バナナ・トリップ』は『サマー・スピン・フェスティバル』で二十分間のステージをこなしていたが、そのときの楽曲はひとつも持ち出されていないようであった。


 そうしてついに、最後の九曲目である。

 コッフィは顔中から滴る汗をスポットに輝かせながら、元気な声を響かせた。


『ついにラストの曲じゃのー! ラストは新曲で、「ブレーメン・イン・ワンダーランド」じゃー!』


 ウェンがコッフィの背中に自分の背中をぶつけながら、ショルダーキーボードに右手の指先を走らせる。新曲ならば、これはウェンが作詞と作曲を受け持った楽曲であるはずであった。

 まるでファズでも掛けているかのような、歪んだサウンドだ。そしてそれは、きわめて攻撃的かつリズミカルなフレーズであった。


 そしてそこに、ダンシブルな16ビートのリズムが重ねられる。

 キーボードとドラムだけを伴奏に、コッフィは朗々と歌い始めた。


 倉庫に放置された壊れかけの機械人形から始まる、これまた奇妙な歌詞である。

 その機械人形が動かない右足を引きずって倉庫を脱出したところで、残るメンバーの演奏が重ねられた。


 ギターはフランジャーのエフェクターを駆使したジェットサウンド、ベースはかきむしるようなピッキング音を活用した荒々しいサウンドだ。たとえ新曲であっても調和のほどに変わりはなく、めぐるは自然に身体が揺れてしまった。


 ウェンのもとを離れたコッフィはステージ上を練り歩きながら、弾むような歌声を張り上げる。

 Aメロは長い尺が取られており、歌はそれなりに早口であったため、歌詞の世界の物語はどんどん進行していった。


 倉庫を脱出した機械人形はオレンジ色のライオンに巡りあい、その背中に乗って旅を続ける。

 次に現れたのは、亡国の王子様だ。戦争で家族と故郷を失った王子様は、流れに身をまかせて機械人形たちと行動をともにした。

 そして最後に小さな齧歯類というキャラクターが登場したところで、めぐるは頭を小突かれた。


 耳では音を追いながら、めぐるは横合いを振り返る。

 そちらでは、和緒が苦笑しながら肩をすくめていた。


 実はめぐるもオレンジ色のライオンが登場したところで、とある予感にとらわれていたのだ。

 ウェンはとんでもないものを、新曲の歌詞のモチーフにしていたのだった。


 四人連れとなった一行は、行くあてもなく世界を放浪する。

 そして夜には、四人だけのパーティーだ。壊れかけの機械人形が美しい歌声を披露すると、残る三名も大喜びで拾ったガラクタを楽器に仕立てあげた。


 そこで一番のサビが終了し、サックスのソロプレイが披露される。

 歌詞の中に管楽器は登場しなかったが、まるでそちらの楽しいパーティーのさまが再現されているかのような音色だ。

 とても楽しげだが、先の見えない不安のようなものもにじんでいる。そしてその不安を塗り潰すかのように、また高らかにサックスが吹き鳴らされた。


 いっぽうウェンはべこべこにへこんだバケツとスコップを持ち出して、それを打楽器のように叩いている。それは歌詞の中で、王子様が使っている楽器だ。ウェンの首に引っ掛けられたマイクで、その乱雑な音がかすかに拾われていた。


 客席の人々は、これまで通りに盛り上がっている。

 困惑の思いであるのは、きっと『KAMERIA』の四名のみであろう。しかし、『KAMERIA』と懇意にしている人々の何名かは、察しをつけているかもしれなかった。


 そして楽曲は、二番に突入する。

 トランプの王国に迷い込んだ一行は、突如として悲劇に見舞われた。機械人形の故障がいよいよひどくなっていき、歌を歌えなくなってしまったのだ。


 すると、残る三名が我が身を犠牲にして修理を施した。

 オレンジ色のライオンは自分の肋骨を抜き取って、壊れた部品の代わりにした。

 王子様は王家の証である宝石を砕いて、燃料の代わりとした。

 齧歯類は自分の前歯を引っこ抜いて、鉄の心臓の隙間に埋め込んだ。


 そうして機械人形は復活し、お祝いのパーティーが開かれる。

 そこで二番のサビが終了し、フランジャーのエフェクターを切ったギーナが美しいクリーンサウンドで優しいソロプレイを披露した。


 コッフィのサックスとウェンのトランペットが、その裏をゆったりと支えている。

 ドラムとベースも音数を減らして、ヨコノリのリズムにいっそうの軽妙さを加えた。


 そして楽曲は、そのままエンディングになだれこんでいく。

 コッフィは終わらないパーティーのさまを笑顔で歌いあげ、ウェンはひとりでポペポペとトランペットを吹き鳴らす。単体になるとウェンのトランペットは稚拙さが浮き彫りになり、この際はそれが物語のイメージを補強する役に立っていた。


 荒々しく始まった楽曲が、最後は可愛らしい印象で終了する。

 それは何だか、物語世界の住人たちの安息を示しているかのようで――客席には、惜しみない歓声と拍手が吹き荒れることになった。


『あんがとさん! ほいじゃのー!』


 コッフィとウェンは肩を組んで、スキップまじりに退場していく。

 残る三名もそれに続くと、大歓声がすぐさま「アンコール!」の大合唱に切り替えられた。


「いやー、やっぱバナトリもすっげーね! ヴァルプルやテンタイに負けないぐらい、面白かったよー!」


 ひとりで客席の前側に突撃していた町田アンナが、汗だくの姿で舞い戻ってきた。


「ところで、あの最後の曲ってさ――」


「みなまで言うな。まったく、とんでもないことをしてくれるもんだね」


「あはは! ま、ハッピーエンドでよかったねー!」


 すると、リィ様の変身を解除した栗原理乃も、もじもじしながら発言した。


「でも、やっぱり……周りからも、私はみんなに助けられてるように見えるのかなぁ?」


「んなことないっしょー! きっとテキトーに歌詞をふくらませたんだよ!」


 町田アンナは笑いながら、栗原理乃のほっそりとした肩を抱く。

 そのとき、大歓声がうねりをあげた。『バナナ・トリップ』の面々が、ステージに戻ってきたのだ。


 なおかつ彼女たちは、水着にショートパンツという姿に変じていた。

 四名は色とりどりのビキニで、ウェンだけがスクール水着にショート丈のオーバーオールだ。つい先刻まできっちりスーツを着込んでいたために、ギャップの破壊力がとてつもなかった。


『アンコール、あんがとさん! ほいじゃあ、もうちいと楽しましてもらうわー!』


 ショッキングピンクのトライアングル・ビキニを着用したコッフィが、元気いっぱいに声を張り上げる。

 ウェンはぴょんぴょんと跳ね回りながら、マイクを通さずにカウベルを乱打した。


『もう十一月じゃけど、うちらはいつでも夏気分じゃー!  「サイケデリック・サマー」!』


 ドラムの軽やかなるタムのロールから、アンコールの一曲目が開始される。

 それは、『サマー・スピン・フェスティバル』で披露された曲であった。


 あの日にも今日と同じていどの人数が集まっていたのかもしれないが、客席が広大であったため閑散とした印象であった。

 その雪辱を晴らすかのように、今日この場にはとてつもない熱気が満ちており――めぐるもまた、存分に胸を高鳴らせながら『バナナ・トリップ』の勇躍を見届けることになったのだった。

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