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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 7-

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08 トリック・オア・トリップ

「いやー、やっぱブイハチはすげかったねー! ウチ、あらためてソンケーしちゃったなー」


『V8チェンソー』のステージの終了後、一階のバーフロアに移動するなり、町田アンナはそのように言いたてた。


「素でもめっちゃかっちょいーけど、やっぱすごいのはゲストタイムだよねー! あの二人が参加してもビクともしないどころか、一緒になってバクレツしまくるんだもん!」


「あとは、ゲストが抜けた後ね。普通だったら、音がスカスカに聴こえそうなところだよ」


 と、和緒も肩をすくめながら同意を示した。


「かえすがえすも、うちらはゲストをお断りして正解だったね。逆立ちしたって、あんな真似はできないよ」


「悔しいけど、その通りだねー! それはこれから頑張るしかないさ!」


 夏の野外を体験して以降、『KAMERIA』のメンバー内では同じような会話が繰り返されている。そして本日はひさびさにコッフィたちの演奏を目の当たりにしたために、いっそう熱がこもるようであった。


「本当に、バナトリってのは大したバンドなんだね。ますますこの後が楽しみになってきたよ」


 宮岡がそんな感想をこぼすと、寺林が「ふん」と鼻を鳴らした。


「轟木のやつは、本当についていけてんのか? あいつも大した腕だけど、さすがにキャリアが違うだろ」


「んー? テラセンパイは、動画でバナトリのライブをチェックしたんでしょ?」


「……俺が観たのは、あいつが加入する前のライブ映像だったんだよ」


「で、彼女さんのダメだしが入ったから、それ以外は見られなかったわけね」


「うるせえよ! 今日だって大変だったんだからな!」


 そんな風にわめいてから、寺林はがりがりと頭をかいた。


「にしても、轟木まであんな格好をするとなると……なんか、気まずくて直視できねえな」


「えー? 水着ぐらいで、オーバーじゃない?」


「海やプールならまだしも、ステージだと印象が違うだろ。しかも相手は、あの轟木なんだからな」


 すると、和緒もするりと話題に入り込んだ。


「ただ、バナトリも毎回水着ではないようですよ。さっきのお二人も、きちんと服を着てましたしね」


「うんうん。最初にその動画を発見していたら、寺林先輩も彼女さんともめずにすんだわけですね」


 小伊田も会話に加わると、寺林は「うるせえよ」と繰り返しながらその肩を小突いた。

 そのタイミングで、楽屋から『V8チェンソー』の面々が登場する。まずは他なるお客たちが取り囲んだので、めぐるたちは順番を待ってからねぎらいの言葉をかけることになった。


「フ、フユさん、お疲れ様でした。今日もとっても素敵でした」


 エスニックなブラウスに着替えて首からタオルを引っ掛けたフユは、ぎょっとした様子で身を引いた。


「……何さ? 今日は、勢いが違うじゃん」


「そ、そうですか? ゲスト参加があったせいか、いつも以上に凄いと思ったので……」


 めぐるがもじもじすると、ハルが「あはは」と笑い声を響かせた。


「アレは確かにしんどかったよー! そのぶん、楽しかったけどね!」


「まったくねぇ。最初っから最後まで、綱渡りでもしてる気分だったよぉ」


 ビールの小瓶を掲げた浅川亜季も、眠そうな顔で笑っている。四十五分という長丁場の上に屈強のゲストを迎えた『V8チェンソー』の面々は、普段以上に消耗しているようであった。


 しかしその分、素晴らしいステージであったのだ。このバーフロアにも、『V8チェンソー』のもたらした熱気がまだまだ濃密に漂っていた。


「これで最後は、バナトリですもんねー。スリーマンとしては理想の構成だけど、見てるこっちも気を抜けないですよー」


 そのように発言したのは、坂田美月である。亀本菜々子もうんうんとうなずいていたが、柴川蓮はひとり仏頂面であった。


「あたしは、ブイハチがトリでもよかったと思ってますけどね。いくら都内で有名なバンドでも、ここはブイハチのホームなんですから」


「いやぁ、今日のお客も半分以上はバナトリが目当てなんだろうし、実力的にも分相応だよぉ。肩書きなんて関係なく、バナトリはそれだけのバンドだからさぁ」


 浅川亜季はふにゃふにゃと笑いながら、そう言った。


「もちろん対バンするからには、負けるつもりもないけどねぇ。今日のステージが何事もなく終わるようだったら、次の周年ライブでお誘いしちゃおっかなぁ」


「えっ、バナトリを誘うんですか? で、でも、バナトリはバンドのカラーがしっくりこないような気が……」


 と、柴川蓮が珍しく、浅川亜季に対して焦った顔を見せた。

 いっぽう浅川亜季は、脱力した笑顔のままである。


「それを言ったらヴァルプルとかだって、そこまでハマってるわけじゃないしねぇ。ジャンルなんて関係なく、かっこよければオッケーさぁ」


「で、でも……そうしたら、枠がひとつ埋まっちゃいますよね?」


 柴川蓮の不安げな言葉に、浅川亜季は「あははぁ」と笑う。


「つまりシバっちは、『マンイーター』がハジかれるんじゃないかって心配してるわけかぁ。そんな熱心になってくれて、どうもありがとうねぇ」


「い、いえ、それは……『V8チェンソー』は、一番尊敬してるバンドなので……」


 と、柴川蓮は真っ赤になってしまう。それもまた、フユ以外に対してはきわめて珍しい振る舞いであるが――まあ、フユ当人も同じ場で会話を聞いているので、そちらを意識した結果であるのかもしれない。そうしてけっきょく、フユが溜息まじりの声をあげることになった。


「イベントではバランスも大切なんだから、若いバンドを優先して外すとは限らないよ。そもそもヴァルプルやリトプリに参加してもらえるかもわからないんだからさ」


「うんうん。いまやそっちも、サマスピ経験者だしねー。ま、それはバナトリも同じことなんだけどさ」


 ハルもまた、朗らかな笑顔で加わった。


「でも確かに、そろそろお誘いするバンドを決定しなくちゃね。ほんと、あっという間に時間がすぎちゃうなー」


「おー! もうブイハチの周年イベントのことを考える時期なのかー! 楽しみにしてるから、頑張ってねー!」


 町田アンナが笑顔で発言すると、柴川蓮が八つ当たりのようににらみつけた。


「なんでそんな、他人顔なの? あんたたちだって、お誘いされるかわかんないんだよ?」


「ウチらはむしろ、誘われたらラッキーぐらいのポジションっしょ! 無理なら、お客として盛り上げるだけさー!」


 そう言って、町田アンナはいっそう元気いっぱいに笑った。


「でも、ウチらの周年ではぜーったいブイハチに出てもらいたいからさ! そのときは、検討よろしくねー!」


「あはは。そいつは光栄な限りだねぇ」


 浅川亜季がのんびり笑顔を返すと、宮岡が恐縮しながら割り込んだ。


「盛り上がってるところをすみませんけど、そろそろバナトリが始まる頃合いですよ。みなさんも、観戦するんですか?」


「もちろんさぁ。この日を心待ちにしてたんだからねぇ」


 ということで、こちらの一行も客席ホールに舞い戻ることになった。

 すでに大半のお客は客席ホールに下りていたので、大層な賑わいだ。『バナナ・トリップ』に興味が薄いのは、『V8チェンソー』の個人的なお客の中のごく一部なのだろうと思われた。


 めぐる自身、大きな期待をかきたてられている。現在のめぐるにとってもっとも好ましく思えるバンドは『V8チェンソー』であったが、『バナナ・トリップ』はそれに匹敵するぐらいの刺激をもたらしてくれるのだ。ジャンル的な好みからやや外れている代わりに、想定外の驚嘆を期待できるのだった。


(ジャンルとしては全然ちがうけど、わたしにとっては『ヴァルプルギスの夜★DS3』と同じようなポジションなんだろうな)


 けっきょくめぐるが求めているのは、荒々しい調和であるのだ。そういう意味において、『バナナ・トリップ』と『ヴァルプルギスの夜★DS3』は屈指の存在であるのだった。


「さあ、いよいよだね」と、宮岡が誰にともなくつぶやく。

 やはり、かつてのメンバーであった轟木篤子の勇躍を期待しているのだろう。いっぽう寺林は傲然と腕を組みながら、幕のしまったステージのほうをにらみ据えていた。


 そうして待つほどもなく店内のBGMがフェードアウトして、客席の照明が落とされる。

 大歓声の中、奇妙なSEのサウンドが響き始めた。


 ノイズまじりの、いかにも古そうな音質だ。

 電波の悪い場所で聞くラジオのように、音がこもっている。そしてその内容は、ひどく古めかしい笛や太鼓や何らかの管楽器であり――昭和や大正のサーカスやチンドン屋を連想させた。


 平成の生まれであるめぐるは、そういったものに郷愁を覚える世代ではないはずであるが、やっぱりどこか懐かしい気持ちにさせられてしまう。そしてそこに、哀切な気分まで上乗せされた。


 そしてその音は、時間が進む内にどんどんノイズがひどくなっていき――演奏の音色がほとんど聞き取れなくなったタイミングで、絢爛きわまりない爆音が炸裂した。


 その勢いに、めぐるは思わず息を呑んでしまう。

 そうして大歓声の中、黒い幕がするすると開かれた。


 眩いスポットに照らされて、『バナナ・トリップ』のメンバーたちの姿が浮かびあがる。

 その中央に陣取るのは、やはりコッフィとウェンだ。ギターとベースはほとんど左右の壁際にまで寄って、二人が暴れるスペースを確保していた。


 ただし現在はコッフィとウェンも暴れることなく、ただ鮮烈な音色を噴出させている。

 コッフィはもちろんサックスであるが、ウェンのほうは――ちんまりとした、ポケットトランペットであった。


 轟木篤子はエフェクターを使用していないサンダーバードの重低音、ギーナはわずかにコーラスがかったギターサウンドを放出している。ドラムのカーニャはバスドラを連打しながらシンバルの乱打だ。


 ベースを除く演奏の音色は、どれもキーが高い。サックスやトランペットというのは中域から高域のサウンドを担う楽器なのであろうし、ギターはコーラスだけを使用したクリーンサウンド、ドラムも軽妙なる音質であるのだ。ヘヴィロックのサウンドを好むめぐるとしては、いささかならず軽く聴こえるほどであった。


 だが――それでいて、分厚い音である。

 軽くて明るい音色であるが、それが何重にも折り重なって空間を満たしているのだ。これは、『サマー・スピン・フェスティバル』の広い会場や野外の開けたステージでは感じられなかった圧力であった。


 まるで、甲高い音色が壁や天井に乱反射して、火花のように弾けているかのようだ。

 ただ奔放に鳴らされているだけの音色が、とてつもない華やかさでめぐるの心を揺さぶった。


 そしてまた、彼女たちは外見も華やかである。

 彼女たちは肌を露出させるどころか、全員がおそろいのスーツを着込んでいた。

 ジャケットとスラックスは派手なカラーリングのペイズリー柄で、その下は真っ黒のドレスシャツである。先刻のコッフィとウェンは、下半身だけこのステージ衣装を着用していたわけであった。


『「バナナ・トリップ」、初見参じゃー! 一曲目は、「ビバ・ジャポン」!』


 コッフィが威勢のいい声をあげると、ドラムが長いロールを入れた。

 その最後でギターとベースは音を切り、サックスとトランペットがユニゾンのフレーズを奏でる。


 行進曲マーチのように、勇壮かつ軽妙なフレーズだ。

 コッフィのサックスはひたすらのびやかで、ウェンのトランペットがそれにちょろちょろと纏わりついているような風情である。二人の力量には大きな差があるように感じられてならなかったが、ウェンの稚拙なトランペットが頼りなく音を揺らすことで奇妙なダイナミズムを生み出しているようにも感じられた。


 そうして八小節が過ぎたのち、残るメンバーも演奏に加わる。

 ベースは階段を駆けあがるようなランニングベース、ギターは裏の拍を強調したバッキング、ドラムは弾むシャッフルのリズムだ。


 やはり、行進曲マーチのようだという印象に変わりはない。

 しかしそれは明らかに、ロックサウンドでもあった。重く激しいヘヴィロックではないものの、ギーナはおそらくマーシャルアンプでナチュラルに音を歪ませており、轟木篤子も歪む寸前の荒々しいサウンドであるのだ。そして何より、めぐるの胸に迫る圧力は、如何なるロックバンドにも引けを取らなかった。


 そんな中、コッフィの歌声が響きわたる。

 乱暴で子供っぽい、町田アンナと似て異なる歌声だ。その存在感は、やはり浅川亜季にも負けていなかった。


 そして、サックスと同時にトランペットの演奏を取りやめたウェンは、ステージ上を跳ね回りながら片手でマラカスを振り回している。その音はほとんど聞き取れなかったが、ビジュアル面ではコッフィと同様の存在感であった。


 残る三名は、黙々とプレイに勤しんでいる。

 音は軽めでも、十分に力強い。轟木篤子のベースだけは重低音も十分であるし、ギーナのギターもめぐるの印象よりは荒々しく、刺激的であった。きっと彼女のサウンドは、広大なステージや野外のステージだと拡散しやすい音作りであるのだ。ライブハウスで聴くギーナのギターは、『マンイーター』の坂田美月に匹敵するぐらいの圧力を有していた。


 それでも全体としては軽妙な印象であるので、そのぶん歌声が聞き取りやすい。コッフィの紡ぐ奇妙な歌詞は、自然にめぐるの頭の中に流れ込んできた。


 それはどうやら、初めて日本にやってきた異国人の目線で語られる物語であるようだった。

 日本独特の文化や風習を、異国人の観点から皮肉っている。ただしそれを嫌悪しているわけではなく、茶化しながら楽しんでいるようでもあった。


 楽しく、明るく、ちょっぴり攻撃的な歌詞である。

 そしてそれは、楽曲の印象ともリンクしていた。


 めぐるの好みよりは軽すぎるし明るすぎるように思えるのに、どうしようもなく胸が弾んでしまう。

 そして、そんな好みにとらわれることを、笑顔でたしなめられているような気分であった。


 ――なんでもええから、楽しもうや。


 眩いステージで元気いっぱいに歌いあげるコッフィは、そんな思いをすべての人間に伝えようとしているかのようであった。

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