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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 7-

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07 五色の輝き

『V8チェンソー』のステージは、申し分のない熱気の中で開始された。

 客席には、すでに二百名近くの人間が押しかけている。時刻も七時半を回ったので、会社勤めのお客もおおよそ集まったのだろう。


 そんな中、『V8チェンソー』がオープニングナンバーとして選んだのは、お馴染みの『キックダウン』であった。

 たとえ『KAMERIA』の直後であろうとも、おかしな気負いなどは感じられない。『V8チェンソー』はその身の力を正しく振り絞るだけで、またとない迫力を実現できるのだった。


 普通に考えれば、スリーピースである『V8チェンソー』は音が薄くなりがちである。『KAMERIA』などはツインヴォーカルでピアノまで入っているのだから、いっそう影響が大きいはずであるのだ。


 しかし、『V8チェンソー』の奏でる音を物足りないと感じる人間など、ひとりとして存在しないことだろう。『V8チェンソー』は『KAMERIA』とレベルの異なる調和を完成させているのだ。バンドサウンドでもっとも重要であるのはその調和であり、音圧や音数などは副次的なものであるはずであった。


『KAMERIA』はライブの回数を重ねるごとに勢いが増していくと評されているが、それは『V8チェンソー』も同じことである。

 少なくともめぐるにとっては、それが事実であるのだ。『V8チェンソー』のステージは、見るたびに魅力が増していくように思えてならなかった。


 きっとそれは、『V8チェンソー』の曲が身体に馴染んできたという面もあるのだろう。

 めぐるはすでに数えきれないぐらい、『V8チェンソー』のステージを目にしている。もはや新曲でなければすべての楽曲に聞き覚えがあったし、細かなアレンジの違いに胸を高鳴らせることも少なくはなかった。


 いまだ自分のライブからもたらされた浮遊感のさなかにあるめぐるは、さらなる高みに引っ張りあげられるような心地である。

 浅川亜季のしゃがれた歌声も、荒々しく粘ついたギターも、フユの流麗にして力強いベースも、ハルの躍動感にあふれかえったドラムも、めぐるを存分に昂揚させてくれた。


 そうして四十五分間に及ぶステージは、猛烈な勢いで進行していき――それが終盤に差し掛かったところで、ついにゲストの登場が宣言された。


『それじゃあ今日は、スペシャルゲストをお招きしちゃうよー! この後に登場する「バナナ・トリップ」の、コッフィさんとウェンさんでーす!』


 大歓声の中、その両名がステージに現れた。

 めぐるの予想に反して、きちんと衣服を着込んだ姿である。二人は『バナナ・トリップ』のロゴが入った赤いTシャツにサスペンダーで吊ったペイズリー柄のスラックスという、おそろいのステージ衣装であった。


 コッフィはビビッドピンクが入り混じった髪をポニーテールに結っており、首からガンメタルカラーのサックスを下げている。

 ウェンはお馴染みのツインテールで、ラメのゴールドに輝くショルダータイプのキーボードだ。二人が左右のモニターに片足をかけてそれぞれの楽器を鳴らすと、さらなる歓声が吹き荒れた。


 そしてその間に、二人のスタッフがひっそりとステージに踏み入ってくる。

 あまり馴染みのない顔だが、『ジェイズランド』のTシャツを着込んでいるのでスタッフであることに疑いはないだろう。そして彼らは、それぞれギターアンプとベースアンプのかたわらに陣取った。


「機材を守るための、特別要員だろうね。あんまり見ない顔だから、この日のために臨時のバイトでも雇ったのかもよ」


 と、和緒がめぐるに耳打ちしてきた。

 それでめぐるも、納得する。かつての『千葉パルヴァン』の野外イベントでも、ああしてスタッフが機材を守っていたのだ。ジェイ店長であれば、それぐらいの用心はするのだろうと思われた。


『じゃ、いくよー! 「KAMERIA」のみんなと一緒に作りあげたセッション曲で、「虹の戯れ」!』


 ハルの宣言とともに、浅川亜季が荒々しいバッキングを開始する。

 ワウペダルにファズを追加した、獰猛かつ粘ついた音色だ。それが二小節繰り返されると、さっそくコッフィのサックスが音も高らかに絡みついた。


 それだけで、めぐるは背筋を粟立たせてしまう。

 コッフィのサックスは打ち合わせなしのセッションとは思えないぐらい、音の内側にぐいぐいと入り込んでくるのだ。浅川亜季のギターとコッフィのサックスはのたうつ二匹の蛇のように絡み合い、融合した。


 そして、ベースとドラムが入るタイミングで、ウェンのキーボードも響き渡る。

 それはやはりピコピコとした電子音であったが、栗原理乃にも負けない超絶的な速弾きで、フユのテクニカルなベースに絡みつくような格好であった。


 ウェンはギターのようにキーボードを抱えているので、鍵盤を叩いているのは右手のみである。左手はギターのネックにあたる部位に添えられて、何かのスイッチを操作しているようであった。

 そのスイッチの機能であるのか、キーボードの音色は絶え間なく変化している。空間系のエフェクトのかかり具合が揺れ動いたり、時には音が二重になったりするのだ。それで右手一本の演奏が両手弾きに負けない絢爛さを生み出すようであった。


 この時点で、めぐるは驚嘆の極みである。

『V8チェンソー』は三人の演奏でも物足りなくならないようにと素晴らしいアレンジを完成させていたが、コッフィとウェンは易々とその中で然るべき居場所を見出すことがかなうのだ。五人の演奏は、まるで最初から練り込まれたアレンジであるかのように確かな調和を見せていた。


 やがて歌のパートに突入したならば、コッフィのサックスはフェードアウトしていく。

 その鮮烈な音色が消え去っても、物足りなさは生じない。これは歌を際立たせるためのアレンジだと、素直に受け入れることがかなうのだ。それは、他なるメンバーの歌と演奏が申し分のない調和を完成させているがためであった。


 いっぽうウェンは、トリッキーな動きを見せている。

 おかしなタイミングで、切れ切れのフレーズを紡いでいるのだ。時には歌の隙間をつなぐようなタイミングで、時には歌に絡みつくようなタイミグで、不協和音すれすれの音が鳴らされる。よほど集中していなければ、その奇妙な演奏にリズムを崩されそうなところであった。


 しかし『V8チェンソー』はさすがの結束力で、ウェンの演奏を受け止めている。

 そしてBメロに差し掛かると、コッフィのサウンドもじわじわと忍び込んでくる。

 サビの盛り上がりを予感させる、力感を抑えた演奏だ。めぐるとしては、迫り来る津波を見守っているような心地であった。


 そしてサビでは、その予感をも上回る迫力が爆発する。

 コッフィのサックスはヴォーカルを押しのけんばかりの勢いで吹き鳴らされ、ウェンのキーボードも打ち上げ花火のごとき派手派手しさであった。


 しかしそれでも、『V8チェンソー』の演奏は揺るがない。ただがっしりと受け止めるだけではなく、新たに生まれた暴虐なる二種の音をも取り込んで、自らの力としているかのようだ。


 その圧倒的な演奏に、めぐるは思わず涙ぐんでしまう。

 これはこの五人でしか成し遂げられない、五色の輝きだ。『V8チェンソー』のみの演奏とも、『KAMERIA』のみの演奏とも、夏の野外の九名の演奏とも異なる、この五名ならではの魅力と迫力であった。


(わたしたちも、いつかきっと……)


 と、めぐるは無意識の内に拳を握り込む。

 たとえ先刻のステージでコッフィたちを招いても、これほどの完成度は望めない。それがわかっているからこそ、めぐるたちはゲスト参加をお断りしたのだ。


『KAMERIA』は、まだその域に達していない。

 今は四人の音を固めるのに精一杯で、外部のメンバーと同じだけの調和を望めるほどの力量ではないのだ。『V8チェンソー』を筆頭とする外部のプレイヤーとのセッションが成立するのは、あちらが『KAMERIA』に歩み寄ってくれているためであり、コッフィやウェンのような暴虐なる闖入を受け止めることはまだまだできそうになかった。


(ウェンさんは、今日こそ自分が主役になるんだって言ってた。それぐらいの勢いで演奏してるから、こんなに凄い迫力なんだ)


『V8チェンソー』の三名もコッフィもウェンも、全力で自分の音を叩きつけている。それらの力が拮抗することで、この切迫感に満ちみちた調和が完成されるのだ。夏の野外ではめぐるたちも『V8チェンソー』の力を借りながらその域にまで踏み込んでいたので、それが痛いぐらいに理解できた。


 もちろん『KAMERIA』の目標は、四人で理想の演奏を体現することである。

 しかしおそらくはその目標を目指すことで、外部のプレイヤーを受け入れる器もできあがるのだ。そう考えれば、何も迷う必要はなかった。


 フユは頭の天辺で結ったスパイラルヘアーを揺らしながら、懸命に重低音を紡いでいる。

 そのなめらかな頬には汗が滴り、切れ長の目には鋭い光が浮かんでいる。そしてその口もとは何かをこらえるように固く引き結ばれて、時には眉間に皺が寄せられた。


 フユもまた、死力を尽くしてコッフィたちの音を受け止めているのだ。

 ベースはアンサンブルの要であるのだから、いっそうの集中を強いられるのだろう。そんなフユの必死な姿が、めぐるの胸を詰まらせてやまなかった。


 客席は当然のこと、怒涛の盛り上がりを見せている。

 これほどの演奏を見せつけられて、盛り上がらないわけがないのだ。スポットに照らされる五人の姿は、『サマー・スピン・フェスティバル』に出演していたプロのアーティストにも負けないぐらい光り輝いていた。


 コッフィとウェンはどちらもワイヤレスの機材であるため、好きにステージを移動している。時にはアンプのほうに近づいて見張りのスタッフに追い払われていたが、今のところは機材に被害を及ぼすこともなかった。


 そうして動きまくるコッフィたちの姿も、客席を盛り上げる一因になっている。ヴォーカルを務めている浅川亜季はもちろん、フユも演奏中に立ち位置を変えるタイプではないため、ウェンとコッフィが視覚的な面でも彩りになっているのだ。


 しかしめぐるにしてみれば、不動で演奏に没入するフユたちの姿が魅力的に見えてならない。

 それでもなお、せわしなく動き回るコッフィたちも魅力的であったので――そういう意味でも、この五名はおたがいの魅力を引き立てているようであった。


『どうもありがとー! 続けていくよ! もう一曲も「KAMERIA」と一緒に作った曲で、「ピタゴラスの祝福」!』


『虹の戯れ』が終了したならば、ハルがすぐさま弾むようなリズムを披露する。

 正確なループの演奏に徹する和緒とは対照的に、オカズを入れまくった演奏だ。『KAMERIA』は本日初めて『ピタゴラスの祝福』を披露したが、『V8チェンソー』は通常ブッキングのライブですでに披露した後であった。


 こちらの曲は、コッフィもウェンも初参加である。

 しかしきっと、リハーサルでこちらの演奏も見届けていたのだろう。途中から浅川亜季がバッキングを重ねると、同じタイミングでウェンも軽妙なるフレーズを紡ぎ始めた。


 こちらもダンシブルなヨコノリの曲であるため、会場は大いにわきたっている。

 そして、フユのベースとコッフィのサックスが同時に加わると、いっそうの熱気が渦巻いた。


『KAMERIA』はBメロからピアノ、サビからベースが入る構成としたが、『V8チェンソー』のほうが最初のアイディアに近いアレンジである。そこに、ウェンとコッフィが加わった格好であった。

 このメンバーであれば極端なアレンジを施す必要もなく、十全なダイナミクスを実現できるのだろう。五人の華やかな演奏にひたりながら、めぐるはそんな確信を抱いた。


 こちらは『虹の戯れ』に比べると、ベースもまだしもシンプルなフレーズとなる。

 ただし、そのシンプルなフレーズで、がっしりとリズムを支えつつグルーブを生みだしているのだ。フユは決して、ただ華やかなだけのプレイヤーではなかった。


 そしてAメロに入ったならば、浅川亜季はギターをフェードアウトさせて歌に専念する。

 これも、『V8チェンソー』の本来のアレンジである。ウェンはまたトリッキーなフレーズで歌に絡みつき、コッフィは一時的に離脱する。しかし、Aメロの半分が過ぎたところで、コッフィはゆったりとしたフレーズを重ね始めた。


 五種の音色が火花を散らしてぶつかり合っていた『虹の戯れ』に比べると、比較的平穏な進行だ。

 しかしそれは、コッフィとウェンが緩急の重要さをわきまえているからに他ならなかった。浅川亜季がギターを控えるAメロでサックスやキーボードが暴れまくったら、調和を壊すに決まっているのだ。コッフィたちもまた、ただ暴虐なだけのプレイヤーではなかった。


 そうしてBメロでギターが加わると、キーボードも派手なフレーズに切り替わる。

 ただし、サックスはゆったりとしたフレーズのままだ。それは楽曲に相応しい魅力的なサウンドであったが、どこかコッフィらしい華やかさに欠けていた。


(そのぶん、サビで盛り上げるのかな?)


 めぐるがそのように考える中、コッフィはぴょこぴょこと浅川亜季のほうに移動した。

 そちらに陣取っていたウェンは、得たりとばかりにフユのほうに移動してスペースを空ける。そうしてコッフィが浅川亜季のすぐ隣に到着したタイミングで、Bメロが終了し――そして、二つの歌声が響きわたった。


 コッフィが浅川亜季と同じマイクで、歌声をほとばしらせたのだ。

 しかもそれはユニゾンではなく、ハモりのパートであった。


『V8チェンソー』ではハルが掛け声めいたコーラスを入れるぐらいで、ハモりのコーラスは存在しない。

 また、『KAMERIA』では町田アンナがAメロのラップめいたフレーズを重ねるため、やはりハモったりはしない。

 つまりこれは、コッフィの即興のコーラスであるはずであった。


 さすがのコッフィも歌詞までは暗記できなかったようで、ただメロディだけを辿っている。よって、コーラスと呼ぶ他なかったが――その鮮烈な歌声は、ツインヴォーカルに等しい存在感であった。


 コッフィの歌声は乱暴な子供めいていて、町田アンナに少し似ている。どちらかといえば町田アンナのほうがより乱暴で、コッフィのほうがより子供っぽいという印象だ。

 ただその存在感は、誰にも負けていない。

 よって、浅川亜季はその歌詞のないコーラスに負けない存在感を求められることになり――その獰猛なる迫力でもって、力強く渡り合った。


 これが本当にぶっつけ本番のセッションであるのかと、めぐるは驚嘆の思いを新たにする。

 そして、ギターソロのパートでは、コッフィがこれまで大人しくしていた分までサックスを吹き鳴らし――二人のゲストを迎えたステージは、最後まで客席の人々を熱狂させたのだった。

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