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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 7-

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319/327

02 前準備

『ジェイズランド』に到着した『KAMERIA』の一行はその足でステージに上がり込み、楽器のセッティングに取りかかることになった。


 もうリハーサルをする時間はないが、PAのスタッフが居残っていたため、善意で音響の調整だけはしてもらえることになったのだ。不愛想で寡黙なPAのスタッフは夕食のサンドイッチをかじりながら、ミキサー卓の調整を受け持ってくれた。


 中音と外音の調整が完了したならば、最終チェックで『小さな窓』をワンコーラスだけ演奏させていただく。

 その短い演奏が終了すると、客席で見物していたコッフィとウェンがやんややんやとはやしたててきた。


「このかわいこちゃんズは極悪サウンドだから、野外よりもライブハウスのほうがハマるようなのだ! わざわざバーチーまで押しかけた甲斐があったのだ!」


「まったくじゃのー。本番が楽しみじゃのー」


 そうしてめぐるたちが機材を置き去りにしてステージを下りると、コッフィたちが騒ぐ前にジェイ店長が声をあげた。


「それじゃあ、開場まであと三十分足らずだからねぇ……最後まで、ルールに則った上でお楽しみくださいな……」


 それだけ言い残して、ジェイ店長は立ち去っていく。

 あらためて、『KAMERIA』の一行は『V8チェンソー』および『バナナ・トリップ』の面々と相対することになった。


 まだ言葉を交わしていない轟木篤子とギーナも、変わりはないようである。

 轟木篤子はチェックのシャツにチノパンツという格好で、セミロングの髪は首の横でひとつにまとめている。彼女は高校生の時代にもそういう髪型をしていたが、そうしていると鮮やかなグリーンのカラーリングもあまり目立たなかった。


 いっぽうギーナは古びたボーダーのカーディガンに膝の抜けたデニムパンツという格好で、ぼんやりとたたずんでいる。こちらはもともとショートヘアーのインナーカラーをブルーにしているのみであるため、ステージ上と変わりはない。


 バンド活動をしている女性はパンツルックが多い印象であるが、『バナナ・トリップ』のメンバーはひときわラフな装いで、ステージ衣装との差異が顕著である。

 ただし、人としての印象はまったく変わらない。コッフィとウェンはひたすら無邪気で騒がしく、ギーナはぽけっとしていて、カーニャはクールなたたずまい、轟木篤子は不愛想な仏頂面であった。


「いやぁ、このメンバーでスリーマンってのは、何だか感慨深いねぇ。あらためて、よろしくお願いするよぉ」


 浅川亜季が口火を切ると、ウェンが勢いよく「こちらこそなのだ!」と応じた。


「バンドの数が少なければ少ないほど持ち時間がのびるから、ミーも大満足なのだ! そして今日は、少数精鋭に相応しい顔ぶれなのだ!」


「うん。初めてのハコでこんな優遇してもらえるなんて、ありがたい限りだね」


 と、カーニャがサングラスに隠された目でウェンとコッフィを見比べた。


「あんたたちも、恩を仇で返さないようにね。あたしが見たところ、ここの店長は容赦ないからさ。機材をぶっ壊したら、マジで全額弁償させられるよ」


「あとは、ケガにも気をつけてねぇ。昔、客席がスカスカなのにダイブしてドタマから流血してた人もいるからさぁ」


 浅川亜季ものんびり言葉を重ねると、ウェンは「合点承知の助なのだ!」と声を張り上げた。


「もとよりミーは本能のままにライドオンしてるだけで、機材をデストロイしようなどという気は毛頭ないのだ! それにここ最近は、どのライブハウスでもお叱りを受けた覚えがないのだ!」


「それはライブハウスの側が、あんたがたの扱いに手馴れてきただけでしょうよ。調子に乗って、羽目を外すんじゃないよ?」


 やはり『バナナ・トリップ』においては、カーニャこそがリーダー的な風格であるようだ。ただし、ウェンとコッフィが恐れ入っている様子は一切なかった。


「ところで、相談があるんじゃ」と、コッフィがにこにことめぐるに笑いかけてきた。


「今日はそっちも、持ち時間はたっぷりあるんじゃろ? 一曲か二曲、うちらもまぜてもらえんかのー?」


「いやー、それはちょっとキビしいかなー! ウチらだけじゃ、コッフィさんたちに太刀打ちできないからさー!」


 町田アンナが笑顔で応じると、コッフィはきょとんとした。


「んなこたないじゃろ。夏の野外も楽しかったじゃろ?」


「あれは、ブイハチのおかげだもん! そーゆー話は、バンド内でもしょっちゅうしてたからさ!」


「あんたたちにしては、賢明だね」と、フユがすかさず口をはさんだ。


「もともとこいつらは四人でがっしり固まってるから、ゲストを招くのに向いてるバンドでもないんだよ。そこであんたが飛び込んだら、ライブの流れを壊されるだけさ」


「えー? そがいなこたぁないじゃろー」


 と、コッフィは珍しく口をとがらせた。めぐるが知る限り、コッフィがこのていどでもネガティブな感情をあらわにしたのは初めてのことである。それぐらい、彼女は天真爛漫な人間であるのだ。


「あんたたちも、少しは大人しくしておきなよ。こちらさんのステージにはお邪魔できるんだから、それで十分でしょ」


 カーニャの言葉に、町田アンナが「おー?」と反応した。


「ブイハチのステージに、コッフィさんが参加するのー? それは楽しみだなー!」


「コッフィだけじゃなく、ミーも参戦するのだ! 今度こそ、ミーが主役の座を勝ち取ってみせるのだ!」


「あんたたちを受け入れてくれるバンドなんてそうそう存在しないんだから、めいっぱい感謝しな。くれぐれも、人様の機材をぶっ壊したりするんじゃないよ?」


 ウェンやカーニャも入り乱れて、いっそうの賑やかさである。

 そんな中、コッフィがずっと口をとがらせていると、ぽけっと突っ立っていたギーナが小首を傾げた。


「コッフィ、残念そうじゃのぉ。そがいに楽しみにしとったの?」


 コッフィは、「……じゃ」としか答えない。

 するとギーナはぼんやりした顔のまま、キャスケットをかぶったコッフィの頭をぽふぽふと叩いた。


「じゃったら、最初から聞いときゃあえかったのに。今日はこの子たちもリハ無しなんじゃけぇ、余計に無理はできんじゃろ」


 コッフィは、「むー」とむくれてしまう。

 コッフィのそんな姿も、ギーナがこんなに喋る姿も、めぐるにとっては初めて目にする光景である。出だしから、ずいぶん新鮮な気持ちになってしまった。


「あ、先輩殿。他の先輩がたがメッセージの返事がないって心配しておられましたよ」


 と、こちらでは和緒が轟木篤子に声をかける。

 轟木篤子は黒縁眼鏡の向こう側から、やぶにらみの視線を返した。


「うっさいな。あんたには関係ないでしょ? 返事ぐらい、してるっての」


「先輩殿は、『来んな』のひと言だけ返事をして、あとは既読スルーだったそうですね。それじゃあ、あちらさんも心配しますよ。……まあ、あたしには関係ありませんけど」


「だったら、しゃべんな」


 轟木篤子はぷいっとそっぽを向き、和緒はクールに肩をすくめる。

 そこで、黙々とセッティングシートを記入していた栗原理乃が面を上げた。


「完了しました。不備がないか、チェックをお願いいたします」


「おー、ありがとー! うんうん、ばっちりっしょ! じゃ、提出してくるねー!」


 町田アンナは、バーカウンターのほうにぴゅーっと駆けていく。

 するとハルが、「さて」と声をあげた。


「名残惜しいけど、いったんバラけようか。開場の前に、こっちも準備しなきゃだしね」


 めぐるたちは来場したばかりであったので、まだギグバッグや手荷物を足もとに置いたままであったのだ。他の面々も、外から持ち込んだ飲食物は楽屋に引っ込めるのがルールであった。


 とりあえず、『KAMERIA』の一行は町田アンナと合流して楽屋を目指す。

 それについてきたのは、フユとハル、カーニャとウェンの四名であった。


「でも本当に、今日は楽しみだねー。後輩ちゃんたちも、観にこられるの?」


 ハルが普段通りの調子で笑いかけてきたので、町田アンナが元気いっぱいに「うん!」と応じた。


「軽音部はOBも含めて、フルメンバーだよー! ブチョーやフクブチョーなんて受験地獄のマッサカリなのに、やっぱ『バナナ・トリップ』にキョーミシンシンみたいだねー!」


「そっか。平日は、学生さんのほうが来やすい面もあるもんね」


「うん! その代わり、ウチのツレなんかはゼンメツなんだよねー! みんな、バイトやら何やらで忙しいみたいでさー!」


 そんな風に言ってから、町田アンナはにぱっと笑った。


「でもね、ジェイズの常連さんとかバンド関係の人とかが、SNSで連絡をくれてさ! 間に合いそうな人たちは、来てくれるって! それで何とか、ノルマはクリアーだよー!」


 すると、こちらの背後を歩いていたカーニャが声をあげた。


「あんたたちのレベルで、ノルマぎりぎりなの? ずいぶんシビアなんだね」


「いやー、平日だとガクンと客足が落ちちゃうんだよねー! みんな、土日に遊ぶために平日にバイトとかを詰め込んでるみたいでさ!」


「それは、高校生の話でしょ? あんたたちだったら、別枠の固定客もついてるんじゃない?」


「いやいや! ウチらなんて、ぺーぺーだから! ノルマ達成できるだけで、御の字だよー!」


 カーニャがうろんげに眉をひそめると、フユが面倒くさそうに口を開いた。


「こいつらはライブ活動を始めて一年ちょいなんだから、不思議なことはないでしょうよ。今日だってトップバッターじゃなければ、ノルマぐらい楽勝だっただろうしね」


「そっか。高校生でこんなクオリティのバンドは他に見たことがないから、比較対象がないんだよね。高校生だとライブの本数が限られるから、なかなかお客が定着しないのかな?」


「そういう面もあるだろうし、逆に本数を絞ってるからお客が集まるって面もあるんでしょ。全部ひっくるめて、まだまだ不安定ってことだよ」


「そうそう。周年イベントなんかは、すごい客足だったしねー」


「いやー、あれはブイハチとかのおかげだって! ウチらなんて、まだまださー!」


 すると、執拗に栗原理乃の横顔を覗き込んでいたウェンもいきなり発言した。


「客足がどうだろうと、ユーたちはオモシロなのだ! 結果は後からついてくるから、何も憂える必要はないのだ! 勝負は最後に立っていたものの勝ちなのだ!」


「あはは! よくわかんないけど、ウチらは楽しく活動してるよー!」


 町田アンナは笑顔でそのように答えていたし、めぐるもまったくの同感であった。今回は十五枚しかチケットを売りさばくことができなかったが、ノルマを達成できただけでありがたい限りであったし――それとは別に二百人近くもお客が集まるというのなら、それだけで喜ばしい限りであった。


(まあ、『KAMERIA』のステージには間に合わない人が多いんだろうけど……軽音学部のみんなが来てくれるだけで、嬉しいもんね)


 そうしてめぐるは普段通りの熱意を胸に、開場の時間を待つことがかなったのだった。

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