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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 7-

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318/327

-Track4- 01 再会

2025.12/9

今回は全10話です。毎日更新いたします。

 鞠山花子主催のイベント、『Feast of the Abyss ~深淵の祝祭~ vol.1』をやりとげたのちも、めぐるたちの日常はつつがなく進んでいった。

 とはいえ、イベントの十日後はもう『ジェイズランド』のステージである。しかもそちらは『KAMERIA』と『V8チェンソー』と『バナナ・トリップ』の三バンドのみが出演するスリーマンライブという、これまた大がかりなイベントに仕立てられてしまったのだった。


「高校生の分際でスリーマンライブなんてのも、けっこうな試練だよね。おまけに対バンは、ブイハチと『バナナ・トリップ』ときたもんだ」


「あはは! まー通常ブッキングでも四バンドのステージは経験してるし、大して変わりはないんじゃない? 何にせよ、ウチらはウチらなりに頑張るだけさー!」


 そんな具合に、『KAMERIA』は意気を高めていた。

 部室の練習は週に四回で、部室が使えない日はスタジオ練習をあてがう。この中九日間で合奏の練習をしなかったのは、イベントの翌日を含む日曜日の二日間のみであった。


 めぐる個人に関して言うならば、二度目の日曜日には物流センターのアルバイトをあてがって、夜はもちろん自宅における個人練習である。

 次のライブを終えたのちには、すぐさま修学旅行などというものが控えていたが――めぐるには、ライブ後の行事に気を向けるゆとりも存在しなかった。


 そうして九日間という日はあっという間に過ぎ去って、ライブの前夜を迎えることになった。

 十一月の、第三月曜日である。その日は部室で練習であり、野中すずみと北中莉子の両名も個人練習をするかたわらで最後まで見学していた。


「どうも、お疲れ様でした! 明日のライブが楽しみでしかたありません!」


 午後の六時となって部室を出たならば、さっそく野中すずみが頬を火照らせながら温かい言葉をかけてくれる。楽しい合奏の余韻にひたりながら、めぐるは「ありがとうございます」と頭を下げた。


「平日は、観にくるほうも大変ですよね。そちらも、気をつけてください」


「はいっ! ご心配くださり、ありがとうございます! それじゃあ、失礼します!」


 野中すずみたちはバスが反対方向であるため、学校を出たならばすぐにお別れだ。

 二人の姿が薄闇の向こうに消えていくと、和緒は「やれやれ」と肩をすくめながらめぐるの頭を小突いた。


「野中さんとのコミュニケーションも、すっかりスムーズになったみたいだね。あたしと北中さんとは比べるべくもない和やかさだよ」


「そ、そうかなぁ? かずちゃんと北中さんのやりとりも、わたしは微笑ましく見えるけど」


「あたしはひとりで悦に入ってるだけで、あちらさんは毎回歯ぎしりしてるだろうからね。それを微笑ましく思うんなら、あんたにも嗜虐の才覚がひそんでるのかな」


「あはは! そりゃーまー、めぐるは和緒が楽しそうにしてるだけでゴマンエツなんじゃない?」


 そうして楽しく騒ぎながら、メンバー一行は町田家を目指す。これもライブ前日ならではの満ち足りたひとときである。


 そして町田家に到着したならば、二人の可愛い妹たちを交えてのディナーだ。

 平日は道場の稽古があるため、町田家の母親が準備してくれた料理を温めなおして、心と胃袋を満たす。本日は、煮込みハンバーグを主菜にした洋風のラインナップであった。


「あーあ! けっきょく今回も、エレンたちはいけないもんなー! 次はぜーったい、エレンがいける日にライブをやってねー?」


 と、楽しい歓談の合間には、そんな不満もこぼされる。平日は親御さんが同行できないため、小学生と中学生の妹たちはライブ観戦を自粛するのである。町田アンナは口いっぱいに頬張ったハンバーグを呑み下してから、「ま、ゼンショするよー!」と元気に応じた。


「ただ、ライブの日程って自分たちだけじゃどーこーできない部分もあるからさー! ゴキボーにそえなくても、文句は言わないでよー?」


「えー? それならまた、自分たちでイベントを開けばいいじゃん!」


「って言っても、対バンに誘いたいバンドって限られてるし、みーんな大センパイだからさー。周年イベントとかの理由がないと、そうそう誘えないんだよねー」


 すると、心優しき次女の町田ローサが妹の町田エレンに笑いかけた。


「あと一ヶ月もしたら、年末だしね。年越しイベントは、またママたちも一緒に行ってくれるよ」


「そっかー! もー年末かー! なんか、今年はあっという間だったねー!」


 町田エレンがたちまちはしゃいだ声をあげると、オニオンコンソメスープをすすっていた和緒が小さく息をついた。


「ジャネーの法則に則ると、年寄りのあたしらはそれ以上の体感スピードだろうね。確かに、息をつく間もない一年だったように思うよ」


「あはは! 一年を振り返るには、まだ早いって! ライブのあとには、修学旅行だって待ち受けてるんだしさ!」


「あとは、楽しい期末考査もね」


「それは、考えない! うーん、だけどこれだけバタバタしてたら、ブッキングをねじこむスキもないかもねー! 心残りのないように、明日も完全燃焼を目指そー!」


「そんなこと言ってると、また思わぬ方面からお誘いがあるかもよ。今回の二本だって、完全に想定外のお誘いだったんだからさ」


 確かに、鞠山花子の主催イベントと明日のブッキングは、十一月のライブをあきらめかけていたところに降ってわいたお誘いであったのだ。それでこれほどに幸福な心地であるのだから、めぐるは運命神だか何だかに感謝を捧げたいところであった。


 そうしてディナーを終えた後は電力を使わない合奏にいそしみ、シャワーをいただいたのちに就寝となる。

 翌朝は四人で一緒に登校して、学校の授業を滞りなくこなし、放課後には四人で一緒に下校して――そうしてついに、出陣の刻限であった。


 本日は工藤里見の都合もつかなかったので、四人きりの出発だ。

 メンバーだけでは物販ブースの番をすることもままならないため、グッズTシャツはビニールバッグに詰め込めるだけ詰め込んで電子ピアノと同じカートにくくりつけている。ステージの後は町田アンナがこのビニールバッグを持ち歩き、リクエストがあればその場で手売りをする算段になっていた。


 私服に着替えたメンバー一行は、いざJRの駅を目指す。

 十一月も半ばを過ぎて、めぐるたちもすっかり秋の装いだ。しかしもうあと二時間足らずで、季節を問わない熱気を体感できるはずであった。


「今日はチケットも完パケ寸前って話だったもんねー。ブイハチとバナトリの人気は、さすがだねー」


 電車の中で町田アンナがそのように言いたてると、和緒がクールに反論した。


「ブイハチの人気を見くびるわけじゃないけど、今回ばかりは『バナナ・トリップ』の影響がでかいんじゃない? ブイハチだって、平日はそこまでお客を呼べるわけじゃないって話だったしさ」


「うんうん。でも、スリーマンで、おまけに対バンがバナトリなら、ちょっと無理してでも行こうかなーってヒトは増えるんじゃない? ウチなら、ぜーったい駆けつけるもん」


「まあ、そういう相乗効果はあるかもね。でもやっぱり、それだけで二百人も集まらないでしょうよ。これは、ブイハチの周年イベントに匹敵する数字なんだからさ」


 と、和緒はひたすらクールに言いつのった。


「『バナナ・トリップ』はサマスピでいっそう名をあげた上に、都内のライブハウスであちこち出禁をくらってるわけよ。だからここ最近はせいぜい月イチしかライブをできなくて、そのぶんお客が集中してるって噂だよ」


「おー、さすが『KAMERIA』の情報部長は、耳が早いねー」


「あちらさんのSNSを、ちょろっと拝見しただけさ。凄腕のベースが加入したことで、『バナナ・トリップ』はさらに人気が高まったみたいだね」


 それは、納得の話である。夏の野外イベントで『バナナ・トリップ』の物凄さを再確認させられためぐるも、ひそかに胸を高鳴らせていた。


 そうして電車が目的の駅に到着したならば、大荷物を抱えなおして『ジェイズランド』を目指す。

 その行き道で、めぐるたちは「おおーっ!」という素っ頓狂な大声に脅かされることになった。


「かわいこちゃんズ、発見なのだ! これは実に縁起がいいのだ!」


「縁起も何も、今日は対バンじゃん。ここで出くわしたって、不思議はないでしょうよ」


 そんな言葉とともに、二つの人影が接近してくる。それは、コンビニエンスストアのビニール袋を下げたカーニャと、フランクフルトを食べ歩きしているウェンのコンビであった。


「おー、ウェンさんとカーニャさんじゃん! お疲れさまでーす!」


おうなのだ! 不屈の闘志ウェン・リー、ここに参上なのだ!」


 フランクフルトを武器のように構えたウェンが人目もはばからずに決めポーズを取ると、町田アンナはきょとんと小首を傾げた。


「ウェンさんって、ウェン・リーっていうの? 中国かどこかの出身だとか?」


「答えは、ノーなのだ! ミーの通り名はもともとウェン・リーだったのに、このカーニャのやつめが勝手に省略するからそっちで定着してしまったのだ!」


「こいつの本名は、上哩うえりっていうんだよ。本名より長ったらしい仇名なんて、面倒なだけだからね」


「まったくもって、不遜な限りなのだ! まあその腕が叩き出す小粋なグルーブに免じて、許して遣わすのだ!」


 出会った早々、騒がしい限りである。

 和緒はその騒々しさを風のように受け流して、カーニャへと語りかけた。


「どうも、お疲れ様です。ライブ前の、買い出しですか?」


「ま、そんなところだね」と、『バナナ・トリップ』のドラムであるカーニャは素っ気なく応じる。そんなに冷たい印象ではないが、感情をあまり表に出さない人物なのである。その分を肩代わりするかのように、ウェンはステップを踏みながらめぐるたちの周囲を回り始めた。


「気づけば、季節が巡ってしまったのだ! 秋物コーデでも、かわいこちゃんゲージに変化はないのだ!」


「あはは! こっちこそ、服を着てるバナトリが新鮮だなー!」


 と、町田アンナは愉快げな笑顔で迎え撃つ。めぐるたちは、これまでアロハシャツを羽織った水着姿しか拝見したことがなかったのだ。


 ステージ上ではひとりスクール水着でショート丈のオーバーオールを着用していたウェンが、今はロング丈のオーバーオールにミリタリージャケットという姿をしている。オーバーオールには色とりどりのペンキのしぶきがペイントされており、ネオンイエローのカラーが入り混じったツインテールと相まって、派手派手しい印象に変わりはなかった。


 いっぽうカーニャは男物のブルゾンにデニムパンツという質実ないでたちであるが、こちらはブラッディレッドのカラーをちりばめたスパイラルヘアーをパイナップルのようにまとめあげているため、地味な印象にはならない。そして真っ黒のサングラスで目もとを隠しているので、それなりの迫力であった。


「コッフィさんはご一緒じゃないんですね。ウェンさんとはいつもコンビの印象なんで、それも新鮮です」


 和緒がそのような感想を述べると、カーニャは「そうかい?」とぶっきらぼうに応じた。


「まあ、もともとウェンと腐れ縁なのは、あたしだからね。苦労を察してもらえたら、何よりだよ」


「わっはっは! カーニャはミーのような傑物と早々に巡りあえた喜びを噛みしめるべきなのだ!」


 ウェンは道端でも、いっさい遠慮がないようである。道行く通行人たちは、誰もがこちらに好奇の視線を向けていた。


「カーニャさんとウェンさん、コッフィさんとギーナさんがそれぞれ幼馴染なんでしたっけ。そこに我が最愛なる先輩殿が割り込んだ格好なわけですね」


 あらためて『ジェイズランド』を目指しながら和緒が問いかけると、カーニャは「そうだね」と短く答えた。


「先輩殿とは、その後いかがですか? ライブは大好評だと聞き及んでいますけれど」


「演奏面では、何の問題もありゃしないよ。……やっぱり先輩の去就は気になるの?」


「ええまあ、先輩殿も決して社交的なタイプではあられないでしょうからね」


「人間性に関しては一生平行線だろうから、あいつに踏ん張ってもらうしかないね。まあ、今のところは胃に穴をあけたりもしてないみたいだよ」


「だってさ」と、和緒がめぐるの頭を小突いてくる。めぐるも轟木篤子の去就は気になっていたので、その分まで代弁してくれたのだろう。それでめぐるが「ありがとう」と頭を下げると、カーニャがうろんげに小首を傾げた。


「なんでそこで、ありがとう? あんたたちも、独自言語で語るタイプみたいだね」


「ええ。こちらは世にも珍しい、人語を解する齧歯類ですので」


 と、めぐるは再び頭を小突かれてしまう。

 その間、ウェンは黙々と歩を進める栗原理乃の周囲を子犬のようにちょろちょととしていた。


「アンドロイドちゃんも、相変わらずのクールビューティーなのだ! 来場からその格好とは、気合満点なのだ!」


「ええ。今日はリハーサルもありませんが、あまり時間にゆとりがありませんので」


 栗原理乃は、すでにリィ様に変身しているのである。おかげで、ウェンのまとわりつきにも難渋する様子はなかった。


 そうして『ジェイズランド』に到着すると、見覚えのあるスタッフたちが開店の準備を整えている。

 そちらに挨拶をして階段を下り、客席ホールに通ずる扉を開いた瞬間、めぐるは心臓をつかまれることになった。


 鮮烈なるサックスの音色が、高らかに鳴り響いている。

 客席ホールの真ん中で、コッフィがサックスを吹き鳴らしていたのだ。


 コッフィもまた長袖のTシャツにワークパンツというカジュアルな格好で、ビビッドピンクのカラーをちりばめた髪は自然に垂らしており、頭には大きなキャスケットをかぶっている。


 しかしめぐるは目ではなく耳からの情報で、心をつかまれていた。ひとりで好き勝手にサックスを吹き鳴らすコッフィは、それだけでとてつもなく魅力的であったのだ。


 まるで人間が歌っているかのような、のびやかなる音色である。

 マウスピースをくわえたコッフィはまぶたを閉ざし、草原を駆ける子犬のように楽しげであった。


 聴衆は『V8チェンソー』と『バナナ・トリップ』のメンバー、そしてジェイ店長などのスタッフのみである。

 そんな少人数であるのが惜しいぐらい、コッフィのサックスは鮮烈であった。


「おー、コッフィのワンマンショーなのだ?」


 フランクフルトの串をくわえたウェンがぺちぺちと拍手を打ち鳴らすと、コッフィはサックスを吹きながらこちらに向きなおる。

 そのウサギのようにまん丸な目が、めぐると視線をぶつけあい――それと同時に、いっそう流麗なる音色が響きわたった。


 ――ひさしぶりやね。元気じゃった?


 めぐるは言葉を交わさぬまま、そんな思いを伝えられたような心地であった。

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