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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 7-

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313/327

04 出番前

 思わぬ相手との遭遇から十五分ほどが経過すると、ついに開演の時間であった。

 客席に通じるドアのほうからは、くぐもった感じに歓声が聞こえてくる。それと同時に、楽屋から五名ばかりの人間がぞろぞろと出てきた。


「どうも、お疲れさまでーす!」


 町田アンナが元気に声をかけると、その内の一名だけが「うん」と笑顔を返してくる。四番目に出場する『ビビッド・スーサイド』なるバンドの女性ヴォーカルであった。


「地下アイドルのステージなんてなかなか観る機会もないから、ちょっと覗いてくるよ。みんなも、頑張ってね」


「ありがとーございまーす! そちらも頑張ってくださーい!」


 そんな挨拶を経て、『KAMERIA』の四名はようやく楽屋に踏み入ることができた。

 機材はステージ裏のバックヤードにもいくらか残されていたが、楽屋の雑然とした様相は他なるライブハウスと同様だ。入り口のドアに見張りを立てながら、まずは着替えることにした。


 本日のステージ衣装は、顔合わせの際に配布されたイベントTシャツである。

 全員おそろいの格好であるので、めぐるには何の不満もない。そうして栗原理乃の手によって左頬に英文字を記されたならば、衣装の準備も完了であった。


 めぐるはいそいそとベースを取り出して、ソファの席に着席する。

 備えつけのモニターでは、『ルナー&ソリス』の両名が奇怪な楽曲を披露していた。それぞれ黄色と赤色のけばけばしいドレスめいたステージ衣装を纏った彼女たちは、見た目の華やかさとは裏腹にずいぶんアンダーグラウンドな世界観を有していたのだった。


 両名ともにヴォーカルであるため、演奏はすべて録音された音源である。

 ヘヴィメタルを基調とした、激しい曲調だ。そしてその歌詞はちょっとコミカルで、なおかつ残酷趣味に満ちあふれている。それをアイドルらしい甘ったるい声で可愛らしく歌いあげるというのが、彼女たちのスタイルであった。


「地下アイドルってのは、ずいぶん芸風の幅が広いみたいだね」


「ホントにねー! でもやっぱ、花ちゃんさんの目にとまるだけはあるよー!」


 町田アンナの言う通り、彼女たちには人の目をひきつける存在感があった。門外漢のめぐるでも、何か素通りできないような気持ちにさせられてしまうのである。


 黄色いルナーと赤いソリスはアイドルらしく軽やかなステップを踏みながら、可愛らしい声でポップなメロディを歌いあげている。血生臭い歌詞を除けばヘヴィメタルの曲調とまったくマッチしていないはずであるのに、それが妙にさまになっているのだ。『ヴァルプルギスの夜★DS3』も演劇性というものを重視しているように見受けられるが、彼女たちはいっそうその傾向が強いようだった。


 また、毒々しい歌詞というものは、『天体嗜好症』にも通じるセンスである。

 これが音源ではなく生演奏によるステージであったならば、めぐるももう少し興味を上乗せされていたのかもしれなかった。


「本当に、今日はうちらが一番さわやかなぐらいなんだろうね。テンタイの周年イベントに引き続き、ずいぶん貴重な体験をさせられるもんだ」


「あはは! 何にせよ、ウチらはいつも通りかっとばすだけさー! あとは、野となれ山となれー!」


 町田アンナはけらけらと笑いながら、オレンジ色のテレキャスターをかき鳴らす。

 主催者の鞠山花子には、これまで通りの『KAMERIA』を期待していると言ってもらえたのだ。であれば、めぐるたちもこれまで通り力を尽くすのみであった。


「お、ブイハチと『マンイーター』のみんなも到着したってよー! これで、知ってる人は勢ぞろいだねー!」


 と、町田アンナがギターの手を止めて、スマートフォンを確認する。通路でくつろいでいる間に、野中すずみと北中莉子の到着も告げられていたのだ。


「あ、いちおーユーリが来てるってことは、イベントが終わるまでヒミツにしておこっか? 周りにバレると、大騒ぎになっちゃうかもだもんねー!」


「うちらの周りにあの人のサインを欲しがるような人間はいないだろうから、それでかまわないと思うよ。いちおう、大スターのお忍びなんだろうしね」


「うんうん! でもそう考えると、今日のイベントに集まるようなお客にユーリのファンってのは少ないのかもねー!」


 町田アンナがそのように言ったとき、楽屋のドアがノックされた。

 町田アンナが「どうぞー!」と答えると、ドアの向こうから黒いフードつきマントとガスマスクで人相を隠した何者かが出現する。しかし、おずおずと頭を下げる所作で、すぐに正体は知れた。


「ほ、本番前に失礼します。もしお邪魔じゃなかったら、隅っこで休ませていただいてもかまいませんか?」


「もちろんさー! ごゆるりとおくつろぎあれー!」


「ありがとうございます」ともういっぺん頭を下げてから、ミサキはフードを背中のほうにはねのけて、ガスマスクを外した。そうすれば、もういつも通りの可憐さである。


「ミサキちゃんも、おつかれー! 今日はやっぱり、客席に出るのもひと苦労だよねー!」


「は、はい。オープニングから、すごい熱気ですね。さすがは、ヴァルプルのイベントです」


 ガスマスクの脱着で乱れた前髪を整えながら、ミサキはにこりと微笑む。


「きっと『KAMERIA』のステージも、盛り上がりますよ。その時間は、ボクもきちんと客席で拝見します」


「ありがとー! そーいえば、他のみんなは客席に繰り出したの?」


「いえ。客席に向かったのは鞠山さんだけで、樋崎さんはまだ車で休んでいます。原口さんは……知り合いのお客さんに挨拶をするって言ってましたね」


「へーえ! ぐっちーさんの知り合いが、今日のイベントを観にきたりするんだー? メインのバンドとは、ぜーんぜんジャンルが違うのにねー!」


「あ、いえ。鞠山さんを通じて知り合った、格闘技関係の方々みたいです。お名前は、うかがっていませんけれど」


 ミサキのそんな返答に、和緒が「ああ」と反応した。


「そういえば、原口さんのメインのバンドはでかいイベントでしょっちゅう『トライ・アングル』とご一緒してるんだろうし、格闘技関係のイベントなんかにも出てたはずですよね」


「ああ、ロックバンドと格闘技のコラボイベントというやつですか。ボクはよく知りませんけど、原口さんもそんな話をしていました」


「で、そっちでは鞠山さんが原口さんのバンドにゲスト出演したりしてたみたいですね。そう考えると、なかなかに親密なおつきあいなわけだ」


 そんな風に言いながら、和緒は形のいい下顎に手を添えた。


「それで、まったくもって大きなお世話だろうけど……猪狩さんは、大丈夫かなぁ。いかにも原口さんが魔の手をのばしそうなタイプだよ」


「へー? でも、和緒とうり坊ちゃんじゃ、共通してるのはショートヘアーぐらいじゃん?」


 そのように言ってから、町田アンナは「んむむ?」と考え込んだ。


「でも、中性的なのにミョーな色気があるってところも、共通してるのかなー? 和緒は王子様でうり坊ちゃんは小動物系だから、やっぱタイプは全然違うけど!」


「メンバーに色気があるとか言われると、悪寒が走るね。今日のライブは、おやすみさせていただこうかな」


「あはは! そのときは、めぐるが泣いてすがるだけさ!」


 めぐるが思わず和緒の横顔を見つめると、ノールックのまま「冗談だよ」と頭を小突かれた。


「猪狩さんって、あのモデルとかでも有名な人ですか? あの人、すごく可愛いですよね」


 ミサキがはにかみながらそのように告げると、町田アンナは「およよ?」と目を丸くした。


「ミサキちゃんも、うり坊ちゃんの中性的なところにひかれるのー?」


「え? いえ、そういう意味ではなくって……あくまで、モデルとしてです」


「でも、グラビアとかだと、珠のお肌をさらしまくりじゃん?」


「ボクが見るのは、ファッション誌とかですね。ボーイッシュな服だけじゃなく、ガーリーな服もすごく似合うんですよ」


「あー、そっちかー! ウチはレディースのファッション誌とか読んだことないから、水着グラビアのイメージばっかだったよー!」


 どうやらめぐるを除く面々は、猪狩瓜子という女性についても重々承知している様子である。まあ、格闘技の一流選手でありながら有名なモデルでもあるというのは、ずいぶん稀有な存在であるのだろう。


(それで……ユーリさんのほうは、さらにシンガーでもあるんだもんなぁ)


 そんなさまざまな才能に恵まれるというのは、いったいどのような心地であるのだろうと、めぐるはそんな考えを浮かべたが――べつだん、羨む気にはなれなかった。めぐるは分不相応に幸福な日々を授かることがかなったので、他者を羨む筋合いはどこにも存在しなかったのだった。


(でも……猪狩さんと一緒にいるユーリさんはすごく幸せそうで、ちょっと嬉しかったな)


 ステージでは非人間的なまでの美しさと迫力を見せていたユーリが、プライベートではのほほんとした素顔をさらしていた。その事実が、妙にめぐるを微笑ましい気持ちにさせてくれたのである。ああいう神がかった才能を持つ人間は、この世の中を生きづらく感じるのではないか、と――めぐるはそんな偏見を抱いていたのかもしれなかった。


「お、お次が最後の曲だってよ」


 と、モニターのほうを横目でうかがっていた和緒が、そのように告げてきた。

 壁の時計を確認してみると、時刻はすでに六時二十五分である。『ルーナ&ソリス』と『KAMERIA』の持ち時間は二十五分間であったので、本来であればもう終演の時間であった。


「やっぱりちょっと押しちゃいましたね。『KAMERIA』のみなさんは、何時ぐらいに帰られるんですか?」


「えーっとね、九時五十三分の電車に乗らなきゃだから、その十分前ぐらいかなー!   どっちみち、ヴァルプルのステージは最後まで観られないんだよねー!」


「そうなんですね。それじゃあ、それまでの時間でご満足いただけるように頑張ります」


 ミサキは果てしなく可憐な微笑みをたたえてから、一礼した。


「こんなぎりぎりまでお邪魔してしまって、申し訳ありませんでした。みなさんも、頑張ってください」


「うん!」と元気に応じてから、町田アンナは笑顔でめぐるに向きなおってくる。それでめぐるも、わたわたと頭を下げることになった。


「あ、ありがとうございます。今日は客席のほうも大変そうだから、ミサキさんも気をつけてください」


「ありがとうございます」と嬉しそうにはにかむ顔をガスマスクで隠蔽しつつ、ミサキは楽屋を出ていった。

『KAMERIA』は、いざ出陣の準備である。とはいえ、エフェクターボードや電子ピアノはステージ裏のバックヤードであるし、めぐると町田アンナはすでにそれぞれの楽器を抱え込んでいるので、栗原理乃が三枚の紙袋とペットボトルのドリンクを手にしたのみであった。


『どうもありがとー! 「ルーナ&ソリス」でしたー!』


 モニターでは、黄色いルーナの声とともに赤い幕が閉められていく。

 ほどなくして、小道具が詰まったコンテナボックスを抱えたクマなる男性と汗だくの両名が楽屋に舞い戻ってきた。


「お待たせー! そっちも頑張ってねー! さー、こっちはガンガン営業だー!」


 と、三名は足を止めることなく、そのまま楽屋を出ていってしまう。きっと全員で、グッズの販売を受け持つのだろう。自分たちのステージ中にはグッズを買い求める人間もいないはずなので、ブースを空にしていたようであった。


「それじゃあ、出陣だー! 『KAMERIA』、ふぁいと・おー!」


 号令をあげる町田アンナを先頭に、『KAMERIA』の一行はステージを目指した。

 幅のせまいコンクリの階段を下ると、そこはもう薄暗いバックヤードである。すでに電子ピアノは持ち出された後で、エフェクターボードとバスドラペダルがぽつねんと残されていた。


 それを手にしてステージに出てみると、スタッフがステージの中央に電子ピアノをセッティングしている。ドラムセットもリハーサルの状態から動かされていないので、和緒はすぐさまシャープな音色でめぐるの心を弾ませてくれた。前の出番が楽器を使わない『ルーナ&ソリス』であったため、普段以上のスムーズさであるようだ。


「今日は五分押しなんで、準備ができたらすぐにお願いしますね」


 スタッフの呼びかけに「はーい!」と応じつつ、町田アンナはエフェクターボードを床に広げる。めぐるもスタッフの期待に応えるべく、セッティングを急ぐことにした。


(時間が押せば押すほど、『ヴァルプルギスの夜★DS3』のステージを観られる時間が短くなっちゃうんだもんね)


 とはいえ、スピード重視でセッティングをおろそかにすることは許されない。めぐるはエフェクターの配線や設定に問題がないことをしっかり確認してからシールドを繋ぎ、ベースアンプのスイッチをオンにした。


 こちらのライブハウスも、ベースアンプはアンペグである。めぐるがリハーサルの通りにツマミを設定すると、過不足のない重低音が響きわたった。

 エフェクターの音色をひと通り確認してみても、まったく異常は見られない。そうしてめぐるのセッティングが完了する頃には、他のメンバーたちも準備万端であった。


「オッケーですね? それじゃあ、よろしくお願いします」


 スタッフは、幕の端を細く開いて退場していく。

 ステージでは、栗原理乃の手によって扮装用の紙袋が配布された。


 幕の向こう側からは、常と変わらぬ熱気とざわめきが伝えられてくる。

 とはいえ、お客の大半は一階のロビーに上がっているのかもしれない。本日は『KAMERIA』がもっとも無名であるため、おおよそのお客にとってはこの時間こそが休みどころであるはずであった。


(でも、野中さんたちはいてくれるもんね)


 どれだけ客席がガラガラであったとしても、めぐるの熱情に変わるところはない。

 扮装用の紙袋をかぶりながら、めぐるの胸はこれ以上もなく高鳴っていた。

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― 新着の感想 ―
確かにジャンルてきにトライアングルと離れているかもしれないですけど、ベイビーアピール繋がりでファンも多いと想像できますね。逆にアトミックの皆々はこういうダークなジャンルは好み外の印象ですから、そこの経…
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