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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 7-

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310/327

-Track3- 01 遠征

2025.10/24

今回の更新は全8話で、毎日更新いたします。

 文化祭から、およそ二週間後――十一月の第二土曜日である。

 その日は鞠山花子が主催するイベント、その名も『Feast of the Abyss ~深淵の祝祭~ vol.1』の開催日であった。


 会場は『ヴァルプルギスの夜★DS3』が活動の拠点にしている『秋葉原ボムヘッド』なるライブハウスである。

 その名の示す通り、所在地は東京都の秋葉原となる。かつて楽器店巡りをした御茶ノ水のひとつ手前の駅であり、めぐるたちの地元からは電車で一時間ていどの道のりであった。


 前日はいつも通り町田家のお世話になり、午前中はのんびりと過ごし、ランチと食休みまで満喫してから、午後の一時半に出立する。リハーサルの開始は午後三時で、『KAMERIA』に指定された入り時間は四時過ぎであったが、今回も他バンドのリハーサルを最初から拝見しようという意気込みであった。


「いやー、サトっぺにはマジで感謝だよー! 今日はホントに、ありがとねー!」


 最寄り駅を目指す道中で、町田アンナが元気に声を張り上げる。それに「いやいや」と答えたのは、町田道場の門下生である工藤里見であった。


「どうせ今日は、ヒマだったしさ。アンナちゃんのお役に立てるなら、何よりだよ」


「ありがとー! ラーメン三回、きっちりオゴらせてもらうからねー!」


「あはは。高校生にタカってるみたいで、なんだか気が引けちゃうなぁ」


 そんな風に言いながら、工藤里見は屈託なく笑う。彼女も町田家のご家族に負けないぐらい、善良な人柄なのである。

 年齢は二十代の前半で、さっぱりとしたショートヘアーをしており、肌は小麦色に焼けている。どちらかといえば細身であるが、いかにもスポーツを得意にしていそうな活力をみなぎらせており、本日はスウェット素材のアウターにワイドパンツといういでたちであった。


『KAMERIA』の周年イベントに引き続き、今回も彼女がグッズの売り子を受け持ってくれたのだ。

 しかも現在は、そのグッズが詰め込まれた段ボール箱をカートで引いている。彼女は荷物持ちを受け持つと同時に、いわゆるローディーとしてリハーサルの段階から同行してくれるのだった。


「でも、あたしは音楽の知識なんてからきしなのに、お役に立てるのかなぁ?」


「いーのいーの! セッティングの時にピアノを運んでくれるだけで、大助かりだから! ウチらはけっこー機材が多いほうだからさ!」


 そしてその報酬が、三回分のラーメン代なわけである。

 もちろん本日の食費や交通費などもすべてこちらで負担する手はずになっているが、それだけで午後の時間をまるまる費やしてくれるというのだから、めぐるも頭が下がるばかりであった。


 工藤里見はグッズのカートばかりでなく、町田アンナのエフェクターボードも逆の手に抱えている。町田アンナは電子ピアノのカートを担当しているので、ふだん肩代わりしている和緒の負担が減ったわけである。めぐるは自らのギグバッグとエフェクターボード、栗原理乃は全員分の着替えやタオルが詰まったボストンバッグという、いつも通りの分担であった。


「めぐるちゃんも、大変そうだね。よかったら、こっちと交換する?」


 工藤里見に朗らかな笑顔を向けられて、めぐるは「あ、いえ」と慌て気味に応じる。


「わたしはいつもこの荷物なので、大丈夫です。わざわざご親切に、ありがとうございます」


「あはは。あたしなんてアンナちゃんの手下なんだから、そんなかしこまらなくて大丈夫だよ」


 工藤里見はそんな風に言ってくれたが、めぐるはこれが常態なのである。出会って二回目で気安く振る舞えるコミュニケーション能力など、めぐるはどこにも持ち合わせていなかった。


 しかし工藤里見も、無理に距離を詰めようとはしない。彼女は気さくで大らかだが、礼儀正しい人間でもあるのだ。もともとはめぐるたちのことも「さん」という呼称で呼んでいたのだが、和緒が遠回しに難色を示すと、「それじゃあ、ちゃんで統一するね」と切り替えることになったのだった。


「それにしても、東京でライブなんてすごいよねー。アンナちゃんたちも、初挑戦なんでしょ?」


「うん! なにげに、そうなんだよねー! ま、今日はイベントに招待された身だからさ! オーディションをくぐりぬけたブイハチとかとは、レベルの違う話なんだよー!」


「アマチュアバンドでも、オーディションとかあるんだね。やっぱり、何もかもが未知なる世界だなぁ」


 と、電車に乗った後も町田アンナと工藤里見は話が弾んでいる。工藤里見は高校生の時代から町田道場に通っており、町田アンナとも稽古をともにした経験があるぐらい古いつきあいであるそうなのだ。家族同然とまでは言わないものの、ちょっとした親戚ぐらいの親密さであるように感じられた。


「でね、今日はホヅちゃんも来てくれるんだー! 土曜はバイトが休みにくいけど、都内だったら通いやすいから、夕方で切り上げて駆けつけてくれるんだってー!」


「あ、また穂実ちゃんにも会えるんだ? それは、あたしも嬉しいなぁ」


 町田アンナの旧友たる田口穂実は『KAMERIA』の周年イベントにも参じてくれたので、工藤里見もそのときに挨拶をしたのだろう。そちらもまた、田口穂実が道場に通っていた時代にご縁が紡がれていたわけであった。


「しかも今日は、鞠山さん主催のイベントなんだもんね。ライブ動画を拝見して、あたしはひっくり返っちゃったよ。鞠山さんの音楽活動は有名な話だけど、あんなものすごいバンドだとは想像してなかったからさ」


「ああ、工藤さんは格闘技選手としての鞠山さんをご存じだったんですね。もしかしたら、鞠山さんとぶん殴り合った経験をお持ちだとか?」


 和緒も自然に会話に加わると、工藤里見は「いやいや」と手を振った。


「確かにあたしは鞠山さんと同じ階級だけど、まだまだ手の届く相手じゃないよ。何せあっちは日本国内の絶対王者で、世界進出の壁なんて呼ばれてるお人なんだからさ」


「世界進出の壁?」


「そう。鞠山さんに勝てたら、世界でも通用するって意味ね。鞠山さんは色んな仕事を抱えてるから国内に留まってるけど、世界クラスの実力者なんだよ。だから、世界進出を目指す選手の門番みたいなポジションになってるわけさ」


「あのお人は、そこまでの実力者なんですか。あらためて、身をつつしもうかと思います」


「あはは。でも、鞠山さんは親分肌で、色んな選手の面倒を見てるらしいからね。話を聞く限り、音楽関係でもリーダーシップを発揮してるみたいだなぁ」


「うんうん。ウチらみたいなぺーぺーをイベントに誘ってくれたのも、フトコロが深いよねー。ウチらも期待に応えて、がっつり盛り上げないと!」


 今日は町田アンナも興奮状態にあり、電車内でも時おり声が大きくなってしまうようである。もちろんめぐるも昂揚していたが、町田アンナは田口穂実に会える喜びが上乗せされているわけであった。


「でも、都内だとお客を呼ぶのも大変でしょ? 穂実ちゃん以外に、来てくれる人はいるの?」


「うん。このまえ紹介したブイハチと『マンイーター』のメンバーに、あとは部活の後輩が二人も来てくれるよー。今日はチケットノルマとかもないんだけど、わざわざ都内まで出向いてくれるなんてありがたい限りだよねー」


「ふうん。それじゃあ今日は、経費もかからないの?」


「経費どころか、ギャラも出るんだよー。花ちゃんさんにそこまで認められたのかと思うと、テンションあがっちゃうよねー」


 声が大きくなるのは我慢しつつ、町田アンナは表情と挙動で喜びの思いをあらわにしている。めぐるは同じ心地でありながら、どこか幼子を見守る保護者のような気分でもあった。


 ちなみに鞠山花子から提示されたギャラは、三万円である。

 工藤里見を含めて五名分の交通費だけで一万円近くかかる計算であるが、それでも二万円は懐に残るのだ。そして何より、ライブを行うだけで報酬をいただけるという事実が、めぐるの心を奇妙な感じに揺さぶってならなかった。


(わたしはライブをできるだけで、幸せだけど……自分たちにそれだけの価値があるって認められたみたいで、すごく嬉しいなぁ)


 しかもその相手が鞠山花子であるのだから、なおさらであった。彼女はきわめて奇矯な人柄であるが、何につけても大物らしい風格を漂わせているのである。そして何より、あのライブパフォーマンスは尊敬に値するはずであった。


 和緒は相変わらずのポーカーフェイスであるし、栗原理乃はリハーサルに備えてリィ様の姿であるため、まったく内心は知れなかったが、それでもきっと普段のライブとは別種の意気込みを抱いているのではないかと思われた。


 そうして途中で一回の乗り換えをはさみつつ、一時間に及ぶ電車の旅は終わりを迎える。

 そこからは、スマートフォンのナビゲート機能が頼りだ。めぐるは秋葉原という地に特異な街であるというイメージを抱いていたが、楽器店だらけであった御茶ノ水より遥かに穏便な街並みであるように感じられた。


「ふむ。べつだん、メイドさんがお出迎えしてくれるわけではないんだね」


 と、めぐるの隣を歩いている和緒も、そんな言葉をこぼしていた。


「まあ、街じゅうにメイドさんがあふれかえってるわけもないか。駅からどの出口を出るかで、印象が違ってくるのかもね」


「うん。まあ、こっちも賑やかなことは賑やかだしね」


 周囲には大きなビルが建ち並んでいるし、外国人観光客と思しい人々の姿も数多く見受けられる。めぐるたちが暮らす地元とは、根本の人口密度が違っていた。


 町田アンナの案内に従って歩を進めていくと、年季の入ったオフィス街のような雰囲気になっていく。

 そうして五分ていどで、町田アンナは「おー、ここだここだ!」と声を張り上げた。


 実に堂々としたたたずまいのビルである。

 しかも隣は、楽器店だ。それだけで、めぐるはむやみに嬉しくなってしまった。


「んー、まだ入り時間まで三十分近くあるけど、もう入れるのかなー? とりあえず、突撃してみよっか!」


 能動的なる町田アンナを先頭に入り口の扉をくぐると、ちょっとしたロビーのような造りになっている。そして、下りの階段の手前に『秋葉原ボムヘッド』のプレートがかかっていた。


(なんとなく、『柏プルアウト』みたいな雰囲気だな)


 そういえば、本日はミサキも『ヴァルプルギスの夜★DS3』で出演するため、『天体嗜好症』の面々もお客として参ずるのだ。彼女たちと顔をあわせるのは『サマー・スピン・フェスティバル』以来の三ヶ月ぶりであるので、そちらも楽しみなところであった。


 階段を下りきると、立派な防音扉が待ちかまえている。

 それを引き開けると、マイクのサウンドを確認している音が響きわたり――そして、見覚えのある面々が客席ホールの片隅に群れ集っていた。


「あ、み、みなさん、ようこそいらっしゃいました!」


 そのうちのひとり、可憐なワンピース姿のミサキが輝くような笑顔を届けてくる。

 が、ミサキはすぐさま慌てふためいた様子で、かたわらの人物を振り返った。


「あ、ボ、ボクはサポートメンバーなのに、出しゃばって申し訳ありません」


「あんたは、いちいち律儀だわね。笑顔でゲストを出迎えたんだわから、わたいが文句をつける筋合いはないんだわよ」


 と、甲高いのにざらついた声音が、広々としたホールに響きわたる。

 本日の主催者にして『ヴァルプルギスの夜★DS3』のヴォーカル、『まじかる☆まりりん』こと鞠山花子である。鞠山花子は眠たげなカエルを思わせる顔でにんまりと笑いながら、めぐるたちの姿を見回してきた。


「ともあれ、遠路はるばるご苦労なんだわよ。今日もあんたたちの大爆裂を期待してるんだわよ」

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