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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 7-

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309/327

08 打ち上げ

2025.9/23

今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。

「それでは、軽音学部のステージの無事な終了を祝しまして」


 森藤の掛け声で、「かんぱーい!」の声が唱和された。

 場所は軽音学部の部室で、刻限は完全下校時間の一時間前だ。クラスや部活動の出し物もすべて終了し、一日の仕事をやりとげた数多くの生徒たちが各所で同じような行いに及んでいるはずであった。


 部室の長机にはスナック菓子の袋が広げられて、部員一同はおのおのソフトドリンクの紙コップを掲げている。去年もこのようにして、この時間には文化祭の打ち上げに取り組んでいたのだ。


 めぐるはようやく軽音学部の部員であるという自覚が育ってきたため、喜びの思いもひとしおである。

 まあ、『KAMERIA』のステージをやりとげたというだけで、めぐるにとっては十分以上であるのだが、そこに先輩や後輩たちをねぎらう気持ちが加算されるのだから、きわめて安らかな心地であった。


 なおかつこの場には、OBである宮岡と寺林も参席している。

 きちんと学校に届け出をすれば、OBが部室に足を踏み入れることも許されるのだ。その両名の満足そうな表情が、めぐるの胸をさらに温かくしてくれた。


「今日はどのバンドも、最高のステージだったね。『さくら事変』なんて、これまでよりパワーアップしてたしさ」


「パワーは、俺たちのほうが上だろ。全体的なクオリティは……ま、互角かな」


 寺林のそんな発言も、まったく嫌味には聞こえない。そして彼は、苦笑を浮かべながら和緒のほうを振り返った。


「コピバンだと、磯脇の成長っぷりが際立つよな。それでキャリア二年足らずなんて、ほとんど詐欺だぜ」


「そうですか。立派な詐欺師を目指したいところですね」


「それに、嶋村のギターもなかなかだったよ。あんな繊細なニュアンス、宮岡には不可能だもんな」


「その台詞、まるっとお返しするよ。……後輩にこれだけの実力を見せつけられるのは、悔しいと同時に嬉しいもんだね」


「とんでもないですよぉ。僕なんて、まだまだですからぁ」


「嶋村くんは、これでもまだまだ発展途上だもんね。来年にはどんなステージを見せてくれるのか、今から楽しみだよ」


 と、もっとも安らいだ顔をしているのは、部長の森藤である。受験勉強の合間をぬって、森藤はずっと今日のために心を砕いてきたのだ。それをサポートしていた小伊田も、ずっと嬉しそうににこにこと笑っていた。


「三年生の二人は、これから受験に集中だね。でも、卒業ライブは期待させていただくよ」


「ええ、もちろんです。……そういえば、やっぱり『イエローマーモセット』に出場をお願いするのは、難しそうですか?」


 森藤の問いかけに、宮岡は「うーん」と難しい顔をした。


「あたしとしては、二人の卒業に花を添えたいところだけど……篤子は、厳しいだろうねぇ」


「ああ。まさかあいつが、あんなバンドに加入してるとはな。小伊田から連絡をもらったときは、ひっくり返っちまったぜ」


 轟木篤子が『バナナ・トリップ』に加入した件については、『サマー・スピン・フェスティバル』を終えた時点で小伊田たちにも知らされていたのだ。

 それはともかくとして――寺林がずいぶん苦い顔をしていたので、町田アンナが「んー?」と小首を傾げることになった。


「どーしたの? 元メンがあんなすごいバンドに加入したのが、悔しいとか?」


「そんなんじゃねえよ」と寺林がいっそう顔をしかめると、宮岡がくすりと笑った。


「テラは篤子が加入した『バナナ・トリップ』ってバンドの映像を、動画サイトで拝見したらしいんだけどさ。検索履歴で彼女さんにバレて、大騒ぎだったらしいよ」


「んむむ? なんでそれで、大騒ぎになっちゃうの?」


「ステージ衣装が、過激すぎるんだよ。テラの彼女さんは、そういうとこに厳しいからさ」


「うるせえなあ。そんな話、ぺらぺらとしゃべるなよ」


「テラが篤子に嫉妬するほど心のせまい人間じゃないってことを、みんなにわかってもらいたかったんだよ。……もともと篤子は、ひとりだけレベルが違ってたからね。あんな物凄いバンドに加入できたのも、納得の話さ」


 すました顔で言ってから、宮岡は『KAMERIA』の面々を見回してきた。


「それで来月には、『KAMERIA』があのバンドと対バンするってんでしょ? これはちょっと、気合を入れて見届けないとなぁ」


「うん! その日はブイハチも出るから、めっちゃ盛り上がるはずだよー! きっと機材は、スタッフさんたちが死守してくれるだろーしさ!」


 そんな風に言ってから、町田アンナは一年生たちに笑顔を振りまいた。


「でもまー来月の話より、今日の話で盛り上がらないとねー! ウチはめっちゃ楽しかったけど、みんなは楽しめたかなー?」


「わたしは演奏に集中していたので、楽しむゆとりもありませんでしたけど……でも、自分なりの演奏はできたように思うので、満足しています!」


「まあ、大ミスはしなかったんで、ほっとしましたね」


「僕も演奏で手一杯でしたけど……先輩のみなさんのおかげで、昔よりは合奏を楽しめるようになりましたからねぇ。それでもまだまだ反省点だらけなんで、これからも頑張りますぅ」


 一年生たちの返答に、森藤は満足そうに「うん」と微笑んだ。


「みんなは、本当に素敵だったよ。わたしたちが一年生のときなんて、緊張でガチガチだったもんね?」


「うん。クラスのみんなが見てるから、ライブハウスより緊張しちゃったね。音作りも、あんまり上手くいかなかったしさ」


 小伊田はその頃を懐かしむように、いっそう和んだ表情を見せる。

 それでめぐるも心を和ませていると、野中すずみがもじもじしながら語りかけてきた。


「それで、あの……わたしたちの演奏は、どうでしたか? 自分なりにベストを尽くすことはできたと思うのですけれど、ステージを楽しむゆとりはなかったので……」


「あ、いえ、満足できたのなら、それで十分だと思います」


「でも、めぐる先輩も町田先輩も森藤部長も、まずは楽しむことが大切だって仰っていたでしょう?」


 それでめぐるが口ごもると、町田アンナが何か言いかけた。

 が、めぐるの顔を一瞥するなり、その口が閉ざされる。そして町田アンナはにっこり笑いながら、めぐるのほうに手を差し伸べた。


「めぐるもなんか、意見があるみたいだね! まずは、そちらからどーぞ!」


「あ、はい……ええと……楽しいとか満足とかっていうのは、個人の感じ方ですから……もしかしたら、わたしが楽しいと思う気持ちと、野中さんの満足できたっていう気持ちは、同じものなのかもしれませんし……ご自分が満足できたのなら、わたしたちの言葉を気にする必要はないんじゃないかって……そんな風に思ったのですけれど……」


 めぐるの覚束ない返答を、野中すずみは食い入るように聞き入っている。

 そして町田アンナは、「なるほどねー!」と声を張り上げた。


「ま、ウチも似たような感じかなー! 満足できたってことは、楽しかったと同じようなもんじゃん!」


「でもそれは、あくまで現時点での話であって……わたしはまだまだ、練習が必要だと思っています」


「それは、ウチらも一緒だよー! それも含めて、楽しいんじゃん? 格闘技なんかでも、自分が強くなっていくのを実感できるのは、すっげー楽しいしねー!」


「うん。この貪欲なるプレーリードッグも、自分やバンドのクオリティアップに果てなき悦楽を覚えているように見受けられるからね。野中さんも、修羅の道に片足を突っ込んでるのかもよ」


 和緒の言葉に、野中すずみは「そうですか!」と表情を輝かせた。


「め、めぐる先輩を少しでも見習うことができていたら、すごく嬉しいです! これからも、練習を頑張ります!」


「って言っても、今後のスケジュールは白紙じゃん。これじゃあ、頑張りようがないんじゃない?」


 北中莉子が素っ気なく言い捨てると、野中すずみは「ええ?」とのけぞった。


「それじゃありっちゃんは、練習しないつもりだったの? 春には、卒業ライブもあるんだよ?」


「そんな何ヶ月も先の話に備えて、何を練習しようってのさ?」


 野中すずみが勢いよく反論しようとすると、森藤がやんわり口をはさんだ。


「今後の練習内容については、わたしからも提案させてもらうね。まず卒業ライブに関しては持ち時間が最低でも二十五分になるから、持ち曲を増やす必要があるね。それとは別に、町田さんのサポートなしで演奏力の向上を目指すべきだろうし……興味があるなら、オリジナル曲に挑戦してもいいかもね」


「オリジナル曲は、さすがにハードルが高いですよ。そもそも、作詞や作曲をできる人間なんていないんですから」


「そう。それなら別に、コピーだけでもかまわないと思うよ。わたしたちだって、三年間コピーバンドだったからね。……何にせよ、この軽音学部はバンドを楽しむための場だし、バンドを楽しむためには目標が必要でしょう? 持ち曲を増やすことと、三人の演奏のクオリティアップを目指しながら、バンド活動を楽しんだらいいんじゃないのかな」


 森藤が穏やかな表情で締めくくると、小伊田も「うん」と笑顔でうなずいた。


「僕も、森藤さんと同じ意見だよ。あとは、持ち曲を増やす過程でバンドのコンセプトを固めていったらいいんじゃないかな」


「バンドのコンセプト?」


「うん。今は色んなバンドの曲をコピーしてるけど、今後もその方針でいくのか、あるいは僕たちみたいにひとつのバンドで統一するのか。統一しないなら、どういう方向性で持ち曲を増やしていくかだね。あんまりジャンルがバラバラだと、客席の人たちに違和感を与えちゃうかもしれないからさ」


 すると、寺林もOBらしい風格で「確かにな」と声をあげた。


「今やってるサーフ系とオルタナ系は、いい感じにバランスが取れてるように感じたけどよ。ここでいきなり別ジャンルや別年代の曲を持ち込んだら、せっかくのバランスが台無しだろうな」


「うん。色んなバンドの曲をひとつのセットリストにまとめるのって、けっこう難しいものだからね。わたしたちも、一年生の頃には大失敗したもんだよ」


 宮岡がそのように言葉を重ねると、町田アンナが「へー!」と身を乗り出した。


「センパイたちが大失敗なんて、ちょっと想像がつかないなー! どんな風に失敗したの?」


「わたしたちのバンドは、同じバンドのコピーで統一してたでしょ? 最初の文化祭では、あのバンドのルーツになる古い洋楽の曲もセットリストに組み込んでみたんだよ。そうしたら、もう大すべりでさ」


「そうそう。メインのバンドも古くから活動してるけど、現役でバリバリ活動してるからな。そこに七十年代のグラムロックなんかを織り交ぜるのは、マニアックすぎたんだよ」


「わたしたちには、そういう古い曲を魅力的に仕上げる腕もなかったしね。あれは自己満だったなあって、大いに反省させられたよ」


 そんなOBたちの述懐を、森藤や小伊田は瞳を輝かせながら聞いている。それは、彼らが入学する前の逸話であるのだ。


「先輩たちにも、そんな過去があったんですね。僕たちが入学した頃にはもう部内で一番の完成度でしたから、まったく想像がつきませんよ」


「そういう失敗を、糧にしたんだよ。今日のみんなは、大成功だったと思うけど……今日のライブが未熟すぎたって恥ずかしくなるぐらいの成長を目指してほしいかな」


 宮岡の言葉に、野中すずみは真剣な面持ちでうなずいている。嶋村亨もどこかかしこまったたたずまいで、北中莉子はひとり仏頂面であった。


 そうしてめぐるが満たされた思いでそれらの光景を見守っていると、和緒がこっそり頭を小突いてくる。それから、めぐるの耳もとに口を寄せてきた。


「あんたもずいぶん感じ入ってるみたいじゃん。どのあたりの内容が、あんたの琴線に触れたのさ?」


「うん。別に、会話の内容がどうこうじゃなくって……みんながすごく真剣にバンドのことを語り合ってるのが、嬉しいんだよ」


「あっそう。だったらあんたも、思うさま突入すればいいじゃん」


「ううん。わたしは上手くしゃべれないし、見てるだけで幸せな心地だから」


 和緒は苦笑を浮かべつつ、もういっぺん頭を小突いてきた。

 だけどやっぱり、めぐるは満たされた心地である。今この部室には、ライブハウスとも町田家とも異なる温かな空気が満ちており――それがめぐるに、これまでと一風異なる安らいだ気持ちをもたらしてくれたのだった。

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