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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 7-

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04 文化祭の朝

 そうして、一夜が明けて――文化祭の当日がやってきた。

 町田家で起床した『KAMERIA』のメンバーは、平常通りに朝の支度を整える。こうして町田家から学校に通うというのも、ずいぶん手馴れてきた感があった。


 だけどやっぱり、その喜びに変わるところはない。町田家のご家族に囲まれて『KAMERIA』のメンバーで過ごすのだから、それだけでめぐるにとっては満ち足りた時間であったのだった。


「出番は、午後の二時だったよな? みんなで応援に行くから、頑張ってな!」


 朝から元気な町田家の父親は、満面の笑みで激励してくれた。

 聞くところによると、土曜日は道場も不規則的にオープンしているらしい。土曜日にも試合が入ることが多いので、正規のレッスンのスケジュールは組まれていないようだが、熱心な門下生のために稽古場を開放しているそうであるのだ。

 よって、こういう日には夫妻ともども可能な範囲で門下生の面倒を見て、抜ける際には雇いのトレーナーやベテラン門下生などに管理を任せているのだという話であった。


「午前中なんかは、けっこーキッズクラスの門下生がわんさか集まるしねー! ウチも昔は、一緒に暴れ回ったもんさ!」


「なんだか、ならずものの武勇伝みたいだね。まあ、あたらずとも遠からずなんだろうけどさ」


「ならずものじゃないやい! 和緒もいっぺん稽古に参加して、格闘技のナンタルカを学んでみればー?」


「そんな余力は、残されちゃいないよ。あたしが怪我してドラムを叩けなくなってプレーリードッグがご乱心したら、どう責任を取ってくれるのさ?」


 と、その日も町田アンナと和緒の軽妙なやりとりを楽しみながら、学校に向かうことになった。

 授業はないので、運搬しているのは機材とボストンバッグのみである。そして、冬服への移行期間も終了したので、万年ジャージの町田アンナ以外はブレザージャケットを纏った姿だ。それが季節の移ろいと、去年の思い出を想起させてやまなかった。


(ちょうど文化祭の手前で移行期間が終わるから、去年も冬服で登校したってことだよね)


 十月の最終土曜日ともなれば残暑の余韻も綺麗に消え去って、日によっては肌寒さを感じることもある。もうしばらくしたら、冬用のコートを引っ張り出すことになるのだろう。めぐるは季節の移ろいに鈍感な質であったが、そもそも春らしい日や秋らしい日などはごく短いのではないかと思われた。


 しかし、そんな話も些末なことである。

 今のめぐるは、数時間後に待ち受けるライブで頭も心もいっぱいであったのだった。


「お、すずみんたちが、先に到着したってよー! じゃ、このまま部室棟に直行だねー!」


 スマートフォンを確認した町田アンナが、また声を張り上げる。『KAMERIA』の一行は、ちょうどバスを降りたところであった。

 そうして部室棟に向かってみると、新一年生のトリオが待ちかまえている。なおかつ、北中莉子はドラムセットに着席しており、野中すずみと嶋村亨はそれぞれの楽器を取り出しているさなかであった。


「みんな、おっはよー! 朝一番で、いきなり練習?」


「はい! しばらくは、クラスの用事もありませんので!」


 野中すずみは、小さな体からいつも以上の気合をみなぎらせている。彼女たちにとっては、これが初のステージであるのだ。めぐるとしては、文化祭の思い出とともに自分の初ステージの思い出まで刺激されてならなかった。


「町田先輩は、クラスの当番なんですよね? しっかり練習しておきますので、本番はよろしくお願いします!」


「りょうかーい! とにかくみんな、ミスとかはどーでもいいから! 初のステージをめいっぱい楽しんでねー!」


「はい!」と大きくうなずいてから、野中すずみはもじもじとめぐるに向きなおってきた。


「それで、あの……ステージを終えた後は、めぐる先輩もご遠慮はなしで、厳しいご意見をお願いします!」


「あ、いえ……町田さんの言う通り、楽しむことが一番ですので……みんなで楽しめるように、頑張ってください」


 野中すずみは瞳を輝かせながら、また「はい!」とうなずいた。

 機材をロッカーに片付けためぐるたちは、出口へと足を向ける。しかし、和緒だけが足を止めて、ひらひらと手を振ってきた。


「あたしは一日フリーだから、しばらく練習を見物していくよ。また会う日まで、さようなら」


「おー、それじゃーみんなをよろしくねー!」


 ということで、めぐると町田アンナと栗原理乃だけが部室を後にした。


「ウチも午前中は、クラスの当番だからなー! 理乃は? 何か準備でもあるの?」


「うん。朗読をする人のサポートをしなくちゃいけなくて……でも、十一時には終わる予定だよ」


「うんうん! で、めぐるも当番は午前中だけだよね? じゃ、またお昼に集合ってことで! みんな、それぞれ頑張ろー!」


 かくして、めぐるたちはそれぞれの教室に向かうことになった。

 めぐるに割り振られたのは、お好み焼きの調理である。本年は週に二回ばかり事前準備にも参加することができたので、その当番も本日の九時から正午までで終了する手はずになっていた。


 教室に到着したならば、まずはブレザージャケットをジャージに着替えて、準備されていたマスクと三角巾とエプロンを装着する。同じ時間帯に調理を担当するのは、めぐるを含めて三名だ。


 然るのちに、レンタル品である冷蔵庫から引っ張り出したキャベツをスライサーで千切りにしていく。あとは寸胴鍋で大量のお好み焼き粉を溶いておけば、オープン前の下準備も完了であった。


 しかし、無事にオープンの時間を迎えても、来客はない。

 残る二名の調理係は歓談にいそしんでいたので、めぐるは窓の外を眺めながらぼんやり英気を養うことにした。


 進学校であるこちらの高校は、あまり文化祭に力を入れていない。それでも昼にはほどほどのお客が集まるが、朝方などは閑散としたものだ。そして、朝からお好み焼きを食べようと考える人間は、想定以上に少ないようであった。


 オープンから三十分が経過しても、閑古鳥が鳴くばかりである。

 気づけば他の二人も歓談を取りやめて、それぞれスマートフォンの操作に没頭していた。


 それからさらに十五分ほどが経過したところで、ついに初めての注文が入る。

 教室に入ってきたのは同世代の少女たちで、クラスメートの外部の友人たちであるようであった。


「ブタ玉とエビ玉をふたつずつ、ブタ玉のひとつはチーズをトッピングでお願いしまーす!」


 給仕役の女子生徒が、元気な声で告げてくる。

 調理器具はクラスメートが持ち寄ったホットプレートで、一台につき二枚ずつ仕上げることができる。どういう振り分けにするべきかとめぐるが指示を待っていると、当番のひとりがおずおずと話しかけてきた。


「あの……遠藤さんに、チーズ入りのブタ玉をお願いできるかなぁ? チーズ入りって、焦がしちゃうのが心配で……」


「あ、はい。……もう一枚のブタ玉はどうしますか?」


「それは、こっちで仕上げるよ。ごめんね。ありがとう」


 と、あちらもめぐるに劣らず、遠慮がちである。クラスメートのそういう態度が、もしかしたら自分は不良生徒と思われているのではないかという想像をかきたてるのだった。


(ライブハウス通いするだけで不良あつかいされることもあるって、森藤先輩も言ってたもんなぁ)


 しかしそれも、めぐるにとっては些末な話である。メンバー内には飲酒や喫煙に手を染める人間もいないし、午後の十時には退店できるように心がけているのだから、めぐるに後ろめたさを感じるいわれはなかった。


(それに、こんなしょっちゅう外泊してるだけで、見ようによっては不良なのかもしれないもんね)


 それで不良あつかいされようとも、めぐるが現在の生活をあらためる気持ちにはならない。そんな思いを噛みしめながら、めぐるはチーズ入りのブタ玉を仕上げることにした。


 これまでにお好み焼きを手掛ける機会はなかったが、何日か前には教室で調理の練習をさせられたので、取り立てて問題はない。めぐるは去年の春先まで実に貧相な食生活を送っていたが、それでも自炊するようになってからこれで五年目であるのだ。中学一年生の時代から見様見真似で自炊してきためぐるにとって、お好み焼きというのは決して難しい献立ではなかった。


 生地が焼きあがったならば使い捨ての皿に移して、ソースとマヨネーズを塗り、青のりとカツオブシを振りかける。

 机に準備されていたトレイに完成品をのせると、ちょうど同じタイミングでイカ玉を仕上げた女子生徒が「うわあ」と感嘆の声をあげた。


「や、やっぱり遠藤さんは上手だね。なんだか、お店の料理みたい」


「え? そんなことは、ないかと思いますけど……」


「ううん、上手だよ」


 マスクをしているので判然としないが、相手はおずおずと微笑んでいるようである。

 返答に困っためぐるはとりあえず頭を下げて、ホットプレートの清掃に取りかかることにした。


(やっぱりクラスの人たちとは、何を喋っていいのかもわからないな……)


 しかしその後はぽつぽつとお客が入ってきたので、めぐるものんびり流れ作業に身をまかせることができた。

 楽しくはないが、苦痛でもない。普段の授業や物流センターのアルバイトと大差のない、ゆるやかな時間だ。そして、こういう時間に身を置いていると、ベースを弾きたい気持ちがじわじわつのっていくのが常であった。


(午後には少し、練習もできるのかな。でも、一年生を優先してあげないとな)


 そんな思いにひたっている間に、ゆっくりと時間は過ぎていく。

 そうして時計が十一時を過ぎた頃、にわかに聞き覚えのある声が響きわたったのだった。


「ブタ玉にキムチとチーズをトッピング、あとはミックスをひとつ! めぐるスペシャルでお願いしまーす!」


 めぐるはぎょっとして、思わず客席のスペースを覗き込んでしまった。

 客席は、半分ていどが埋まっている。その中から、オレンジ色の頭をした娘さんがぶんぶんと手を振ってきた。


「おー、いたいた! 手が空いてたら、めぐるがウチらの分を作ってねー!」


 町田アンナの隣には栗原理乃が、その向かいには和緒が座している。そういえば、栗原理乃の当番は十一時までという話であったので、それに合わせて合流したのだろう。他のお客やクラスメートたちは、一様にきょとんとしていた。


「さ、三組の町田さんだね。それじゃあ、遠藤さんにお願いできる?」


「あ、はい。わかりました」


 めぐるも内心では驚かされていたが、まあこういう騒ぎは体育の合同授業でもしょっちゅうであったのだ。ただ異なるのは、そこに和緒と栗原理乃まで同席していることであった。


(自分の教室に『KAMERIA』のメンバーが勢ぞろいするっていうのは……やっぱりちょっと、奇妙な気分だなぁ)


 そして、自分が作るお好み焼きをメンバーのみんなに食べてもらうというのは、どこか気恥ずかしい心地である。バンド合宿などでは一緒にキッチンに立つ機会もあったが、めぐるひとりが腕を振るうというのはこれが初めての体験であった。


 しかし、だからといって手心を加える余地はない。トッピングの分量をこっそり増やすことは可能であったが、それで料理の質が高まるとは限らなかったので、真心を込めて生地を焼きあげることに専念した。


「キ、キムチとチーズのブタ玉とミックス、できました」


 めぐるがトレイに二枚の皿を置くと、曖昧に微笑むクラスメートがそれを町田アンナたちのもとに運んでいく。めぐるがこっそり覗いていると、町田アンナが「来た来たー!」とはしゃいだ声を張り上げた。


「おー、めっちゃ美味しそー! せっかくのめぐるの手作りなのに、二人は半分ずつでいいのー?」


「コンビニ弁当を無駄にしないなら、半分が精一杯だよ。まったく、行き当たりばったりの人生に人様を巻き込まないでほしいもんだね」


 和緒は落ち着いた声で語っているが、客席のざわめきの中でもめぐるが聞き逃すことはなかった。

 クラスメートたちはひそひそと囁きを交わしながら、めぐると和緒たちの姿を見比べている様子である。やはり町田アンナばかりでなく和緒や栗原理乃も同席していることで、普段以上の注目を集めているのだろうか。また、『KAMERIA』のことなどまったく知らないお客たちも、和緒たちの容姿に目を奪われている様子であった。


「うん、おいしー! めぐる、これめっちゃおいしーよ!」


 と、町田アンナがまためぐるのほうにぶんぶんと手を振ってくる。

 それでクラスメートたちは、いっそうざわめいたようであったが――めぐるはひそかに心を温かくしながら、そっと手を振り返すことにした。

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― 新着の感想 ―
初々しくて微笑ましいですね。めぐるさんにこういう経験もどんどん増えるといいですね。
最初の注文がブタ玉とエビ玉をふたつなのですが、チーズをトッピングのブタ玉の完成と、同じタイミングでイカ玉を完成させる女子生徒さん。 彼女もかなり調理のうでが良いのでしょう。
密かにクラスメイトをびびらせているめぐるさん……。
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