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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 7-

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304/327

03 前夜

 それから二週間ばかりの日が過ぎ去って――ついに、文化祭の前日がやってきた。

 文化祭は十月の最後の土日に開催され、軽音学部の発表があるのは初日の土曜日である。それで『KAMERIA』の一行は、前日の金曜日から町田家に集合することに相成ったのだった。


「いやー、あーッという間に本番だねー! これこそ、ジャネーの法則ってやつじゃねー?」


「ふむふむ。発言の内容に疲れがにじみ出ているようだね」


「疲れちゃいないさ! 時間が速く感じるってことは、それだけジュージツのヒビを送ってたってことだろうしねー!」


 町田家に向かう道中で、町田アンナはずっとはしゃいでいた。確かにこの二週間、もっとも多忙であったのは彼女であったのだ。けっきょく彼女は中間試験を終えた後、部室に毎日通いながら週二のスタジオ練習もこなしていたのだった。


 さらに、平日のアルバイトが難しかった分、毎週日曜日のアルバイトも皆勤賞であったのだ。週に二回は個人練習に励むしかなかっためぐるよりも、格段に多忙であったはずであった。


 しかしその甲斐あって、新一年生バンドも『さくら事変』も納得のいくクオリティに仕上がったようである。もちろん新一年生バンドにはまだまだのびしろが残されているのであろうが、めぐるが嶋村亨に相談を受けた二週間前からは飛躍的な成長を果たしていたのだった。


「でもこう考えると、やっぱ去年の『イエローマーモセット』ってめっちゃレベル高かったんだねー! さすが、三年生バンドだなー!」


「しかもベースは、あんなバケモノバンドに加入できるぐらいのレベルだったわけだしね。もちろん、元部長と元副部長も大した力量だったんだろうけどさ」


「うんうん! 明日はひさびさに、センパイたちにも会えるしねー! いやー、めっちゃ楽しみだなー!」


 町田アンナがひときわ元気な声を張り上げたところで、町田家に到着した。

 玄関の格子戸を開けると、キッチンに通じるドアから町田エレンが「いらっしゃーい!」と顔を覗かせる。本日も平日であったため、可愛い妹たちが食事の準備に取り組んでくれていたのだ。


「もーすぐごはんの準備ができるからねー! 着替えたら、おねーちゃんも手伝ってー!」


「あいよー! いつもありがとねー!」


 玄関をくぐってものの数秒で、めぐるは町田家の温もりを体感することに相成った。

 その後は客間に荷物を片付けて、部屋着に着替えたのち、食事の間に移動する。もちろん町田アンナひとりに手伝いを押しつけることなく、全員で食器の準備に取り組んだ。


 本日のメインディッシュは、キョフテと呼ばれるトルコ風のミートローフだ。トマトやジャガイモとともに煮込まれたスパイシーなる芳香に、食欲をかきたてられてならなかった。


「明日はついに文化祭だねー! 『KAMERIA』はもちろん、他のみんなのバンドも楽しみだなー!」


 立派なディナーが開始されると、町田エレンが真っ先に声を張り上げた。


「去年もみんな、かっこよかったもんねー! シマ坊くんやすずみんちゃんたちがどんな演奏するのか、楽しみだよー!」


「シマ坊たちもすっかり見違えたから、きっと期待に応えてくれるよー! ウチははしゃぎすぎないように気をつけないとなー!」


 町田家の賑わいに身を置いていると、立派なディナーがいっそう美味しく感じられる。それでめぐるがスパイスのきいたラム肉を頬張っていると、町田ローサが黒く輝く瞳を向けてきた。


「和緒ちゃんは、先輩のバンドを手伝うんですよね? けっきょくめぐるちゃんと理乃ちゃんは、『KAMERIA』だけなんですか?」


「あ、はい。わたしたちは、手伝うバンドもありませんので……」


 するとたちまち、町田アンナもぐいっと会話に入り込んできた。


「いっそのこと、理乃とめぐるでユニットでも組んでみたらよかったのに! ピアノとベースのユニットなんて、面白そうじゃん!」


「や、やっぱり二人は難しいよ。せめて、打楽器がいないと……」


 と、めぐるよりも先に栗原理乃がそう答えた。

 そして何故だか、めぐるのほうをちらちらと見やりながらもじもじとする。


「そ、それで不出来な演奏になっちゃったら……遠藤さんに、愛想を尽かされちゃうかもしれないし……」


「ええ? そ、そんなことはないと思いますけど……」


「栗原さんも、このプレーリードッグの凶暴性を肌で感じてるんだろうね。ま、リィ様だって凶悪さではまったく負けてないけどさ」


「あはは! どいつもこいつも、頼もしいこったねー! とりあえず、理乃とめぐるは『KAMERIA』だけでカンゼンネンショーできるように、頑張ってねー!」


 そんな言葉には、めぐるも素直に「はい」とうなずくことができた。

 めぐるとしては、『KAMERIA』として出演できるだけで何の不満もないのだ。たとえ十五分間という短いステージでも、死力を尽くす所存であった。


「そういえば、クラスの出し物はどんな感じなんです?」


 町田ローサが誰にともなく問いかけると、町田アンナが「えーっとねー」とすぐに反応した。


「今年はウチのクラスがカフェで、めぐるのクラスがお好み焼き屋、理乃と和緒のクラスは……なんだっけ?」


「古典文学の朗読会および研究発表」


「毎年毎年、一組って内容がカタいよねー! やっぱ、優等生クラスだからなのかなー?」


「そんなのは、根も葉もない都市伝説でしょ。あたしがまじってる時点で、クラスの平均点は大幅に下降してるはずだよ」


「またまたー! 和緒は、地頭がいいもんなー! ウチなんてブンフソーオーの学校に入っちゃったから、ついてくのが大変だよー!」


 そんな風に言ってから、町田アンナはくりんっと栗原理乃のほうを振り返った。


「そーいえば、理乃は朗読とかしないの?」


「ええ? わ、私がそんなことするわけないでしょう?」


「だって理乃は読書魔だし、声だってめっちゃきれーじゃん! リィ様の声で朗読したら、めっちゃウケるんじゃない?」


「メ、メロディを辿ろうとしないと、あんな声にはならないよ。それに……私はナラさんみたいな朗読の才能はないから……」


「あれって、朗読の才能なのかなー? 半分がたは怒鳴ったり叫んだりだし、どっちにせよ演奏ありきって感じがしない? それが、めっちゃかっちょいーんだけどさ!」


「うん。演奏がないと、ナラさんの魅力も半減するのかもしれないね。それでもあれは、朗読の才能だと思うよ。歌であれぐらい緩急をつけることができたら、理想的なんだけど……」


 と、栗原理乃はしみじみと息をつく。やはり栗原理乃にとっても、『天体嗜好症』のナラは看過できない存在であるようであった。


「あのお人は、表現力のオバケだもんね。ま、リィ様だってまったく負けてないと思うけどさ」


「そーそー! でも、話してたらナラちゃんの絶叫が恋しくなってきちゃったなー! あとでライブ動画をあさろーっと!」


「あんたがそういうスタンスだから、栗原さんは独占欲やら何やらをかきたてられるんじゃないの?」


「えー? ナラちゃんはかっちょいーけど、一緒にバンドをやりたいとは思わないよー! 理乃はもっと、自信を持ちなって!」


 町田アンナが肩を抱くと、栗原理乃は気恥ずかしそうに微笑む。めぐるがそのさまに胸を温かくしていると、和緒に頭を小突かれた。


「そういえば、テンタイのみなさんはすっかりご無沙汰だね。まあ、縄張りが違うからしかたないけどさ」


「最後に会ったのは、サマスピっていうイベントですか? 明日も来ないんですよね?」


「うん。ミサキさんが、またヴァルプルの練習らしいね。そうでなくても、たった十五分のステージにわざわざ足を運ばないだろうけどさ」


「うんうん! どーせ花ちゃんさんのイベントでは、他のみんなも観にくるんだろうしねー! オーマちゃんとかも、元気にやってるかなー!」


 めぐるを除くメンバーは『天体嗜好症』の面々とも連絡先を交換しているが、『V8チェンソー』や『マンイーター』に比べると交流が少ないらしい。もちろんスマートフォンもパソコンも所有していないめぐるは、実際に顔をあわせない限り交流を深める手立てもなかった。


「たまにはこっちからも、テンタイのライブを観にいきたいよねー! こっちのライブが一段落したら、ちょっと計画を立ててみよっか!」


「それはいいけど、ジェイズのライブが終わったらすぐに修学旅行だし、その後は地獄の試験期間だよ」


「そうだったー! なーんか、あーッという間に今年も終わっちゃいそうだなー!」


 すると、町田ローサがくすりと笑った。


「そういえば、修学旅行なんてのもあったんだね。お姉はバンドの話しかしないから、すっかり忘れてたよ」


「んー、修学旅行も楽しみだけど、ライブのほうがもっと楽しみだからなー!」


 そんな風に言ってから、町田アンナは笑顔で『KAMERIA』のメンバーを見回した。


「でも、このメンバーなら修学旅行も楽しみだよねー! 自由時間は、あちこち一緒に巡ろーね!」


「え、でも……自由時間も、クラスの班行動なんじゃないですか?」


 めぐるがおずおず答えると、町田アンナはけらけら笑った。


「班行動なんて、名前だけっしょ! ウチは中学の修学旅行だって、別のクラスのツレとツルんでたよー? 理乃と二人でぬけだしたときもあったしねー!」


「う、うん。今回も、一緒にいてくれるの?」


 栗原理乃が先刻よりももじもじすると、町田アンナは笑いながらその華奢な肩を小突いた。


「そんな心配しなくったって、今年は和緒と同じクラスっしょ? まずは和緒と同じ班になれば、何があってもぼっちは避けられるじゃん!」


「うん、でも……磯脇さんに面倒を見てもらうのは申し訳ないし……遠藤さんには、もっと申し訳ないから……」


「なるほど。あたしがずっと栗原さんにかかりきりだったら、この強欲なるプレーリードッグがついに本性を剥き出しにするのであろうか?」


「あ、ううん……わたしは、ひとりでも大丈夫だから……」


 めぐるが反射的に小さくなると、和緒はこらえかねたように苦笑をこぼした。


「修学旅行の話題になると、あんたは反応が過敏になるよね。さては、三年前のトラウマかな?」


「あー、和緒が同じ班になったのに、熱を出して欠席しちゃったって話? 和緒もさぞかしガッカリだったんだろうねー!」


「あたしは気楽な一人旅を満喫できたよ。そのあいだ熱でうなってたプレーリードッグは、ご愁傷様だけどね」


「うんうん! めぐるも、今年は気をつけてねー? 四人で一緒に、修学旅行も楽しもー!」


 町田アンナのそんな言葉で、ひとまずその話題は収束することになった。

 しかしめぐるは、ひとりで落ち着かない心地である。かつて和緒に大変な迷惑をかけてしまった罪悪感と、これからやってくる修学旅行に対する不安や期待が入り混じって、めぐるの心を揺さぶるのである。


(みんなにお世話はかけたくないけど……でも、四人でいられたら、楽しいに決まってるよなぁ)


 口で何と言おうとも、めぐるはそんな期待をかきたてられてしまうのである。

 しかし、もしも学校の取り決めが厳しくて、『KAMERIA』のメンバーとともに過ごすことがかなわなくても、めぐるが悲嘆に暮れることはないだろう。めぐるはこんなにも幸福な日常を送っているのだから、三泊四日の修学旅行に何ひとつ楽しいことがなかったとしても、問題なく乗り越えられるはずであった。


(これ以上の幸せを望むだなんて、それこそ強欲だよ)


 そんな思いを込めて、めぐるは和緒に微笑みかける。

 そしてめぐるは、優しい目つきをした和緒に頭を小突かれて――文化祭の前夜は、賑やかに流れすぎていったのだった。

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