-Track2- 01 吐露
2025.9/9
今回の更新は全8話です。隔日で更新していきます。
『ジェイズランド』の周年イベントをやりとげた後も、日々はつつがなく流れ過ぎていった。
周年イベントの翌週からは試験期間であり、それは十月の第一週まで継続される。部室が使えないその期間、めぐるはこれまで通りに個人練習と物流センターのアルバイトで無聊を慰めることになった。
そうして十月の第一火曜日にすべての試験が終了したならば、文化祭に向けた練習の開始となる。その日は試験の打ち上げとして恒例のスタジオ練習が敢行されたが、以降は文化祭が終了するまで部室を使えるのも週二回というスケジュールであった。
その期間、和緒は『さくら事変』、町田アンナは新一年生バンドのサポートである。そちらも週に二回ずつ部室を使用するため、『KAMERIA』の練習時間が大きく制限されるわけであった。
しかしまた、『KAMERIA』は十一月に二本のライブが決定されている。とりわけ
鞠山花子主催のイベントは文化祭の二週間後であったので、十月中にもしっかり練習を積んでおく必要があり――それで、最低でも週に二回はスタジオ練習に入ろうという話に落ち着いたのだった。
スタジオのレンタル料は、平日の二時間で五千円強となる。四人で割れば千円強だが週に二回で三週続ければ六倍の額であるし、さらに交通費も往復で六百六十円ずつが加算される。トータルすれば一万円前後で、高校生にとっては痛い出費と言えるだろう。
しかし幸いなことに、メンバー内で不満の声があがることはなかった。『ヴァルプルギスの夜★DS3』や『バナナ・トリップ』をお相手するには、あるていどの練習時間を確保する必要があるという共通認識を抱くことがかなったのだ。
「でも、かずちゃんと町田さんは掛け持ちなんだから、体力的にも大変だよね。……バンドのために、無理をさせちゃってない?」
「ほうほう。もしも無理をしていたら、どんなご褒美を準備してくれるのかな?」
「えっと、それは……ごはんや甘いものを奢るとか……」
「大事な大事なマイフレンドの苦労を、金で解決しようってのかい。なんて業の深い齧歯類だろうね」
そうして和緒はめぐるの頭を小突くだけで許してくれたし、町田アンナなどは率先して苦労をかぶっていた。彼女は新一年生バンドをサポートするばかりでなく、『さくら事変』を手伝うことになった嶋村亨に対しても手厚く指導していたのだった。
「和緒のおかげで、シマ坊もだいぶ合奏が手馴れてきたみたいだけどさ! まだまだのびしろだらけだから、ガンガン鍛えてあげないとねー!」
そう言って、町田アンナは『さくら事変』の練習にもつきあって、けっきょく週六のペースで部室に通っていたのである。
いっぽうめぐると栗原理乃はスタジオ練習を入れた日にのみ、部室の片隅にお邪魔した。いったん家に戻るのは時間と労力の無駄としか思えなかったので、その場で和緒や町田アンナを待つことに決めたのだ。新一年生バンドが練習する日取りでは和緒もそれにならい、ともに見学をしたり指導をしたり個人練習に励むことに相成った。
それらの変則的な日々は、めぐるにとってずいぶん新鮮に感じられた。
他のバンドが練習している部室の片隅で個人練習に取り組むというのがまず初めての試みであったし、日によってメンバーの顔ぶれや役割が入れ替わるのも新鮮でならなかったのだ。
そんな日々を経ることで、めぐるはようやく自分が軽音学部の一員であるということがはっきり自覚できたようである。
一年以上も過ぎてからそのように考えるのは遅きに失しているのであろうが、何せ最初の一年はひたすら自分たちの練習に明け暮れていたので自覚を育む機会も乏しかったのだ。めぐるたちは上級生から指導を受けていなかったため、自分が指導役を担うことでようやく部活動らしさを実感することになったのだろうと思われた。
『さくら事変』の練習日には和緒の常ならぬプレイに胸を高鳴らせつつ、その後のスタジオ練習にいっそうの意欲をかきたてられることになる。
新一年生バンドの練習日では個人練習よりも指導を優先して、いっそう真剣に見学することになった。
しかしまた、ここ最近は野中すずみに助言を送る機会もそうそう訪れない。課題曲のベースが比較的シンプルなフレーズであったためか、野中すずみも過不足なく合奏できているように見えるのだ。
それにやっぱり町田アンナも言っていた通り、和緒の助言が功を奏したのだろう。北中莉子が合奏においてもクリックを聞くようになってから、格段に安定感が増したのだ。
北中莉子はクリックの正確なテンポに集中して、他のメンバーはそんな北中莉子が叩き出すリズムに集中する。そうすることによって、演奏の一体感が目に見えて向上したのだった。
「やっぱりドラムがベースの顔色をうかがってると、安定するものも安定しないんだろうね。『KAMERIA』は、あたしの傲慢きわまりない性格に救われてるってこった」
「うん。リズムの要は、かずちゃんだからね。わたしは最初から、かずちゃんに頼りきりだよ」
それはめぐるの本心であったが、もちろん和緒には頭を小突き回されることに相成った。
ともあれ、新一年生バンドも文化祭に向けて順調に仕上がりつつある。
『さくら事変』も、昨年とはまた異なる魅力を打ち出せるのではないかという期待をかけることができた。
『KAMERIA』の練習も問題なく進められているので、めぐるとしては申し分のない日々であったのだが――そんなある日、めぐるは思わぬ事態に見舞われることに相成ったのだった。
◇
その日、めぐるは単身で部室に向かうことになった。
本日は新一年生バンドの練習日で、その後には『KAMERIA』のスタジオ練習が控えている。文化祭のクラスの準備は週に二回参加することで容赦してもらえたので、こういう日にもめぐるはすぐさま部室に向かうことがかなった。
そうして部室に出向いてみると、嶋村亨がひとりでギターの練習に打ち込んでいる。
めぐるが入室すると、嶋村亨は練習の手を止めてのんびり声を投げかけてきた。
「どうも、お疲れ様ですぅ。他の先輩たちは、ご一緒じゃなかったんですかぁ?」
「あ、はい。みんなクラスの出し物の準備があるみたいで、町田さんも十五分ぐらい遅れるそうです」
「そうですかぁ。野中さんと北中さんも、少し遅れるみたいですねぇ」
嶋村亨はメタリックブルーのギターをスタンドに立て掛けると、めぐるのもとにひょこひょこと近づいてきた。
彼はひょろひょろに痩せ細っているが、百八十センチはあろうかという長身で、めぐるとは頭ひとつぶん以上の差がある。そして彼はそれを実感させるぐらいの距離にまで、めぐるに接近してきた。
「実は前々から、遠藤先輩にご相談したいことがあったんですよぉ。ちょうどいい機会なんで、聞いていただけますかぁ?」
「は、はい。ギターのことは、ほとんどわかりませんけど……どういうご相談でしょうか?」
「バンドの合奏についてですぅ。どうやったら、合奏って上達するんですかねぇ?」
予想以上に真正面からの質問で、めぐるは逆に面食らってしまった。
「それはその……他のみんなも言っていた通り、回数を重ねるしかないんじゃないですか? あとは、他のパートの音をよく聴いて……」
「僕は僕なりに、しっかり周りの音を聴いてるつもりなんですよねぇ。でも、周りの音を聴いてから手を動かしていたら、自分がモタることになるでしょう? だからやっぱり周りの音を聴くっていうよりも、周りのリズムに乗るっていうのが重要なんですよねぇ?」
めぐるの言葉をさえぎって、嶋村亨はそう言った。
そののんびりとした口調に変わりはなかったが、彼がそんな性急さを見せるのは常にないことである。そして、めぐるとの距離の近さが、彼の焦燥をあらわしているのかもしれなかった。
「た、たしか町田さんも、そんな風に言ってましたよね。わたしも、その通りだと思います」
「はい。でもその感覚が、よくわからないんですよぉ。磯脇先輩のドラムはすごく合奏しやすいですけど、たぶんそれはテンポやリズムが正確だからだと思うんですよねぇ。僕はその正確さに救われてるだけで、まだまだリズムに乗れていないように思うんですよぉ」
「そ、そうですか? 日を重ねるごとに、バンドの一体感は増していると思いますけど……」
「それはたぶん、他のみなさんのおかげですよぉ。僕はただ、正確なテンポで音を合わせているだけでしょうからねぇ」
「ど、どうしてそんな風に思うんですか?」
めぐるの言葉に、嶋村亨は押し黙った。
これもまた、常の彼にはない挙動である。その末に、彼はのんびり発言した。
「それは、合奏が楽しいと思えないからですねぇ。僕、バンドで合奏しているときよりも、音源に合わせて弾いているほうが楽しいぐらいなんですよぉ」
それはあまりに、意想外な言葉であった。
そうしてめぐるが驚いている間に、嶋村亨はのんびり言葉を重ねていく。
「でも、遠藤先輩はすごく楽しそうじゃないですかぁ? だから、どうやったら合奏を楽しめるのか、教えていただきたいんですぅ」
「そ、それは……誰だって、合奏を楽しんでいると思うのですけれど……」
「でも、一番楽しそうに見えるのは、遠藤先輩なんですよぉ。町田先輩もすごく楽しそうですけど、遠藤先輩はそれ以上なんですよねぇ。だから前々から、ずっと遠藤先輩にご相談したかったんですぅ」
彼はきっと、すべて本心で語っているのだろう。お地蔵様のように柔和な表情にものんびりとした口調にも一切変化は見られなかったが、めぐるがその事実を見誤ることはなかった。
彼はいつでも落ち着いているし、同学年の野中すずみや北中莉子がそれぞれ直情的な気性であるために、いっそう大人びた印象を受けていた。しかしその内側に、そんな苦悩や焦燥を隠し持っていたのだ。それを理解しためぐるは、常にないほど頭を悩ませることになったのだった。
「え、ええと、ちょっと待ってくださいね。これはずいぶん前に、かずちゃんから聞いた話なんですけど……音源に合わせると気持ちよく演奏できるっていうのは……その音源のプレイヤーの演奏力のおかげだって……そんな説があるみたいです」
めぐるがそんな言葉を絞り出すと、嶋村亨は同じ面持ちのままさらに身を乗り出してきた。
「音源はプロの演奏なんですから、レベルが高いのが当然ですよねぇ。……そっかぁ。僕はけっきょくその演奏力に助けられてただけで、ただの未熟者なんですねぇ」
「あ、いえ、そういう話ではなくって……どんなにレベルが高くても、それは人間の演奏ですから……嶋村くんも、合奏を楽しむ感覚をきちんと持っているんじゃないかって……思ったんですけど……」
嶋村亨はめぐるの言葉を理解しかねた様子で、細長い首を傾げた。
「でも、音源っていうのは録音された完成品なんですから、生演奏の合奏とは別物ですよねぇ?」
「そ、それはそうなんですけど……他のプレイヤーのノリやグルーブに感化されて楽しい気分になるっていう意味では、同じことでしょうから……わたしはコピーバンドの経験がありませんけど、『SanZenon』の曲はさんざん音源に合わせて練習してきましたので……」
自分の偏った経験がどこまで参考になるだろうかと危ぶみながら、めぐるはそのように言いつのった。
「わ、わたしたちは『SanZenon』の曲をカバーしています。そのきっかけになったのは……全員で音源に合わせてプレイしたことなんですよね」
「全員で? どうしてそんな状況になったんですかぁ?」
「は、はい。最初はわたしが、ひとりで音源に合わせていたんですけど……途中から、他のみんなも加わってきて……あ、それは部室とかスタジオとかの話ではなくて、町田さんのお宅だったんです。わたしがどれぐらい『SanZenon』の曲を弾けるのか聴いてみたいって言われたので、わたしがひとりで演奏することになって……そうしたら、町田さんたちもひとりずつ参加してくれたんです」
めぐるのベースは生音で、バケツをヘッドにあてがうことでわずかばかりに音量を増幅させていた。今でも宿泊のたびに披露している、生音による演奏会の一幕である。あれはもう、一年以上も前の出来事であるはずであった。
「さ、最初の頃は、わたしも音源に合わせたほうが納得のいくプレイをできたように思います。生演奏だと、どうしても不安定な部分がありますから……でもすぐに、『KAMERIA』のみんなと合奏するほうが楽しいと思えるようになりました」
「それは、『KAMERIA』のみなさんがお上手だったからですかねぇ?」
「も、もちろんそれもあるんだと思います。他のみんなは原曲と違うアレンジでしたから、それもすごく刺激的で……でも、カバーじゃなくコピーだと、原曲の再現を重視する面が強いでしょうから……音源の演奏力の高さっていうものが、より魅力的に思えちゃうのかもしれませんね」
「……そうですかぁ」と、嶋村亨は溜息をついた。
「でも、僕たちは初心者の集まりですからねぇ。原曲と違うアレンジを目指す時間なんてありませんし……どうしようもないのかもしれませんねぇ」
「そ、そんなことはないと思います。野中さんにも北中さんにも、彼女たちならではの魅力があるはずですから……そこにもっと注意を向ければ、合奏を楽しいと思えるようになるんじゃないですか?」
嶋村亨は、また細長い首を傾げた。
「野中さんと北中さんの魅力って、なんでしょう? 楽器を始めて数ヶ月で、独自の魅力なんて身につくものなんですかぁ?」
「え? 嶋村くんは、あの二人の演奏に魅力を感じていないんですか?」
「はあ……町田先輩や磯脇先輩はさすがだなぁって思いますし、部長と副部長もお上手だと思いますけど……あ、まわりのみなさんがお上手だから、余計に初心者のお二人の魅力がわからないのかもしれませんねぇ」
今度は、めぐるが首を傾げる番であった。
「あの……それじゃあ嶋村くんは、演奏力の高さにしか魅力を感じないんですか?」
「はあ。そんなつもりはないですけど……まずは最低ラインの演奏力がないと、独自の魅力なんて生まれないんじゃないですかぁ?」
「で、でも、演奏力の高さにゴールなんてありませんから――」
そんな風に言いかけためぐるの脳裏に、暴虐な音の嵐が渦巻いた。
これまでの人生でまだ二回しか耳にしていない、『リトル・ミス・プリッシー』の演奏である。
あれは――あの綺麗に閉ざされた円環のごとき調和は――もしかしたら、合奏のゴール地点なのだろうか?
そんな風に考えると、めぐるの内には暴虐な音色を吹き飛ばす勢いで激情が渦巻いた。
「……演奏力の高さに、ゴールなんてないと思います。たとえゴールがあったとしても、わたしはそんなものを目指したいとは思いません」
ずっと身を乗り出していた嶋村亨が、後ずさった。
「遠藤先輩……何か、怒ってるんですかぁ?」
「……怒っていません。ちょっと動揺していますけど、嶋村くんのせいではないので気にしないでください」
めぐるは騒ぐ心臓の上に手を置いて、懸命に言葉を重ねた。
「わたしは、野中さんと北中さんのプレイに魅力を感じています。野中さんはピック弾きならではのニュアンスを出せていると思いますし、ムスタングの音も魅力的です。北中さんは、力強い音が魅力的だと思います。少なくとも、スマートフォンのスピーカーで聴く音源のサウンドよりも、わたしは二人の生演奏のほうが心をひかれます。音源に合わせて弾くほうが楽しいだなんて、わたしにはまったく理解できません」
「は、はい……」
「演奏って、耳だけで感じるものではないでしょう? ベースやドラムの生演奏を肌で感じたら、それだけで気持ちよくありませんか? 生演奏だとミスもあるでしょうけど、それを楽しく感じるときはありませんか? そのミスが減っていったら、嬉しくなりませんか? わたしは毎日少しずつ成長できていると実感できることが、すごく楽しいです。自分だけじゃなく、バンド全体で成長できることが、すごく嬉しいんです。なんの変化もない音源の演奏に合わせて練習していたって、この喜びは感じられません。だからわたしは、合奏することが大好きですし……ずっとずっと合奏していたいぐらいなんです」
「え、遠藤先輩……どうか、落ち着いてくださいよぉ」
嶋村亨は困ったように微笑みながら、右手を差し出してきた。
その細長い指先が携えているのは、ポケットティッシュである。気づくとめぐるは、滂沱たる涙で頬を濡らしていたのだった。
「……ごめんなさい。本当に、嶋村くんのせいではないんです」
めぐるの頭には、激情の渦で弾ききれなかった二種の轟音が遠雷のようにうっすらと響いていた。
その片方は、『リトル・ミス・プリッシー』の演奏で――もう片方は、『SanZenon』の演奏である。
『SanZenon』のメンバーは、もう合奏することも成長することもできない。音源とライブ映像に残された演奏が、彼女たちのゴール地点であるのだ。
『KAMERIA』は今でも『線路の脇の小さな花』と『凝結』を合奏し、日々成長を果たしているというのに――あの素晴らしい楽曲を作りあげた彼女たちは、もう一歩として進むことがかなわないのである。その無念さと、『SanZenon』をも超越した調和を見せる『リトル・ミス・プリッシー』のサウンドが混在しながら吹き荒れて、めぐるの情緒をかき乱しているのだった。
「……でも、野中さんたちとの合奏が楽しくないっていう嶋村くんの発言は、悲しいです。それも多少は、影響しているのかもしれません」
「……すみません。僕は自分の未熟さに落ち込んでいるつもりなんですけど……無意識の内に、その責任を周囲に押しつけていたのかもしれませんねぇ」
ポケットティッシュを差し出したまま、嶋村亨は弱々しく息をついた。
「僕が合奏を楽しめないのは、まだ合奏の楽しさを理解できていないせいなのかもしれません。とにかく僕は、ミスをしないことが一番重要だっていう考えですから……ミスの多い野中さんたちのプレイに、重きを置くことができなくて……あっちが僕に合わせるべきだって……そんな傲慢な態度になっていたのかもしれません」
「……それじゃあ、『さくら事変』のほうはどうなんですか?」
「はい。あちらはみんなお上手なので、それで余計に野中さんたちの未熟さが気になるようになったんじゃないかと……あの、怒らないでくださいねぇ?」
「怒ってはいません。でも、悲しいです。わたしはどちらのバンドにも、それぞれ魅力を感じています」
そしてめぐるは情動のおもむくままに、真情を吐露した。
「でも、嶋村くんの演奏は『さくら事変』のほうが魅力的だと思っていました。それはきっと、嶋村くん自身が一年生バンドを楽しいと思っていなかったからなんですね。北中さんがクリックを使い始めるまでは、嶋村くんがいないほうが魅力的なんじゃないかって思えるぐらいでした」
「……やっぱり、怒ってるんですかぁ?」
「怒っていません。もともとわたしは、こういう傲慢な人間なんです。だからなるべく、口をつつしんでいるんです」
「そうですかぁ……でも、ぼくのほうこそ傲慢ですから、今のご指摘はぶっすり刺さりましたよぉ」
そのように語りながら、嶋村亨はやはりのほほんとした面持ちである。
ただそのお地蔵様のように細い目からは、何かしらの感情がこぼれているように感じられた。
「あーっ! シマ坊が、めぐるを泣かせてるー!」
と――いきなり部室のドアが開かれて、そんな言葉が響きわたった。
声の主は、もちろん町田アンナである。しかしその左右と背後には、和緒と栗原理乃と野中すずみと北中莉子も勢ぞろいしていた。
和緒はいっさいの内心をうかがわせない、完璧なまでのポーカーフェイスである。
町田アンナは、子供のような驚きの表情だ。
栗原理乃も無表情だが、どこか怨霊に憑依されたビスクドールのごとき冷たい殺気を放っているように感じられる。
野中すずみは顔を真っ赤にして、憤激の形相だ。
北中莉子は、うろんげに眉をひそめていた。
かくして、次の瞬間には部室内に大変な騒ぎが巻き起こり――めぐると嶋村亨は、しばらく釈明に四苦八苦することに相成ったのだった。




