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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 5-

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09 入場

「……それで、可愛い新入部員たちのほうはどうなのかなぁ?」


 車内の賑やかさが一段落すると、浅川亜季があらためてそのように問いかけてきた。それに真っ先に答えるのは、やはり町田アンナの役割である。


「ウチは、それなりに楽しーよ! あの日には連れていかなかったけど、シマ坊っていう面白いやつがいてさー! クラシックギターとアコギの経験があるから、めっちゃ上手なの!」


「へえ。アコギはともかく、クラシックギターってのは珍しいねぇ。いわゆる、ガットギターってやつでしょ?」


「うん! 実はウチも、よくわかってなかったんだけどさ! シマ坊の親父さんは、趣味でボサノバとかフラメンコとか弾いてたんだってー! で、シマ坊もちっちゃい頃からそいつをいじってて、中学生になってからアコギを買ってもらったんだってよー!」


「そいつは立派なキャリアだねぇ。運指とかは、かなりレベル高いんじゃない?」


「うん! コード弾きも単音も、ウチより上手なぐらいだよー! ただ、エレキをエレキっぽく弾くのが難しいですーとか言ってたねー! シマ坊のプレイってめっちゃ音がきれーな代わりに、ワイルドさが足りないみたいなんだよねー!」


「なるほどぉ。ワイルドの権化たるアンナっちだったら、いい先生になれそうだねぇ」


「あはは! ま、シマ坊は素直でかわいーやつだから、ウチにできる範囲で頑張ろうと思うよー!」


「じゃ、あの日に来てたお二人さんはぁ? すずみっちがベースで、莉子っちがドラムだったっけぇ?」


「ドラム希望の北中さんは、まあそれなりにいい感じですよ。それほど熱意は感じませんけど真面目そうだから、いつかあたしのなけなしの牙城を揺るがすんじゃないですかね」


「あはは。和緒っちみたいなドラマーがそうポンポン出てくるとは思えないけどねぇ」


 そこで会話が途切れると、めぐるの頭が小突かれた。


「どう考えても、次はあんたのターンでしょうよ。ちょっとは波に乗ってくださいな」


「う、うん……でも特に、語ることはないっていうか……」


「ふうん? あの子はめぐるっちに追いつけ追い越せで、頑張ってるんじゃないのぉ?」


「そ、そうですね。熱意は感じられるのですけれど……わたしなんて、後輩を指導できるような人間じゃありませんし……」


 そうしてめぐるが溜息をつくと、しばらく黙っていたフユが「ふん」と鼻を鳴らした。


「そいつはあんたに憧れて、ベースを始めたんだって? まったく、酔狂なやつもいたもんだね」


「またまたぁ。フユだって、めぐるっちに夢中なくせにぃ」


「…………」


「あー、運転中に手を出さないのは立派だけどさぁ。フユが黙り込むとおっかないから、なんかリアクションしてもらえないかなぁ?」


「だったら、ふざけたことばかり抜かすんじゃないよ!」


 フユはたちまち怒声を張り上げたが、比較的すみやかに沈静した。


「そりゃあそいつのプレイは派手だから、目をひかれる人間は山ほどいるだろうさ。でも、初心者が手本にするにはあまりに無謀だろうって話だよ」


「うーん? でも、めぐるだって『SanZenon』に憧れたわけだからねー! だったら、同じようなもんじゃない?」


「憧れるのは勝手だけど、普通は恐れ入って真似する気にもなれないでしょうよ。まあ、そいつは執念でくらいついてるけどさ」


「おー、めぐるっちへの愛があふれかえってるねぇ。会えない二ヶ月がいっそう愛を育んだんだなぁ」


「…………」


「だから、黙り込まないでってばぁ」


 そのタイミングで高速ジャンクションの切り替えポイントとなり一時停車したため、浅川亜季は無事に頭を引っぱたかれることになった。


「あいててて……で? けっきょくすずみっちも、めきめき上達してるのかなぁ?」


「い、いえ。ベースにさわれるのは部活の時間だけですし、今週は二回だけだったので……わたしには、成長の度合いもよくわかりません」


「そっかぁ。ベースの購入に関しては、どうなったのぉ?」


「あ、ちょうど今日、お茶の水に行ったみたいです。理想のベースを探すんだって、はりきっていましたけれど……」


 そこでめぐるがまた溜息をつくと、浅川亜季は咽喉で笑った。


「めぐるっちは、何だかへたばってるみたいだねぇ。やっぱ、あそこまで熱烈に憧れられちゃうのは、ありがた迷惑なのかなぁ?」


「い、いえ。きっとそのうち、野中さんも熱が冷めると思いますけど……後輩に指導するっていうのが、すごく難しくて……」


「だってよぉ? ここはフユがはりきる場面なんじゃないのぉ?」


「あたしの知ったこっちゃないよ。そんなもんは、けっきょく本人の頑張り次第でしょ」


 フユは素っ気なく、そのように言い捨てた。


「あんたも変に気張らないで、適当にやりすごしな。どんなレッスンを受けたって、成長するかどうかは本人の資質しだいなんだからさ」


「普通は人様に演奏の指導する機会なんてないもんねぇ。やっぱ軽音学部って、特殊な空間だなぁ」


 そんな風に言いながら、浅川亜季はシートの隙間から笑った横顔を覗かせた。


「まあ、めぐるっちは見るからに感覚派だから、あれこれ頭を悩ませなくていいんじゃない? 立派な先輩として、背中で語ってあげればいいのさぁ」


 めぐるには、「はあ……」と溜息まじりの返事をすることしかできなかった。

 浅川亜季はくすりと笑ってから、横顔を引っ込める。


「さて。いい時間になってきたみたいだけど、そろそろ到着かなぁ?」


「渋滞もないし、あと十分ていどだろうね。近くのパーキングが空いてりゃいいけど」


「おー、いつの間にか、そんな時間かー! ミサキちゃんのライブ、楽しみだねー!」


 と、町田アンナがひさびさに元気な声を張り上げる。


「せっかくだから、ウチはライブ動画とか観ないで来たんだー! 例によって和緒だけはチェックしたみたいだけど、めっちゃアングラなバンドなんでしょー?」


「うん。ハルがヘルプじゃなかったら、そうそう観にいこうとは思わないかなぁ。でも、観たら観たで刺激になりそうだよねぇ。フユなんかは、わりかし嫌いじゃないんじゃない?」


「ふん。ちょうど際どいボーダーラインだね。とりあえず、ドラムが打ち込みだったらライブを観たいとは思えないかな」


 ミサキのバンドは結成してすぐにドラムが脱退してしまい、その後はリズムマシーンを使ってライブ活動を継続しつつ、時おりこうしてヘルプのメンバーを迎えているのだという話であった。


「ハルちゃんって、ほんとに色んなバンドで叩いてるんだねー! ウチらも文化祭で先輩バンドを手伝うかもだから、見習わないとなー!」


「ハルさんを見習うなんて、恐れ多いばかりだね。正直あたしはあのバンドでハルさんがどんなプレイを見せてくれるのか、想像つかないよ」


「あははぁ。ハルはいい意味でぶきっちょだから、どんなに毛色の違うバンドでも自分の持ち味を遠慮なくぶちかませるみたいだよぉ」


 そうして賑やかに語らっている間に、ワゴン車は長々と駆け抜けた高速道路を脱出した。

 今回も、めぐるにとってはまったく土地勘のない場所である。まあ、めぐるは自分が生まれ育った仙台の知識しかないのだから、それが当然だ。この柏市というのは、東京にも埼玉にも茨城にも近い、千葉県の北西部に位置するのだという話であった。


 窓の外の風景は、それなりに都会的である。まあそれも、住宅区域ではなく商業区域であるからそのように感じるだけなのだろうか。インドアをもって任じるめぐるは、地方都市の賑わいに違いを見て取る鑑識眼を持ち合わせていなかった。


 やがてパーキングにワゴン車をとめたならば、その街並みに徒歩で踏み込む。時刻はすでに午後の七時近くであったため、四月中旬の空はずいぶん暗くなっていた。


『KAMERIA』の四名は制服姿で、町田アンナだけがブラウスの上にジャージを羽織っている。浅川亜季はスカジャンにダメージデニム、フユはエスニックなロングカーディガンに黒いスキニーパンツという格好だ。スパイラルヘアーを首の横でゆったりと結んだフユは、すらりとした長身と相まっていつも通りの格好よさであった。


 浅川亜季とフユはライブハウスの場所を承知しているようで、迷うことなく歩を進めていく。『KAMERIA』の一行がそれを追いかけていくと、やがて小ぶりなビルに到着した。


 はたしてビルという名称が正しいのか、三階建ての四角い建物だ。一見ではどのような施設であるのかも見当はつけられなかったが、その入り口の周辺にはいかにもライブハウスのお客らしい風体をした男女がたむろしていた。


「やっぱりバンドのジャンルが、客層にも影響を与えてるみたいだね」


 と、和緒がこっそりそんな言葉を囁きかけてくる。

 ただし、その場に集っている人々に統一感はなかった。その中で、けばけばしい格好をした人々のことを指しているのだろうか。

 もう宵闇が降りているのにフリルだらけの日傘をさした黒ずくめの娘さんだとか、派手なワンピースに色とりどりのぬいぐるみを縫いつけた娘さんだとか、黒いアイシャドウに黒い口紅を塗って両腕にタトゥーを入れた男とも女ともつかない若者だとか――そういった人々がどういう音楽を好んでいるのか、めぐるにはさっぱり見当もつかなかった。


 ただし、それらと同じぐらいの割合で、年配の人々も見受けられる。そちらは奇抜な格好をしておらず、せいぜい上着の下にロックテイストのTシャツを覗かせているぐらいだ。


 それらの人々の姿を見回した浅川亜季は、「なるほどねぇ」とつぶやきながらめぐるたちのほうに顔を寄せてきた。


「ミサキっちのバンドはアングラ色とプログレ色が強いから、客層も二分されるみたいだねぇ。プログレってのは、全盛期を知ってる中高年の方々に人気みたいだからさぁ」


「はあ……わたしはアングラもプログレも、いまひとつ意味がわかっていないのですけれど……」


「それはこれから体感できるよぉ。まあ、偏ったイメージを植えつけられる可能性も大だけどねぇ」


 かくして、一行はその建物に乗り込むことになった。

 入り口には、『柏プルアウト』というネオンの看板が掲げられている。ミサキたちのバンドはこちらのライブハウスのレギュラーバンドを務めつつ、時おり都内にも進出しているのだという話であった。


 扉をくぐってすぐのところに受付のカウンターがあり、わりあい広々としたロビーのような空間の向こう側に下りの階段が見えている。こちらのライブハウスも、やはり地下であるようだ。どの場所においても、やはり地下のほうが防音に都合がいいのだろうと思われた。


「どうもぉ。浅川の名前でチケットの取り置きをお願いしてましたぁ。バンドは、『天体嗜好症』でぇす」


 浅川亜季がそのように告げると、六枚のチケットが取り出されて、その場で半券を切られた。お代は一枚二千円であり、ドリンク代は六百円だ。受付のスタッフには手間であろうが、ひとりずつ順番に料金を支払わせていただいた。


 しかるのちに、階段を下って客席ホールを目指す。

 防音扉の向こうにはまばらにお客が散っており、これまでの演奏でかもしだされた熱気がほんのり漂っていた。


「ちょうど転換の最中かぁ。けっこうぎりぎりだったみたいだねぇ」


「ミサキちゃんたちの出番は、七時過ぎからだったもんねー! いやー、お初のライブハウスはテンション上がっちゃうなー!」


 浅川亜季と町田アンナは、楽しげに言葉を交わしている。いっぽうフユは後ろ側の壁に寄りかかり、腕を組んで、静観の構えであった。


 客席の規模は、『稲見ジェイズランド』や『千葉パルヴァン』よりもひと回り大きいようだ。黒い幕に隠されたステージはやや低めに設定されており、腰の高さまである柵で客席と区切られていた。


「ぎゅうぎゅうに詰めれば、二百五十人ぐらいは入りそうだね。でも、今の客入りは……じわじわ増えてきてるけど、ざっと三、四十人ってところか」


 そんなつぶやきをもらしたのは、和緒である。なまじ客席が広いために、人影の少なさが気になってしまうのだろう。さきほど建物の外で見かけた人々も続々と入場してきたようだが、それでもやっぱり空いたスペースのほうが目立っていた。


「SNSなんかを拝見したところ、ミサキさんのバンドはかなりコアな人気を集めてる印象だったんだけどね。コアな分、少数精鋭ってことなのかな」


 和緒がそのように言いつのると、背後のフユが「ふん」と鼻を鳴らした。


「今日はジャンルもバラバラだから、それぞれ目当てのバンドの時間にしか客席に下りないのかもね。正直、私も他のバンドには興味をそそられないよ」


「なるほど。やっぱりジャンルってのは重要なんですね」


「特にこのバンドは、クセの塊だろうしね。ハマるやつはハマるし、趣味に合わないやつはノイズにしか聴こえないんじゃない?」


「それじゃあフユさんも、それなりの興味を持って駆けつけたわけですね。あたしたちのつきあいだけじゃなかったんなら、良心の呵責が軽微で済みそうです」


「つきあいでライブ観戦なんて、時間の無駄でしょうよ。だったら家でベースを弾いてるほうがマシさ」


「ふむふむ。そういう部分は、プレーリードッグと共通しておりますですね」


「うるさいよ」と、フユは和緒をにらみつける。客席はずいぶん薄暗かったので、顔色までは確認できなかった。


 そのとき、金属的な重低音が鳴り響いて、めぐるの胸を震わせた。

 これはまぎれもなく、ミサキのベースの音だ。それに続いて、太くて力強いスネアの音が響きわたった。


「ああ、ハルさんの音は一発でわかるなぁ。やっぱあんたも、ベースの音で判別できるのかな?」


「うん。ミサキさんの音は、すごく特徴があるからね」


 ギャリギャリとした尖った重低音が、空気を震わせている。ベース単体で聴いていると、めぐるの好みにはあまり合致しないのだが――これが他の楽器と合わさると、魅力が倍増するのだった。


(まあ、今日は違うバンドだけど……ミサキさんにとっては、これがメインのバンドなんだもんね)


 なおかつ鞠山花子は、この『天体嗜好症』なるバンドのサウンドを聴いた上で、ミサキを『ヴァルプルギスの夜★DS3』にスカウトしたはずであるのだ。であれば、こちらのバンドでもミサキの魅力は如何なく発揮されているはずであった。


 そうしてめぐるの心は、未知なるバンドに対する期待感によってじわじわと熱を帯びていき――そんな中、SEと思しき奇怪な音色が流れ始めたのだった。

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