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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 5-

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03 熱情

「僕は、一年二組の嶋村亨しまむら とおるですぅ。バンド活動に興味があって、お話をうかがいに来ましたぁ」


 妙に間延びした口調で、その男子生徒はそのように申し述べた。

 身長百八十センチはありそうな長身であるが、ひょろひょろに痩せ細っている。なおかつ、その顔は目が細くてやたらと柔和であり、何だかお地蔵様のような風情であった。


「いやぁ、男子部員が増えたら嬉しいなぁ。僕は副部長の小伊田だよ。どうぞよろしくね」


 そうして三名の入部希望者たちは、あらためて腰を落ち着けることになった。先んじて入室していた両名は、ずっと立ったまま言葉を交わしていたのである。


 森藤に招集されためぐるは溜息をこらえながらアンプの電源を切り、ベースをスタンドに立てかけて、長机の前に席を移す。三名の入部希望者と正対するのは森藤と小伊田、めぐると和緒の四名であり、町田アンナと栗原理乃は横合いにパイプ椅子を並べた。


 それからあらためて、その場にいる全員が自己紹介をする。その間も、森藤や小伊田や町田アンナはにこにこと笑っており、野中すずみは赤い顔をしていた。


「それじゃあまず、嶋村くんの話を聞かせてもらうね。嶋村くんは、何か楽器の経験はあるのかな?」


「はい。子供の頃からクラシックギターを触ってて、中学生になってからはフォークソング同好会でアコースティックギターを弾いてましたぁ」


「へえ! クラシックギターは、珍しいね! 親御さんの影響かな?」


「はい。父が趣味で弾いてたんで、ずっと家にクラシックギターがあったんですよぉ。ただ、なんていうか……自分はもっとジャカジャカ弾きたかったんで、アコギに持ち替えたんですよねぇ」


 そう言って、嶋村亨はのんびり微笑んだ。


「でも、中学時代にアコギを弾きまくったら、また刺激が足りないように感じてきちゃって……これはいよいよエレキギターかなと思って、ご相談に来たんですぅ」


「へー! そんなにアコギを弾きまくってたんなら、すぐエレキにも対応できるんじゃないかなー! アコギのほうがテンションがきつくて、弾きにくいって言うもんねー!」


 ギター志望者がやってきたためか、町田アンナはいっそう明るい表情になっている。そして三名もの入部希望者を前にした森藤と小伊田は、言わずもがなであった。


「それじゃあとりあえず、みんな仮入部してみたらどうだろう? それで実際に楽器に触れてみて、軽音学部で活動していけそうか考えてもらえないかな?」


「それは、ありがたいですねぇ。こちらはどういうペースで活動してるんですかぁ?」


「基本的には週に二、三回、新入部員を指導する日取りにしようかと考えてるよ。あとは、みんなの都合を聞いてからだね」


 小伊田がそのように答えると、野中すずみがぐっと身を乗り出した。


「しゅ、週に二、三回だけなんですか? わ、わたしは毎日でも練習したいんですけど!」


「うん。練習するのは、個人の自由だよ。ただ、『KAMERIA』にはバンド練習の時間も必要だからさ。そのあたりは、うまくすりあわせていかないとね」


「ああ……わ、わたしのせいでみなさんの足を引っ張るわけにはいきませんもんね」


 野中すずみがしゅんと肩を落とすと、北中莉子がその肩を小突いた。


「楽器をさわったこともない未経験者のくせに、あんまり大口を叩かないほうがいいんじゃない? 練習でへばったら、あとで恥をかくことになるよ?」


「わ、わたしは絶対、へばったりしないもん! め、めぐる先輩みたいに、すごいベーシストを目指すんだから!」


「ベーシストって言葉もここひと月ぐらいの覚えたてでしょ。偉そうな口を叩く前に、まずは体を動かしなさいな」


 そんな二人のやりとりに、町田アンナが「あはは!」と笑った。


「二人は、仲良しさんだねー! もしかしたら、幼馴染か何かなのかな?」


「まあ、そんなようなもんです。家が近所で親同士の仲がよかったもんで、幼稚園の頃から顔を突き合わせてたんですよ」


「おー、そんなら、ウチや理乃と一緒だね! ま、こっちは親同士の交流はないけど!」


 そんな風に言ってから、町田アンナは新入生たちの姿をあらためて見回した。


「で、ギターとベースとドラムがそろったら、もうバンドも組めちゃうね! まあ、好みの音楽とかにもよるけどさ!」


「あたしもこの子も、音楽の知識はゼロに等しいですよ。この子は『KAMERIA』みたいなバンドを作るんだって無茶なことを言ってますけどね」


「べつに、無茶なことはないっしょ! ただ、どんなバンドになるかはメンバー次第だけどさ!」


「うん。そのあたりのことは、楽器の練習を続けながら考えていけばいいんじゃないのかな?」


 と、だいぶん落ち着きを取り戻してきた森藤が、彼女らしい穏やかな笑顔でそのように発言した。


「それにはまず、こっちの機材の準備を整えないとね。申し訳ないけど、部室の楽器はこれからメンテナンスに出す予定なの。それが戻ってくるまでは、こっちで練習用の楽器を準備するから――」


「いえ! わ、わたしは自分のベースを買うつもりですので!」


 野中すずみが声を張り上げると、北中莉子が再びその肩を小突いた上でめぐるのほうを見据えてきた。


「実はその点に関して、ご相談があるんですよね。この子、ベースのために無茶なローンを組もうとしてるんですけど……どう思います?」


「え? ど、どう思うって言われても……それは、本人の決めることですし……」


「遠藤先輩は、リッケンバッカーっていうブランドのベースを使ってるんですよね? それでこの子も、おそろいのベースを買おうとしてるんですよ。でも、

あれって新品だと四十万以上もするんでしょう? 初心者が手を出すのは、あまりに無茶じゃないですか?」


 めぐるは絶句し、町田アンナは「ほへー」とおかしな声をあげた。


「めぐるに憧れて、リッケンベースを買おうとしてるのー? なんか、ますますめぐるっぽい!」


「……さっきもそんな風に言ってましたけど、それってどういう意味なんですか?」


「んー? それは、めぐる本人に語ってもらおうかなー?」


 町田アンナに笑顔でうながされためぐるは、しどろもどろで説明することになった。


「わ、わたしはその……『SanZenon』っていうバンドのライブ映像を観て……そ、それで、そのバンドの人が使っていたリッケンバッカーのベースを衝動的に買うことになってしまったんです」


 今度は北中莉子が絶句して、野中すずみが瞳を輝かせた。


「や、やっぱりそうですよね! わ、わたしも他のベースを使う気にはなりません! だから、どんなに高くてもリッケンバッカーのベースを買おうって決心したんです!」


「あ、いや、でも……わ、わたしのベースは、中古なので……」


「わ、わたしも中古ショップやオークションなんかをチェックしてみました! でも、中古で二十万円以上もするなら、新品を買おうと思います! どっちみち、ローンを組むしかありませんし!」


「それでこの子は、遠藤先輩と同じカラーリングに塗り替えるとか言ってるんですよ。それって、どう思います?」


 北中莉子がいっそうの気迫をたたえて、めぐるの顔をねめつけてくる。

 それでめぐるが言葉を失うと、ついに和緒が発言した。


「どう思うどう思うって、このプレーリードッグに何を求めてるのさ? お友達の暴走を止めてほしいんなら、はっきりそう言ったら?」


「……はい。はっきり言えば、そういうことです。この子は自力でベースを買わなきゃいけないのに、バイト先を探す前からそんな長期ローンを組もうとしてるんですよ。幼馴染の端くれとしては、黙っていられません」


「ふうん。そいつは確かに、無謀だね。それに、楽器の色を塗り替えるって、けっこうな大ごとなんじゃないのかなぁ?」


 和緒の視線を受けた町田アンナは、「そうだねー!」と腕を組んだ。


「ウチも理想のギターを探してたとき、いざとなったら自分で色を塗り替えよーって考えだったんだけどさ! ホヅちゃんに相談してみたら、そんな簡単な話じゃないよーってたしなめられちゃった!」


「その簡単じゃない内容を、後輩候補の諸君に伝えてあげたら如何なもんかね」


「うーんとね! まず、楽器の塗装ってのは音にもモロに影響が出るから、専門的な知識がないならリペアショップとかに頼むべきなんだって! ほんでもって、ボディの塗装を剥がしてまるまる塗り替えるなら、十万ぐらいかかるかもよーって話だったよ!」


「十万? 塗装の塗り替えだけで、そんなにかかるんですか?」


 北中莉子の鋭い言葉に、町田アンナは「うん」とうなずく。


「ま、もともとの塗装をきれーに落としてゼロから塗り替えるってのは、やっぱ大ごとなんじゃん? あと、リッケンなんかはスルーネックだから、ヘッドとかネックの裏とかも塗り替えないといけなくなるし! マジで十万ぐらいかかっちゃうかもねー!」


「でも! わたしは、めぐる先輩と同じベースを使いたいんです!」


 野中すずみは一歩も退いてなるものかという気迫で、そのように言い切った。

 和緒は肩をすくめつつ、めぐるのほうに向きなおってくる。


「あんただって、カラーリングには固執してなかったよね。『SanZenon』の人が使ってたのは、ブラックだったもんね」


「う、うん。そうだね」


「そうだねじゃなくって、あんたも何か言ってあげたら?」


 そんな風に言われても、めぐるには何を語ればいいのかもわからない。

 ただ、めぐるの心中には薄ぼんやりとした疑念がわだかまっていた。


(なんだろう……わたしは、なんて言ってあげたらいいんだろう……)


 そうしてめぐるが思い悩んでいると、和緒は「駄目だこりゃ」と肩をすくめた。


「ま、素人のあたしたちじゃ、理論武装も心もとないかな。あとで専門家に相談してみるから、それまでちょっとステイしてもらえない?」


「専門家? って、誰のことですか?」


「このプレーリードッグがベースを買った、リペアショップのご主人だよ。今日は練習の後、部室の楽器を届ける予定だったんだよね」


 そう言って、和緒は野中すずみと北中莉子の姿を見比べた。


「なんかあたしは、ちょっとした違和感があるんだよ。でも、専門的な知識が足りてないから、うまく説明できないんだよね。部外者のご主人には申し訳ないけど、あとでちょっとお知恵を拝借してくるよ」


「だったら……あたしらも、そこに連れていってもらえませんか? この子も専門家のお人から直接聞いたほうが、納得しやすいと思います」


「あっそう。じゃ、荷物持ちでもしてもらおうかね」


 そうして和緒が口をつぐむと、森藤が場を取りなすように口を開いた。


「ちょっと話が脱線しちゃったね。気分転換に、『KAMERIA』の練習でも見学させてもらう?」


「えっ! め、めぐる先輩たちの練習を拝見できるんですか?」


 野中すずみがたちまち真っ赤になると、森藤は理解ある大人のような顔で「うん」とうなずいた。


「これも、部活動見学の一環だからね。……嶋村くんは、『KAMERIA』を知ってるのかな?」


「いえ、知らないですねぇ。説明会でお話ししてた、軽音学部のバンドさんですかぁ?」


「うん。二年生の四人で結成したバンドだよ。まだ結成して一年も経ってないのに、すごい完成度と迫力なの。初めてのライブイベントで特別賞をもらったり、都内でも有名なバンドのイベントにお招きされたりもしてるからね」


「へえ。すごいですねぇ」と、嶋村亨はひとりのほほんとした面持ちである。

 そうして『KAMERIA』のメンバーは、先輩と後輩に見守られながらセッティングを始めることになった。

 その間もめぐるが思い悩んでいると、セッティングの途中であった和緒が近づいてきて、スティックで頬をつついてくる。


「あんたは何か、考え込んでるみたいだね。別にあんたに責任のある話じゃないけど……あんたの言葉だったら、あの暴走新入生も少しは聞く耳を持つんじゃないかな?」


「う、うん。だけどわたしも、なんて言ったらいいかわからなくって……何か言いたいっていう気持ちはあるんだけど……」


「そっか」と、和緒はふいに優しげな眼差しを見せて、ドラムセットのほうに戻っていった。

 めぐるはアンプに差していたシールドをエフェクターボードに繋ぎなおしつつ、また思案する。さまざまな思いが頭に浮かんでは、それがパチンと弾け散り――けっきょく、考えはまとまらなかった。


(でも……わたしのせいでそんな高額の買い物をさせるのは、気が引けちゃうもんなぁ)


 それに、野中すずみがペパーミントグリーンのリッケンベースを抱えている図を想像すると、胸の内側がもやもやとしてくる。少なくとも、めぐるは感情面において彼女の行動を止めたいと願っていたのだった。

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