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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 5-

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10 インターバル

「お疲れ様。本当に、とんでもないステージを見せてくれたね」


 めぐるたちが汗だくの姿で楽屋に舞い戻ると、宮岡部長が雄々しい笑顔で出迎えてくれた。

 そのかたわらでは、寺林副部長が怒っているかのような顔をしている。彼は気合がそういう表情であらわれるタイプであるようなのだ。


「本当に、とんでもないとしか言いようがないよな。大トリは俺たちなんだから、ちっとは手加減しろって話だよ」


「あ、いえ、ですが、その……」


 うっかり先頭に立っていためぐるがまごつくと、寺林副部長は「冗談だよ」と苦笑した。


「卒業ライブで手を抜くような部員がいたら、退部だよ退部。とにかく、すげえステージだった。こっちの出番が終わったら、じっくり感想を伝えさせてもらうよ」


「うん。まずは、自分たちのライブに集中しないとね。そっちも搬出を進めちゃってよ」


「はーい! すぐ片付けるから、もうちょい待っててねー!」


 オレンジ色のテレキャスターを壁に掛けて、エフェクターボードを机に置いた町田アンナは、身軽な姿でステージに舞い戻っていく。ピアノの搬出を手伝おうというのだろう。いっぽう栗原理乃は持参したペットボトルと、床から拾い集めた四つの紙袋の塊しか手にしていなかった。


 めぐるはベースを壁に掛けて、エフェクターボードの蓋を手にステージを目指す。シールドはベースとともに運び出したので、あとはエフェクターボードを持ち帰るだけだ。その間も、顔から滴った汗がぽたぽたと床に落ちた。


 満足のいくステージを完遂できて、めぐるは心から幸福な心地である。

 その心地を噛みしめながら重いエフェクターボードを持ち上げためぐるは、再び楽屋へと足を向けた。


「あ、あの、ベースの片付けは終わりました」


 ソファでベースを爪弾いていた轟木篤子に声をかけると、「あっそ」という素っ気ない声が返ってきた。

 彼女は本日も、チェック柄のシャツにストレートのチノパンツという飾り気のない姿である。セミロングの髪は首の横でひとつにまとめて、やぶにらみの目には分厚い黒縁眼鏡をかけた、相変わらずの姿だ。


 まあ、他の面々もそうまで着飾っているわけではないし、宮岡部長などはもともとの華やかさが増幅されているだけのなのだろう。チャコールグレーのシックなシャツからペイズリー柄のウエスタンシャツに着替えただけで、宮岡部長は格段に華やかな印象になっていた。


 轟木篤子はめぐると目を合わさないまま立ち上がり、ベースを抱えたままステージに出ていく。その手につかんだのは、一本のシールドだけだ。彼女はステージでも耳でチューニングをするため、チューナーすら必要としないのだった。


「眼鏡先輩は、相変わらずだね。まあ、いきなり愛想がよくなったら、そっちのほうが気色悪いけどさ」


 そんな風に言いながら、和緒がめぐるにスポーツタオルを投げつけてきた。自身もすでに、ショートヘアーの頭をわしゃわしゃとかき回している。


「文化祭の別れ際ではちらっと笑顔を覗かせてたけど、まああの場の気まぐれだったんだろうね。偏屈限定の人たらしたるあんたも、あの先輩の心を開かせるには至らなかったか」


「う、うん。わたしは自分の本心を伝えることができたから、もう十分だと思ってるよ」


「あはは! どーせあっちは、卒業しちゃうしねー! ま、この先どこかでメガネセンパイのニューバンドと出くわすかもしれないし! その日を楽しみにしておこーよ!」


 ピアノの搬出を終えた町田アンナは、笑顔でそんな風に言っていた。


「それよりまず、ブチョーたちのラストライブを見届けないとね! さっさと着替えて、客席に戻らないと!」


 そうしてめぐるたちがぐっしょりと汗を吸ったTシャツを着替えて、客席のほうに戻ってみると――いきなり大勢の人々に取り囲まれることになってしまった。


「よう! この一ヶ月も、サボってなかったみたいだな!」


 まずそんな言葉をぶつけてきたのは、バンダナの上からキャップをかぶった厳つい容姿の男性である。その姿に、町田アンナが「あれれー?」と声をあげた。


「『ザ・コーア』のヴォーカルさんじゃん! どーしたの?」


「どうしたのって、お前らを観に来たんだよ。今日はちょうど、ヒマこいてたからよ」


『ザ・コーア』とは、去年の十一月に対バンをしたバンドである。年越しイベントと『V8チェンソー』企画イベントでも顔をあわせていたため、めぐるも顔を見覚えていた。それに、その左右に控えているのも『ザ・コーア』のメンバーのようである。


「お前らのライブを観ると、尻に火がつくからよ。気合を補充させてもらったってとこさ」


「ひゃー! 『ザ・コーア』みたいなスゴウデバンドにそんな風に言われたら、キョーシュクしちゃうなー! どーもありがとねー!」


 そんな風に言いながら、町田アンナは心から嬉しそうな笑顔である。そしてめぐるも、じんわりとした誇らしさを噛みしめることができた。


「他にもどこかで見たような顔をちらほら見かけたから、みんな同じような考えなんじゃねえかな。女子高生バンドにここまでやられたら、誰だって尻に火がつくだろうからよ」


「ああ。この前はブイハチ効果で盛り上がったのかと思ったけど、全然そんなことなかったな。こんな昼間っから顔を出した甲斐があったよ」


「なんだか、うずうずしちまうよな。スタジオが空いてたら、楽器をレンタルして入っちまうか」


 その場に集った面々は、みんな好意的な面持ちであった。笑っているか感心しきっているかの、どちらかであるようだ。そんな人々が、十名ぐらいも寄り集まっていたのだった。


「みんなは、もう帰っちゃうの? よかったら、最後のバンドも観ていってよ! ウチらのセンパイバンドだからさ!」


 町田アンナがそのように言いたてると、『ザ・コーア』のヴォーカルは「うん?」と小首を傾げた。


「でもさっきのMCで、コピバンとか言ってなかったか? こいつは卒業ライブなんだから、大トリも高校生バンドなんだろ?」


「うん! コピバンだけど、めっちゃかっちょいーよ! 文化祭でも、このバンドがトリだったしね!」


「高校生のコピバンねぇ……お前らみたいなバンドがそんなゴロゴロしてるとは思えねぇんだけどなぁ」


 そんな風に言いながら、おおよその人間は興味をひかれた様子である。

 めぐるは何だか、我がことのように緊張しかけたが――しかしすぐに、思いなおした。『イエローマーモセット』であれば、十一月に対バンした大学生バンドのように空回りすることもないだろう。しかも彼らは自らの意思で、大トリの出番を受け持ったのだった。


(『イエローマーモセット』は三人しかいないから、どうしたって『KAMERIA』よりは音が薄くなっちゃうだろうけど……バンドの格好よさは、それだけじゃないはずだもんね)


 あの『V8チェンソー』も、『リトル・ミス・プリッシー』や『ヴァルプルギスの夜★DS3』のような大御所バンドの後にステージを披露して、見事な結果を勝ち取ったのだ。今日の相手は後輩バンドの『KAMERIA』であるのだから、『イエローマーモセット』の面々も地力で乗り越えるはずであった。


「それじゃあまあ、いちおう最後まで拝見しておくか。かわいこちゃんたちは、また後でな」


 と、その場の面々は客席ホールに散っていった。

 あらためて、客席ホールは大変な熱気である。そして、高校の関係者と思しき若い層が、めぐるたちのほうをちらちらとうかがっていた。その何割かは、文化祭でも『KAMERIA』のステージを見届けていたのかもしれなかった。


「うちらの出番でいきなり客が増えたように感じたのは、気のせいじゃなかったみたいだね。通常ブッキングだったらバックマージンでがっぽがっぽだったのに、残念なこった」


「あはは! 四月のライブでも期待できるんじゃない? それよりまずは、ブチョーたちの勇姿を見届けないと!」


 町田アンナはリィ様の変身を解除した栗原理乃の手を引っ張って、人混みの向こうに突撃していった。

 めぐると和緒は人混みを避けて、ベース側の壁際に陣取る。すると、ミサキがもじもじしながら近づいてきた。


「あ、あの、どうもお疲れ様でした。今日もすごく素敵でした。このハコよりジェイズのほうが爆音に向いているって聞いていましたけど、まったく関係ありませんでしたね」


「あ、ど、どうも。そ、外音に問題はありませんでしたか?」


「はい。むしろ歪みの音もクリアーで、前回とはまた異なる魅力があったと思います」


 ミサキはうっとりと目を細めながら、そんな風に言ってくれた。ステージから見えていた姿と、まったく変わっていない。それでめぐるも、ほっと息をつくことができた。


「それなら、よかったです。外音だけは、確認のしようがないので……リハーサルで客席まで下りて音を確認する人もいるみたいですけど、お客さんが入るとけっきょく聴こえ方が違ってくるって話ですよね」


「ええ。人が増えると音を吸うって言いますよね。でも、めぐるさんたちの素敵な爆音は、どんなにたくさんのお客さんがいても吸いきれないと思います」


 そう言って、ミサキはおずおずと和緒の長身を見上げた。ミサキよりも和緒のほうが、数センチだけ背が高いのだ。


「か、和緒さんのドラムも、素敵でした。切れ味が増したっていうのか……和緒さんの音って、すごくシャープですよね。きっとめぐるさんたちも、すごく弾きやすいと思います」


「それはどうも。……ところで、名前にさんづけって苦手なんですよね。呼び捨てでもクソ野郎でもかまわないんで、できたら変更してもらえませんか?」


「え? ど、どうしてですか? 和緒さんって、素敵な名前だと思いますけど……」


「名前うんぬんじゃなく、下の名前にさんづけが気に食わないんです。……あたしのことを心から憎悪しているお人が、そういう呼び方をするもんでね」


 めぐるがぎょっとして和緒のほうに向きなおると、すぐさま頭を小突かれてしまった。


「あんたにも、名前のさんづけは禁止したでしょ? 理由の真偽はどうあれ、本当に苦手なんだよ」


「そ、そうなんだね。……ごめんなさい、ミサキさん。突然の話ですけど、どうかお願いできますか?」


「え、ええ、もちろんです。それじゃあ、あの……苗字は、なんと仰るんですか?」


「大磯ロングビーチの磯に神威脇温泉の脇と書いて、磯脇と申します」


「それじゃあ、磯脇さんで……呼び捨てやちゃんづけは苦手なので、それでお願いします」


 そう言って、ミサキはにこりとあどけなく微笑んだ。


「実はボクも下の名前で呼ばれるのが苦手なので、隠しているんです。誰だって、苦手な呼ばれ方はされたくないですよね」


「ほうほう。ミサキというのは、苗字だったんですか?」


「はい。数字の三に山偏の崎で、三崎と申します。名前っぽく聞こえるから、それをカタカナにしてステージネームにしたんです」


「ふむふむ。ちなみにどうして、下の名前で呼ばれたくないんです? 嘘でもいいんで、教えてもらえませんか?」


「う、嘘をつく気はありませんけど……あまりに男らしい名前だから、嫌になっちゃったんです」


 ミサキはなめらかな頬をいくぶん赤くしながら、そう言った。

 和緒はしたり顔で、「なるほど」とうなずく。


「実に納得のいくお答えです。こちらはデタラメな理由しかお伝えできなくて、何だかすみません」


「か、かずちゃん。嘘はよくないと思うよ?」


「でもほら、あたしは言動に虚実を織り交ぜて、ミステリアスなキャラクターを演出しないといけないからさ」


 めぐると和緒の間抜けなやりとりに、ミサキはぷっとふきだした。


「あ、ごめんなさい。お二人は、本当に仲がいいんですね。なんだか……見ているだけで、心が温かくなります」


「ほうほう。いきなり年上ぶるんですね」


「だ、だから、そういうのもよくないってば」


 そうしてめぐるが和緒の腕を引っ張ったとき、客席の照明が落とされた。

 歓声と、森藤の声が響きわたる。


『それでは今日の大トリは、卒業生三名による「イエローマーモセット」です。宮岡部長と寺林副部長と轟木先輩の三年間の頑張りを、最後まで見届けてください』

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