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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Side:K-

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172/327

-Track4- 01 変転に継ぐ変転

 その後は、怒涛の勢いで日々が過ぎていった。

 まず最初に待ち受けていたのは、栗原理乃との対面である。和緒はてっきり町田アンナがギター&ヴォーカルを受け持つものと考えていたのだが、彼女はそんな隠し玉を準備していたのだった。


 しかも栗原理乃というのは、町田アンナに劣らず一筋縄でいかない相手であった。彼女は深窓の姫君を思わせる絶世の美少女でありながら、町田アンナひとりを心のよすがとして、鬱々とした学校生活を送っている変わり種であったのだ。


(まあ、町田さんがこういう人間だから、共依存に陥らずに済んだわけか。まったく、羨ましい限りだね)


 栗原理乃は、遠慮なく町田アンナに甘えているようにうかがえた。それを支えて平気でいられる度量が、町田アンナには存在したのだ。なおかつ町田アンナはこんな寄る辺ない存在にのしかかられながら、それだけにはとらわれず、自分の好きなように生きていける強靭さとふてぶてしさを有していた。つまり、そこまで含めて彼女の度量なのだろうと思われた。


(自分がどれだけ甘えても町田さんは好き勝手に振る舞ってるから、いっそう遠慮なく甘えられるわけだ。共依存どころか、宿主と寄生虫みたいな関係だな)


 和緒はそのように辛辣な思いにとらわれていたが、かといって栗原理乃を嫌ったり見下したりしているわけではなかった。それはある意味、遠藤めぐるのもとに救世主が現れたような構図であったのだ。和緒がもともと思い描いていた遠藤めぐるの幸福な末路というのが、この構図であったのだった。


(最後までこの関係性だったら、そりゃあ不健全だろうけどね。しっかり宿主から栄養を摂取して、いずれは独り立ちできたら、それこそが幸福な末路だろうさ)


 それに、栗原理乃もバンド活動に巻き込まれた時点で、両者の運命や関係性も大きな変転を迎えることだろう。最初の出会いの場で知れたことだが、栗原理乃には尋常ならざるヴォーカリストとしての才覚が秘められていたのである。天性の才覚という意味では、町田アンナや遠藤めぐるを大きく凌駕しているはずであった。


(まあ半分がたは、ピアノのレッスンの賜物なんだろうけど……この声質やら歌い方やらは、やっぱり天性のものなんだろうしな)


 彼女の声質や歌い方は、人の真似ではない独自のものだ。それがピアノのレッスンによる絶対音感の獲得で、他に類を見ない完成を迎えたということなのだろう。ある種の天才が十数年のレッスンによって開眼したわけだから、これは恐るべき存在であるはずであった。


(こんな化け物みたいなヴォーカルだったら、バンド活動を続ける内に自信やら何やらを育めるだろうからね。そうしたら、寄生虫人生なんてすぐにおさらばできるだろうさ)


 ということで、和緒も気負うことなく栗原理乃の人間的成長を見守らせてもらうことにした。

 それよりも切迫しているのは、むしろ和緒のほうである。遠藤めぐるとの関係性については腹をくくったものの、ドラマーとしての存在価値については和緒自身の努力にかかっているのだ。


 努力――和緒にとって、もっとも苦手な分野である。

 小器用さだけで生きてきた和緒は、努力と無縁な人生を歩んでいたのだ。和緒がこれまでに努力してきたことと言えば、遠藤めぐると穏便な関係を保つことと、この春までの受験勉強と――あとはせいぜい、忌々しい里帰りを穏便にやりすごすことぐらいであった。


(つまり三分の二は、プレーリードッグがらみってことか。畜生め、あたしの人生を翻弄しやがって)


 そんな思いを噛みしめながら、和緒はドラムの練習に打ち込むことになった。

 栗原理乃は化け物の類いであるし、町田アンナはエネルギーの塊、遠藤めぐるは執念の権化であるのだ。凡夫の代表たる和緒がこんなメンバーを相手取るには、持って生まれた小器用さに努力というブーストをかける他なかったのだった。


 さりとて、ドラムというのは自宅における練習が難しい楽器である。どうやら軽音学部の部室は使い放題であるようだが、メンバーたちも同じだけ練習に励むことになるのだから、このままでは和緒が置き去りにされることが目に見えていた。しかもドラムというのはバンドの土台を担うパートであるのだから、途方もない潜在能力を有するバンドメンバーたちを活かすも殺すも、和緒しだいであるはずであった。


 そこで和緒が重視したのは、テンポ感の鍛錬である。

 それは小手先の技術よりも重要な案件であろうし、それに、自宅でも鍛錬が可能であったのだ。和緒はまたインターネット上のブログや動画などをあさって、テンポ感を育む方法を模索することに相成った。


(あたしには、何の才能も備わっちゃいないんだからな。だったら全力で、正しい音やら正しいテンポやらを目指すしかないだろうさ)


 それに和緒は、残る三名の恐ろしさを体感させられている。それぞれ異なる特異性を有するバンドメンバーたちの勢いに引きずられることなく、正しいテンポをキープしなくてはならないのだ。

 なおかつそれは、三人の音を無視してキープに徹するという話でもなかった。正しいテンポをキープしながら、三人の音と深く絡み合わなければならないのだ。でなければ、リズムマシーンを鳴らすのと違いもなくなってしまうはずであった。


 また、遠藤めぐるに限って言うならば――彼女は和緒のドラムに、絶対の信頼を置いていた。テンポに関してはドラムを信じればいいという思いで、『SanZenon』さながらの凶悪なフレーズを炸裂させているのである。

 和緒が目指すべきは、彼女が自由に暴れ回れるような環境を整えることであるのだろう。そうしてあの暴虐な重低音とがっしり絡み合い、リズムの土台を構築したならば、どれだけの楽しさを味わえるか――それはもう、初日のセッションで証明されていた。つまり和緒はどれだけ楽しくても自然にテンポをキープできるように、正しいテンポ感というものを五体に刻みつけなければならないわけであった。


(あとはやっぱり、正しい音だ。きちんと音を鳴らさないと、ベースとギターの音にかき消されちゃうだろうからな)


 実際問題として、ドラムの音が聴こえなくなることはそうそうありえないだろう。そうではなく、存在感の話である。きちんと芯のある音を鳴らさなければ、和緒のドラムなど遠藤めぐるたちの織り成す魅力的な爆音の中に埋没してしまうはずであった。


 そうして指針を定めた和緒は、自宅で可能な練習にひたすら励んだ。

 貯金を切り崩せば、簡易的な練習セットを買うこともできなくはなかったが――それは、したくなかった。自分が何かに熱中していることを、家族に気取られたくなかったのだ。和緒はそこで、母屋の祖父母にベースの音を聞かれたくないと言い張る遠藤めぐるの言葉に心から共感することになったのだった。


(そんなもん、自分の素顔どころか内臓をさらすようなもんだもんな)


 ということで、和緒は自前のスティックだけを買い、メトロノームを活用したテンポ感の育成と、正しいフォームを獲得するための練習に勤しんだ。


 そんなさなか――遠藤めぐるが、ビッグマフなるエフェクターを購入した。

『SanZenon』を見習って、いっそう極悪な音を求めたのだ。和緒にしてみれば、甲冑を纏っている最中に矢を射かけられたような心地であった。


(こん畜生め。容赦もへったくれもないプレーリードッグだね)


 和緒の予想通り、遠藤めぐるはめきめき上達していった。

 あちらは一日に十時間ばかりも練習に励んでいるのである。和緒がどれだけ覚悟を固めても、それを見習えるような気力と体力は持ち合わせていなかった。


 であればこちらは、持って生まれた小器用さで対抗するしかない。

 短い練習時間で、最大限に効率を高めるのだ。そのために、和緒は情報をあさりまくって、練習方法を随時ブラッシュアップさせていった。


 その甲斐あって、何とかバンドのメンバーたちには失望されずに済んでいる。

 と、いうよりも――町田アンナでさえ、遠藤めぐるの執念に圧倒される場面が多々あったのだ。彼女は彼女ならではの勢いというものを持っていたが、テンポの正確さや音の極悪さに関しては遠藤めぐるのほうが凌駕していたのだった。


 それにどうやら部室のギターアンプでは、出力が足りていないようである。部室の練習では、ベースの迫力のほうがまさる場面が増えていた。

 しかしきっと、それはエフェクターだけの影響ではないのだろう。その極悪な音を最大限に生かす凶悪なフレーズが、これほどの迫力を生み出しているのだ。驚くべきことに、この時期のバンドの中核を担っているのは、明らかに遠藤めぐるであったのだった。


 そんな遠藤めぐるの執念に引きずられるようにして、町田アンナや栗原理乃もどんどん迫力が増していく。和緒はそこから落ちこぼれないように、死に物狂いで追いかけるしかなかった。


 そうしてバンドを結成してから、二十日ほどが経った頃――軽音学部の先輩がたが練習中にやってくるというアクシデントが生じた。

 まあ、部室は部員みんなのものであるのだから、本来はアクシデントでも何でもないのだが。これまでは第三者に練習する姿を見せたこともなかったので、内向的な遠藤めぐるや栗原理乃は動揺しまくっていた。そして和緒は、宮岡という名を持つ女部長から思わぬ言葉をかけられることになったのだった。


「それに、磯脇さんは……たしか入部の時点で、完全に未経験だって話じゃなかったっけ?」


「ええ。経歴詐称はしてませんし、家ではせいぜい雑誌をパッド代わりに叩いてるぐらいですよ。あたしに限っては、そんな驚くほどの腕じゃないでしょう?」


「いや。派手なテクニックとかはなかったけど、音は綺麗に抜けてるし、テンポキープもタイトだったし、十分に驚くレベルだと思うよ。それで大して練習してないって言うんなら、もとの才能が違ってるんだろうね」


 実のところ、和緒は家でも練習しまくっている。

 だからそれは才能ではなく、努力と小器用さの賜物であるのだが――何にせよ、宮岡部長の言葉は小さからぬ焦燥感を抱えている和緒にほのかな安らぎを与えてくれたのだった。


(嘘つきな上にお礼も言えない偏屈者で、どうもすみませんね。陰ながら、あなたのことは素敵な先輩様としてお慕いさせていただきますよ)


 しかし人生は、山あれば谷ありである。

 それからすぐに、和緒はまた自分の未熟さを思い知らされることになった。練習後にライブハウスまで出向いて、『V8チェンソー』のライブを拝見することになったのだ。


 初めて彼女たちの演奏を目にしたときは、べつだん特別な思いにとらわれたりもしなかった。遠藤めぐるはずいぶん不服そうな様子であったが、アマチュアバンドとしてはずいぶん腕も立つのだろうという感想を抱いていた。それに和緒も初めてライブハウスの轟音を体験した身であったので、細かい部分の善し悪しも判別できなかったのだ。


 しかし、このたびのライブにおいては――圧倒されることになった。

 轟音であることに変わりはなかったが、彼女たちの演奏は格段に切れ味が増していた。余計な音が削ぎ落とされて、彼女たちの持つ骨太の迫力がいっそうあらわにされたような心地であったのだ。


 浅川亜季のギターサウンドは野太くて、粘質的であり、ぶんぶんと振り回される鉈のような迫力であった。

 さらにその歌は、まるで獣の咆哮のようだ。普段のとぼけた笑顔からは想像もつかないほど、彼女の歌声は深々と胸に食い入ってきた。


 フユのベースは、華麗にして強靭である。おそらく基本的な技術の面では、彼女がもっとも上をいっているのだろう。ただ技巧に優れているだけでなく、歌とギターとドラムを結びつける手腕が見事であるのだ。前回のライブではひたすらバカテクという印象であったが、今回は卓越したプレイスキルでアンサンブルを支えながら、自分の見せ場ではしっかり存在感を打ち出していた。


 そして、ハルのドラムである。

 彼女の演奏は、人間らしく生々しい魅力にあふれかえっていた。

 テンポはいくぶん乱れがちだが、それさえもが確かな魅力に感じられてしまう。また、いざというときにはフユのベースがしっかりと手綱を握るため、演奏が破綻することは決してありえなかった。


 この『V8チェンソー』というバンドは、リズム隊の手数が多い。ハルのスティックは縦横無尽に駆け巡って、タムやシンバルを遠慮なく乱打した。それが演奏に、またとない勢いを与えているのだ。バスドラを踏む足も、左右の手に負けないぐらいいきいきと躍動しているように思えてならなかった。


(……あたしには、とうてい行き着けない境地だな)


 和緒はあのように、奔放に振る舞うことはできそうにない。土台、和緒は臆病な人間であるのだ。テンポが乱れることも恐れずに手数を増やすことなど、まったく和緒の性分ではなかったのだった。


 ただ――和緒は自分の未熟さを思い知らされたが、同時にひとつの希望も抱いていた。

 ハルのドラムは魅力的であったが、こちらの三名とは調和しないように思えたのだ。


 ハルがこちらのバンドでドラムを受け持ったならば、おそらく町田アンナとともにどこまでも突っ走ってしまうだろう。すると、遠藤めぐるがわたわたと追いかけて――そして、機械のように正確な栗原理乃が孤立することになるのではないかと思われた。町田アンナとハルの相性がいい意味でも悪い意味でもきわめて合致するために、それに負けない爆発力を有した遠藤めぐるも呼応して、三対一の構図ができあがることが目に浮かぶようであったのだった。


(それこそ、『V8チェンソー』からフユさんを引っこ抜いて、めぐると町田さんを投入したら、化け物みたいなバンドができあがりそうだけど……なんかこう、趣に欠けるんだよな)


『V8チェンソー』がどこか独特に感じられるのは、やはりフユの存在が大きいのだ。浅川亜季とハルは生々しい迫力という点で一致していたが、フユはどちらかというとデジタルで冴えざえとした雰囲気が強いのである。きっと彼女はその気になれば、いくらでも硬質で落ち着いたプレイを披露できるのだろうと思われた。


 しかしフユは、残る二名の生々しさに触発されて、人間らしい魅力を引き出されているように見受けられる。それと同時に、浅川亜季とハルだけでは求めようもない流麗さをバンドにもたらしているのだ。それは危うい均衡であったが、その危うさこそが『V8チェンソー』の魅力なのではないかと思えてならなかった。


 であれば――自分たちも、どこかちぐはぐである部分を武器にできるかもしれない。

 栗原理乃はきわめて機械的な歌い手であるが、どこかに生々しさも有している。その生々しさは遠藤めぐると町田アンナにブーストしていただき、和緒が冷たく硬質な部分をブーストできれば――さらに、『V8チェンソー』のように相反する要素をも上手く調和させることができれば――この四人ならではの魅力を追求できるのではないだろうか。


(……なんて、キャリア一ヶ月足らずの初心者が抱くには、あまりに途方もない誇大妄想だろうけどさ)


 ともあれ、和緒は何かしらの結果を求めなくてはならないのである。

 少なくとも、和緒は遠藤めぐる以外の相手とバンドを組むつもりはない。それならば、この環境でもっとも望ましい結果を求めるしかなかった。


 そうして和緒は、またひとりでひそかに決意を固めることになり――

 その末に、また思わぬ事態を迎えることに相成った。


 なんやかんやと紆余曲折を経て、この結成したての初心者バンドは『ニュー・ジェネレーション・カップ』なる御大層な音楽イベントに参戦することになってしまったのである。

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