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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Side:K-

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04 徒労

 それから和緒は一ヶ月ばかりをかけて、修学旅行の下準備を進めていった。

 まあ下準備といっても、教室内で遠藤めぐるに話しかけることと、あとは時おり一緒に下校するだけのことである。それだけで、和緒はクラスの爪弾きものにかまいつける変人というレッテルを獲得することができた。


「中間試験の結果は、けっきょくあたしの三勝二敗かぁ。あんたは暗記科目が得意なんだね」


「い、いえ……と、得意っていうか……暗記科目は、時間をかけるだけでどうにかできるので……」


「それだけの時間と根気を持ち合わせてるのが、武器なわけでしょ。あたしなんてどんなにヒマでも、年表やら英単語やらの暗記に時間を費やそうなんて考えられないからね」


 そんな具合に和緒たちが語らっていると、クラスの連中は遠巻きにして近づいてこようともしなかった。和緒がいったい何を企んでいるのかと、こわごわ見守っている様子である。


(まさか来たるべき修学旅行の班分けに備えてるなんて、そりゃあ想像もつかないだろうさ)


 こうして和緒が遠藤めぐると親密にしていれば、それを苦にしない人間しか同じ班になろうなどとは考えないことだろう。我ながら、些末な話に労力をかけているものであった。


 しかしまあ、このような行いは苦労というほどのものでもない。というよりも、遠藤めぐると語らっている間は騒がしい女子生徒たちも近づいてこようとしないので、和緒としては快適なぐらいなのである。


 うまくいけば、このまま和緒の人気が低迷するのではないかという期待もあったのだが――残念ながら、そこまでの事態には至らなかった。和緒の寵愛を賜りたいなどと考えている一部の熱心な女子生徒たちは、遠藤めぐるがいない隙を突いては素早く寄り集まり、また空疎な賑わいを作りあげてきたのだった。


 となると、彼女たちの矛先が遠藤めぐるに向いてしまわないように配慮しなければならない。和緒にとって面倒なのは、その一点であった。

 しかし、そういう話を二の次にすることはできなかった。こういう連中が和緒の身を巡って対立するさまは、これまでに何度となく目にしてきたのだ。遠藤めぐるの側に対立する気はさらさらなかろうが、それでは一方的に蹂躙される恐れが生じるのだった。


(言ってみれば、また上っ面の人間関係を構築してるようなもんか)


 そういう騒ぎを回避するという名目もあって、和緒は昨年の夏まで穏便な人間関係を目指していたのである。再びそのようなものに着手するのは面倒でならなかったが、背に腹は代えられなかった。


 ともあれ、和緒が心がけるのは一点である。

 和緒にとって、遠藤めぐるはそれほど重要な存在ではない――そのように見せかけるべきであるのだ。そうすれば、遠藤めぐるが嫉妬の炎に炙られる恐れもないはずであった。


(って、それじゃあ内心ではあいつにめっちゃ執着してるみたいじゃん)


 まあ少なくとも、他のクラスメートたちよりはよほど大事な存在だと思っているわけだが――そういう本心を、隠匿しなければならないのだ。内心を隠すのが常態である和緒にとってはさしたる労力ではなかったものの、多少のストレスであることに間違いはなかった。


 その鬱憤晴らしというわけではないが、遠藤めぐるに対しては一切遠慮をしなかった。土台、自分のルールで生きている遠藤めぐるに遠慮などしていても、始まらないのである。遠藤めぐると交流を深めれば深めるほど、彼女の異質さは浮き彫りにされていくようであった。


 本来的に遠藤めぐるは、そこまで常識から外れた存在ではない。ひまな時間は勉強に費やし、月に一度のネットカフェでは猫動画をあさり、節約のために自炊にいそしむ――これだけ恵まれない環境に置かれながら世をすねることもなく、実に堅実に生きているのだ。そういう側面だけを見ていたら、真っ当すぎてあくびが出るぐらいであった。


 しかし、そうであるにも関わらず、彼女は世間のすべてに対して無関心である。祖父母やクラスメートにどれだけぞんざいな扱いを受けても気にする風でもなく、事態の改善に取り組もうともしない。そちらの側面は、仙人や世捨て人を彷彿とさせるほど人間らしい情感が欠落していた。


(どっちか片方に寄ってたら、そうまで不思議には思わないけどさ。そんな両極端な性質をあわせ持ってるのが、不思議なんだよ)


 だから和緒は、彼女が心を眠らせているのだろうと解釈した。彼女が真っ当な人間らしい心を隠し持っていることはもう明白であるので、それを世間の荒波から守るために無関心という鎧を纏っているのだろうと判断したのだ。


 もちろんそれは、無意識下の行動であるのだろう。そんなことを計算でできるほど、彼女は器用な人間ではないのだ。だからいつかは、理解ある誰かが彼女の存在を丸ごと受け止めて、世界との架け橋になってくれるに違いない――と、和緒はそのように期待をかけているのだった。


(あたしなんざがその座に居座ろうとしたら、共依存まっしぐらだもんね。とりあえず、中学を卒業するまではあたしが場を繋ぐから、早いとこ気の利いた救世主様にご登場願いたいもんだ)


 そんないびつな思いを胸に、和緒は遠藤めぐるとのささやかな交流に励んだ。

 そうしてついに、十一月となり――不毛な文化祭を適当に片付けたならば、いよいよ修学旅行が目前に迫ってきた。


「それじゃあ今日は、修学旅行の班分けだな! 男女に分かれて、五名ずつの班を作ってくれ! あまりにもめるようだったらくじ引きにするから、そのつもりでな!」


 イベントごとに熱心な担任の教員は、そんな風に宣言していた。

 和緒はあちこちから突きつけられてくる視線を弾き返し、席替えで離れてしまった遠藤めぐるのもとを目指す。和緒の思惑を知っている遠藤めぐるは、声をかける前からもじもじしていた。


「さあ、ついにこの時間がやってきたね。不本意だろうけど、つきあっていただくよ」


「べ、別に不本意なわけでは……」


 と、遠藤めぐるは目を伏せてしまう。

 和緒はその机に浅く腰をかけて、まずは情勢をうかがうことにした。作戦上、こちらは相手の出方をうかがうしかないのだ。


 さして待つこともなく、三名の女子生徒がこちらに近づいてくる。

 それは普段から、ほどほどの熱意を和緒に向けているグループだった。


「あ、あの、磯脇さん。やっぱり磯脇さんは、遠藤さんと同じ班になりたいの?」


「おや。あたしの内心を見透かすとは、なかなかのやり手だね」


「う、うん。だって最近、遠藤さんと仲がいいみたいだからさ」


 そう言って、グループのリーダー格である少女は訳知り顔で和緒に身を寄せてきた。


「それなら、わたしたちも同じ班に入れてくれない? たぶん……それが一番、無難だと思うよ」


「ふむふむ。そのココロは?」


「だって、ケイちゃんたちが同じ班になったら、遠藤さんを孤立させようとかしそうだし……ケイちゃんは、本気で遠藤さんを嫌ってるみたいだからさ」


「ふうん。それじゃあんたは、そうまでこの子を嫌ってないってこと?」


「わたしは去年も別々のクラスだったから、迷惑をかけられた覚えもないしね。磯脇さんがこんなに気をかけるってことは、きっと悪い子じゃないんだろうしさ」


 後半の言葉には、あまり真実味が感じられなかった。どことなく、遠藤めぐるに理解を示すことで、和緒のご機嫌をうかがおうとしているような気配である。

 しかし和緒は、それでまったくかまわなかった。そもそも遠藤めぐるのほうこそがクラスメートの全員に対して無関心であるのだから、好意を向けられる理由などひとかけらもないのである。和緒が求めているのは、遠藤めぐるの無関心に対して無関心で応じる人間に他ならなかった。


(まあこの三人は、最初から第一候補だったしな。あたしの目を盗んでこいつをいじめようとすることもないだろう)


 かくして、和緒のミッションは呆気なく完了した。

 まあ、べつだん不思議なことはない。和緒はこの理想的な結末を目指して、一ヶ月がかりで下準備をしてきたのである。和緒にしてみれば、シミュレーション通りに勝負がついただけのことであった。


(あたしがこんな計算ずくで人間関係を構築する人間だってわかっても、やっぱりこの子たちはあたしに執着するのかな)


 和緒はそのように考えたが、べつだん気に病むことはなかった。


                ◇


「無事に班分けも終了して、何よりだったね。あんたもせいぜい長崎観光をエンジョイしなさいな」


 その日の帰り道、和緒がそのように語りかけると、遠藤めぐるは眉を下げながら「はあ……」と溜息まじりの言葉をもらした。


「で、でも……本当にこれでいいんでしょうか……? やっぱりわたしなんて、お邪魔になるだけじゃ……」


「あんたもいい加減、腰が据わらないね。何をそんなに気に病んでるのさ?」


「はあ……あの人たちは、磯脇さんと班行動するのを楽しみにしているのでしょうから……それをお邪魔するのが、申し訳なくて……」


「へえ。無関心なあんたが、そこまで他人に気を使うとはね。まあどうせ、相手の名前も知らないんだろうけどさ」


 どうやら図星だったらしく、遠藤めぐるは力なく口をつぐんでしまった。

 まあ、彼女は自分が原因でトラブルが起きることを不安に思っているだけなのだろう。彼女もまた和緒と同じように、求めているのは平穏な生活のみであるのだった。


「さっきのあの三人もあんたなんかには無関心だから、何も気にする必要はないさ。こうやって、名前もわからない連中と一緒に通学路を歩くのと一緒だよ」


「はあ……」


「そんなことより、遠き長崎にでも思いを馳せたら? まあ、あんたはそういうイベントごとにも無関心なんだろうけどさ」


「そうですね……寝るときまで他人と一緒っていうのは……ちょっと憂鬱かもしれません」


 そんな話は、和緒とて同様である。

 しかし、遠藤めぐるほど浮世離れしてない和緒は、少しばかり反感をかきたてられることになった。


「そりゃああたしなんかと同じ部屋で寝たら、どんな悪さを仕掛けられるかわかんないもんね。せいぜいビクビクしながら眠りに落ちるといいさ」


 すると、遠藤めぐるは顔を上げて、きょとんと目を丸くした。


「あ、そうか……磯脇さんも、同じ部屋で眠ることになるんでしょうか?」


「そりゃあそうでしょ。何のための班分けだと思ってるのさ?」


「そ、そこまで想像していなくて……でも、そうなんですね」


 と――遠藤めぐるは、はにかむように微笑んだ。


「で、でも、磯脇さんも同じ部屋だったら……少し安心です。わたしなんかを同じ班に誘ってくれて、どうもありがとうございます」


 和緒はまた、全身全霊でその頭を小突きたい欲求をこらえることになってしまった。


                ◇


 そして、修学旅行の当日である。

 二年生は、朝早くからグラウンドに集合だ。そこで点呼を取ったのち、貸し切りのバスに乗り込んで、羽田空港を目指すのである。


 そこに、遠藤めぐるの姿がなかった。

 それを担任の教員に報告したのは、同じ班になった女子生徒のひとりであった。


「せんせーい。遠藤さんが、まだ来てませーん」


「ああ。遠藤は熱が出たらしくて、病欠だ。そっちの班は、四人で行動してくれ」


 和緒は、膝から崩れてしまいそうだった。

 いっぽう同じ班になった三名は、和緒の不興を買わないていどにはしゃいだ声をあげている。そして周囲の女子生徒たちは、もっと遠慮のない声をあげていた。


「修学旅行を休むなんて、ありえなくない? あいつ、昨日だって普通に学校に来てたじゃん」

「なんか、仮病くさいよねー。あいつ、修学旅行なんてくだらないとか考えてそうだし」

「だったら、最初から辞退しろっての! ほんと、ムカつくよねー!」


「ほらほら、静粛に! いないのは、遠藤だけだな? それじゃあ、そっちから順番にバスに乗って!」


 和緒は力の抜けた膝を励ましつつ、バスのトランクにボストンバッグを放り込み、ステップをのぼることになった。

 指定の座席に腰を沈め、小物を詰め込んだバッグを座席のポケットに押し込む。和緒の席は窓際であり、隣の席は――このまま空港に到着するまで、ずっと埋められることもないのだった。


 和緒は他者からの呼びかけを拒絶するために、腕を組んでまぶたを閉ざす。

 しかし、頭の中身が沸騰して、眠るどころの話ではなかった。


(なんだよ、もう……なんだよ、もう!)


 そうして和緒は二泊三日の修学旅行を終えるまで、何度となくそんな言葉を脳内で繰り返すことに相成ったのだった。

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