07 饗宴
バックヤードに下りためぐるは、その薄暗がりで『夏が欠けた世界』のアウトロを聴き届けることになった。
しめやかに楽曲が終了すると、客席からは拍手や指笛が鳴らされる。『V8チェンソー』としては珍しいバラード曲も、問題なく人々の心を満たすことができたようであった。
『それじゃあお次は、毎回恒例のセッションタイムでーす! 今回も、出演バンドの中からおひとりずつお招きさせていただきました!』
ハルの言葉に導かれて、まずは手ぶらのノバがひょこひょことステージに出ていった。
エフェクターボードとシールドはすでにステージに出されており、めぐると7号が持ち出すのはそれぞれの楽器のみである。フライングVを抱えた7号に続いてめぐるもステージに出ていくと、凄まじいばかりの歓声が出迎えてくれた。
ステージには、『V8チェンソー』の生み出した熱気がこれでもかとばかりにたちのぼっている。
その熱気に胸を高鳴らせながら、めぐるは暗い客席に一礼してみせた。
最前列で顔が見えるのは、いずれも見知らぬ人々ばかりだ。これは『V8チェンソー』のステージであるのだから、それが当然の話であろう。
ただ、かなり前列のほうにオレンジ色の頭がちらちらと覗いている。めぐるの出演を知っている町田アンナが、人波をものともせずに出張ってくれたのだろう。
めぐるはこれから、『KAMERIA』のメンバーたちの前で演奏を披露するのだ。
そんな風に考えると、いっそう心臓が騒いでしまう。嬉しいような、気恥ずかしいような、後ろめたいような――さまざまな感情が、めぐるの心をもみくちゃにしているようであった。
(でもとにかく、『KAMERIA』の代表として頑張らないと)
アンプの前に置かれたエフェクターボードには、すでにシールドも繋げられている。めぐるはそれをベースにも繋いでから、アンプヘッドのセッティングに取りかかった。
ノバはすでに、ポコポコとコンガを鳴らしている。
浅川亜季も場を繋ぐように、ボリュームを抑えたクリーンサウンドでゆったりとした演奏を紡いでいた。
「慌てる必要はないからね。セッティングが済んだら、遠慮なく音を出しな」
フユが横から、そのように囁きかけてくる。
その直後、禍々しいギターサウンドが鳴らされた。手早くセッティングを終えた7号が、さっそく音出しを始めたのだ。その凶悪なまでに歪んだサウンドに、また歓声があげられた。
浅川亜季もそれに合わせてギターのボリュームを上げ、ハルも盛大にシンバルを打ち鳴らす。
これだけ騒がしく音が鳴らされても、コンガの軽妙な音色は過不足なく聴こえていた。それだけしっかりと、モニターで音が返されていたのだ。
アンプヘッドの調整を終えためぐるは、最初から歪みの音を響かせる。演目は『小さな窓』なので、クリーンサウンドは使用しないのだ。
自分の音も、問題なく聴き取ることができた。
さらに、ハルがスネアやバスドラを鳴らし、フユがエフェクターを駆使した幻想的なサウンドを響かせても、誰かの音が埋もれることはない。しかしこれほどさまざまな音がいちどきに鳴らされるのは、それこそ夏の野外フェス以来であった。
(でもあのときは、『KAMERIA』のみんなも一緒だったからな……)
めぐるはこれから、『KAMERIA』ならぬ面々と音の調和を目指さなくてはならないのだ。
めぐるにとっては、それが唯一の不安要素であった。
「音の返しは、問題ない?」
と、フユが再び囁きかけてくる。
めぐるが「はい」と応じると、フユはひとつうなずいてからハルのほうに向きなおった。
ハルはにっこり笑ってから、マイクに口を近づける。
『それじゃあ、ゲストメンバーを紹介します! まずは「リトル・ミス・プリッシー」から、パーカッションのノバさん!』
台座にあぐらをかいたノバは、気負う様子もなくコンガに指を走らせる。
『「ヴァルプルギスの夜★DS3」からは、ギターの7号さん!』
7号はモニターに足をかけて、冗談のような速弾きプレイを披露した。
『「KAMERIA」からは、ベースのめぐるちゃん!』
めぐるは頭を下げながら、とりあえずEのパワーコードをかき鳴らした。
『「マンイーター」からは、ヴォーカルのシバちゃん!』
ステージの中央に立ちはだかった柴川蓮は、闘犬の試合に挑む柴犬のような形相で客席をにらみつけていた。
野外の広いステージであればまだしも、ライブハウスで七名ものメンバーが立ち並ぶというのは、大変な人口密度だ。めぐるとしては限界いっぱいまで壁際に引っ込みたい心境であったが、端のポジションにはフユが陣取っていたため、他のメンバーにぶつからないように心がけるしかなかった。
『以上の四名をゲストに迎えて、セッションを楽しみたいと思います! 曲目は……「KAMERIA」のナンバーから、「小さな窓」!』
すると、二種類の歓声が同時にわきかえったように感じられた。
これまで通りの期待にあふれかえった歓声と、よくわからないけどとにかく盛り上がっておこうというような気配のにじんだ歓声だ。客席の人々の何割かは、『KAMERIA』のステージを観ていないはずであるのだった。
それでも人々は、この時間を楽しんでやろうという意欲を燃えさからせている。
『KAMERIA』から『マンイーター』、『ヴァルプルギスの夜★DS3』、『リトル・ミス・プリッシー』、『V8チェンソー』と、数々のステージが重ねられることで、これだけの熱気が練りあげられたのだ。その熱狂っぷりは、いっそ恐ろしいほどであった。
めぐるは気持ちを落ち着かせるために、大きく呼吸を繰り返す。
その間に、他の演奏の音色がフェードアウトしていった。
めぐるは脳内で入念にメトロノームを鳴らしてから、いざ弦に指先を叩きつける。
歪んだ音色による、スラップのリフだ。
一瞬の後、さらなる歓声が吹き荒れる。
それでも心を律しながら、めぐるが演奏を続けると――三小節目から、ノバのコンガがかぶさってきた。
めぐるの打ち出すリズムとぴたりと調和する、軽妙にしてうねるようなリズムである。
めぐるは、もうひとりの自分が別なる楽器を鳴らしているような感覚にとらわれて、思わず背筋を震わせてしまった。
さらに、7号のギターが不吉なハウリングの音を鳴らし、五小節目ですべての演奏が重ねられた。
浅川亜季は、分厚く粘っこいギターサウンドによる、シンプルなバッキングだ。
7号はそれより分厚い音色であるが、単音で独自のメロディを奏でているため、まったく邪魔にはなっていない。
ハルのドラムは、野ウサギのように跳ね回っていた。
ノバのコンガはめぐるのベースとの調和を保ったまま、ハルのリズムとも軽やかに並走している。
そしてフユは、ディレイとコーラスとオクターバーによる幻想的な音色で、もっとも高い位置にまで舞い上がっていた。
どこにも乱れは見られない。
ノバがベースとドラムの両方と調和している時点で、リズムの土台はこれ以上もなく完成されているのだ。浅川亜季のリズムギターがそれを補強し、その上で7号のギターとフユのベースが思うさま躍動している感覚であった。
そこに、柴川蓮の歌声がかぶせられる。
キャンキャンと吠えたてる柴犬のような、獰猛かつ可愛らしい歌声だ。
言うまでもなく、栗原理乃とはまったく異なる歌声である。ただめぐるは、町田アンナの歌声を思い出していた。元気で乱暴という意味で、彼女の歌声は少しだけ町田アンナに通ずるものがあったのだ。
栗原理乃のようなインパクトは、望むべくもない。
しかし、町田アンナの歌声が栗原理乃に引けを取らないように、柴川蓮も彼女ならではの魅力を打ち出していた。彼女の乱暴な歌声が、『小さな窓』の歌詞やメロディから別種の魅力を引き出しているように思えたのだ。
(もし町田さんが『小さな窓』を歌ったら……こういう雰囲気になるのかもしれない)
やはりめぐるが心をつかまれるのは、栗原理乃の歌声である。
ただ、柴川蓮の歌声に落胆することにはならなかった。『KAMERIA』の魅力をそのまま再現することなどは誰にも不可能であったし、また、そのような行いには何の意味もないのだから、この七名はこの七名ならではの魅力と調和を追求しなければならないのだ。
現時点で、十分以上の調和は為されている。
初めての合奏でこれだけの調和を体現できるというのが、信じ難いほどだ。それはやっぱり、めぐる以外のメンバーたちの技量にかかっているのだろうと思われた。
ハルのドラムは和緒ほど安定していないが、合奏するのに何の不都合もない。なんというか、ハルのドラムは音の幅が広いような印象であった。和緒のドラムは鋭利な針で正確に打点をつらぬくような印象であるが、ハルのドラムはもっと太い棒のようなものでどすどすと大きな穴を穿つような印象であったのだ。
その大きな穴の中心は、ピンポイントからずれているのかもしれない。
しかし、その大きな穴の中にピンポイントが含まれていれば、なんの不都合もないような――そんな感覚が、めぐるに大きな安心感を与えてくれていた。
しかもそれがノバのコンガと絡み合えば、もはや盤石である。めぐるは何だか、二人が紡ぐゆるやかなリズムの流れに身をゆだねているような心地であった。
やはりノバのコンガというのは、16ビートの楽曲で本領を発揮する。この思わず腰が動いてしまいそうな躍動感は、ノバの打ち出す軽妙なリズムに大きく影響されているはずであった。
それらのリズムに、浅川亜季のバッキングも心地好く絡んでいる。
7号のギターはAメロに入ると後ろに引っ込み、フユのベースが流麗なる音色で楽曲を彩っていた。
そしてBメロに差し掛かると、なりをひそめていた7号のギターが遠くのほうから不穏なハウリングを響かせてくる。
ここでは歌のキーが下がるため、柴川蓮の存在感がやや薄まった。声を張り上げていないと、彼女の魅力は何割か減じてしまうようだ。こればかりは、どうしようもない話であった。
それよりも、めぐるは嵐の前兆のような感覚を抱いている。
すべての演奏が、サビに向かってふつふつとテンションを上げつつあるのだ。サビで一気に盛り上げるというのが、『小さな窓』の構成であったが――その前兆でここまで心が震えたのは、めぐるとしても初めての体験であった。
そうして、サビに入った瞬間――とてつもない奔流が、めぐるの心と肉体を揺るがした。
すべての演奏が、尋常でない迫力を爆発させたのだ。
ステージにはずっと眩いスポットが駆け巡っていたが、めぐるはいきなり光の渦に叩き込まれたような心地であった。
こんな感覚を、めぐるは知っている。
これは、『ヴァルプルギスの夜★DS3』が見せていた、世界が豹変するような感覚だ。
めぐるは、音の嵐の中にいた。ドラムもコンガも、二本のギターも、フユのベースも、すべてが暴風雨のように荒れ狂っていた。
そして――その中に、めぐるのベースも存在する。
コード進行に従ったスラップの音色が、その暴風雨の一端を担っていたのだ。
まったく他人事ではない。めぐるたちは、七人でこの凶悪な音の嵐を生み出していたのだった。
柴川蓮も、そこに含まれている。サビでキーが跳ねあがったことにより、彼女もこれまで以上の迫力と獰猛さを剥き出しにしていた。
柴川蓮の可愛らしい歌声が、あちこちひび割れている。今にも粉々に砕け散ってしまいそうな危うさだ。その危うさがアンジョーにも似た切迫感を生み出して、またとない魅力を打ち出していた。
だが――彼女は最後まで、もつのだろうか。
それぐらい、彼女の歌声は不安定に震えていた。それが魅力の根源であるとしても、あまりに負荷が大きすぎるように感じられる。ステージの主役である彼女は、たったひとりで六名の演奏に立ち向かわなければならなかったのだった。
であれば、めぐるたちが演奏のボルテージを下げるべきであるのだろうか。
しかし、そのような真似は不可能である。演奏陣の六名は、たったひとつの正しい道を突き進んでいるのだ。思うさま心を揺さぶられながら、めぐるはその事実を確信していた。
(それに……そんなのは、柴川さんだって望んでないはずだ)
めぐるたちは、幸福な調和の中にあり――そしてその先には、さらなる調和も垣間見えているのだ。だからこそ、柴川蓮もこれほどまでに切迫した歌声を振り絞っているのだろうと思われた。
そうしてぎりぎりの均衡の中で、最初のサビは終了する。
めぐるは短い間奏でリフのスラップを紡ぎ、二番のAメロの開始とともに音を切った。
そこに、思いも寄らない存在が耳に飛び込んでくる。
鼓膜を錆びた釘で引っ掻かれるような、甲高いのにざらついた歌声――鞠山花子の歌声である。
めぐるが愕然として顔を上げると、ステージの中央で鞠山花子が透明のステッキを振りかざしつつ『小さな窓』のAメロを歌いあげていた。
そのかたわらで、咽喉をおさえた柴川蓮が身を折っている。そして彼女は背後に向きなおると、そこに準備されていたペットボトルでミネラルウォーターをあおった。
その間も、鞠山花子は意気揚々と歌っている。
その不可思議な歌声は、『小さな窓』にも完全に馴染んでいた。まるで、彼女のために作られた楽曲であるかのようである。
めぐるは大いに惑乱しつつ、後半部から演奏に参加する。
すると、それと同時に柴川蓮も歌声を張り上げた。鞠山花子とのユニゾンである。二人はともに甲高い歌声であったが、どこかで微妙に周波数がずれているらしく、おたがいの魅力を潰し合うことなく共存していた。
そうしてBメロが目前に迫ると、鞠山花子が柴川蓮のほうに向きなおり、ステッキの先端を自分の胸もとに突きつける。
それを見た柴川蓮は――Bメロに入ると同時に、口を閉ざした。
キーの下がるBメロが、鞠山花子の歌声のみで紡がれる。
そちらでも、彼女の歌声は調和していた。
キーが下がっても特異な歌声の印象は変わらず、ただいっそうの濁りを帯びる。それもまた、サビに向かってじわじわとせりあがっていく演奏と完全に同調していた。
そうして、二番のサビとなり――さきほど以上の暴風雨めいた音が、世界を駆け巡った。
柴川蓮と鞠山花子は、二人でサビを歌いあげている。
ただし、鞠山花子は低音の裏メロで主旋律を支える役割だ。それに支えられながら、柴川蓮はさきほどよりも獰猛な歌声を振り絞っていた。
しかし、この『小さな窓』にコーラスのパートは存在しない。
かつての野外フェスにおける栗原理乃のように、鞠山花子は即興でハモりのメロディを構築してみせたのだ。
鞠山花子が低音を支えているためか、柴川蓮の歌声の危うさがいくぶん抑えられている。さきほど以上の迫力でありながら、壊れてしまいそうな危うさは消えていた。
それで、歌が完成された。
七名から八名に増えたメンバーの歌と演奏が、さらなる調和を成し遂げたのである。
そこからこぼれ落ちないように懸命にベースを弾きながら、めぐるは得体の知れない感覚に心をつかまれていた。
めぐるは『V8チェンソー』のみならず、『リトル・ミス・プリッシー』や『ヴァルプルギスの夜★DS3』のステージに乱入したような心地であったのだ。
(わたしは……初めてこんなメンバーでステージに立ってるのに……)
他の七名が何を望み、何も求めているのか、めぐるには手に取るように理解できている気がした。こんな感覚は、バンド活動に取り組んでから初めてのことであった。
やがてサビが終わったならば、ギターソロが開始される。
まずは、7号からだ。彼女は『ヴァルプルギスの夜★DS3』のときと同じように、超絶的な速弾きのソロプレイを披露した。
それに続くのは、浅川亜季である。彼女はワウ・ペダルを使い、町田アンナとも7号とも別種の魅力あるサウンドを響かせた。これは夏フェスでも体感していたが、本日はあのときよりも音が冴えわたっているように感じられた。
(そっか。あの日はマーシャルのアンプを町田さんに譲って、ジャズコーラスを使ってたんだ)
浅川亜季は本来の自分の音で、好きなようにギターを鳴らしている。力強くて、粘ついていて、どこかに軽妙なニュアンスも残した、彼女ならではの魅力あるサウンドだ。
そうしてギターソロの時間が倍の長さになることは、事前に告知されていたが――めぐるは、その時間がさらに長くなることを確信した。浅川亜季のギターが、そのように訴えかけてきたのである。
めぐるはCメロに移行せず、ルート進行に従ったスラップを継続させる。
予想通り、再び7号のギターソロが始められた。そちらにパスが出されるさまが、めぐるにははっきりと見て取れたのだ。
それに合わせて、めぐるは自らもフレーズを変更した。
たとえ土台を支える役目でも、これほどの長い時間を同じフレーズで押し通すのは冗長に思えてならなかったのだ。そこで持ち出したのは、本日のアクシデントで生まれたコード弾きのフレーズであった。
今は3弦も無事であるので、より理想的なフレーズを紡ぐことができる。
それに、ドラムとコンガの確かなリズムが、めぐるの足もとを支えてくれていた。
今回はさきほどの半分の長さで、浅川亜季にギターソロがパスされる。
ワウ・ペダルを切った浅川亜季は、いっそう分厚い音色で迫力のあるソロプレイを披露した。
だが――まだCメロに移る気配が漂ってこない。
それに、ドラムとコンガとフユのベースが、さらなる盛り上がりの予兆を見せていた。
(……頭打ち?)
めぐるはほとんど本能で、頭打ちに相応しいスラップに切り替えた。
ドラムはまさしく、頭打ちのリズムに移行する。コンガは細かくアクセントをつけた16ビートで、真っ直ぐな頭打ちにねじるようなフィーリングを付け加えた。
浅川亜季は、再びワウ・ペダルを持ち出してのバッキングである。
7号は、階段を駆け上がっていくような速弾きのフレーズだ。
さらにフユは、限界いっぱいの高音でヒステリックなバイオリンめいたフレーズを紡いでいる。7号と音数を競っているかのような速弾きだ。
そしてその最果てに、Cメロが待ち受けていた。
全員が、頭の音を長くのばす。
その中で、柴川蓮が歌声を振り絞った。ここは極端にキーが下がるわけではないし、サビほど高音なわけでもないため、彼女ひとりでも十分な魅力であった。
そして、ルートが切り替わるタイミングで、浅川亜季と7号は音を消す。
ハルもそのままフェードアウトして、めぐるとフユとノバだけが新たな音を鳴らした。
めぐるはゆったりとした低音のフレーズ、フユは優雅なバイオリンのようなフレーズ、ノバは雨粒のようなリズムだ。
やがてCメロの半分が過ぎると、7号がハウリングを響かせた。
そして浅川亜季は抑えた音量で同じフレーズを繰り返し、ハルはスネアをロールさせる。Bメロとは異なる予兆でもって、大サビの盛り上がりが演出された。
そうして、三度目の暴風雨がやってくる。
目も眩むような、轟音の渦である。
ハルのドラムは、何十羽もの野ウサギが乱舞しているような奔放さだ。
ノバもまた、そのリズムにいっそうの躍動感を与えている。
めぐるはそれに引きずられて、芝生の丘を転げ落ちているような感覚であった。
浅川亜季はバッキングを受け持ちつつ、要所で装飾のフレーズを差し込んでいる。
7号はギターソロそのままの速弾きだ。
フユは流麗に、力強く、幻想的な音色ですべてを包み込もうとしている。ここでフユまで暴れていたら、この荒々しい調和もすぐさま崩壊していたはずであった。
鞠山花子が低音の裏メロで支えているため、柴川蓮の歌声も問題なく調和を保っている。
ただし、大サビの後半に差し掛かると、鞠山花子も主旋律に割り込んだ。
柴川蓮は、負けじと声を張り上げる。それでまた、壊れてしまいそうな危うさが漂ったが――その亀裂は、鞠山花子の歌声で埋められていた。
すべての演奏が、ひとつの音に収束されていく。
本当に、『リトル・ミス・プリッシー』のステージを観ているかのようだ。
あるいは――これだけ奔放でありながら限界いっぱいまで調和しているさまは、むしろ『SanZenon』のほうに近しいのかもしれなかった。
であればそれは、めぐるが目指していた領域だ。
めぐるは知らず内、自分が目指していた場所に足を踏み込んでいたのかもしれなかった。
そこでめぐるは、また奇妙な感覚に心をつかまれた。
めぐるはこれ以上もなく昂揚し、悦楽に満ちた時間を過ごしているはずであるのに――心の片隅で、もうひとりの自分がその昂揚をじっと見守っているような感覚であった。
(……うん。わかってるよ)
めぐるはもうひとりの自分に答えながら、最後の一音を世界に叩きつけた。
それと同時に、歓声が爆発する。
言うまでもなく、客席はずっと盛り上がっていた。これだけの演奏が、人々を熱狂させないわけがないのだ。
めぐるはたった一曲で、着替えたばかりのTシャツが汗だくになってしまっていた。
柴川蓮は自分の膝に手をついて、ぜいぜいと息をついている。そのかたわらで、鞠山花子はバトン芸を披露していた。
『花ちゃんさんも、飛び入りで参加してくれましたー! 花ちゃんさん、ありがとうございまーす!』
ハルがシンバルとバスドラを乱打したので、めぐるもそれに合わせてベースをかき鳴らした。他の面々も、それは同様である。
『ノバさんも、7号さんも、めぐるちゃんも、シバちゃんも、みんなありがとー! みんなのおかげで、最高の演奏ができましたー!』
ハルの声に呼応して、さらなる歓声がうなりをあげる。
めぐるは大きな充足とひとつの決心を胸に、沸騰した客席ホールに視線を巡らせる。
和緒と町田アンナと栗原理乃は、どこにいるのだろう。
めぐるは――一刻も早く、この思いをメンバーたちに伝えたかった。




