07 交流
「それでは、顔合わせはこれで終了です! 開場まであと二十分ぐらいなので、それまではゆっくりくつろいでください!」
ハルがそのように宣言して、めぐるはほっと息をついた。
するとすぐさま、『マンイーター』の面々が寄ってくる。
「みんな、お疲れぇ。リトプリやヴァルプルの人らには、これから挨拶なんでしょ? あたしらももういっぺん挨拶しておきたいから、一緒に突撃しようよぉ」
亀本菜々子が、のんびりとした面持ちでそのように告げてくる。
そして、柴川蓮がいつもの調子で「ふん!」と鼻を鳴らした。
「ヴァルプルはともかく、リトプリの人らにはくれぐれも失礼のないようにね! 特に、あんたとあんたは口のききかたに気をつけな!」
そのように指摘されたのは、もちろん和緒と町田アンナである。
町田アンナは、「えー?」と不満そうな顔をした。
「じゃ、ヴァルプルの人らには、失礼があってもいいってこと? ウチ、まりりんさんにはソンケーしかないんだけど!」
「そ、そういう意味じゃないよ! リトプリのほうがおっかなそうだから、気を抜くなってことさ!」
「ふーん? おっかなさも、まりりんさんのほうが上だと思うけどなー! でもまあとにかく、挨拶しておこっか!」
そうして『KAMERIA』と『マンイーター』の七名は、一丸となって大御所バンドのほうに向かうことになった。
『リトル・ミス・プリッシー』のもとには『V8チェンソー』の面々が身を寄せているので、まずは『ヴァルプルギスの夜★DS3』のもとを目指す。そちらはメンバー四名で、仲良さげに語らっていた。
「どうも、お疲れ様です。あらためまして、今日はよろしくお願いします」
坂田美月が率先して声をあげると、鞠山花子が眠たげな目つきで振り返ってきた。
「おやおや、ずいぶんな大人数だわね。わたいはひと通り挨拶してるから、あんたたちも挨拶させていただくだわよ」
「はいはぁい。今日はよろしくお願いしますねぇ」
気さくに笑みを浮かべたのは、キツネを連想させる面立ちのドラマーだ。
その細い目がいっそう細められながら、めぐるたちを見回してきた。
「わあ、近くで見ても華やかだなぁ。特に、あなたとあなたは素人離れしてるねぇ」
そのように評されるのは、やはり和緒と栗原理乃である。
すると、鞠山花子が「ちょいと」と声をあげた。
「未成年に、色目を使うんじゃないだわよ。この時間はわたいの支配下にあることを忘れるんじゃないだわよ?」
「わかってますってぇ。あたしの軽口にいちいち気を立ててたら、花ちゃんさんも身がもたないよぉ?」
「ふん。あんたたちも、自分の貞操は自分で死守するんだわよ?」
それこそ軽口なのか本気なのか、めぐるにはまったく判断がつかなかったが――とりあえず、和緒はポーカーフェイスを保ちながら嫌そうに目を細めていた。
「ほらほら、7号ちゃんも挨拶するんだわよ。あんたはぶっきっちょさんなんだから、誤解されないように愛想を振りまくんだわよ」
「うるさいなぁ。誤解じゃなくって、あたしはこういう人間なんだよ」
いかにも不愛想な顔つきをしたギタリストが、しかめっ面で金色のざんばら髪をかきあげる。
そしてそのかたわらでは、可愛らしい姿をしたベーシストがおどおどと目を泳がせていた。
「あ、あの、どうも初めまして。さっきは変な紹介になっちゃいましたけど、ボクのことは気にしないでくださいね」
それはいかにも繊細で、少女だとしか思えないような声音であった。
町田アンナはいつも通りの無邪気な笑顔で、「うん!」と応じる。
「でも、13号ちゃんはマジでかわいーね! こっちは女の子として扱えばいいの?」
「は、はい。でも、着替えとかは見ないように気をつけますので……」
「どうせお店のスタッフにはオトコもいるんだから、こっちはいつも通りにするだけだよー! 今日はよろしくねー!」
そんな風に言ってから、町田アンナは慌てて自分の口もとをふさいだ。
「あやや。うっかりタメ口をきいちゃった! まりりんさんのバンドのメンバーなんだから、13号ちゃんだって年上なんだよねー?」
「ふふん。年上は年上でも、たった一歳なら誤差だわよ」
「えーっ! それじゃあ13号ちゃんは、高校二年生なの? でも、ヴァルプルだってインディーズからCDを出してるんでしょー?」
「13号ちゃんは一番の新参なんで、まだレコーディングには参加してないだわね。このルックスとプレイに惚れ込んで、わたいがスカウトしたんだわよ」
すると、事前に各バンドのリサーチをしていた和緒も発言した。
「こちらのバンドはそうやってメンバーを入れ替えながら、ライブやレコーディングに取り組んでおられるそうだよ。ギターの7号さんは『DS1』から、ドラムの10号さんは『DS2』から参加されてるそうだね」
「んん? メンバーが変わると、ナンバリングが変わるってこと? そもそも『DS』ってのは何なんだろー?」
「『DS』はダークサイドの略で、闇堕ちした魔法少女を意味してるんだわよ。無印の『ヴァルプルギスの夜』ではキュートでポップでマジカルな楽曲、『DS』ではダークでヘヴィでサタニックな楽曲を披露してるわけだわね。ついでに言うなら、『DS』はこの二、三年で立ち上げた新しいユニットなんだわよ」
「へーっ! だからまりりんさんの雰囲気も、普段と違ってるんですねー! 試合のコスチュームはもっとキラキラしたカラーリングだし、髪の色も違ってますよねー?」
「そりゃあ闇堕ちしたからには髪の色が変化するのも、自然の摂理なんだわよ」
よくわからないことを言いながら、鞠山花子は肩にかかるアッシュグレーのウェービーヘアーを指先ではねあげた。
「ともあれ、わたいは基本的にソロアーティストの立場だわから、必要に応じてバックのメンバーを招集してるわけだわね。この三人もそれぞれメインのバンドを持つ身だわけど、今この時間だけはわたいの忠実なるしもべなんだわよ」
そう言って、鞠山花子はにんまりと微笑んだ。
「あんたたちも、思わずスカウトしたくなるようなオーラがむんむんだわけど……まあ、今は『DS』も充実してるんで、急ぐ理由はないだわよ。今日はトップバッターに相応しい熱いステージを期待してるだわよ」
「はーい! 頑張りまーす!」
町田アンナもいくぶん緊張が解けてきたのか、鞠山花子に対しても無邪気な笑顔を向けられるようになった。
めぐるがひそかにそれを喜んでいると、不愛想なギタリストたる7号が「おい」と顔を近づけてくる。
「今日のアンコールでステージに上がるのは、あんたなんだよな?」
「え? あ、はい。いちおう、そういうことになってますけど……」
「こっちからは、あたしが受け持つことになった。……よろしくな」
そういえば、アンコールのカバー曲では各バンドから一名ずつステージに上げられるという話であったのだ。めぐるが慌てて頭を下げると、柴川蓮が怖い顔で身を寄せてきた。
「ブイハチのみなさんが決めたことだから、あたしも文句はつけないけどさ! せっかくの大舞台を台無しにしたら、あたしがただじゃおかないからね!」
「……あんたたち、仲が悪いの?」
7号がうろんげに眉をひそめると、柴川蓮は慌てて手と首を振った。
「あ、いえ! 決してそういうわけじゃないです! ただ、絶対に失敗したくなかったから……」
「……あんたたちなら、大丈夫だろ。変に気張らないで、自然体で挑みなよ」
態度や表情は不愛想であるが、さきほどから言葉の内容は至極穏当である。それでめぐるも、安堵の息をつくことができた。
(でも、それじゃあ……『リトル・ミス・プリッシー』からは、誰が参加するんだろう?)
そんな疑問を抱えながら、めぐるたちはしばらく『ヴァルプルギスの夜★DS3』の面々と交流することになった。
まあ、こちらの側でアクティブに振る舞うのは、町田アンナと坂田美月と亀本菜々子の三名だ。幸か不幸か、このような大人数ではめぐるが出張る場面もなかった。
「まあリハを見る限り、今日のイベントに不安はないだわね。おたがいベストを尽くすだわよ」
そのように語る鞠山花子も、奇矯な外見と口調に反して中身は常識人のようである。それにやっぱり、言動の端々から妙な貫禄を感じてやまなかった。
メンバーをしもべよばわりするのは気になるところであったが、しかし人間関係は良好であるようだし、メンバーは誰もが鞠山花子のことを敬愛しているように見受けられる。であれば、部外者たるめぐるが案じる筋合いはないはずであった。
そうして開場の時間を気にしながら、次は『リトル・ミス・プリッシー』のもとを目指す。
そちらではまだ『V8チェンソー』の面々が集っており、いつの間にかジェイ店長もひっそりたたずんでいた。
「あ、来た来たぁ。『マンイーター』はさっき紹介したから、まずは『KAMERIA』のみんなを紹介させていただくねぇ」
浅川亜季に招かれて、『KAMERIA』の四人が横並びになる。
すると、パーカッションのノバがのほほんとした笑みを向けてきた。
「どもども。今日はよろしゅうね。うちんメンバーはみんな不愛想だけんど、そいほど極悪な人間はいんはずだかんさ」
「あはは! 出してる音は、極悪ですけどね!」
ハルが屈託なく相槌を打つと、ノバはいっそう呑気に笑った。
「極悪なんは、キュウベイだけよ。アンジョーも若干そんケはあんけど、おいとチハラはかあいいもんやさ」
いったいどちらの方言であるのか、めぐるには聞き覚えのないアクセントである。ただ、そののんびりとした口調は、このにこやかな女性にとても似合っているように思えた。
「あ、ベースのあんた。めぐるちいうたよね? アンコールのセッションではおいが出るんで、よろしゅうね」
「あ、は、はい。ど、どうぞよろしくお願いします」
『リトル・ミス・プリッシー』からは、彼女が参ずるのだ。
『V8チェンソー』の三名に、柴川蓮のヴォーカルと7号のギターとノバのパーカッション――ギターとパーカッションに関してはリハすら目にできなかったので、いっそう想像が及ばなかった。
「あんたらも、ちっとは挨拶せんね。キュウベイは、ベースのめぐるちに興味があるんしょ?」
ノバがそのようにうながすと、ベースのキュウベイがサングラスに隠された目をめぐるに向けてきた。
近くで見ると、彼女は本当に背が高い。浅川亜季やフユよりもさらに長身であるので、百七十五センチぐらいはありそうだ。頭ひとつぶんも小さなめぐるは、自然に委縮することになってしまった。
「あ、あの……ど、どうぞよろしくお願いします」
沈黙の重圧に耐えかねて、めぐるは頭を下げてみせる。
そして、めぐるが顔を上げると――大きな手の平が、めぐるの顔を左右から包み込んできた。
革のグローブを思わせるざらざらとした指先が、めぐるの頬を撫で回してくる。そんな真似に及びながら、キュウベイはぼんやりとした無表情のままであった。
「あの、それはどういった意思表示なんでしょうか?」
和緒がクールな声を投げつけると、キュウベイはしばらくめぐるの顔をまさぐってから手を下ろした。
「ごめん。顔、知りたかったから」
「……はい?」
「ベース、面白かったから、顔、知りたかったの」
「……失礼ですが、あなたは目が不自由なんですか?」
「うん。ちょっと」
キュウベイは、その声や言葉回しまでもがぼんやりとしていて、つかみどころがなかった。
すると、フユが溜息まじりに声をあげる。
「キュウベイさんは、目が光に敏感らしくてね。それでこんな濃いサングラスをかけてるから、室内ではあんまり目がきかないんだってさ」
「うん。そう」
「でも、ステージじゃなかったら、そこまで濃くする必要はないんでしょう? 何度も何度も言ってますけど、ステージとそれ以外で使い分けてくださいよ」
「うん。面倒」
のれんに腕押しのキュウベイに、フユは遠慮なく溜息をこぼす。
すると、そっぽを向いていたアンジョーがにわかにフユを振り返った。
「最初にキュウベイにさわられたとき、フユは悲鳴をあげてたやんな? ほんなら、その子はフユより胆が据わっとるんとちゃう?」
欧米人のような容姿をしているアンジョーは、はっきりとした関西弁である。
そしてフユは、眉を吊り上げながら顔を赤くすることになった。
「ひ、ひさびさに口を開いたと思ったら、なんですか! いい加減、そんな話は忘れてくださいよ!」
「せやけど、あないかわゆらしい悲鳴をあげるフユが悪いわ」
アンジョーは、にこりと微笑んだ。
彫りの深い凛々しい顔立ちで、カウボーイスタイルの仰々しいファッションでありながら、子供のようにあどけない笑顔である。
そして猫背のチハラは、ひとり我関せずで沈黙を保っている。そちらはもう、観葉植物のようにひっそりとしたたたずまいであった。
やはり『リトル・ミス・プリッシー』というのは、『ヴァルプルギスの夜★DS3』に負けないぐらい個性的な人間の集まりであるようだ。
ただ――めぐるとしては、グローブのような質感であるキュウベイの指先がどのようなベースの音色を奏でるのかが気にかかってならなかったのだった。




