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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 4-

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04 前夜

 それから日々は流れ過ぎ――ついに、その日がやってきた。

 二月の第二土曜日、『V8チェンソー』企画イベントの前日である。


 その日も『KAMERIA』のメンバーは部室での練習をやりとげたのち、町田家に向かうことになった。

 二月になっても気温は上がらず、むしろ底冷えがひどくなっている。しかし、メンバー四人で集まっている限り、めぐるの心はいつも温もりに満たされていた。


「いやー、ついに本番だね! 毎回毎回、前日はワクワクが止まらないなー!」


「で、その後には楽しい楽しい学年末試験が待ち受けてるけどね」


「そんなもん思い出させないでよー! ま、けっきょくこの一年、赤点はまぬがれてるからねー! 今回だって、ラクショーさ!」


 来週の火曜日から、試験期間に突入するのだ。かえすがえすも、『V8チェンソー』のイベントが試験期間内でなかったのは幸いな話であった。


(自分たちのライブだけじゃなく、『V8チェンソー』の出番でまで出演することになったのは、すごく緊張しちゃうけど……でも、ここまで来たら頑張るしかないや)


 めぐるもこの二週間ばかりで、腹をくくることになった。

『KAMERIA』の中で自分だけが引っ張り出されるという物寂しさや後ろめたさは完全に払拭することも難しいが、『V8チェンソー』に『小さな窓』をカバーしてもらえる誇らしさや、少しでもイベントを盛り上げるお役に立ちたいという使命感で、めぐるはなんとか心のバランスを取ることがかなったのだ。


(ただ……かずちゃん以外のドラムで、上手く弾けるのかなぁ)


 そんな思いを込めて和緒の長身を見上げると、まるでそのタイミングを読んでいたかのように頭を小突かれた。


「明日は、あんたの晴れ舞台だね。客席で、じっくり堪能させていただくよ」


「そ、それよりまずは、自分たちのライブを頑張らないとね」


 とはいえ、やるべきことは今日の練習でやり終えている。あとは町田家で楽しく過ごしながら、本番の時を待つばかりであった。


「みんな、いらっしゃーい! すっごくひさしぶりだねー!」


 町田家に到着すると、今日も今日とて元気な町田エレンが出迎えてくれる。年末年始に五日間もお世話になってしまったので、今日までの期間は町田アンナの誕生日ぐらいしかお邪魔しておらず、宿泊をお願いするのはひと月半ぶりであった。


「今日はママたちがいないけど、ご馳走をいーっぱい作ってくれたからねー! もう準備できるから、早く食べよー!」


「ほうほう。今日は土曜日なのに、ご両親はお出かけなのかな?」


「うん! 道場の門下生が試合だから、セコンドとしてお世話してるの! 帰ってくるのは、エレンが寝ちゃった後かなー!」


 格闘技の選手にとっては、試合こそがライブのようなものであるのだろうか。そんな風に考えると、めぐるも見も知らぬ町田道場の門下生の活躍を願わずにいられなかった。


 着替えを済ませてから食事の間に移動すると、立派な料理がずらりと並べられている。本日は、オランダ料理のオンパレードだ。いかなるお国の料理であっても、めぐるが文句をつけるいわれは一切存在しなかった。


 食事を終えたならば妹たちを観客にして生音の合奏、町田エレンが就寝の時間となったらひとりずつ入浴、入浴を終えたら寝支度をして歓談――と、その夜もこれまで通りの賑やかさであっという間に時間が流れていった。


「おー! またフォロワーがちょろっと増えてる! 百五十人も目前だねー!」


 歓談のさなか、町田アンナがそのように言いたてると、和緒はいつもの調子で肩をすくめた。


「フォロワー数の変動で一喜一憂ってのは、今時の高校生っぽいのかもね。時代性に迎合できて、おめでたいこった」


「だってそれだけ、色んな人が『KAMERIA』に興味を持ってくれたわけだからねー! やっぱ、嬉しいじゃん!」


 すると、栗原理乃もおずおずと発言した。


「でもやっぱり、新しいチケットの申し込みとかはないんだね。そう考えると……宣伝効果はそんなに期待できないのかなぁ?」


「そりゃーライブ動画を観ただけでライブ会場まで足を運ぼうなんて考える人間は、そうそういないと思うよー! でもやっぱ、顔や名前を売るのがジューヨーなんだって! もっとウチらがジッセキを作ったら、足を運ぼうって考える人も出てくるかもしれないしね!」


「うん……そういうものなのかな……」


 栗原理乃が曖昧な面持ちでうなずくと、和緒がいかにも気のない表情で言葉を継いだ。


「たとえば明日のライブにしたって、後半のバンドにしか興味のなかったお人たちがトップバッターから観てやろうって気持ちになるかもしれないしね。チケットの売り上げに変化はなくても、客席の人数が増える可能性は残されるんじゃないのかな」


「ああ、なるほど」と、栗原理乃はびっくりまなこで和緒のほうを振り返った。


「そういう可能性は、まったく想像していませんでした。やっぱり磯脇さんは、すごいですね」


「よしておくれよ。栗原さんみたいな美少女にそんな熱い眼差しを向けられたら下心をかきたてられてならないし、幼馴染の嫉妬心で焼き殺されちゃうじゃないのさ」


「あはは! その場合は、理乃とめぐるが修羅場かもねー!」


 和緒の軽口に町田アンナは笑い、栗原理乃は赤面し、めぐるはひとりであわあわとする。それもこの四人では、しょっちゅう見られる光景であった。


「あとさー! センハナの動画をあげたときに、『SanZenon』の動画のリンクも張ったじゃん? アレであっちの動画のアクセス数もめっちゃのびたらしいよー!」


「ああ。ついでにちぃ坊さんのチャンネルの登録者数も微増したらしいね。あの猫どものあざとさはレベル高いからなぁ」


「猫どもって! 和緒はにゃんこがキライなのー?」


「四足獣には、興味ないね。……おっと、気を悪くさせちゃったかな?」


「べ、別にしないけど」


 めぐるが表情の選択に困っていると、栗原理乃が眉を下げつつ語りかけてきた。


「そういえば、今回も中嶋さんは来場できないそうで……残念でしたね」


「え? い、いえ。わ、わたしは動画を観てもらえるだけで、満足していますので……」


 それはめぐるの、混じり気のない本心であった。それはもちろん、『SanZenon』の元メンバーであった中嶋千尋に来場してもらえたらありがたい限りであるが――しかし彼女を眼前に迎えたら、めぐるはどうしたって心をかき乱されてしまうのだ。それで彼女の来場を忌避する気持ちはなかったが、とにかく彼女には彼女の思う通りに行動してほしかった。


「ちぃ坊さんには毎回ノーカットで動画を送ってるから、ひとまず満足してもらえてるっしょ! あとはウチらが全国ツアーでもやったら、福岡でお招きしてあげればいいさ!」


「それはなかなかスケールの大きな誇大妄想だね。想像したら、背筋がぞっとしちゃうよ」


「想像したら、楽しいじゃん! でっかいバンに機材を詰め込んで、メンバー四人で移動するの! ほーら、めっちゃ楽しそう!」


 町田アンナは心から楽しげであったが、めぐるもさすがに想像力が追いつかなかった。

 めぐるはこうしてバンド活動を続けていられるだけで、幸福の絶頂であるのだ。それよりも幸福な未来などというのは、恐れ多くて想像することも難しいのだった。


「ま、とにかく地道に一歩ずつ頑張っていかないとね! まずは、明日のライブもかっとばしていこー!」


 そんな元気な声をあげた数分後、町田アンナは眠りに落ちることになった。

 それにつられて栗原理乃も就寝し、またもや残されたのはめぐると和緒の二人である。めぐるにとっては、期待通りの展開であった。


「わたしは相変わらず、バンドで上を目指すとかそういう話がよくわからないんだけど……これでいつか、町田さんと考えがずれちゃったりしないかなぁ?」


 窓際の薄暗がりでめぐるがそんな疑念を呈すると、和緒はポーカーフェイスに皮肉の成分をにじませつつ頭を小突いてきた。


「そんな心配を抱いたんなら、本人に言うべきじゃない? あたしだけに打ち明けたって、何も解決しやしないよ」


「うん。別に、心配っていうほどの気持ちじゃないんだよね。だから、本人に打ち明けようとまでは思わなかったんだけど……」


「それじゃあ世間話の一環として語らせてもらうけど、町田さんはあんたの同類なんだから、心配する必要はないんじゃないのかな」


「わたしの同類っていうのは……目先の楽しさを追求するっていう意味で?」


「そう。だけど町田さんはあんたよりもバンドに関しての知識が豊富だから、その先に楽しい未来ってもんをイメージしやすいんじゃないのかね。半分がたは、誇大妄想だろうけどさ」


「うーん、そっか。わたしは今が一番幸福だから……これより幸福な未来が想像できないのかもね」


「そういう意味で言うと、町田さんは不幸な未来を回避しようっていう気概が豊富なのかもね。バンドを成功させないと、楽しい今が継続できないって理解してるんじゃない?」


 和緒の言葉に、めぐるは心臓を騒がせてしまった。


「あ、あの、楽しい今が継続できないっていうのは……どういう意味?」


「メジャーデビューでもしない限り、バンド活動ってのは縮小していく宿命でしょ。高校を卒業して、それぞれ進学や就職したら、時間を合わせることも難しくなるわけだからさ。『イエローマーモセット』なんかが、いい例じゃん」


 三年生の先輩バンド、『イエローマーモセット』は春の卒業ライブというもので解散するのだ。

 それでめぐるが重い気持ちになりかけると、和緒はすぐさま頭を小突いてきた。


「そんなていどの想像で、落ち込まないでもらえる? ひたすら目先の快楽を追い求めるのが、あんたの生態でしょうが?」


「う、うん。だけど……」


「二年も先の話を想像して落ち込むなんて、馬鹿げてるでしょ。その二年の間に転がってる幸福を、みすみす見逃すつもり?」


 和緒は苦笑を浮かべながら、めぐるの頭をかき回してきた。


「ほらほら、目先のエサに飛びつきなさいな。明日は、何があるんだっけ?」


「……『V8チェンソー』主催のライブイベント」


「はい、よくできました」


 和緒はめぐるの頭を何度か叩いてから、手を引っ込めた。

 その優しい眼差しに見守られながら、めぐるは心中に生じた不安を溜息として吐き出す。


 一年前、めぐるは今のような幸福をまったく想像できていなかった。

 であれば、二年後の不幸を想像したって、詮無きことだ。めぐるが何を想像しようとも、この世界は否応なく転がり続けるのだった。


(いや……転がってるのは、わたしのほうなのかな)


 めぐるは未練がましく抱えていたベースで、『転がる少女のように』のイントロを爪弾いた。

 そうすると、和緒はいっそう優しげな眼差しでめぐるの頭を小突いてきたのだった。

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