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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 4-

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03 思わぬ提案

 和緒が十六歳となり、めぐるが思いも寄らぬプレゼントを受け取ったのちは、また練習の日々であった。

 いよいよ受験も目前であるため、部室は使い放題である。週に六日は部室での練習、日曜日は物流センターのアルバイトというのが、めぐるにとっての日常であった。


 その期間にも、SNSでは週に一度のペースで演奏の映像が公開され、なかなかの人気を博しているらしい。また、口コミで評判が伝わって、フォロワー数もじわじわ増えているとのことであった。


「それにやっぱり、ブイハチのイベントに出るってのがインパクト強かったみたいだねー! ブイハチのイベントは、すっげーバンドが出演するって評判みたいだしさー!」


 ミーティングと称して集合した部活帰りのハンバーガーショップにて、町田アンナがそのように言いたてると、和緒はいつもの調子で肩をすくめた。


「プレッシャーで、胃が痛くなりそうだね。ま、トップバッターの新人バンドってことで、お目こぼしを期待するしかないか」


「そんな弱腰でどうすんのさ! こんなすっげーイベントに誘ってもらえたんだから、ウチらも全力で盛り上げなきゃでしょー!」


 そんな風に言ってから、町田アンナはオレンジ色の頭を引っかき回した。


「ただ今回は、チケットの売れ行きがイマイチなんだよなー! やっぱ、三千円ってのはでかいよねー!」


 チケットの値段やノルマというのはイベントの主催者が自由に設定できるそうで、このたびのイベントは三千円という値段であったのだ。通常ブッキングのライブでは二千円であったのだから、やはりずいぶん割高なのだろうと思われた。


「でも、ノルマは十枚にしてもらえたんだから、そんな気張る必要はないんじゃない? いざとなったら、ワリカンで支払うしかないんだしさ」


「でも、お客を呼べなかったら、やっぱ申し訳ないじゃん! 安く売って、足りない分を自分たちでカバーするってのも、ひとつの手だけど……でもそれだと、イベントの価値を下げちゃうかもしれないしなー!」


「だったら、ご本人たちに相談してみたら? こっちだけであれこれ悩んでても始まらないでしょ」


 和緒の提言に従って、浅川亜季に電話で相談することになった。

 その返答は、『そちらの判断に任せる』という無難な内容であったが――ただし、いくつかの注釈が添えられていた。


『ご家族やご友人なんかに値引きするってのは、全然アリだと思うよぉ。ただ、できることなら同業者には定価でさばいてほしいかなぁ』


「同業者って、バンドマン? 部活の先輩とかも?」


『そのあたりの線引きも、そちらさんにおまかせするけどさぁ。とりあえず、同業者だったらこの値段で納得してもらえるだけのイベントにするつもりだからねぇ』


「うーん、やっぱそうだよねー! じゃ、家族やツレだけ値引きさせていただくよー! そっちの値引きは、いくらぐらいにするべきだろー?」


『それこそ、あたしらが口を出す領分じゃないさぁ。お客が少なくても文句を言ったりしないから、自分たちが損をしないようにねぇ』


 そんなやりとりを経て、町田家のご家族や町田アンナの個人的な友人には二千円でチケットを買っていただくことになった。足りない千円ずつは、メンバーが自腹で補填するわけである。


「おー! 二千円なら、みんな来てくれるって! 二千円だって安くないのに、ありがたい限りだねー!」


「うん。それもアンナちゃんの人徳だね」


「いやいや! 前回のライブも、かなり盛り上がってくれたしねー! これも『KAMERIA』が頑張った成果だよー!」


 ということで、チケットも無事にさばくことができた。町田家のご家族で四枚、町田アンナの個人的な友人で七枚、部活の先輩で二枚――さらには、『ケモナーズ』のメンバーも三名だけ来場してくれるとのことで、トータルすると十六枚に達したのだ。

 ちなみに今回のバックマージンは、十一枚目から五百円、二十一枚目から千円という金額に設定されている。六枚分には五百円のバックマージンが生じて、三千円が返還されるのだ。さらに、部活の先輩と『ケモナーズ』の面々には定額で販売していたので、バックマージンを差し引けば自腹の補填も微々たる額であった。


「でもそう考えると、十枚きっかりで収めたほうが、こっちの負担は少ないわけか。値引きが千円でバックが五百円だと、十一枚目以降は一枚につき五百円ずつ損するわけだもんね」


「そーかもしれないけど、自分たちにとっても客入りのほうが重要っしょ! 他のバンドがどれだけチケットをさばいたって、トップバッターから観に来てくれる人がどれだけいるかもわかんないんだからさ! お客が少なくたって頑張るけど、多いに越したことはないじゃん!」


 大晦日の年越しイベントでこれまで以上の熱気を体感できためぐるも、町田アンナのそんな主張に賛同することができた。初ライブの際には、それこそ十名のお客だけで充足できたものであったが――やはり、客席の人数によって左右される熱気というのは、確かに存在するものであるのだ。


「それにたぶん、ブイハチのみんななんかは大赤字なんじゃないかなー! リトプリやヴァルプルみたいな大御所バンドには、ノルマどころかギャラが必要なぐらいだろうしねー!」


「ふうん? でも、そんな大御所バンドだったらチケットもドカドカ売れるだろうから、それで元は取れるんじゃないの?」


「いやいや! ウチも最初はそう思ってたんだけど、都内を拠点にしてるバンドが地方まで遠征しても、期待できるのは現地のファンだけなんだって! 都内のファンなんかは、わざわざ一時間ぐらいかけて出向いてこないだろーってホヅちゃんが言ってたんだよー!」


 ホヅちゃんとは、町田アンナがギターを始めるきっかけとなった女性ギタリスト、田口穂実なる人物である。その人物はこのさくら市から都心に転居して、バンド活動を行っているのだという話であった。


「なるほど。まあ大御所バンドって言っても、けっきょくはインディーズなわけだしね。おまけにどっちも、そこそこマニアックなバンドみたいだし……そんな労力を払って地方にまで出向いてくるファンは、ごく少数ってことか」


 そんな風に言いながら、和緒は形のいい下顎に手を添えた。


「でもブイハチのみなさんは、そんな損をかぶってまでそのお人たちに出演してもらったんだね。地元のバンドで固めれば、もっと簡単にお客を集められるだろうにさ」


「そ-ゆーことだね! ま、名のあるバンドに出てもらったらハクがつくし、それより何より自分たちが大好きなバンドに出てもらいたいってことなんだろうねー!」


 そんな話を聞いている内に、めぐるはだんだん心が重くなってきてしまった。

 すると、目ざとい和緒がすぐさま鋭い視線を向けてくる。


「あんたは何をしょんぼりしてるのさ? まさか、今さら怖気づいたわけじゃないだろうね?」


「あ、うん。そういうわけじゃないんだけど……去年のことを想像したら、すごく気が重くなっちゃって……」


「去年のこと?」


「うん。『V8チェンソー』のみなさんは、きっと今回と同じぐらい頑張ってイベントを企画したのに……土田さんって人が脱退しちゃったから、さんざんな結果だったって言ってたでしょ? きっと三人とも、すごく悔しい思いをしたんだろうなって……」


 和緒はめぐるの頭を小突いてから、「なるほど」とうなずいた。


「そういえば、リトプリってバンドは去年も出演してたって話だよね。あんな物凄いバンドの後に、ギタボがぬけた直後のグダグダな状態でトリを飾るなんて、ほとんど拷問かもね」


「あはは! 納得したんなら、小突く意味なくない?」


「あたしがプレーリードッグを虐待するのに、意味なんて必要ないんだよ」


 と、和緒はめぐるの頭をわしゃわしゃとかき回してきた。

 その温もりが、めぐるの心を軽くしてくれる。何にせよ、『V8チェンソー』の面々はそんな苦難を乗り越えて、本年のイベントを企画したわけであった。


「にしても、和緒もリトプリってバンドをめっちゃ評価してるんだねー! ホヅちゃんも、ウチらがリトプリと同じイベントに出るって伝えたら、『すっげー!』って絶句してたんだよなー!」


「絶句してたら、声は出ないんじゃない?」


「うっさいなー! 現国は苦手なんだよ! とにかく、リトプリってバンドはめっちゃ気になるよ! 本番が楽しみだなー!」


「それでもやっぱり、ライブ映像はチェックしないわけね」


「うん! やっぱ最初は、実物を観たいからさ! ホヅちゃんにも、『KAMERIA』のライブ映像はなるべく観ないでねーってお願いしてるんだー!」


 そのように語る町田アンナは、満面の笑みである。今回はついに田口穂実なる人物が『KAMERIA』のライブを観に参じるので、嬉しくてたまらないのだろう。ずっと無言である栗原理乃も、町田アンナの笑顔を優しい面持ちで見守っていた。


「そんなすごいバンドばかりで、私なんかは少し委縮しちゃうけど……でも、私たちはトップバッターだもんね。何も気にする必要はないよね」


「そーそー! ま、トップバッターじゃなくっても、気にする必要はないけどさ! その日の一番槍として、とにかくイベントを盛り上げないと!」


 そんな風に言ってから、町田アンナは「おりょりょ?」とジャージのポケットからスマホを引っ張り出した。バイブ機能で、着信が告げられたのだ。


「あれー? アキちゃんだ。もしもーし。どーしたのー?」


『うん。せっかく連絡をもらったのに、こっちの用件を伝えそびれちゃってさぁ』


 町田アンナはスピーカー機能をオンにしていたので、浅川亜季のとぼけた声がめぐるたちのもとにも届けられてきた。


『実はうちらのイベントでは、毎回アンコールで出演バンドのカバーをやらせてもらってるんだけどねぇ。それで今回は、「KAMERIA」の「小さな窓」をお借りしたくってさぁ。どうか了承をいただけるかなぁ?』


「えー! ブイハチが、『小さな窓』をカバーしてくれるのー? すっげーすっげー! そんなの、オッケーに決まってるじゃん!」


 町田アンナは元気にわめきながら、メンバーの姿を見回してくる。めぐるも胸を高鳴らせながら、うなずき返すことができた。

 しかし、問題なのはここからであった。


『ありがとぉ。ほんじゃあもうひとつ、曲と一緒にめぐるっちもお借りできるかなぁ?』


「え? めぐるを借りるって、どーゆーこと?」


『カバー曲のプレイでは、出演バンドからおひとりずつメンバーをお借りしてるんだよぉ。「KAMERIA」からは、めぐるっちをお借りしたいんだよねぇ』


 めぐるはたちまち、惑乱の坩堝に叩き込まれることになった。

 すると和緒が、「ちょいとお待ちを」と発言する。


「これはあたしなんかが口出しする領分じゃないかもしれませんけど……その場合、フユさんに心酔しておられる某ベーシスト様のメンタルは大丈夫でしょうか?」


『ああ。シバっちは、ヴォーカルとしてお招きする予定なんだよねぇ。あたしよりはシバっちのほうが、面白いアレンジになりそうだからさぁ』


「ああ、そういうことですか。でしたら、異存はありません」


 和緒がすぐに引っ込んでしまったため、めぐるがそのぶん慌てることになった。


「ちょ、ちょっと待ってください! でもわたしは、他の人たちと演奏した経験がほとんどありませんし……」


『うんうん。きっとめぐるっちは、「KAMERIA」のほうが楽しいだろうけどさぁ。ここはひとつ、フユにベースを借りたときのことを思い出してもらえないかなぁ?』


 めぐるは自分のベースをメンテナンスに出した際、フユからG&Lのベースを借り受けた。その際には、他のベースを知ることで自分のベースに対する理解が深まるのではないか――という理由が付け加えられたのだ。


『本当は、「KAMERIA」のみんなとご一緒したいところなんだけどさぁ。それはまた次の機会でってことで、どうだろぉ? やっぱ、他のバンドのメンバーばかりとステージに立つのは、気が進まないかなぁ?』


 めぐるは頭がフリーズしてしまい、気持ちも考えもまとまらなかった。

 すると、町田アンナが笑顔でめぐるの肩を揺さぶってくる。


「いいじゃんいいじゃん! ウチが同じ立場だったら絶対やりたいと思うし、それを『KAMERIA』のみんなに観てもらいたいと思うよー! それに、めぐるのステージを客席で観てみたいしさ!」


「そ……そうなの……でしょうか……?」


「うん! それに、ブイハチのみんなにお誘いされるなんて、めっちゃ光栄な話じゃん! イベントを盛り上げるお役にも立てるしねー!」


 それでも心の定まらないめぐるは、和緒にすがるような目を向けることになった。

 和緒はクールなポーカーフェイスで、ただ優しげに目を細めている。


「いいんじゃない? ブイハチのみなさんだったら、あんたがどれだけ暴走したってしっかり受け止めてくれるだろうさ」


「私も、そう思います。それに……遠藤さんのステージを観ることで、私たちも遠藤さんのかけがえのなさを実感できると思います」


 そんな声で振り返ると、栗原理乃はずいぶん熱っぽい眼差しになっていた。

 どうやら『KAMERIA』のメンバーは、全員が前向きな気持ちであるようだ。

 めぐるはむしろ、そんなメンバーたちの思いに後押しをされて――この思いも寄らない提案を受け入れることになってしまったのだった。

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