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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 4-

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02 バースデー

 そうしてその後は、また練習の日々であった。

『V8チェンソー』のイベントは二月の第二日曜日であったため、年が明けたならばひと月半しか猶予がないのだ。『KAMERIA』はその期間で新曲を仕上げつつ、既存の曲もさらにブラッシュアップしなければならなかったのだった。


 そんな練習の合間をぬって、SNS用の動画も撮影された。部室を使えない日曜日に練習スタジオまで遠征し、いまだ未発表である三曲の演奏シーンを撮影することになったのだ。

 その際にはステージ衣装に着替える必要があるため、栗原理乃などはそれなりの手間である。しかしその甲斐あって、実際のライブ映像にまさるとも劣らない映像を撮影することができた。もちろん演奏の勢いや臨場感といったものは一段下がってしまうものの、こと音質に関してはスタジオのほうが上等であるぐらいであったのだった。


「ライブハウスだと、右と左のどっちに寄るかで音量バランスが変わっちゃうもんねー! かといって、真正面じゃ味気ないしさー!」


 町田アンナの言う通り、ライブ会場では撮影者の立ち位置によってアンプの音の拾い具合が変動し、ギターかベースのどちらかの音量が跳ねあがってしまうのだ。それがスタジオであればアンプの位置を自由に動かせるため、好きなアングルで好みのバランスに設定することができるのだった。


 ちなみにカメラマンなどは準備せず、スマホを椅子の上に設置しての撮影である。スタジオの演奏を素人のカメラワークで撮影しても安っぽくなるだけだと主張したのは、町田アンナであった。動画サイトに掲載されるアマチュアバンドのスタジオ演奏も、おおよそは固定アングルであるという話であった。


「いつか納得のいくライブ動画を撮影できたら、ウチらも動画サイトにアップしてみよっか! そしたらまた、知らない人に観てもらえるかもだもんねー!」


 町田アンナは、そんな風にも言っていた。

 これまでのライブ動画は、満場一致で動画サイトには掲載しないと決定していたのだ。SNSの宣伝として掲載する分には問題ないが、これまでの動画をひとつの作品として大々的にお披露目するのは気が引ける、というのがメンバー全員の見解であった。


「やっぱこのバンドは、音量バランスが重要なんだろうね。ライブハウスで撮影していただくライン録音も、お客さんに撮影していただくスマホの動画も、自分たちで納得のいくバランスじゃないってことなんだと思うよ」


 和緒などは、そのように評していた。


「ま、それがこのバンドの持ち味なのか、未熟さからくる現象なのかは、判別できないけどさ。他のアマチュアバンドのライブ映像なんかは、それほど聞き苦しいとは思わないしね」


「うんうん! だからまあ、ウチらは楽しくやってればいいんじゃないかなー! 未熟さのほうが問題だったら、いつか自然に解決するっしょ! ジューヨーなのは、ライブをやってる現場の盛り上がりなんだからさ!」


 そんな感じで、撮影に関してはほどよい熱量で進められていった。

 めぐるとしても、撮影よりは通常の練習に熱量を注ぎたいのである。せっかくスタジオまで出向いたのならば、一秒でも長く演奏に没頭したいというのが偽らざる本心であった。


 あとは、一月中旬の平日に『ジェイズランド』で『マンイーター』のライブがあったので、その日ばかりは部室での練習を早めに切り上げて観戦に出向くことになった。制服姿でライブ観戦におもむくというのは、実にひさびさのことだ。そしてそちらでは、『V8チェンソー』の面々とも再会することができた。


「そーいえば、ブイハチもジェイズのレギュラーなのに、一月はライブをやらないんだねー!」


「うちらは二月のイベントに集中するために、一月はライブを入れないようにしてるんだよぉ」


「おー、やっぱ気合入ってるね! ウチらも、めいっぱい頑張るよー!」


「うんうん。新曲のほうも、仕上がりはバッチリかなぁ?」


「うん! 基本のカタチはできたから、あとはどれだけアレンジできるかだねー! 今回はけっこー自由度の高い曲だから、色々と試し甲斐があるんだよねー!」


 そうして浅川亜季と町田アンナが語らっていると、フユがめぐるに顔を寄せてきた。


「そういえば、あんたはけっきょくショップの中古でオートワウを買ったそうだね」


「あ、はい。オークションでも、あまり安くは買えそうになかったので……通販で中古を買うことになりました」


「ショップだったら、修理の必要もないだろうしね。オートワウは使いどころが難しいはずだけど、問題はないの?」


「は、はい。以前の合宿で、音の感覚はつかめていたので……だから、フユさんのおかげです」


 そうしてめぐるが笑顔を送ると、条件反射のように浅川亜季が向きなおってくる。そして、頬を赤らめたフユがその頭を小突いたり引っぱたいたりするまでがワンセットであった。


「あ、それであの……けっきょく他のエフェクターも、なかなかオークションでは手に入らなくて……そちらもそろそろ見切りをつけて、中古屋でそろえようかと思っているんですが……」


「そんなもんは急ぐ必要ないって、なんべん言ったらわかるのさ? ……あ、だけど、そろそろパワーサプライのポートも限界なんじゃないの?」


「はい。今回のオートワウで、ちょうど八台です」


「そうしたら、同じ機種の拡張版を買うべきだろうね。どうせあんたは、この先もエフェクターを買いまくるんだろうしさ。……それに備えて、せいぜい貯金を大切にしておきな」


 と、ぶっきらぼうな態度で優しい言葉をかけてくれるフユである。

 めぐるは精一杯の思いを込めて、「ありがとうございます」と頭を下げるばかりであった。


 その後はまた、練習の日々である。

 その中で特筆すべきは――和緒と町田アンナの誕生日であろう。クリスマスの時期に判明した通り、二人はともに一月生まれであったのだ。


 町田アンナの誕生日には、また町田家に招待されることになった。

 日取りは平日であったため、部室での練習の後にパーティーを行うことになったのだ。ただし、かねてよりの取り決めに従って、メンバー間ではプレゼントのやりとりが自粛された。


 そして、和緒の誕生日であるが――

 めぐるはこの日、ついに和緒と二人きりで出かけることになった。

 遊楽の費用をすべてめぐるがまかなうという、ゴールデンウイークの直後に交わされた約束が、ついに果たされることになったのだ。


「そういえば、どうしてそんな約束を交わすことになったんだっけ?」


「だ、だからそれは、わたしが体調を崩してかずちゃんのお世話になっちゃったからだよ。そんな話、忘れたりしないでしょ?」


「うん。あんたの困った顔を見るのが、あたしにとっては唯一の娯楽だからねぇ」


 そう言って、シニカルに微笑む和緒であった。

 ともあれ、実にひさびさになる和緒とのお出かけである。バンド活動のおかげで和緒とともに過ごす時間は格段に増大していたが、二人きりで遊びに出かけるというのは――それこそ、めぐるの誕生日以来、およそ十ヶ月ぶりのことであったのだ。


「つまりは、あんたがベースを買って以来はすっかりご無沙汰だったってことだね。あんたの中の優先順位が、顕著に示されてるわけだ」


「そ、そんなことないってば。そもそもわたしたちって、外で遊ぶことも滅多になかったじゃん」


 バンド活動を始める以前、めぐると和緒が遊ぶといったら、おたがいの家を行き来するか、ショッピングモールをぶらつくか――それぞれの誕生日においても、せいぜい近場のカフェで甘いものを奢り合うぐらいであったのだ。あとは和緒の要望で映画を観にいったことがあったが、それも一回限りのイレギュラーな例であった。


「それで? 今回も、いつものカフェでケーキでも奢ってくれるのかな?」


「そ、それじゃああまりに代わり映えしないから……せめて、千葉のほうに出てみない? あっちのほうが、お店もいっぱいあるみたいだし……」


「ふんふん。あんたがどんな風にエスコートしてくれるのか、楽しみなところだねぇ」


 和緒にそんなプレッシャーをかけられながら、めぐるはついに誕生日の当日を迎えることになった。

 折しも、日取りは日曜日である。部室は使用できないし、めぐるもアルバイトを入れなかった。それで朝から、電車で四十分ばかりもかかる千葉駅を目指すことに相成ったのだった。


「やあ、マイフレンド。こんなところで出くわすとは、奇遇だね」


 めぐるがバスに乗り込むと、さっそくそんな言葉を投げつけられてきた。

 今日も和緒は、スリムなシルエットのダウンジャケットだ。和緒はいつもパンツルックなので、冬着になるとボーイッシュ感が上乗せされる。ただし、男性と間違えられることはありえない端麗な容姿であった。


 いっぽうめぐるはダッフルコートに膝丈のスカートで、当然のようにどちらも和緒のおさがりである。マフラーやタイツやデッキシューズは自前であるものの、やっぱり少しでも身なりを整えようとすると、和緒のおさがりに頼らざるを得なかった。


「そんなおめかしをして、どこに行くのかな? あたしに隠れて、彼氏でもこしらえたのかい?」


「ううん。恋人より大切な友達と遊びに行くんだよ」


「そう来たか。小癪なプレーリードッグだね」


 和緒は不敵に微笑みつつ、さっそくめぐるの頭を小突いてきた。


「それにしても、早い出発時間だったね。悲しいぐらいにインドアなあたしたちだと、時間を持て余しちゃうんじゃない?」


「どうだろう。とりあえず、午前中は映画を観たいんだけど……それでいいかなぁ?」


「映画? とはまた、意外な申し出だね。いったい何の映画を観ようってのさ?」


「ほら、以前に一回だけ映画を観にいったことがあったでしょ? ちょうどあれと同じ監督さんの映画が上映されてるから……それなら、かずちゃんの趣味にも合うかなと思って」


 めぐるがそのように言いつのると、和緒はけげんそうに眉をひそめた。


「野暮を承知で聞かせてもらうけど、スマホもパソコンもテレビも持ってないあんたがどこでそんな情報をつかんだのさ?」


「この前ひさしぶりに、ネットカフェに行ってきたんだよ。あと、かずちゃんが好きそうなケーキを出してるお店もチェックしておいたから、楽しみにしててね」


 サプライズというものが苦手なめぐるは、早々に手の内を明かすことになった。

 しかし和緒は、神妙な面持ちで身を引いてしまっている。


「まさかあんたが、そこまで本気で仕掛けてくるとは予想してなかったよ。もしかして……本気であたしのカラダを狙ってる?」


「狙ってない」


「そっか。そりゃ残念」


 和緒は引いていた身を戻し、すました顔でめぐるの頭を再び小突いてきた。

 その後は無事に映画館まで到着し、目当ての映画を観賞したならば、ランチと食後のデザートである。そのすべての費用をめぐるがまかなうわけだが、ゴールデンウイークでかけた面倒を思えば、まったく安いものであった。


(それに……わたし自身が楽しんでるんだから、安いどころの話じゃないよな)


 和緒と二人きりで過ごすのは、楽しかった。もちろん『KAMERIA』のメンバーと過ごす時間だって楽しいし、今では『V8チェンソー』や町田家の面々を加えてもその楽しさが損なわれることはなかったが――やはり人数が増えるほど、個人と向き合う時間は減ってしまうものである。町田家に宿泊する際などは、就寝前に和緒と二人きりで語らうのが大きな楽しみであったが、本日はその楽しさを一日中味わえるわけであった。


 ランチを済ませると途端に手持無沙汰になってしまうため、とりあえずは駅ビル内やショッピングロードをぶらつく。めぐるも和緒も物欲というものが希薄であるので、買い物らしい買い物をすることもなかったが、めぐるは和緒と二人で過ごせるだけで幸福な心地であった。


 しかしまた、何のあてもなく数時間もの時間を過ごすのは難しい。めぐるとしてはディナーまでご馳走するつもりであるのだが、午後の三時には完全に行き場を失ってしまった。


「だったら、帰り道に沿って場所を移動してみたらどうかな? 乗り換え駅の津田沼なんかも、それなりに賑わってるはずだしね」


 と、けっきょく最後には和緒の見識を頼ることになってしまった。

 まあ、めぐるのプランなどはランチとデザートまでで尽きていたのだ。めぐるが約束したのは費用の面のみであったので、後ろめたさを感じることなく二人きりの時間を楽しむことができた。


 場所を移動したならば、再びウィンドウショッピングだ。

 寒さの厳しい時節であるが、屋内であればどうということもない。歩き通しで足のほうもくたびれかけていたが、それよりも楽しさのほうがまさっていた。


「あんたは、体力がついたよね。昔だったら、昼までで力尽きてたんじゃない?」


「うん。バンド活動と、食事のおかげだね。……それじゃあやっぱり、かずちゃんのおかげってことだ」


「あん? そんなもんに、あたしが介在する余地はないじゃん」


「そんなことないよ。バンド活動が楽しいのは、かずちゃんがドラムを引き受けてくれたおかげだし、食事だって……もうかずちゃんに迷惑をかけないように、あの日から改善したんだもん」


「ふんふん。二度とあたしなんざの世話になるもんかという思いで、あんたは生活を改善したってわけだね」


「だから、そうじゃないってば」


 和緒がどれだけ皮肉っぽい言葉を吐いても、めぐるは楽しいばかりであった。

 そうして楽しい時間はあっという間に過ぎていき、ついにディナーの時間である。そこでも和緒のスマホを頼って、手頃なイタリアンレストランを目指すことになった。


「これは、手頃なのかねぇ。高校生には分不相応かもしれないよ」


「あはは。二人で一万円以内だったら、許容範囲内だよ」


「おおう。去年のあんたからは、想像もつかない台詞だね。バイト生活で、すっかり金銭感覚が狂っちゃったんじゃない?」


 和緒はそのように言っていたが、めぐるが惜しみなく金銭を使うのはバンド関連の諸経費に限られており、その他の生活水準には何の変化も生じていない。ただ本日は感謝の念を示すために、奮発しているだけのことであった。


 ただし、めぐるも和緒もそれほど食欲が旺盛なタイプではないため、ディナーは軽めのコースで事足りる。デザートやドリンクがついたセットでも、二人分で六千円を超えることはなかった。


「しかしまあ、朝から晩までこんなに遊び歩いたのは、出会って初めてのことじゃない?」


 すべての食事をたいらげて、食後のケーキをつつきながら、和緒があらためてそんな言葉を口にした。


「うん。確かに、そうかもね。中三の夏休みでは、朝から晩まで一緒にいたことはあったけど……」


「あんなの、受験勉強じゃん。こんなに無趣味で出不精な二人が一日時間を潰せるなんて、ほとんど奇跡だね」


「あはは。わたしはかずちゃんと一緒にいるだけで楽しいしね」


「だから、小っ恥ずかしい台詞を口にするんじゃないっての」


 和緒は長い腕をのばしてめぐるの頭を小突いてから、足もとのカゴに収納されていたダウンジャケットのポケットをまさぐった。

 そこから取り出されたのは、手の平サイズの小さな包みである。それが、めぐるの鼻先に突きつけられた。


「ハッピーバースデー、マイフレンド。つまらないものだけど、どうか受け取っておくれよ」


「え? うん……え? え? きょ、今日はかずちゃんの誕生日だよ?」


「あ、そうだったっけ? まあ、小さいことは気にしなさんな」


「ち、小さくないよ。それにかずちゃんは、形に残るプレゼントが苦手なんでしょ?」


「うん。だけどまあ、それも小さなことさ」


 と、和緒はその包みでぴたぴたとめぐるの頬を叩いてきた。


「本当に大したもんじゃないし、あくまで実用品だからさ。まさか、せっかくのプレゼントを持ち帰れなんて言わないよね?」


「う、うん。そんなことは言わないけど……でも、今日はかずちゃんの誕生日なのに……」


「そうやってあんたの困った顔を見るのが、あたしの唯一の娯楽だからね。あんたの苦難があたしの喜びになると思って、あきらめなさいな」


 めぐるはさまざまな感情に心をかき乱されながら、その小さな包みを受け取ることになった。


「わかった。どうもありがとう。……これ、開けていいの?」


「どうぞどうぞ。そんなかしこまった内容じゃないからね」


 和緒は素知らぬ顔で、食べかけのケーキを口に運んだ。

 そうして包みを開いためぐるは、目を丸くしてしまう。それは、何かの動物のマスコットがくっついた、キーホルダーであったのだ。


「これが……実用品?」


「うん。あんたは楽屋で自分のギグバッグを見失うたび、わたわたしてるでしょ? だったら、そういう目印をつけておけば慌てることもないかと思ってさ」


 そう言って、和緒はひょいっと肩をすくめた。

 動物のマスコットは、きょとんとした目でめぐるの顔を見返している。イタチのような、カワウソのような――めぐるの知識にはない姿かたちであったが、ただその正体を察することは難しくなかった。


「……プレーリードッグって、こんな動物だったんだね」


「おや。あんたは鏡を見たことがなかったのかい?」


 めぐるはやっぱり心が定まらないまま、そのキーホルダーをぎゅっと握りしめることになった。

 そうして和緒は、十六歳となり――めぐるは自分の誕生日にどんなお返しをするべきかと、また頭を悩ませることになったのだった。

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