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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 4-

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134/327

-Track3- 01 新たな年

 新たな一年が始まった。

 めぐるにとっては、人生でもっとも満ち足りた心地で迎える、一年の始まりである。

 何せ本年は、『KAMERIA』のメンバーとともに元日を迎えたのだ。それだけで、幸福の度合いは計り知れなかった。


 大晦日の夜、『ジェイズランド』から帰宅したのちは町田家の面々とともに除夜の鐘を聞き、もっとも幼い町田エレンが睡魔に見舞われたタイミングで客間に移動して、その後はメンバー四人だけで午前の二時すぎぐらいまで語らい、最後には和緒と二人きりで静かに言葉を交わし――そして、元日の朝を迎えることになったわけであった。


「みんな、おはよー! ……じゃなくって、あけましておめでとー! 今年もガンガンかっとばしていこーね!」


 朝から元気な町田アンナは、起き抜けからそんな声をあげていた。

 めぐるが和緒以外の相手と新年の挨拶を交わすというのは、四年ぶりのこととなる。なおかつ和緒も三が日までは京都であったので、元日に人と接するのも四年ぶりということになるのだ。うかうかしていると、めぐるは新年の朝から涙をこぼしてしまいそうだった。


 さらに町田家の面々とも挨拶を交わしたのちは、朝食だ。

 朝食は、手作りのおせち料理と雑煮である。そのようなものを口にするのも、四年ぶり――と、いちいち数えあげていたらキリがなかった。


 食後はメンバーだけで客間に戻り、また歓談の時間となる。

 その折に、スマホをチェックした町田アンナが「おー!?」と声を張り上げた。


「見て見て! ウチらのアカウント、フォロワーが一気に三ケタ突破してるよー!」


 フォロワーという言葉の意味を知らなかっためぐるがきょとんとしていると、和緒がすみやかに頭を小突いてきた。


「フォロワーっていうのは、ブックマークみたいなもんだよ。『KAMERIA』のアカウントにチェックをつけた人間が、百人を超えたってことさ」


「ええ? どうしていきなり、そんな人数に?」


「やっぱ、昨日のライブの効果っしょ! お客だって、百人以上はいたっぽいもんねー!」


 それでもめぐるがまごまごしていると、和緒が肩をすくめながら言いつのった。


「まあ、昨日の段階でもフォロワーは三十人を超えてたしね。ブイハチ、『マンイーター』、『ケモナーズ』、軽音部の先輩がた、町田さんのご友人がた……あとは、ジェイズのスタッフだのちぃ坊さんだので、ほとんどが顔見知りだったけどさ」


「今回は、さすがに知らない人だらけだろうねー! ほらほら、新年の挨拶でもしておこーよ!」


「どうせだったら、昨日のライブ動画でも公開したら? 母上様が録画してくれたんでしょ?」


「おー、そーだね! じゃ、まずは動画を編集しないと! ノートパソコンを取ってくるよー!」


 町田アンナは弾丸のような勢いで、客間を飛び出していく。

 めぐるがきょとんとしていると、和緒がまた解説してくれた。


「昨日の撮影は、頭から最後までカメラを回しっぱなしだったんだよ。だから、SNSで公開する分だけ、切り分けないといけないわけさ」


「ああ、なるほど……やっぱりSNSの管理って、大変なんだね」


 スマホもパソコンも所有していないめぐるは、恐縮しながらメンバーの苦労を見守るばかりであった。


「今回は、どれぐらいの長さにしよっか? やっぱ、ワンコーラスかなー?」


「それぐらいが妥当じゃないかね。まるまる一曲公開してたら、ありがたみが薄れそうだしさ」


「そうだねー! じゃ、ちゃちゃと編集するから、ちょびっと待っててねー!」


 町田アンナがノートパソコンに向かい合っている間、めぐるは和緒のスマホでSNSの内容を検分させていただいた。

 そちらのトップ画面には、かつて町田家で撮影された宣材用の画像が公開されている。協議の末、『V8チェンソー』に提出したものとは異なる画像が選ばれたのだ。それは、リィ様と三名の覆面姿がアップで撮影された画像であった。


 まだ開設してから数日であるため、さしたる情報は掲載されていない。唯一の見どころは、十一月のライブ映像であろう。町田アンナの友人が撮影してくれたという、『小さな窓』のライブ映像だ。ネット上では紙袋の覆面をかぶった姿しか公開しないという取り決めであったため、このたび公開されるのは『転がる少女のように』であった。


「でも、こっから二月まではネタがなくなっちゃうよねー! いつかスタジオで、SNS用の動画を撮影しよっか!」


「それでも残り三曲で、ネタは枯渇するけどね」


「じゃ、いつも家で遊んでるアレンジバージョンとかは? コロショーのスローバージョンとかチイマドのファンキーバージョンとか、アンプを通したらもっとサマになるんじゃない?」


「どうだかね。悩むのは、サマになる動画を撮影した後でいいように思うよ」


 斯様にして、SNSに関してはおおよそ和緒と町田アンナだけで進行されていく。栗原理乃もデジタル音痴でSNSというものに触れてこなかったため、まったく勝手がわからないようであるのだ。こんな際には、めぐると栗原理乃で顔を見合わせながらもじもじするのが通例であった。


 そんな感じに、元日の朝も賑やかに過ぎ去っていき――昼食の時間になったところで、町田家の母親が驚くべき提案をしてきた。


「今日の夜には帰るっていう話になっていたけど、和緒さんのご家族はまだ京都なんでしょう? せっかくだったら、ご家族がお帰りになるまで泊まっていったら?」


「いえいえ。それはあまりに、申し訳ないです。今日ですでに三日目なんですから、これ以上は罪悪感が生じます」


「うちは、まったくかまわないわよ。でも、和緒さんひとりだと、やっぱり気が引けちゃうかしら?」


「うんうん! 誘うんだったら、めぐると理乃も一緒じゃないとねー! 二人の予定は、どんな感じ?」


「私は、その……家族はみんな別荘なので、明後日までは自由なんだけど……」


「えーっ! 理乃も家ではひとりぼっちだったの? だったら最初っから、そう言ってよー! まったく、水臭いんだからー! ……じゃ、めぐるは?」


「わ、わたしはその……以前にお伝えした通り、祖父母とは交流がないので……いちおう外泊が長引くとメモに書いてポストに入れておけば、問題はないかと思います」


「ちょっとちょっと。あたしが遠慮してるってのに、あんたたちはお世話になる気まんまんじゃん」


 和緒は溜息をついていたが、めぐるとしては反論の余地もなかった。自宅の離れでひとりきりで過ごすか、町田家で『KAMERIA』のメンバーと一緒に過ごすか――そんな二者択一であれば、答えはひとつしか存在しないのである。


 そこからしばしの紆余曲折を経て、けっきょくめぐるたちは一月三日の夜まで町田家のお世話になることになってしまった。

 一月の二日などは、ご家族と一緒に初もうでに出向く事態に至ったのである。それでめぐるは生まれて初めて、神社のおみくじを引くことになったのだった。


 おみくじの結果は、小吉である。

 どうやらこれは、七種のおみくじの中でど真ん中に位置する運勢であるらしい。

 しかしもちろん、めぐるが気落ちする理由はなかった。現時点で、めぐるは小吉どころではない幸福を噛みしめているのである。これ以上の幸運など、めぐるには分不相応であるはずであった。


                 ◇


 そうしてめぐるたちは十二月三十日から一月三日まで五日もの期間を町田家で過ごし、その翌日からは部室における練習の再開であった。

 町田家においてもめぐるはベースを弾き続けていたが、アンプに通すのは大晦日のライブ以来だ。たとえ出力の小さなミニアンプでも、めぐるは昂揚するばかりであった。


 さらにその二日後からは、ついに学校の再開である。

 夢のように楽しい冬休みが終了して、また日常が戻ってくるのだ。


 ただし、夏休みが終わった折と同じように、めぐるの心は深く満たされていた。けっきょく毎日ギグバッグとエフェクターボードを担いで登校するのだから、とうてい文句をつける気にはなれないのだ。


 それに、和緒のほうにも悪い変化はなかった。両親が里帰りから戻った後も新たな騒動が起きることはなく、つつがなく日々を送っているという話であったのだ。さしものめぐるも言葉で確認せずにはいられなかったが、その際にも「問題なし」という返事が返されてきた。


「そんな家庭内暴力が継続されるようだったら、児童相談所にでも駆け込んでやるさ。泣き寝入りなんざ、あたしの趣味じゃないんでね」


 和緒のそんな力強い返答が、何よりめぐるを安堵させてくれた。

 やはり和緒も、家族との縁はごく薄いのだろう。まったく今さらの話であるが、めぐるは間もなく三年に達しようというつきあいの中で、和緒から家族の話を耳にしたことはほとんどなかったのだった。


 そうして学校が再開されてから、すぐのこと――浅川亜季から、めぐるを除く三名のスマホにメッセージが届けられた。二月のイベントの告知フライヤーが完成したとのことである。


「おーっ! 現物が欲しかったら、お店まで取りに来いだってさー! じゃ、練習が終わったらみんなで押しかけよーよ!」


「あんたたちまでひっついてくるの? あたしらが受け取れば、明日には渡せるってのにさ」


「だってそんなの、ソッコーで見てみたいじゃん! かなり気合の入ったフライヤーみたいだしさー!」


 というわけで、その日は午後の六時まで部室での練習に励んだのち、四人で『リペアショップ・ベンジー』を目指すことになった。

 あらかじめ連絡を入れておいたためか、受付カウンターには浅川亜季が待ちかまえている。店内は暖房のききが悪く、浅川亜季はスウェットの上にスカジャンを着込んだ姿であった。


「やあやあ、お待ちしてたよぉ。なかなかいい出来に仕上がったから、ご堪能あれぇ」


 浅川亜季は年老いた猫のように微笑みながら、A4サイズのフライヤーを手渡してきた。

 一般的なプリント用紙ではなく、光沢のあるコート紙である。そこに、五組のバンドの画像がくっきりとフルカラーで掲載されていた。


 無機的な面持ちでたたずむリィ様を、紙袋をかぶった三名が三方から囲んでいる。めぐるの離れの額縁にも飾られている、宣材用の画像だ。こんな立派なフライヤーに『KAMERIA』の名前と画像が掲載されているというのは、めぐるに小さからぬ感動をもたらした。


「すっげー! プロのバンドみたい! こんなの、お金がかかるんじゃないのー?」


「バンドをやってると、色々ツテができるからさぁ。なんとか必死に拝み倒して、格安で仕上げてもらったんだよぉ。それでこいつを、あちこちのライブハウスで配布していただくわけだねぇ」


 浅川亜季も満足そうに微笑んでいたので、めぐるもいっそう幸福な心地であった。

 それにしても――つくづく立派なフライヤーである。町田アンナの言う通り、プロミュージシャンのフライヤーと見まごう出来栄えであるのだ。だからこそ、そこに自分たちの姿まで掲載されているというのが驚きであるのだった。


 フライヤーの上段には、『V8チェンソー周年企画 Kick down 3rd』と銘打たれている。それが正式なイベント名であるのだろう。そしてその下に、『V8チェンソー』を筆頭とする五組のバンドの画像が掲載されていた。

『V8チェンソー』の三名は棒立ちで立っているのみであるが、主催者に相応しい風格だ。

『マンイーター』はライブ中の画像で、人相はあまりわからない。その代わりに、ステージ上の迫力がそのまま切り取られていた。

 そして『KAMERIA』を除くと、未知なるバンドは二組である。


 その片方は、実に珍妙な姿であった。

 バンド名は『ヴァルプルギスの夜★DS3』で、こちらもライブ中の画像であったが――メンバー全員が、おそろいの派手派手しいステージ衣装を着込んでいるのだ。

 これはいわゆる、ゴスロリファッションというやつなのであろうか。黒と赤のツートーンであるワンピースにはやたらとリボンやフリルの装飾が施されており、スカートなどは大輪のバラのようにふくらんでいる。しかも、素顔をさらしているのは中央のヴォーカルだけで、残りの三名は黒いガスマスクなどを着用しているのだ。ステージを照らす真っ赤なスポットと相まって、実に毒々しい姿であった。


 もう片方は――『リトル・ミス・プリッシー』というバンド名で、『V8チェンソー』を凌駕する風格を漂わせている。きっと年齢も最年長なのだろう。それぞれ趣の異なるファッションに身を包んだ四人組で、このように小さな画像でも得も言われぬ存在感をかもし出していた。


「その『リトル・ミス・プリッシー』ってのが、筋金入りでねぇ。インディーズレーベルの所属で、かなりマニアックな路線なんだけど……あたしは全世界のバンドの中で、五本の指に入るぐらいハマったなぁ」


「へー! アキちゃんがそこまで言うなんて、よっぽどだね! こいつは本番が楽しみだー!」


 町田アンナがそのように応じると、浅川亜季は「ふうん?」と小首を傾げた。


「出演バンドについては前々から告知しておいたけど、ライブ映像とかチェックしてないのかなぁ?」


「うん! 当日の楽しみにしようと思って、あえて見てないの! 和緒だけは、我慢できなかったみたいだけど!」


「あたしは最初から我慢する気もないからね。自分たちがどれぐらい場違いなイベントに引っ張り出されるのか、あらかじめ覚悟を固めておきたかったのさ」


「あははぁ。『KAMERIA』だったら、大丈夫だよぉ。リトプリやヴァルプルのお人らも、きっと大満足さぁ」


「……あたしはブイハチのみなさんがどれだけ『KAMERIA』を過大評価してるんだって、ぞっとしましたけどね」


 そんな風に応じながら、和緒はいつもの調子で肩をすくめた。


「ついでに言わせていただくと、ブイハチのみなさんの心意気にも感服しました。こんなイベントのトリを飾るなんて、あたしは想像しただけで失神しそうですよ」


「うんうん。特にリトプリは、別次元だからねぇ。めぐるっちの目にどう映るのか、今から感想が楽しみだなぁ」


「ど、どうしてわたしなんかの感想を気にするんですか?」


 めぐるが困惑しながら尋ねると、和緒が頭を小突いてきた。


「このリトプリってバンドのベーシスト様が、かなり規格外なんだよ。まあ、あんたのツボにハマるかどうかは予測不能だけど……あたしなんかは、ベースの概念を木っ端微塵にされちゃったね」


「へー、すっげー! ちなみに、どの人がベースなの?」


「この人だよ」と、和緒は画像の一点を指し示した。

 四人のメンバーの中で、もっとも長身の人物である。ただ、大きなキャスケットを目深にかぶってサングラスまで掛けているため、人相はほとんどわからなかった。


「ベースのキュウベエっちは、もはや宇宙人だよねぇ。さすがのフユも、キュウベエっちの前では赤子同然だからさぁ」


「ええ? そ、それはちょっと、想像がつかないんですけど……」


「だから、宇宙人なんだよぉ。キュウベエっちは、技術も感性も異次元レベルだからさぁ」


 めぐるはまじまじと、フライヤーの中で飄然とたたずむその人物の姿を見つめてしまった。

 そして――彼女の音を耳にする前から、めぐるはひとり胸を高鳴らせてしまったのだった。

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