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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 4-

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131/327

06 合算

 本日はイベント進行の都合上、SEを使用できるのはトップバッターの『ヒトミゴクウ』のみである。

 よって、『KAMERIA』のメンバーがセッティングを終えると、それまで流されていたBGMがフェードアウトしていき、すぐさまステージに照明が灯された。


 和緒の合図で、いっせいに四種の楽器の音色を響かせる。

 そんな中、黒い幕がするすると開かれていった。


 熱気と歓声が、ステージ上に押し寄せる。

 そしてステージの最前列には、やはり町田家の面々が詰めかけていた。


 客席ホールには、これまで以上の人々が密集している。おそらく、百人は下らないだろう。屋内のステージでこれだけの人数と相対するのは、初めてのことであった。


『ハロー、エブリワン! ウィ-アー、「KAMERIA」!』


 Eのコードをかき鳴らしながら、町田アンナが挨拶の声を張り上げた。

 試行錯誤の結果、英語の挨拶を復活させたのだ。紙袋の覆面をかぶっている間は日本語を使わないというのが、町田アンナの考案した演出であった。


『ファーストソーング! 「コロガルショウジョノヨウニ」!』


 ベースとドラムとピアノは演奏をフェードアウトして、町田アンナはあらためてCコードのリフをかき鳴らす。

 そちらのフレーズのふた回し目で、めぐるたちも音を重ねた。


 協議の末、本日はいつもステージの締めくくりに披露している『転がる少女のように』でスタートさせることになったのだ。

 8ビートで、タテノリで、持ち曲の中ではもっともアップテンポの楽曲である。これはこれで、一曲目に相応しい曲調であるはずであった。


 めぐるのベースは歪みを使わない、ナチュラルサウンドだ。ギターもマーシャルアンプだけで歪ませた、もっともストレートな音色であった。

 和緒のドラムは力強く、栗原理乃のピアノは流麗である。四十八時間ぶりに聴くそれらの音色が、ものすごい勢いでめぐるの心を浮き立たせていった。


 そして最後に、栗原理乃の歌声がかぶせられる。

 本日も、その鮮烈さはまったく損なわれていない。アイスブルーの稲妻めいた歌声が、縦横無尽に店内を駆け巡っていった。


 客席は、最初から大層な盛り上がりである。

 今日は酒をたしなんでいる人間も多いので、それも後押しになっているのだろうか。

 しかしめぐるには、アルコールの力など必要なかった。『KAMERIA』の音だけで、めぐるが酔いしれるには十分であった。


 だいぶん指板から目を離すことができるようになっためぐるは、随所でステージ上や客席に視線を巡らせる。

 メンバーの表情はうかがい知れないが、町田アンナは楽しげに暴れており、和緒と栗原理乃は沈着だ。ただし、音のほうは沈着どころの騒ぎではなかった。


 テンポは、かなり速くなっている。町田アンナのギターで始まる『転がる少女のように』は、もっともテンポにバラつきが出てしまうのだ。本日の演奏は、その振り幅の中でもっともアップテンポであるようであった。


 しかし、心地好さに変わるところはない。町田アンナの振り幅の範疇であれば、めぐるはどんなテンポでもこちらの演奏を楽しむことができた。

 テンポが速いと右手も左手も過酷さを増すが、その過酷さがまた心地好い。それに、他の楽曲に比べれば、こちらはまだしもシンプルなフレーズであるのだ。これぐらいのテンポであれば、ノーミスで弾き通す自信があった。


 それにめぐるは、ミスを恐れたりはしない。

 ただ、他のメンバーとの調和を目指すだけだ。


 Bメロでは町田アンナが歌い、栗原理乃が華麗なピアノを披露する。

 そしてサビでは二つの歌声がハーモニーを奏で、めぐるにいっそうの悦楽をもたらした。


(すごい……今日は何だか、いつもよりすごい)


 めぐるの心と肉体が、喜びに打ち震えていた。

 なんだか体の奥底から、とめどもなく力がみなぎってくるような感覚である。


 二日にわたって町田家に滞在し、滋養にあふれた食事を摂取させていただいた効能であろうか。

 あるいは――二日連続で楽しい時間を過ごした効能であろうか。

 何にせよ、普段以上に力強い演奏である。自分もその一翼を担っているのだという事実が、めぐるの心を揺さぶってならなかった。


 そうしてあっという間に、『転がる少女のように』はエンディングを迎える。

 和緒のフィルに合わせてベースをかき鳴らしつつ、めぐるは次の展開に備えた。


 客席からは、盛大に歓声があげられている。

 その波がいくぶん静まってから、町田アンナがマイクに近づいた。


『サンキュー! エブリワン!』


 その言葉を合図にして、めぐると和緒と町田アンナは紙袋を外した。

 左手では指板を押さえつつ、音をのばしている。右手だけで紙袋を握り潰して、三人はそれを床に放り捨てた。


『どうもありがとー!』という町田アンナの言葉を合図に、和緒がさらにフィルを回して、Cの音で締めくくる。

 そこから一秒と間を置かず、めぐるはエフェクターを踏んで『小さな窓』のイントロを開始させた。


 前の曲のテンポに弾きずられないように、ヨコノリを意識してじっくりとスラップの演奏に取り組む。

 大歓声の中、和緒がスネアを打ち鳴らして、ギターとピアノも音を重ねた。


『かっとばしていくよー! 次の曲は、「小さな窓」!』


 町田アンナの元気な声を聞きながら、めぐるはしみじみと新たな悦楽を味わった。

 タテノリである『転がる少女のように』とは対極的な、ダンシブルな楽曲である。これを上手く連動させられるように、『KAMERIA』はずっと練習を重ねていたのだった。


 その甲斐あって、めぐるは心からの悦楽と昂揚を覚えている。

 テンポも、理想通りだ。前回のライブでいささか逸ってしまっためぐるは、ひときわ入念に正しいテンポで演奏を開始できるように心がけていたのだった。


 ビッグマフを活用した歪みの音色も、心地好い。ラットを踏んだギターサウンドも、また然りだ。和緒のドラムも、栗原理乃の歌とピアノも、どこにも隙はなかった。


 客席の人々も、楽しげに身を揺すっている。

 町田家の妹たちなどは、さきほどまでよりも元気にぴょんぴょん跳びはねていた。

『V8チェンソー』や『マンイーター』の面々も、めぐるたちの演奏を楽しんでくれているだろうか。ジェイ店長や『ヒトミゴクウ』のメンバーは――期待していると言ってくれた先刻のバンドの面々はどうであろうか。


 彼らもめぐると同じ心地でいてくれたら、嬉しいと思う。

 めぐるはこんなにも楽しいのだから、それを少しでも共有できたらありがたい限りであった。


『KAMERIA』は、現時点における最高の調和を体現できているのだ。

 もちろん、『SanZenon』や『V8チェンソー』には遠く及ばないのだろうが――それは見果てぬ目標であり、めぐるは明日からもさらなる調和を目指す所存であった。


 しかし今は、限界いっぱいの楽しさを感じている。

 めぐるたちは、さらにその向こう側を目指しているのだ。

 昨日までよりも今日のほうが楽しいのだから、明日は今日よりも大きな楽しさをつかみたい――言葉にすると、そういうことになるのかもしれなかった。


(そんな風に考えられるのは……『SanZenon』や『V8チェンソー』がいてくれるからなんだろうな)


 めぐるたちは、まだまだ未熟である。十年以上もピアノのレッスンを続けていた栗原理乃はさておくとしても、町田アンナは二年と九ヶ月、めぐるは九ヶ月、和緒は八ヶ月というキャリアであるのだ。それで『SanZenon』や『V8チェンソー』の足もとにも及ぶはずがなかった。

 だからこそ、期待が膨らんでしまう。

 いつかめぐるたちが偉大なる先達たちと同じぐらいのキャリアを積んで、さらなる演奏力を体得したら、いったいどれだけの調和を望めるのかと、そんな風に期待をかきたてられてしまうのである。


(まあ……わたしは毎日、楽しく過ごそうとしてるだけなんだけどさ)


 そうして楽しく練習に打ち込んでいるだけで、さらなる楽しさを追求できるというのは、なんという喜びであろうか。

 そんな思いが、めぐるをさらなる熱情に駆り立てるのだった。


『ありがとー! 「小さな窓」でした!』


 やがて『小さな窓』が終了すると、町田アンナがまた元気な声をほとばしらせた。

 客席からは、ものすごい勢いで歓声があげられている。何だか演奏をスタートさせたときよりも、人数が増えているように感じられた。


『あらためまして、ウチらが「KAMERIA」でーす! まだ結成してから一年足らずのヒヨッコバンドだけど、どこかで見かけたらよろしくねー!』


 町田アンナはMCの役目を果たしながら、チューニングにも取り組んでいる。

 めぐるも満足の吐息をついてから、それにならうことにした。


『年越しイベントに参加するのも初めてだけど、やっぱ楽しいねー! テンチョーさん、誘ってくれてありがとうございまーす! ウチらは未成年だから、途中で帰らないといけないのが残念だよー! オトナのみんなは、最後まで楽しんでいってねー!』


 町田アンナが声をあげるたびに、うねるような歓声がそれに応える。町田家の妹たちも、大はしゃぎであった。


『あとねー、ウチらもバンド用のSNSを立ち上げたから! キョーミを持った人は、そっちもチェックしてみてねー! バンド名は「KAMERIA」だけど、ローマ字だからお間違えなく! これからちょっとずつライブ動画とかもアップしていくからさ!』


 こうして『KAMERIA』の存在を周知させるために、和緒も大急ぎでSNSの準備を整えてくれたのだ。めぐるはいまだに、SNSの実用性というものを把握しきれていなかったが――しかしめぐるも、『SanZenon』のライブ映像によって人生をひっくり返された身となる。それで『KAMERIA』もライブ映像を世に放つのだと考えれば、やたらと胸が騒いでならなかった。


『じゃ、お次が最後の曲ねー! みんなも準備はオッケーかなー?』


 町田アンナに呼びかけられて、めぐるは慌ててうなずいてみせる。

 和緒は軽めにクラッシュシンバルを叩き、栗原理乃は右手だけで優美にピアノの音を鳴らした。

 町田アンナはにっと白い歯をこぼしてから、客席に向きなおる。


『最後の曲は、カバー曲! 「SanZenon」の、「線路の脇の小さな花」!』


 町田アンナの言葉を受け取って、めぐるはすぐさま指板に指先を走らせた。

 これもまた、練習の成果である。こちらの曲はハシりようもなかったが、正しいリズムを心がけるという責任に変わりはなかった。


 めぐるにとっては限界に近いスピードで、難解なるフレーズを弾き通す。

 まだまだ原曲よりは省略された音数であったが、めぐるは少しずつ自分の技量に合わせて装飾の音符を盛り込んでいた。


 そうして所定のタイミングで、他の面々も演奏をかぶせてくる。

 和緒はスネアの連打の16ビート、町田アンナは高音のカッティング、栗原理乃は速弾きのフレーズだ。それらの演奏が、限界の向こう側を目指すめぐるをがっしりと支えてくれた。


 わずか三曲のステージであるのだから、かなうことならば自分たちの持ち曲だけで挑むべきなのだろう。

 しかし、現時点でもっともこの日に相応しいのは『線路の脇の小さな花』であると主張したのは、町田アンナであった。


「やっぱ年越しイベントなら、景気のいい曲がいいんじゃないかなー! アマヤドはゆったり系だし、アオツキはめっちゃヘヴィーだから、ここはやっぱりセンハナっしょ!」


 もとより『SanZenon』に魅了されためぐるに、異論などあろうはずもなかった。

 それに――『線路の脇の小さな花』も、『KAMERIA』にとっては大事な持ち曲であることに変わりはないのだ。たとえそれが余人の作りあげた楽曲であったとしても、めぐるたちは他の曲と変わりのない調和を求めているのだった。


『SanZenon』の楽曲を通して、『KAMERIA』は自分たちの音を届けようとしている。自分たちが何を好み、何を選んだのか――それを衆目にさらけだすという意味において、めぐるはオリジナル曲とカバー曲の区別を持ち合わせていなかった。


 めぐるはこの演奏を楽しんでいるし、メンバーたちもそれは同様である。客席の人々にも、同じ楽しさと喜びを感じてもらえたら、めぐるはそれで満足であった。


 そして――今日の演奏は、町田家の母親がスマホで撮影してくれている。

 今日の映像も、博多で家族と過ごしている中嶋千尋のもとまで届けられるのだ。そんな風に考えると、めぐるは何だか胸が詰まってしまいそうだった。


 客席も、これまで以上の盛り上がりである。

 モニターに片足をかけた町田アンナは、満面の笑みでギターをかき鳴らしている。

 栗原理乃は凄まじい勢いで鍵盤に指を走らせつつ、鈴島美阿に負けじと彼女ならではの歌声を轟かせていた。

 和緒はショートヘアーから透明の汗を散らしつつ、ポーカーフェイスで難解なるフレーズを叩き出している。


 そして――和緒の切れ長の目が、横目でめぐるを見やってきた。

 ライブの演奏中に和緒と目が合ったのは、これが初めてのことである。


 めぐるが心臓を高鳴らせながら笑顔を送ると、和緒もにやりと不敵に微笑んだ。

 そしてその手が、普段とは異なるタイミングでシンバルを打ち鳴らす。

 めぐるも衝動のおもむくままに、意味もなくグリスのフレーズを入れてしまった。

 それに気づいた町田アンナが、ギターをおもいきり垂直に立てて、乱暴に弦をかきむしる。

 栗原理乃は正面を向いたまま、他のメンバーをたしなめるように鍵盤を乱打した。


 なんだか――夢を見ているような心地である。

 めぐるは笑顔を引っ込めることもできず、おまけに涙までこぼしてしまった。


 そうして楽曲はエンディングに向かい――めぐるにとってもっとも濃密で幸福な時間は、無事に九十分に合算されたのだった。

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