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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 4-

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05 六回目

 その後も、『ジェイズランド』の年越しイベントは盛大に進行されていった。

 何せ、きちんと出順が決まっているバンドのステージだけでも、午後の五時から午前の二時まで及ぶのだ。バンド一組につき持ち時間は十五分で、転換に十分をかけるとしても、出演バンドは二十組にも及ぶのだった。


「出演可能なレギュラーバンドは、のきなみかき集められてるしねぇ。世の中には、ヒマ人が多いもんだよぉ」


 浅川亜季は、そのように語っていた。

 レギュラーバンドというものには、やはりそれ相応のクオリティが求められるのだろう。『マンイーター』とて今年の夏でようやくレギュラーバンドに認められたという話であったのだから、その判定の厳しさは推して知るべしというものであった。


 そんなめぐるの想像に違わず、二番手以降も数多くの見事なステージが披露されていく。

 ただやはり、本日はお祭りイベントという意味合いも強いのだろう。中にはすっかり酔っぱらって、はちゃめちゃな演奏になってしまうバンドもいなくはなかった。


 それでも、基本のレベルは高いように感じられる。

 以前に対バンさせていただいた『ザ・コーア』や『StG44《エステーゲーヨンヨン》』に匹敵する完成度である。そして中には、夏フェスで見かけた覚えのあるバンドもちらほら存在した。


(でもやっぱり……『V8チェンソー』ぐらいわたしの好みに合うバンドは、そうそうないんだな)


 めぐるはそのように考えたが、べつだん気落ちすることはなかった。以前のライブでも感じたことだが、そんなに好みの合うバンドが多数存在したら目移りしてしかたがないし――それに、めぐるにとっての希少性というものが損なわれてしまうように思うのだ。


(ましてや、『SanZenon』ぐらい好みに合うバンドと出会っちゃったら……わたしなんて、どうしていいかわかんなくなっちゃうだろうしな)


 そうして、あっという間に二時間ばかりの時間が過ぎた。

 午後の七時に至れば、もう『KAMERIA』の出番の三十分前である。それよりも少し早い段階で、めぐるたちは搬入の作業に取りかかることにした。

 本日はお客も再入場が認められていたため、町田家の母親とともに店を出る。車のキーさえ貸してもらえれば同行の必要もなかったが、彼女も外の空気が吸いたくなったのだという話であった。


「エレンも今は元気だけど、十時までもつかしらね。いざとなったら車で寝かせるから、アンナたちは時間まで楽しみなさい」


「さすがに大晦日なら、エレンも気合で乗り切るんじゃないかなー! いっつも年が明けるまで頑張ってるしね!」


 町田アンナは夜の冷気もものともせず、軽快にステップを踏んでいる。めぐるもまだこれまでの熱気が体内に残されており、寒さに震えることにはならなかった。

 ただその代わりに、いっそう息は白くなっている。みんな口から煙を吐いているような様相だ。雪が降ってもおかしくないぐらい、今日はしんしんと寒かった。


 やがてワゴン車に到着したならば、栗原理乃は上着を脱いで『KAMERIA』のTシャツを着込んだのち、リィ様としての準備を整える。ヘアメイクは済んでいるので、あとの作業は簡単なものだ。アイスブルーのウィッグと黒いフリルの目隠しを装着したリィ様は、いつも通りの速やかさですべての表情を消し去った。


「よーし! それじゃあ、いざ突撃ー!」


 各自の機材を担いで、『ジェイズランド』に舞い戻る。

 その際に、非力な栗原理乃に代わって電子ピアノのカートを引いていたのは、町田家の母親であった。めぐるはそれでようやく、彼女がわざわざ同行した理由に察しをつけられたのだった。


(わたしって、本当に察しが悪いんだなぁ)


 そうして店内に戻ってみると、町田家の他の面々はバーフロアでくつろいでいた。町田エレンは防音のイヤーマフを持参しているが、それでもやっぱりずっと客席ホールに陣取るというのは消耗するものであるのだ。

 この時間には、バーフロアもたいそう賑わっている。それにやっぱり大晦日らしく、大半の人々が酒を楽しんでいるようだ。全体的に年齢層は高く、『KAMERIA』はもちろん『マンイーター』ぐらい若い人間というのもそれほど多くは見かけなかった。


「やっぱり、ライブハウスで年を越そうって考えるのは、ちょっと高めの年齢層になるのかね」


 めぐるの内心を見透かしたように、和緒がそんなつぶやきをもらした。

 まあ、めぐるにとっては些末な話である。『KAMERIA』と『V8チェンソー』と『マンイーター』、それに町田家の面々までそろっていれば、めぐるにとっては十分以上であった。


 そうして母親にお礼を言ってから楽屋に向かうと、そちらには次の出番の面々が控えている。が、そちらの男性陣も思うさま酩酊しているようであった。

 めぐるたちが入室すると、あちこちから口笛の音色が飛ばされてくる。これまでに味わったことのない、粗野な歓迎だ。それでめぐるが戸惑っていると、町田アンナが元気な声を張り上げた。


「お疲れさまー! ウチらの出番は次の次なんだけど、準備を始めさせてもらってもいいかなー?」


「もちろんさぁ。よかったら、一緒に飲もうぜぇ」


「あはは! ウチらは未成年だから、お酒はパスねー!」


 町田アンナは、堂々としたものである。彼女は実家の道場のおかげで、年長者や荒っぽい人々の扱いに手馴れているという話であったのだ。

 めぐるはなるべく部屋の隅に身をひそめて、運指のウォームアップを開始する。和緒は自分の腿を的にしてスティックを振り、栗原理乃は壁に向かって人形のように立ち尽くし――酔漢の相手は、ギターを抱えた町田アンナがひとりで受け持ってくれた。


「そっちのみんなは、ジェイズのレギュラーバンドなのー? いちおーウチらは、準レギュラーって扱いなんだけど!」


「ああ。俺らは昔っからのレギュラーだよぉ」


「ジェイズに準レギュラーなんて枠があったんだな。なんてバンドだい?」


「ウチらは、『KAMERIA』だよー! まだぺーぺーだけど、よろしくねー!」


 そうしてやいやい騒いでいると、出番を終えたバンドのメンバーがステージから戻ってきた。そちらは酒も入っていないようで、全員清々しげな面持ちである。


「お待たせ。あっちはすげえ熱気だよ」


「だろうなぁ。じゃ、行くかぁ」


 最後にビールをあおってから、へべれけの四人組が階段を下っていく。

 それを見送ってから、出番を終えた人々が町田アンナに笑いかけた。


「たしか、『KAMERIA』ってバンドのコたちだよね。ジェイ店長から、噂は聞いてるよ。まだ高校生なのに、すごい演奏らしいじゃん」


「あはは! まだまだ修行中の身だけどねー!」


「でも、ブイハチのイベントに出るんだろ? ハンパなバンドじゃ、あのイベントはつとまらないだろうからさ。たっぷり期待させていただくよ」


 それだけ言って、それらの面々は速やかに楽屋を出ていく。

 すると、和緒がスティックを振りながら溜息をこぼした。


「ああいうお言葉をいただくのは何度目だろうね。重圧は増すいっぽうだよ」


「そんなの、気にする必要ないって! そのために、ウチらはブイハチのみんなに今のジツリキを見てもらったんだからさ! ウチらはウチらなりに頑張ればいいんだよー!」


 そう言って、町田アンナは生音のギターをかき鳴らした。


「今日のライブも二月のライブも、かっとばしていこー! じゃ、最後の準備だね!」


 町田アンナはギターを下ろし、上に着ていたものをハンガーに掛けていく。そして、シャワーカーテンの向こうで派手なレギンスを脱ぎ捨てたのち、跳ねるような足取りで栗原理乃のもとに向かった。


「リィ様、例のアレもよろしくねー!」


「承知いたしました」と、栗原理乃は壁から町田アンナのほうに向きなおる。コートのポケットから取り出されたのは、リップのスティックであった。

 町田アンナの左頬には『A』、和緒には『K』、めぐるには『M』の文字が書き記されていく。それらの作業を終えた後、栗原理乃は自らの頬に『R』と記した。


 しかるのちに、めぐるたちも上着を脱いでTシャツの姿となる。

 全員おそろいの、『KAMERIA』Tシャツだ。いよいよライブの本番が目の前に迫り、めぐるの心を震わせた。


「……これがもう、六回目のライブなんだね」


 めぐるが思わずそのように告げると、和緒は「ふむ」と指を折り始めた。


「今や懐かしの『ニュー・ジェネレーション・カップ』、夏の野外フェスが二回、文化祭、前回の通常ブッキング……確かに、六回目だ。強引に平均すれば、バンドを結成してから月イチペースってことになるんだね」


「でも、三十分のステージは前回だけだったからねー! やっぱウチらは、まだまだヒヨッコだよー!」


「五回のライブの演奏時間を合計しても、ざっくり七十五分間か。そう考えるとささやかなもんだし、判断に困るところだね」


 五回のライブで、七十五分間。それが長いのか短いのかは、めぐるにも判断がつかない。

 しかし、十五年間を生きてきためぐるにとって、もっとも幸福であったのはここ数ヶ月であったし――そして、もっとも濃密な時間であったのは、その七十五分間だった。


 そして今日という日には、それが九十分に膨れあがる。

 二月のイベントを無事に迎えられたら、ちょうど二時間の百二十分だ。

 人生で、もっとも幸福な百二十分――それを実現させるために、めぐるはこうして奮起しているのだった。


 楽屋のモニターでは、さきほどの面々が演奏を開始している。

 あれだけ酩酊していたのに、演奏に乱れは見られない。多少のミスはあるのかもしれないが、彼らは彼らなりの調和を果たしていた。


(わたしも、頑張ろう)


 めぐるは、ウォームアップを再開させた。

 和緒はソファでゆったりと身を休め、栗原理乃は再び壁と向かい合う。そして町田アンナは、あちこちうろつき回りながらギターをかき鳴らし――いつも通りのライブ直前の光景が完成された。


 しばらくして、酔いどれ四人組の演奏が終了した。

 いっそうアルコールが回ってしまったのか、そちらの四人は千鳥足で舞い戻ってくる。これでよくもまああれほどの演奏をやりとげたものである。メンバーの代わりにギターを担いだスタッフも、苦笑を浮かべていた。


「『KAMERIA』さんですね? 若干押し気味なんで、時間内にセッティングをお願いします」


「了解でーす! よろしくお願いしまーす!」


『KAMERIA』の四名は、いざステージを目指して扉をくぐった。

 コンクリが剥き出しの階段を下っていくと、バックヤードにも熱気がたちこめている。さらに薄暗いステージは、蒸気があがりそうなほどの有り様であった。


 開演からはすでに二時間半が経過しているため、もう六バンドのステージが終了しているのだ。黒い幕の向こう側にも、同じだけの熱気が渦を巻いているのだろうと思われた。


(わたしもタイツを脱いでおけばよかったかな)


 そんな風にも思ったが、今さら後戻りはできない。めぐるはスタンドにベースを立てかけて、シールドの配線に取り掛かった。

 そうして音を鳴らしてみると、いくぶんヌケが悪いように感じられる。ステージ上の熱気や湿度が関係しているのだろうか。トーンハンマーで中域を少しだけブーストさせると、心地好い音色が響いた。


「あ、あの、ギターとドラムの返しを強めにお願いします」


 スタッフに要望を伝えつつ、めぐるも本日使用するエフェクターの音を順番に鳴らしていく。ギターをかき鳴らしていた町田アンナは「いいねー!」とはしゃいでいた。


「リハもしてないのに、中音もいい感じ! ますますテンションあがってきちゃうなー!」


 めぐるとしては、町田アンナのそんな言葉にいっそう昂揚させられる心地であった。

 もちろん黙々とセッティングを進める和緒や栗原理乃の姿と音色も、同じだけの昂揚をもたらしてくれる。そういえば、きちんと合奏するのはほとんど四十八時間ぶりであるのだ。当日にも前日にも部室やスタジオでの練習をせずにライブに臨むというのは、これが初めての体験であった。


 アンプを通したギターや、ドラムやピアノの音が心地好い。

 そして何より心地好いのは、アンプを通したベースの音だ。

 昨日も今日も町田家で過ごす時間が楽しかったため、めぐるはまったく意識していなかったのだが――めぐるの心と肉体がどれだけ『KAMERIA』の轟音を求めていたか、思い知らされたような心地であった。


「遠藤さん、どうぞ」


 と、栗原理乃が紙袋の覆面を手渡してくる。

 そちらにお礼を言ってから、めぐるは紙袋を装着した。

 町田アンナは笑顔で、和緒はクールな面持ちで、それぞれ同じものを装着する。


 これで、準備は万端である。

 そうしてめぐるは前回のライブ以上に胸を高鳴らせながら、幕が開かれるのを待ち受けることになったのだった。

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