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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 4-

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129/327

04 開演

新年あけましておめでとうございます。

引き続き当作をお楽しみいただけたら幸いでございます。

 それからしばらくすると、店内もじわじわ賑わってきた。

 開演時間の午後五時が迫ってきたのだ。トップバッターの『ヒトミゴクウ』は見届けなければならないので、『KAMERIA』と町田家の一行も階下の客席ホールを目指すことにした。


 そちらもまだまだスペースにゆとりはあったものの、時間が過ぎるごとに人口密度は高くなっていく。そんなさなか、最初にやってきた知人は『マンイーター』の面々であった。


「やあ、おひさしぶり。みんな元気そうだねー」


 ひょろりとした体形でショートヘアーを茶色く染めた、ギターの坂田美月がのんびり笑いかけてくる。ずんぐりとした体型でニット帽をかぶったドラムの亀本菜々子も、にこやかな表情だ。そしてやっぱりベース&ヴォーカルの柴川蓮だけは、本日も不機嫌そうな仏頂面であった。


「ど、どうも、おひさしぶりです」


 めぐるが率先して挨拶を届けると、柴川蓮はいよいよ不機嫌そうな面相に成り果ててしまう。フユにそっくりのスパイラルヘアーを金色に染めて、頭の天辺で結いあげた、小柄で可愛らしい顔立ちの娘さんである。きょろんとした大きな目が印象的で、どんなときでも小さな柴犬を連想させる面立ちであった。


「ほらほら、レンレンもきちんと挨拶を返しなよぉ。もうわだかまりは解けたはずでしょ?」


 亀本菜々子がそのように取りなすと、柴川蓮は「ふん!」とそっぽを向いてしまう。

 そこにちょこちょこと駆け寄ってきたのは、町田エレンであった。


「この人が、『マンイーター』ってバンドのベースさん? ほんとにフユちゃんとそっくりの髪型だねー!」


 いきなりフユの名前を持ち出されて、柴川蓮は呆気なく取り乱してしまう。その目がさまざまな感情を噴出させながら、小さき町田エレンの笑顔をにらみつけた。


「な、なんだよ、このちびっこは? ここは子供の遊び場じゃないよ!」


「それは、ウチの妹だよー。入場料は払ってるんだから、立派なお客っしょ?」


 町田アンナが妹の頭に自分の下顎をのせながら、にぱっと笑う。髪の色合いは異なれど、そっくりそのままの笑顔である。


「この前は『マンイーター』の出番が遅かったから、こいつらは観られなかったんだよー」


「うん! 『マンイーター』はすごくかっこいいって、おねーちゃんが言ってたから! 今日は楽しみにしてたのー!」


 柴川蓮が目を白黒させていると、坂田美月が横から割り込んだ。


「わあ、ほんとにそっくりだねぇ。期待に応えられるように頑張るから、どうぞよろしくね」


「うん! がんばってねー!」


 それだけ言い残して、町田エレンはちょこちょこと駆け去っていく。昂揚のあまり、一秒とじっとしていられないようだ。坂田美月は柴川蓮の肩を小突きながら、苦笑した。


「レンレンも、ちょっとはリラックスしたら? 『KAMERIA』のみんなの前だといっつもツンケンしてるから、それじゃ誤解されちゃうよ?」


「ふん! こんなやつらにどう思われようと、関係ないね!」


「もー。今日はブイハチのみなさんも来るから、余計に固くなっちゃってるよねー。……あ、フユさんだ」


「あんたねー! あたしをからかうのもいい加減に――」


 と、柴川蓮はそこで硬直してしまう。彼女と同じ髪型をした長身の人影が、颯爽とした足取りでこちらに近づいてきたのである。その後ろには、スカジャンを羽織った浅川亜季とスタジアムジャンパーを着込んだハルも控えていた。


「やあやあ。今日も楽しい顔ぶれが勢ぞろいしてるねぇ。よかったら、あたしらもご一緒させてよぉ」


「わーい! みんな、ひさびさだねー!」


 町田アンナは、もちろん笑顔で出迎える。浅川亜季もハルも、坂田美月も亀本菜々子も笑顔であるが――フユは硬直した柴川蓮ともじもじするめぐるの姿を見比べて、深々と溜息をついた。


「まさか、またモメてたんじゃないだろうね? そもそも、あんたたちがモメる理由なんてありゃしないはずでしょ?」


「は、はい……モメてはいない……と、思うのですけれど……」


 めぐるはそのように答えたが、柴川蓮はまだ動けずにいる。

 坂田美月も溜息をついて、その肩を優しく揺さぶった。


「レンレン、起きなって。まずは、ご挨拶でしょ?」


 柴川蓮はひとしきりあたふたとしてから、スパイラルヘアーを床に叩きつけるような勢いで頭を下げた。


「ど、どうもおひさしぶりです! 先日のライブはお疲れ様でした!」


「あーもう、やっとフユさんと口をきけるようになったのに、前よりガチガチになっちゃってるじゃん」


「う、うるさいよ! あたしのことは、かまうなってば!」


 柴川蓮は真っ赤になりながら、坂田美月の肩を揺さぶり返す。

 そんな姿を見せつけられると、めぐるはたちまち微笑ましい心地になってしまうのだが――そんな風に考えていると、激情の余波がこちらにも向けられてしまった。


「……あんた、何をにやにやしてるのさ? あたしのこと、馬鹿にしてるんでしょ?」


「い、いえ。決してそんなつもりでは……ご気分を害してしまったのなら、ごめんなさい」


「だから、いちいち突っかかるなってば。ほらほら、フユさんが呆れてるよ」


「わーっ! す、すみません! 別にその、こいつにケンカを売ってるわけではなくて……」


 柴川蓮は再び取り乱し、フユは再び溜息をつく。そしてその切れ長の目が、いつの間にか横合いに回り込んでいた二つの人影をにらみつけた。


「……あんたたちは、何を突っ立ってるのさ? 見世物じゃないよ」


「いやいや。こいつは投げ銭を期待できるぐらいの見世物なんじゃないかねぇ」


 そのように応じたのは浅川亜季で、その隣に並んでいるのは和緒だ。和緒は意味もなく、めぐるにサムズアップのジェスチャーを送ってきた。


 その後は、尋常に再会の挨拶が交わされる。ハルはすっかり町田家の妹たちと親交を深めていたし、ご両親も『V8チェンソー』の面々に一目置いているようであるのだ。軽音学部の先輩がたや『ケモナーズ』の面々が不在であるぶん、より濃厚なコミュニケーションが期待できるようであった。


 そして本日は、そこに『マンイーター』のメンバーが加えられている。坂田美月や亀本菜々子はきわめて社交的な人柄であるため、町田家のご家族ともすみやかに親交を深められそうな様子である。


 そんな中、めぐるはやっぱりこっそりと柴川蓮の様子をうかがってしまった。

 こうしてフユと比べてみると――やっぱり似ているのは、髪型だけだ。本日はフユもスパイラルヘアーを結いあげているので、そこだけはそっくりそのままのシルエットであった。


 しかしその髪もかたや黒色、かたや金色であるし、フユは切れ長の目が印象的な凛々しい顔立ちで、柴川蓮は柴犬を連想させる可愛らしい顔立ちだ。また、首から下に関しても、すらりとした長身にエスニックなアウターとタイダイ柄のスキニーパンツを纏ったフユと、小柄でちんまりとした体に黒ずくめのジャケットとベルトやポケットがたくさんついているぶかぶかのカーゴパンツを纏った柴川蓮である。ヘアースタイルの他には、何ひとつ似通っていない両名であった。


(……だからこそ、憧れるっていう部分もあるのかな)


 もしかしたら、柴川蓮がフユに抱いているのは、めぐるが『SanZenon』の鈴島美阿に抱いているのと同じような思いであるのかもしれない。だからめぐるはこんなにも、温かい気持ちを誘発されるのかもしれなかった。


(まあ、実際はどうだかわからないけど……二人がもっと仲良くなれるといいな)


 めぐるがそのように考えたとき、客席ホールの照明が落とされた。

 これまでかけられていたBGMがフェードアウトして、より激しく重々しい悪魔的なロックサウンドが響きわたる。それらの演出が、人々に歓声をあげさせた。


 客入りは、六十名かそこらであろうか。

 ただ、背後の扉が開かれて、続々と新たな人影が踏み込んでくる。おそらく、バーフロアでくつろいでいた人々が降りてきたのだ。


 めぐるは和緒に寄り添われながら、ステージへと目を向ける。

 黒い幕がするすると開かれて、四名の人間が姿をあらわにした。ジェイ店長率いる、『ヒトミゴクウ』の面々である。


 革ジャンを脱いだジェイ店長は、今日もタイトなシルエットの黒いTシャツとスキニーパンツだ。スキンヘッドのベーシストは真冬の折に逞しい上半身をさらしており、金髪のギタリストは穴だらけのTシャツとデニムパンツを纏っている。ドラムは真っ赤な長髪で、こちらは骨張った裸身をさらしていた。


 夏の野外フェスでは舞台裏から覗いていたので、めぐるが正面から『ヒトミゴクウ』のステージを目にするのは初めてのこととなる。

 本日も、開始の挨拶を告げるのはギターの役割であった。


『「ジェイズランド」恒例、狂乱の年越しフェスティバル、開幕です! 今年の憂さは今年で晴らして、楽しく激しく新年を迎えましょう!』


 見た目はずいぶんな強面であるが、礼儀正しい若者である。

 そんな彼が合図を送ると、ベースがピックで荒々しいリフをかき鳴らした。

 リズムは軽快だが、音は太くて重々しい。以前の野外フェスではもっと硬質の音色であったのだが、本日は異なる音作りに臨んでいるようだ。その終盤でジェイ店長とギタリストが順番に掛け声をあげて、ギターとドラムの演奏も重ねられた。


 ベースは同じリフを弾き続け、ギターもそれに合わせた激しいバッキングを披露する。

 なんとなく――楽曲も、野外フェスとは異なる趣だ。テンポの速い8ビートで、タテノリの曲調は同様であったが、楽曲の持つ雰囲気が違っていた。


 ジェイ店長がしゃがれた歌声を張り上げても、その印象に変わりはない。

 以前の楽曲よりも、どこかダークであるような――そういえば、歌のキーもいくぶん低いようだ。歌メロも、以前は早口の英語をまくしたてるような調子であったのに対して、こちらはねっとりとからみつくような節回しであった。


(……でも、どっちもかっこいいや)


 前回も今回も、めぐるの好みのど真ん中に突き刺さるような曲調ではない。 

 しかし、ベースやギターの音色は荒々しく、ドラムも勢いにあふれかえっている。ジェイ店長のしゃがれた歌声も、やはり魅力的だ。そして何より、彼らは彼らならではの調和というものを体現していた。


 曲の構成はシンプルで、それほど高い演奏力は必要でないのだろう。

 そして彼らは、何より勢いを重視していた。これほどシンプルな曲でもミスタッチをするぐらい、荒々しい印象で――そして、全員が同じ姿勢で演奏に取り組んでいるものだから、その荒々しこそさが調和になっているのだ。


 めぐるにとっては、心地好い演奏である。

 やはりめぐるが重視しているのは、演奏の一体感であるのだろう。ミスなどないに越したことはないが、サウンドがひとつにまとまっていることこそが重要であるのだ。そういう意味で、彼らは確かに調和していたのだった。


 その後も、『ヒトミゴクウ』は矢継ぎ早に演奏を披露していく。

 二曲目は少しテンポを抑えた楽曲で、ドラムのプレイから開始される。重々しさと軽やかさが奇妙に同居しているような、あまりめぐるの知識にはないノリだ。

 最後の曲は再びベースから始まり、掛け声のようなサビが客席を盛り上げる。そして、それらの楽曲はいずれも三分ていどの長さであったらしく、ずいぶんなゆとりを残してステージは終了してしまった。


「いやー、今日もテンチョーさんたちはかっちょよかったね! でも、今回はウチの知らない曲ばっかだったなー!」


 町田アンナがそのように言いたてると、浅川亜季が「あははぁ」と笑った。


「『ヒトミゴクウ』は、色んなパンクバンドのカバーをしてるからねぇ。今回のも、UKパンクではドメジャーの部類だけど……でもまあ、70年代だしねぇ」


「おー、なるほど! 何にせよ、勢いがあってウチは好きだなー! トップバッターにはピッタリだよね!」


「こういうイベントでは、いつも『ヒトミゴクウ』がトップバッターだからねぇ。ま、半分がたはジェイさんがさっさと飲んだくれたいっていう理由なんだろうけどさぁ」


 何はともあれ、会場はいい具合に盛り上がっている。

 およそ半日にも及ぶ年越しイベントが、ついに開始されたのだ。もともと昂っていためぐるの心も、『ヒトミゴクウ』のおかげでさらなる熱が宿されたようであった。

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