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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 4-

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02 ミーティング

「いやー、今日の練習もジュージツしてたね! 二時間半が、あっという間だったよー!」


 部室における練習を終えた後、『KAMERIA』のメンバーは駅前のハンバーガーショップに立ち寄ることになった。

 めぐるはここで夕食を済ませることにして、チーズバーガーのセットを注文する。ちょっと贅沢なディナーであるが、これで帰宅した後はシャワー以外の時間をすべてベースの練習に注ぎ込むことができるのだった。


「で? 今度はどんな面倒な話を持ち出そうっての?」


 和緒がそのようにうながすと、町田アンナは「その前に!」とめぐるに笑いかけてきた。


「またオークションに、めぐるの探してたエフェクターが出品されたんだよねー! 入札するかどうか、チェックしてもらえる?」


「あ、本当ですか? もう二件も入札してもらってるのに……どうもすみません」


「いーのいーの! ヒマなときにちょろっと検索してるだけだから、大した手間じゃないさ!」


 めぐるは文化祭と四日前のライブを経て、ついにエフェクターを購入する決断を固めた。フユから借り受けた数々のエフェクターでまずは理想通りの音を作ることができたので、いよいよそれらを自力で買い集めることに決めたのだ。


 そこでアドバイスをくれたのが、浅川亜季である。

 五種ものエフェクターを買いそろえるのはかなりの出費であるため、いっそ格安の中古品を探してみてはどうかと提案してくれたのだ。


「ちょっとぐらいの不具合だったら、うちのじーさまがちょちょいと直してくれるからねぇ。定価の半額以下の代金で購入できれば、修理費までコミコミでも安くあがると思うよぉ」


 四日前のライブ後、めぐるがすべてのエフェクターを買いそろえると宣言するなり、浅川亜季はそのように告げてくれた。


「ま、エフェクターにも中古で出回りやすいやつとそうでもないやつがあるから、それで目当てのエフェクターをコンプリートできるかはわからないけどねぇ。ネットオークションなんかには、けっこう掘り出し物が転がってるし……中古品に抵抗がなかったら、それもひとつの手なんじゃないかなぁ」


 もとよりベース本体も中古品を使用しているめぐるに、そんな抵抗が生じるいわれはなかった。それでめぐるは町田アンナにお願いして――というか、その場で話を聞いていた町田アンナの厚意に甘えることになったのだ。


「でも、めぐるはスマホもパソコンも持ってないんだよね? だったらウチが、ネットオークションをあさってあげるよ! ウチもときどきスニーカーとかを探してるから、そーゆーのは慣れっこだしねー! ……あ、でも、こーゆーときは和緒の出番かなー?」


「いやいや。ネットをあさるのはかまわないけど、購入までは責任もてないね。何せ我が家は留守の時間が長いから、宅配を受け取るのもひと苦労なんだよ」


「じゃ、ウチがそこまでメンドー見てあげるよ! うちは宅配ボックスがあるから、荷物の受け取りもラクショーだしねー!」


 というわけで、今日の事態に至るというわけであった。

 めぐるが探し求めているエフェクターは、五点。ラット、ソウルフード、トーンハンマー、チューナー、パワーサプライというラインナップとなる。真っ先に発見して入札したのはラットとチューナーであり、今回発見されたのはソウルフードであった。


「ええと、現在の価格は四千円ですか……これも新品だと、一万五千円ぐらいするんですよね」


「うんうん! 動作未確認のジャンク品って扱いだから、これは安く買えるかもねー! 入札額の上限は、いくらにするー?」


「とりあえず、半額ぐらいを目安にしていますので……七千円でお願いします」


「りょーかい! まだ終了日まで三日もあるから、テキトーなタイミングで入札しておくねー!」


 そうしてスマホを操作した町田アンナは、「ありゃ」と声をあげた。


「ラットが高値更新されちゃったー。アキちゃんが言ってた通り、ラットは出品も多い代わりに入札も多いみたいだね! どーする? 今回はあきらめる?」


「ええと、ラットも七千円でお願いしたんでしたっけ……そうですね。出品の数が多いなら、今回はあきらめようかと思います」


「りょーかい! 七千円以下で出品されたら、またホーコクするねー!」


 そうしてスマホをジャージのポケットに仕舞い込んだ町田アンナは、にぱっと笑った。


「やー、なんだか楽しいなー! 和緒もこの役目をウチに譲っちゃって、コーカイしてるでしょー?」


「いや、べつだん。そういうときには、あたしよりも大事な幼馴染の心中を思いやるべきじゃないかね?」


「むむむ? 理乃がまた嫉妬の炎を燃やしておる!」


「そ、そんなことないってば」と栗原理乃は顔を赤くして、幼馴染の腕を引っ張る。町田アンナはけらけらと笑ってから、幼馴染の頭を撫でた。


「あー、楽しかった! じゃ、そろそろ本題に入ろーか!」


「あたしは最初から、それを要求してるんだけどね」


「わかってるってばー! じゃ、まずはSNSについてからねー!」


 あくまでも快活に笑いながら、町田アンナはそのように言いつのった。


「この前のテンチョーさんとのおしゃべりでも、ちょろっと話題になったでしょ? 『KAMERIA』でもバンド用のアカウントを作るべきだと思うんだけど、みんなはどう思う?」


「やりたい人間がいるなら、勝手にすりゃいいさ。個人情報さえ守ってくれりゃあ、何の文句もないよ」


「だーかーらー! そーゆー人まかせのスタンスが、今日までずるずる引っ張っちゃった一番の原因でしょー? ウチらはみーんなSNSとかにキョーミが薄いから、放っておいたら何も動かないんだよ!」


「興味が薄いなら、手を出す理由もないじゃないのさ」


「でもSNSは何かと便利だって、テンチョーさんも言ってたでしょー? バンド活動の告知をするのに、一番効果的なのはやっぱSNSなんだからさー! この前のちぃ坊さんみたいにいきなり『KAMERIA』のライブを観たいって思った人も、SNSのアカウントさえあれば取り置きをお願いできるんだからさ!」


『ちぃ坊』とは、『SanZenon』のドラマーたる中嶋千尋のハンドルネームである。彼女は動画サイトのアカウントで和緒と連絡を取れる立場にあったが、『KAMERIA』の演奏が自分の好みに合わないという事態まで想定して、こっそりライブ会場にやってきたのだ。そういう際にも、SNSのアカウントさえあれば素性を隠してチケットの取り置きを申し込めるという話であるようであった。


「それに、SNSでライブ映像とかを公開しておけば、お客を誘いやすいじゃん! ライブに馴染みが薄い相手なんかにも、それでアピールできるわけだしさ! 『ケモナーズ』のお人らとかも、SNSがあったら知り合いに宣伝してあげるよーって言ってたんだよー?」


「チケットを売るあてもない身としては、そこを突かれると弱いね。まあ、あたしは自分の希望でライブをやってるわけじゃないから、お客を呼べなくても文句をつけられる筋合いはないけど……そんなことを言い出したら話が進まなそうだから、発言は控えておこう」


「ひかえてないじゃん! めいっぱい語ってるじゃん! ……とにかくさ! やっぱSNSはジューヨーだよ! でも、管理者の問題とか、個人情報の問題とかもあるからさ! そのあたりのことを、ひとつひとつクリアーしていかないと!」


 そう言って、町田アンナは鳶色の目でめぐるたちを見回してきた。


「まず、個人情報に関して! やっぱ和緒やめぐるなんかは、SNSで素顔をさらすのは気が進まない感じ?」


「そりゃあそうさ。文化祭ですら気が進まなかったのに、全世界に素顔をさらすなんてまっぴらごめんだね」


「うんうん! ウチを除く三人はみーんな可愛いから、ストーカーとかもおっかないしね! まあ、実際にステージを観たお客がストーカーになっちゃったら、その場その場で対処するしかないけどさ! 最近は、SNSでターゲットを探すやつなんかもいるみたいだし! そーゆーヤカラへの用心として、素顔や本名や自宅の情報なんかはしっかり隠すべきかなー! ライブ映像は、紙袋をかぶったやつだけでオッケーっしょ!」


 めぐるは自分の容姿の評価について異を唱えたかったが、とりあえず穏便な方向に話が進んでいるようなので、口をつぐんでおくことにした。

 すると、町田アンナは栗原理乃のほうを振り返る。


「で、リィ様だけはあの姿をさらすことになるわけだけど! リィ様ってウソみたいにきれーだから、『KAMERIA』をよく知らない連中だったらアプリで加工してるとか思い込んで、ストーカー化することもないんじゃないかなー!」


「そ、それはちょっと大げさすぎるよ」


「あれあれー? リィ様は別人格なのに、どーして理乃が顔を赤くするのかなー?」


 栗原理乃は可愛らしく頬を染めながら、「もう!」と白い手を振り上げた。

 町田アンナは愉快げに笑ってから、めぐるたちのほうに向きなおる。


「個人情報については、それでオッケー? じゃ、管理者についてだけど……ここは和緒にお願いできないかなー?」


「どうしてさ。こんな後ろ向きな人間に任せたら、衰退まっしぐらじゃん」


「もちろん、更新に関してはみんなでフォローするけどさ! スマホとかパソコンとかの扱いに一番くわしいのは、やっぱ和緒っしょ? 理乃はけっこうなデジタル音痴だし、めぐるは通信の環境もないわけだしさー!」


「だったら、あんたはどうなのさ? ネットオークションを肩代わりできるぐらいのスキルを持ち合わせてるんでしょ?」


「ウチが管理者になっちゃうと、その場の思いつきでバンバン更新しちゃいそうだからさー! ワンクッションはさむために、一番クールな和緒に管理してもらいたいんだよー!」


「……自分のアホさ加減を交渉のネタにするなんて、なかなかのやり手だね」


「アホとまでは言ってないけど! イマドキは炎上とかもおっかないから、やっぱSNSってのはシンチョーに扱うべきだと思うんだよねー!」


 にこやかな笑顔を保持しながら、町田アンナはそのように言いつのった。

 和緒は溜息をついてから、めぐるの頭を小突いてくる。これは何をどう考えても八つ当たりであったが、それで少しでも和緒の鬱憤が晴れるのなら安いものであった。


「でね! ブイハチのみんなに、告知用の画像ってのをせっつかれてるじゃん? ちょうどいいから、それで撮影した画像をSNSのアイコンとかスクリーンとかにしちゃわない?」


「ああもう、どうぞご勝手に。あたしの機嫌を損ねたら、わざと炎上させてやるからね」


「和緒はそんなことしないって、信じてるよー! じゃあ、次は……例のブッキングに関してかなー」


 町田アンナの言葉に、和緒はぴくりと肩を震わせた。

 めぐるも思わず、姿勢を正してしまう。つい先日、『ジェイズランド』のジェイ店長じきじきにライブイベントのオファーがあったのである。


「『ジェイズランド』の、年越しイベントってやつね! 和緒は里帰りの問題があるっていうから、ひとまず保留にさせていただいたけど……けっきょく、どうしよっか?」


 和緒はクールな仏頂面のまま、長めの前髪をかきあげた。


「……その前に、そのイベントの意義ってやつを再確認させてもらえる?」


「うん。ブイハチのイベントは二月の下旬だから、まだ三ヶ月近くあるけど……逆に言うと、ビミョーな期間だよね。間に普通のライブを入れると新曲を仕上げるのが大変になっちゃうし、まるまる空けるとステージの感覚が薄れちゃうし……年越しイベントは持ち時間も十五分って話だから、ウチらがコンディションを保つのにうってつけだと思うんだよねー」


 そのように語る町田アンナも、いくぶん神妙な面持ちになっていた。


「でも、バンドのためにプライベートを犠牲にするっていうのは、違うと思うからさー。和緒にはいっつもお願いを聞いてもらってるから、ほんとに大事な用があるときは遠慮することないよ! 絶対に、無理だけはしないでね!」


「……どうして今回に限って、暴走に巻き込もうとしないのさ」


 そう言って、和緒は深めの嘆息をこぼした。

 町田アンナはテーブルに手をついて身を乗り出し、そんな和緒の顔を覗き込む。


「和緒はほんとにイヤだと思ったら、イヤだって言ってくれると思うんだけどさ。なんか今回はいつになくシリアスな空気を感じちゃったから、ウチもシンチョーにならざるを得ないんだよ」


「…………」


「お盆と正月は京都に里帰りするのが、毎年の恒例なんでしょ? やっぱ、それをキャンセルするのは難しい感じ?」


「……うちの母方が、そういう行事を重んじる家系なんだよ。あたし自身は京都の親戚連中が気に食わないから、毎回しぶしぶ連れていかれてるだけさ」


 和緒はそっぽを向きながら、そのように言い捨てた。


「だから、いつもの調子で暴走に巻き込んでくれたら、あたしも心置きなく忌々しい里帰りをボイコットできたのにさ。つくづく、空気を読んでくれないよね」


「んー? ちょっとよくわかんないんだけど! 年越しイベントに誘われてるのは事実なんだから、里帰りをサボる理由にしたいならすりゃいいじゃん」


「……自分の意思で、里帰りをサボるためにバンド活動を利用するってのが、思いのほかストレスだったんだよ」


 町田アンナは、きょとんと目を丸くした。

 しかしめぐるは、それ以上の驚きに見舞われてしまっている。それはおそらく、和緒の本心で――しかも、少なからず弱音というものも含まれていたのだ。和緒がそのようなものを他者にさらすのは、滅多にある話ではなかったのだった。


「つまり……自分の意思でバンド活動を利用するのは気が引けるから、いつもの調子でウチらに引っ張り回されたかったってこと?」


「……それ以外に、解釈のしようがあるのかね」


「なにそれー! いきなりそんなセンサイな部分を見せられたら、こっちもパニくっちゃうよー!」


 町田アンナはまったく感情の定まってない面持ちで、和緒のしなやかな肩をばしばしと引っぱたいた。


「痛いっての。あんたはパニくると暴力を行使するのかい」


「だって、ハグとかしたらウチが血を見ちゃいそうだし! そーゆーのは、めぐるの役割だろうしねー!」


 そう言って、町田アンナはようやく本来の朗らかさを取り戻した。


「だけどまあ、ケツダンするのは和緒だよー! バンド活動を利用するとかじゃなくって、自分の意思でケツダンしてみなよ! そんなつまんない里帰りより、年越しイベントのほうがよっぽど楽しいんだからさー! めぐるだって、そう思うでしょ?」


「は、はい」と町田アンナに返事をしてから、めぐるは思わずテーブルの下で和緒の手を握ってしまった。


「わ、わたしもかずちゃんの意思を尊重するしかないけど……でも……」


「……でも?」


「でも……かずちゃんと一緒に年を越せたら、嬉しいよ。これまで大晦日とお正月だけは、どうしても一緒にいられなかったもんね」


 和緒はゆっくりと、めぐるのほうに向きなおり――そして、自分の額をめぐるの額にごちんとぶつけてきた。


「ディープキスでもかましてやろうかと思ったけど、頭突きで勘弁してあげよう」


「う、うん……?」


「そんなきょとんとした目で、あたしを見るんじゃないよ。この、ヘンクツ限定の人たらしめが」


 和緒は普段よりも荒っぽい手つきで、めぐるの頭をわしゃわしゃとかき回してきた。

 しかしそれは左手であり、右手はめぐるにつかまれたままである。そうして異なる部位から同時に和緒の温もりを感じるというのは、常にないことであり――それが何だか、むやみにめぐるの胸を揺さぶってきたのだった。

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