プロローグ 冬の朝
その日の朝、めぐるは「くしゅん」とくしゃみをしてから目覚めることになった。
重たいまぶたを持ち上げると、冷たく乾いた空気がたちまち眼球の水分を奪っていく。ついに十二月となって、朝方はますます冷え込むようになっていた。
その冷たい空気に身をすくめつつ、めぐるは我が身を顧みる。
めぐるはいつも通り、ベースを抱えたままこたつで眠ってしまっていた。しかもどうやら無意識の内にベースごとこたつにもぐりこんだらしく、『Rickenbacker』というロゴの入ったヘッドだけがちょこんと顔を覗かせている。その可愛らしさに思わず「あは」と笑ってから、めぐるは大いに反省した。
(ベースをこんな乱暴に扱ってたら、いつか壊しちゃうよ。これからはきちんと布団を敷いて、ベースを片付けてから眠るようにしよう。……いつも寝落ちにつきあわせちゃって、ごめんね?)
めぐるは横たわったままベースのヘッドを撫でてみせたが、もちろんリアクションはなかった。
めぐるはベースと一緒にこたつから這いずり出て、あらためて息をつく。こたつは電源を入れていなかったが、やはり外界のほうがいっそう寒かった。自分の健康を守るためにも、今後はしっかり布団で眠るべきなのだろうと思われた。
めぐるはベースのスイッチ類にも異常がないかを確認してから、あらためてペパーミントグリーンのボディを抱え込む。そうして寝起きのぼんやりした頭で、室内を見回した。
四畳半の、殺風景な部屋である。
祖父母の家の庭に建つ、小さな離れの一室だ。めぐるがここで暮らすようになってから、すでに三年と八ヶ月が経とうとしていた。
調度と呼べるのは、こたつと扇風機とカラーボックスのみとなる。押し入れは布団と段ボールと衣装ケースでいっぱいであるため、このような時節でも扇風機が室内に放置されているのだ。なおかつカラーボックスには、学校の教科書ぐらいしか並べられていなかった。
三年八ヶ月前と、なんら変わらない光景である。変わったのは、教科書の背表紙の色合いぐらいであろう。
ただし、めぐるの手にはリッケンバッカーのベースが抱えられており、こたつの卓上にはMP3プレーヤーが置かれている。さらに奥の壁際には、黒いギグバッグと大きなエフェクターボードが鎮座ましましていた。
そして――別の壁には、A3サイズの額縁が立てかけられている。
百円ショップで購入した、五百五十円の額縁だ。
その額縁に、七枚の写真が飾られていた。
一枚は、今年の初夏――初めてのライブイベントに出場した際、楽屋で写した一枚である。栗原理乃はリィ様の姿で、メンバー全員がおそろいのバンドTシャツを着込んでいる。近距離の撮影であったため、めぐると町田アンナが抱えた楽器はほとんど見切れてしまっていた。
二枚目は、八月の初頭。『ジェイズランド』主催の野外フェスにおける一枚で、メンバー四名の他に町田家の可愛らしい妹たちも加えられている。妹たちはひと泳ぎした後であるので髪が濡れそぼっており、八月の暑さが四角く切り取られたかのように写真全体が明るく輝いていた。
三枚目から五枚目は、八月の末に行われたバンド合宿の光景となる。
一枚は練習部屋で、ベースを抱えためぐるとフユ、スティックを携えた和緒とハルが映されている。みんなカーペットの上に座り込んでいるので、ディスカッションのさなかなのだろうと思われた。
もう一枚は夜の屋外で、トングで生肉をつまんだ町田アンナと、それに寄り添う栗原理乃、そして缶ビールを掲げた浅川亜季が映されている。これは、合宿初日の夜の一幕であるはずであった。
最後の一枚はリビングで、『KAMERIA』と『V8チェンソー』のメンバーが勢ぞろいしている。ハルの提案で、集合写真を撮ることになったのだ。めぐるは和緒とフユにはさまれて、極限まで小さくなっていた。
六枚目は文化祭におけるステージで、栗原理乃はリィ様の姿、他の三名は紙袋の覆面をかぶっている。広いステージをなんとか枠内に収めた遠めのアングルで、撮影者は二年生の女子部員である森藤だ。みんな素顔は隠されていたが、貴重なライブシーンの一枚であった。
そして最後の七枚目は、つい四日前に行った『ジェイズランド』におけるライブの日で、場所は楽屋となる。ステージに向かう直前の一枚で、メンバー四人の顔には赤いリップでそれぞれアルファベットの一文字が書き記されていた。撮影者は、『マンイーター』のギタリストたる坂田美月だ。
いずれも、誰かしらのスマホで撮影された画像となる。
それを親切な町田アンナが、自宅でプリントアウトしてくれたのだ。
めぐるの人生は、今年の春に大きな変転を迎え――その軌跡が、この額縁の中にのきなみ詰め込まれているかのようであった。
当初はフォトアルバムを購入しようかと考えていたのだが、町田アンナが額縁に写真を収めると聞き及び、めぐるもそれにならうことにしたのだ。おかげでめぐるはこたつに漫然と座したまま、それらの思い出を好きなだけむさぼることができた。
めぐるは満足の吐息をついてから、両手の指を鼻先にかざした。
右手は人差し指と中指、左手は親指を除く四本の先端が、それぞれ白く変色している。ベースを弾く内に皮膚が分厚くなった箇所が、冬の乾燥で変色しているのだ。スラップで使う右手親指の側面もタコができていたが、そちらは変色まではしていなかった。
たわむれに、指をめいっぱい開いてみると――左手は、右手よりも大きく開いた。親指をぴったり合わせると、左手の小指は二センチばかりも外にはみ出る。それはめぐるの小さな手で四フレット分の距離を確保するために培われた変化であった。
めぐるがベースを購入してから、あと十日ほどで八ヶ月が経過する。
たったそれだけの期間で、めぐるの指先はそうまで変質していたのだった。
(わたしなんて、まだまだ下手くそだけど……八ヶ月前はもちろん、ひと月前と比べたってそれなりに成長できてるもんな)
『SanZenon』のベーシスト――鈴島美阿に魅了されためぐるは、派手なフレーズを好んでいる。それで自分の技量では追いつかないぐらい難解なフレーズを、曲の中に織り込んでしまうのだが――気づけば、ほとんどノーミスで弾きこなせるようになっていた。あれほど難解に感じた『青い夜と月のしずく』さえ、おおよそはミスタッチなしで弾き通せるようになったのだ。もっとも古い時代から取り組んでいる『小さな窓』のスラップのリフなどは、いまや指ならしに活用しているぐらいであった。
しかしもちろんバンドの演奏というものには、それよりも重要な要素が存在する。ミスの有無など関係なく、楽曲に必要なノリやフィーリングというものをつかんで、他の楽器との調和を目指すことこそが肝要であるのだ。
余所の人々がどうであるのかはうかがい知れないが、めぐるにとってはそれこそが厳然たる事実である。めぐるはそのためにこそバンド活動に取り組んでいるのだと言っても、決して過言ではなかった。
よって、めぐるなどはまだまだ未熟者である。
練習を重ねれば重なるほど理想に近づいていき、めぐるは毎回言葉にならないほどの悦楽を手にできているが、これが限界であるなどとはこれっぽっちも思っていなかった。『SanZenon』や『V8チェンソー』などは、もっと確かな調和を体現しているのである。めぐるはようやく山麓から脱して、山腹から遥かなる山頂を見上げているような心地であった。
だからめぐるは、ひたすら練習に明け暮れている。昨日も放課後の二時間半を部室で過ごし、自宅に戻ってからも午前の三時過ぎまで練習ざんまいであったのだ。それが七ヶ月と二十日前から連綿と続く、現在のめぐるの日常であった。
(二月には、『V8チェンソー』のイベントに出場することができるようになったし……もっともっと頑張らないと)
それにめぐるは四日前、ついに『SanZenon』の元メンバーと出会ってしまった。
『SanZenon』のドラマーであった、中嶋千尋――現在は博多で暮らしているという彼女が、育児を義母に頼み込んでまで、『KAMERIA』のライブに駆けつけてくれたのである。その事実が、いまだにめぐるの胸に熱い塊を残していた。
「ミアに心ば奪われた人間が、ベースば弾いて、バンドばやっとうだけで……うちは勝手に、救われた気分になるうけんさ」
中嶋千尋は、そんな風に言ってくれていた。
もちろんめぐるは、彼女の心を救うためにベースを弾いているわけではない。めぐるはあくまで、自分の欲求のおもむくままに生きているに過ぎないのだ。
しかしまた、めぐるの目的はバンドの演奏で最高の調和を目指すことであった。そうして『KAMERIA』のメンバーと同じ喜びを分かち合い、さらには客席の人々とも同じ喜びを分かち合うことができれば、それが最高の結果なのではないかと――めぐるはそんな風に考えるようになっていた。
であれば、中嶋千尋とも同じ喜びを分かち合いたい。
めぐるをこれほど幸福な人生に導いてくれた『SanZenon』の元メンバーと、同じ喜びを分かち合えれば――こんなに嬉しいことはなかった。
(とにかく、練習を頑張らないと。……早く放課後にならないかな)
めぐるがそんな風に考えたとき、目覚まし時計のベルが高らかに鳴り響いた。
楽しい放課後を迎える前に、まずは本日の授業を乗り越えなければならないのだ。腕をのばして目覚まし時計を停止させためぐるは、朝食の準備をするために身を起こすことにした。




