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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
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エピローグ 秋の夜長に

「でっ! ウチはそれから三ヶ月後ぐらいに、めぐるや和緒と出会えたわけだよ!」


 アンナがそのように言い放つと、和緒はまったく気のない表情でぺちぺちと拍手をした。そのかたわらでベースを爪弾いていためぐるは、さっぱり事情がわかっていないようなきょとんとした顔だ。


「人に歴史ありってやつだねぇ。それにしても、まさかいきなりあんたの半生を聞かされることになるとは思わなかったよ」


「ウチだって、こんな長々と語るつもりはなかったんだけどさ! ま、たまにはこーゆーのもいーじゃん!」


 ここはアンナの家の客間であり、時刻は午後の十一時半を過ぎている。時節は十一月の最終金曜日で、『ジェイズランド』における初ライブを控えた前夜のことであった。


「今日はめぐるの家庭の事情を聞くことになったから、ウチも自分のことを語りたくなっちゃったのかもねー! そーいえば、これまでホヅちゃんのことを話す機会もなかったしさー!」


「話を聞くだに、浅川さんとハルさんを足して二で割ってシナモンスティックを添えたようなお人柄みたいだね。で、そのお人が『KAMERIA』のライブに一度も顔を出してないってことは、すっぱりご縁が切れたってことなのかな?」


「そんなわけないじゃん! ホヅちゃんは土曜日が一番いそがしーから、ちょうどタイミングが合わなかったんだよ! 毎回毎回、おわびの電話をもらってるんだからねー!」


 穂実のことを茶化されたならば、アンナも黙ってはいられない。そんな気合でもってにらみつけると、和緒はいつもの調子で「あっそう」と肩をすくめた。


「それにしても、以前のあんたはずいぶん謙虚だったみたいだね。聞けば聞くほど、別人の思い出話みたいに思えちゃったよ」


「あの頃は、とにかく和を保つことを一番に考えてたからさ! それより本音でぶつかるのが大事だってことに気づかされたわけだよ!」


「それであたしは、思うさま暴走に引きずられる運命になったってわけか。出会う時期を間違えたなぁ」


 何を語っても、最後は人を食った物言いで締めくくる和緒である。そしてやっぱり、めぐるは口を出すタイミングをつかめずに目をぱちくりさせるばかりであった。


 この両名が、アンナの見出した理想のメンバーたちである。

 それからすでに、半年ばかりの時間が過ぎている。アンナは今年のゴールデンウィークを終えてから少し経った頃に、軽音学部の部室で彼女たちと巡りあい――そして、自らの運命を見出すことになったのだった。


 最初に顔をあわせたときは、まさかこのような結末になるとは想像もしていなかった。めぐるはいかにも不自由そうにベースを弾いていたし、和緒などは名乗りもせずにそれを見物していただけであったのだ。

 しかしまた、アンナはその段階から少し引っかかるものを感じていた。

 覚束ない手つきでベースを弾いていためぐるの姿が、妙にアンナの胸を揺さぶってきたのだ。


 あのときのめぐるは、とても苦しげな面持ちであった。

 小さな手で必死にベースを弾きながら、「こんなはずじゃない!」と泣き叫んでいるかのような有り様であったのだ。

 それでアンナは、翌日にもセッションをする約束を取りつけた。めぐるは自前のベースならもっとまともに弾けるはずだと言い張っていたので、その力量というものに好奇心をかきたてられたのだ。


 その結果――アンナは、めぐるに魅了されることになった。

 めぐるがそうまでずば抜けた実力を持っていたわけではない。アンナが初めて組んだバンドの気取り屋の少年とは比較にもならなかったが、その次にひと月だけ組んだバンドの高校一年生と同レベルぐらいであり――最後に組んだバンドの大学生よりは、明らかに未熟であったのだ。


 しかし、それでもなお、アンナは彼女の演奏に魅了された。

 実力以上のものを絞り出そうとする彼女の迫力が、アンナの胸に迫ってきたのだ。


 そしてそれ以上に、彼女は楽しそうだった。

 限界以上のプレイに挑み、時にはミスタッチも見せながら、彼女は心から幸福そうに見えたのである。その一点に関して、彼女はアンナがこれまで見てきたプレイヤーの中でずば抜けていたのだった。


 そんな彼女と演奏をともにしていると、アンナまで楽しくなってきてしまった。それでそのまま、最速で新曲を完成させることになったのだ。それはもう、彼女の熱情に引きずられた結果だとしか思えなかった。


(それに……この半年ていどで、実力まで爆あがりだもんなー)


 めぐるは数々のエフェクターを手にすることで、さらに魅力が跳ねあがった。彼女の小さな体の中には、理想の演奏を体現したいという思いが恐ろしい勢いで渦巻いていたのだ。それでもう現在では、あの不愛想な大学生ベーシストを遥かに上回る演奏力を体得したように思えてならなかった。


 めぐるは常に、限界以上のものを求めている。それで限界を突破すると、すぐさま次なる限界を追い求めるのだ。その貪欲さが、彼女を物凄い勢いで成長させているのだろう。アンナが何より魅了されたのは、その飽くなき執念と向上心であった。


 そしてもちろん、彼女のプレイスタイルはアンナの好みとがっちり合致している。そうであるからこそ、アンナはすぐさま魅了されることになったのだ。スライドやチョーキングを多用する派手なフレーズも、基本の重々しい音色も、複数のエフェクターを駆使した凶悪なる歪みの音色も、何もかもが魅力的で、アンナの心を躍らせた。アンナも今日までに数々のバンドと出会ってきたが、めぐるよりも魅力的だと思えるベーシストはついぞ見かけることもなかった。


 そして、それを追いかけるかのように、和緒もどんどん魅力的なドラマーに成長を果たしている。

 出会った当初こそ、アンナはそれほど和緒のことを評価していなかった。アンナ個人は、もっと派手なプレイを好んでいたのだ。ただ、めぐるのベースには和緒のように堅実なドラムが合うのかと思い、バンドに誘ったに過ぎなかった。


 だが――アンナのそんな印象は、すぐに粉砕されることになった。まったくの初心者であったという和緒は文字通り一日ごとに大きな成長を見せて、すぐさまアンナの心をつかんできたのである。


 彼女の演奏は、魅力的だった。当初は退屈だと思っていた堅実さこそが、彼女にとって最大の持ち味であったのだ。そして、何があっても揺るがないドラムというものがアンナやめぐるのようなプレイヤーにとってどれだけかけがえのないものであるか、アンナは心から思い知らされたのだった。


 彼女のドラムは、ヌケがいい。どれだけアンナたちが爆音を鳴らしても、真っ直ぐで芯のある音色が響きわたるのだ。その存在感は、尋常ではなかった。そしてアンナは、手数の多さだけが派手さのすべてではないという事実を思い知った。和緒の力強い音色とリズムは、どれだけシンプルなフレーズであってもぐいぐいと主張して、小手先の派手さなど歯牙にもかけない存在感を放ったのだった。


 めぐるも和緒も、素晴らしいプレイヤーである。

 彼女たちであれば、理乃の歌声にも負けなかった。それでアンナは、ついに『KAMERIA』という理想のバンドを作りあげることがかなったのだった。


(そんでもって、こいつらは中身までサイコーなんだもんなー)


 普段のめぐるは、理乃に負けないぐらいおどおどしている。けっこう可愛い顔立ちをしているのに、自分ではまったく気づいていないような――いや、そんな外見的な魅力などは最初からどうでもいいと思っているようなたたずまいであった。


 めぐるはどうやら自分で髪を切っているらしく、前髪などはいつもギザギザであるし、いつも適当なおさげにしている。そのせいで、ずいぶん野暮ったい印象になってしまっているのだが――ただ、アンナはそれも含めて、魅力的に感じていた。そんな見てくれなど気にもせずにひたすらベースの練習に打ち込む姿が、むしろ格好いいように思えてしまうのだ。それは、何につけても派手好きなアンナにはとうてい行き着けない境地であった。


 それに、どれだけ野暮ったくても、めぐるは可愛らしい。げっ歯類を思わせる丸い目と小さな鼻や口が、愛くるしくてならないのだ。そして、アンナや和緒が騒がしくする中、いつもきょとんとしているそのさまは、本当にプレーリードッグを思わせてやまなかった。


 なおかつ、めぐるはどれだけ内気であっても、その体内には音楽に対する情熱や気合があふれかえっている。そのギャップが、いっそう魅力的であるのだ。夢中になると我を忘れて熱くなるさまも、好ましくてならなかった。そして何より、音楽に対する貪欲さと執念がアンナの心をつかんで離さなかった。


 いっぽう和緒は、めぐると対照的な人間である。彼女はものすごく頭がよくて、機転もきいて、きっと誰よりも優しくて、熱い情感も秘めているのだが、それをクールな皮肉屋の仮面に隠してしまっているのだ。


 そして和緒は、驚くほどに秀麗な容姿をしている。まったくタイプは異なるものの、理乃に負けない美少女であるのだ。なおかつ理乃と異なるのは、自分の美しさに自覚的であり、それに心をひかれる人々を小馬鹿にしているような態度であった。

 彼女はきっと、外見よりも内面を重んじている。それでいて、自分の内面をひたすら隠そうとしているのだ。きっとそこには、何らかの深い事情が存在するのだろうと思われたが――しかしアンナは、無理に聞きほじるつもりはなかった。本人が隠したいと思っているものを暴きたてるというのは、まったくアンナの性分ではなかったのだ。


 それに和緒は、今のままでも十分に楽しい人間であった。時おり垣間見える優しさや温かさだけで、アンナは彼女を信頼することができた。彼女は口が悪いので、アンナと衝突することはしょっちゅうであったが、そうして衝突することでアンナの側の不平や不満はきれいに霧散するので、何も困ることはなかった。


「……なんだか長々と語ったかと思ったら、今度はダンマリかい。さすがのあんたも大舞台を明日に控えて、情緒が不安定ってことなのかね」


 と、和緒は切れ長の目でアンナを見返しながら、そのように言い捨てた。

 彼女はこのようにじっくり検分されることを、嫌っているのだ。それもまた、内面を見透かされたくないという思いの表れなのだろうと思われた。


「べっつにー! それじゃー次は、和緒が語ってみたらー? あんただったら、面白そうな話を山ほど抱えてそうだしねー!」


「凡人代表のあたしに、何を求めてるのさ? 語り草になる思い出話なんざ、なにひとつ持ちあわせちゃいないよ」


「それじゃー、めぐるは? なんか話しそびれてることがあったら、もののついでで語っちゃいなよー!」


「あ、いえ……わ、わたしはもう、さっき全部聞いてもらいましたから……」


 なおもベースを爪弾きながら、めぐるははにかむような笑顔を見せた。


「で、でも……明日は、残念でしたね」


「残念? って、なにがー?」


「あ、だからその……田口さんっていう人を、ライブにお招きできなくて……」


「そんな話題は、数分前に終わってるでしょうよ」


 ぶっきらぼうに言いながら、和緒がめぐるの頭を小突く。

 しかし和緒の眼差しは優しげであるし、和緒に頭を小突かれるめぐるは嬉しげだ。二人のそんなじゃれあいを見るのが、アンナは何より楽しかった。


「きっとめぐるや和緒も、ホヅちゃんと仲良くなれると思うよー! いつかは絶対ライブに来てくれるから、そのときはよろしくねー!」


「あ、はい……きっとその人は町田さんにとって、わたしにとっての『SanZenon』みたいなものなんでしょうから……遠くから、お姿だけでも拝見できたらと思います」


「なんで遠くに引っ込んじゃうのさ! おしゃべりしないと、仲良くなれないでしょー?」


「そ、それはそうですけれど……町田さんの大切なお相手に不愉快な思いをさせるのは、あまりに申し訳ないので……」


 こんな言葉を本気で口にするのが、めぐるという人間なのである。

 その愉快さに、アンナはついつい笑ってしまった。


「いいかげんに、めぐるも自分の魅力を自覚するべきだよねー! ま、放っておいてもホヅちゃんは仲良くしてくれるだろうから、ウチのほうこそ横で見守らせていただくよー!」


「はあ……」と、めぐるは眉を下げてしまう。

 その頭をもういっぺん小突いてから、和緒が「ところで」と発言した。


「そちらのお姫様は、そろそろ限界みたいだね。寝る準備をしたほうがいいんじゃないの?」


 アンナが横合いを振り返ると、座布団の上で正座をした理乃がうつらうつらと船を漕いでいた。

 それでまた、アンナは「あはは!」と笑ってしまう。


「やっぱ和緒は、目ざといなー! 最近はめぐるばっかりじゃなく、理乃にも優しくしてくれるもんねー!」


「そりゃああたしは根っからの博愛主義者だし、栗原さんぐらいの美少女だったら下心をかきたてられてならないさ」


 幸いなことに、理乃には和緒の軽口も届かなかったようである。

 アンナはそれぞれ異なる魅力を有した三名の姿を見回してから、「よーし!」と立ち上がった。


「とりあえず、布団だけは敷いちゃおっか! 明日は大事なライブなんだから、眠たい内に眠っちゃわないとねー!」


「そ、そうですね。……明日も、よろしくお願いします」


 と、めぐるがまたはにかむような笑顔を届けてくる。

 その笑顔に心を満たされながら、アンナは「うん!」と答えてみせた。


 穂実と出会って、ギターを手にして以来、アンナはずっと楽しく日々を過ごしていたが――この半年ほどで、その楽しさが加速している。めぐるや和緒と出会い、理乃をバンドに引きずりこんだことで、アンナの理想はついに体現されたのだ。


 しかしそれは、終わりではなく始まりであった。理想のメンバーと巡りあったアンナは、ここからさらなる喜びと充足を求めて奮起しなければならないのである。まずは、明日に控えたライブをやり遂げることであった。


(今度こそ、胸を張って自慢できるから……ホヅちゃんにも、早く『KAMERIA』を見てほしいな)


 そんな思いを噛みしめながら、アンナは大切な幼馴染のために床をのべることにした。

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