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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Side:A-

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03 新たな衝撃

 初めてのライブから、およそ二ヶ月後――アンナはついに、受験の当日を迎えることになった。

 その間に世間では年を越えており、アンナ個人は誕生日を迎えている。ついに十五歳となったアンナは寒風吹きすさぶ道を踏み越えて、人生最大の試練に挑むことに相成ったのだった。


 しかしまた、アンナの内に怯む思いはなかった。アンナはこの日のために、過酷な受験勉強をやり遂げたつもりであったのだ。年明けの模擬試験でも合格ラインに達していたので、あとはもう苦労の成果を解答用紙に叩きつけるのみであった。


「あとは野となれ山となれーだよねー! 何にせよ、地獄の日々とはこれでおさらばだー!」


 試験の帰り道にアンナが声を張り上げると、理乃は周囲の目を気にしつつおずおずと微笑みかけてきた。


「アンナちゃんは、本当に嬉しそうだね。まあ、それだけ頑張ってきたんだもんね」


「うん! 毎日毎日勉強ざんまいなんて、今から考えるとジョーダンみたいだよねー! もっぺん同じことをやれって言われても、ウチは絶対に無理だよー!」


 そんな風に応じながら、アンナも心のままに笑ってみせた。


「そんでもって、今日からは毎日ギターを弾きホーダイだもんねー! おまけに来週は、ライブだし! 楽しみすぎて、ぶっ倒れちゃいそうだよー!」


「うん。……今度こそ、楽しくライブをできるといいね」


 アンナが前回のライブで何をどのように感じたかは、おおよそ理乃に打ち明けている。そんなことを隠し立てするのはアンナの性分ではなかったし、そもそも隠し立てする理由もなかったのだ。アンナはライブを終えた後、メンバーの聞こえない場所で理乃たちに謝罪することになったのだった。


「ごめーん! みんなもそれほど楽しくなかったでしょー? 次はもっと頑張るから、機会があったらまたよろしくねー!」


 アンナのそんな謝罪に対するリアクションは、人それぞれであった。とりわけ妹たちなどは、きょとんとしていたものである。


「おねーちゃんは、なにをあやまってるのー? エレンはすっごくたのしかったよー?」


「うん。お姉もすごく上手になってたし、他の人たちもかっこよかったよ」


 小学生の妹たちにとっては、ライブを観賞するという行為そのものが刺激的であるのだろう。音楽と縁遠い生活を送っている両親も、それは同様だ。だからべつだん、アンナも不思議には思わなかった。


「わ、私もロックバンドの演奏っていうのは、よくわからないから……でも、アンナちゃんは本当に上手になったと思うよ」


「うん、ありがとー。……ホヅちゃんなんかは、ウチの気持ちもわかるっしょ?」


「いやいや。アンナ先生の気持ちは、アンナ先生にしかわからないと思うよー」


 そう言って、穂実は優しく笑ってくれた。


「まあ、あたしなんかはアンナ先生がステージに立ってるだけで、感無量だったしねー。これからもアンナ先生の成長を見守りたいから、ライブをやるときは声をかけてよー」


「うん! もっともっとライブを楽しめるように、ウチも頑張るよー!」


 そんな初ライブを終えてから二ヶ月ほどの時間が過ぎ、そしてアンナは一週間後に人生で二度目のライブを迎えることに相成ったわけである。

 しかし今回は地獄の受験をやりとげて、ライブの当日まで練習に没頭することができる。それでアンナは、いよいよ奮起しているわけであった。


「でね! もし今のバンドで正式なメンバーとして認めてもらえたら、ウチの曲も使ってもらえるかどうか提案しようと思ってるんだよねー! そのためにも、ライブを大成功させたいのさー!」


 アンナがそのように告げると、理乃は「そ、そうなんだね」と目を伏せてしまった。


「それじゃあ……バンドの人たちに、歌詞をつけてもらえるんだね。たしか、ヴォーカルの人が作詞を担当してるんだっけ?」


「うん、そーそー! きっと曲が変われば、歌詞の内容も変わってくると思うんだよねー! 今までの歌詞って、ちょっとパンチが弱い気がするからさ! 正式なメンバーに認めてもらえたら、そーゆー意見もガンガン伝えなきゃだよねー!」


 そんな風に言ってから、アンナは「あり?」と小首を傾げることになった。


「理乃は何だか、元気がないじゃん。せっかく試験が終わったのに、なんでそんなにしょんぼりしてるの?」


「あ、ううん……別に、大した話じゃないんだけど……」


「でも、しょんぼりしてるじゃん! 言いたいことは、ちゃんと言わないと! ウチがなんか、落ち込ませるようなこと言っちゃった?」


「…………」


「ダンマリかー。じゃ、ウチが力ずくで理乃を笑顔にさせちゃおっかなー」


 アンナがわきわきと両手の指先を蠢かすと、理乃はぞんぶんに目を泳がせてしまった。


「ほ、本当に、そんな大した話じゃないんだよ。ただ……一曲だけ、その……私も、歌詞をつけちゃったから……」


「歌詞をつけた? 理乃が、なんの歌詞を――」


 と、そこでアンナの脳裏に数ヶ月前の記憶が蘇った。


「えっ! もしかして、ウチの曲に歌詞をつけてくれたの? ウチがそれをお願いしたのって、たしか夏休みだったじゃん! それっきり話がないから、ウチはすっかりあきらめちゃってたよー!」


「う、うん……アンナちゃんはずっと忙しそうだったし、バンドのほうも順調だったみたいだから……今さら私の歌詞なんて必要ないかなと思って……」


「そんなわけないじゃん! それじゃーこれから、うちに行こーよ! 理乃の作ってくれた歌詞で、ウチが歌ってみるからさ!」


「え? だ、だけど、バンドで曲を使ってもらうなら、私の歌詞なんていらないでしょう?」


「まだ曲を使ってもらえるかどうかもわかんないし! それより何より、理乃がどんな歌詞をつけてくれたのか気になるじゃん! ほらほら、さっさといこー! なんなら今日は、うちで夕飯を食べていきなよー!」


 そうしてアンナは防寒用の手袋をはめた幼馴染の手をひっつかみ、自宅まで駆け戻ることになったのだった。


                  ◇


「これが……いちおう、私の作った歌詞なんだけど……」


 アンナの自宅に帰りついたのち、十五分ばかりも逡巡してから、理乃はようやくスマホを差し出してきた。

 そちらのメモ帳に、細かい字がつらつらと並べられている。その最上段には、『小さな窓』と書き記されていた。


「これが曲タイトル? どの曲に歌詞をつけてくれたんだろー?」


「あ、あの、三番目にもらった曲なんだけど……」


「そんな昔の話、覚えてないよー! ……あ、自分のスマホで確認すりゃいいのか」


 スマホの音源データを確認してみると、三番目に保存されていたのはヨコノリを意識したミドルテンポの楽曲であった。


「おー、こいつかー! ウチもこいつは、お気に入りなんだよねー! よーし、試しに歌ってみよー!」


 アンナはスタンドに立てかけておいたギターをつかみ取り、耳で適当にチューニングをしてから、アンプの電源をオンにした。

 そうしていざ、理乃のスマホと相対してみたが――どうにも、歌詞ののせ方がわからない。メロディに歌詞をのせようとすると、どうしても字が余ってしまいそうであった。 


「あれー? 違う曲だったかなー? これって、この曲じゃないのー?」


 アンナがイントロのリフを弾いてみせると、理乃は目を伏せつつ「う、うん……」とうなずいた。


「そ、その曲で間違いないよ。やっぱり……おかしかったかなぁ?」


「おかしーっていうか、どう歌うのかわかんないんだよねー。これだと、字が余っちゃいそうじゃない?」


「う、うん……ちょっと不規則な感じに、言葉を詰め込んじゃってるかも……息継ぎとかに、無理はないと思うんだけど……」


「それじゃー、理乃が試しに歌ってみてよ!」


 アンナがそのように言いたてると、理乃は「ええ?」と盛大にのけぞってしまった。


「わ、私、歌なんて歌えないよ。レッスンされてたのは、ピアノだけだから……」


「ウチだって、歌のレッスンなんて受けてないけどさ! てゆーか、ギターだって独学だし! とりあえず、歌詞ののせ方がわかればいいんだよ! じゃ、よろしくねー!」


 理乃の困惑などおかまいなしで、アンナは演奏を開始した。

 単音を基調にした、16ビートのリフである。ミクスチャー系のヘヴィロックを意識しつつ、アンナはめいっぱいダンシブルでファンキーな要素も詰め込んだつもりであった。


 そちらのリフを弾き終えたならば、バッキングに移行する。

 そうすると、理乃はごにょごにょと口もとを動かしたようだが、アンナの耳には何も聴こえてこなかった。


「もうちょい大きな声でよろしくー!」


 アンナもそれほどアンプのボリュームは上げていないので、少し声を張るだけで聴こえるはずだ。理乃はほとんど泣きだしてしまいそうな面持ちであったが――ふいにまぶたを閉ざすと、それなりの声量で歌い始めた。


 その瞬間、アンナは得も言われぬ衝撃に見舞われる。

 いつも細くて澄みわたっている理乃の声が、別人のように変じたのだ。


 とても艶やかで、芯のある歌声である。

 しかしどこか、奇妙な抑揚を持っている。人間ではなくボーカロイドの歌声のように、メロディがうねうねとうねるのだ。それはどうやら、音程の移行がなめらかすぎるゆえに生じる現象であるようであった。


 Bメロになるとキーが下がるためか、奇妙な抑揚がいくぶん抑えられる。

 しかし、キーの跳ね上がるサビに入ると、その印象が増幅された。これが本当に人間の歌声であるのかと、目の前で聴いていても疑わしくなるほどに不可思議な歌声が響きわたったのだ。


 あまりの驚きに打ちのめされたアンナは、最初のサビを弾き終えたところで手を止めてしまった。

 そして、まぶたを閉ざしたままである理乃の肩につかみかかる。


「理乃、すげーじゃん! 今の、どうやって歌ってたの? なんか、クチとかノドとかに細工してるわけじゃないよね?」


「……私、歌を歌おうとすると、こういう汚い声になっちゃうんだよ」


 理乃はまぶたを開いたが、真正面にいるアンナの顔を見ようとしなかった。


「私、ピアノのレッスンのせいで絶対音感っていうものが身についちゃったから……正しい音程で歌わないと、気持ち悪くなっちゃうの。それで、正しい音程で歌おうとすると……こういう汚い声になっちゃうんだよね」


「汚くなんかないってば! すっげーかっちょいー歌声じゃん! なんか、うまく説明できないけど! 背筋がぞわわーってなっちゃった!」


「……それは、汚い歌声に寒気を覚えちゃったんじゃないの?」


「ちがうって! なんか、ホヅちゃんのライブを観たときみたいな感覚だもん! ウチ、理乃の歌声は大好きだよー!」


 アンナがそこまで言いつのると、理乃はようやく弱々しいながらも微笑んでくれた。


「ありがとう……アンナちゃんは、やっぱり優しいね」


 まだ理乃は、アンナの言葉を信じていないようである。

 しかし、アンナの気持ちは昂るばかりであった。アンナは本当に、穂実のライブを観たとき以来の衝撃に見舞われていたのである。


 そして、さらに言うならば――アンナは二ヶ月ほど前に行った初ライブの際よりも昂揚した心地で、ギターを弾いていたのだった。


(なんだよ、これ……いったい、どーゆーことなのさ?)


 アンナは一心に、幼馴染の端麗な顔を見つめ続けた。

 しかしもちろん、その白い肌に疑問の答えが浮かびあがることはなかったのだった。

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