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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
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02 初ステージ

「聞いて聞いてー! ウチ、ついにライブをやることになっちゃったー!」


 アンナがそのように伝えると、理乃は仰天して目を剥くことになった。


「ほ、本当に? でも……こんな時期なのに、本当に大丈夫なの?」


 現在は十一月の半ばであり、ライブの予定日は十二月の上旬である。アンナが今のバンドに加入してから、すでに二ヶ月が経過していた。


「だって、この前の試験でやっと合格ラインに届いたからさ! あとは本番の二月まで同じペースを継続させれば、ラクショーでしょ!」


「う、うん。だけど、万が一にも不合格になったら、ギターを没収されちゃうんだから……ちょっとでもゆとりが出るように頑張ったほうがいいんじゃない?」


「あはは! それは一理あるかもだけどさ! でもウチはギターやバンドが楽しいから、こんなに受験勉強を頑張れるんだよー! これ以上ギターを我慢してたら、たぶんココロのほうがめげちゃうね!」


 アンナは七月以降、ずっと同じペースで音楽活動と受験勉強の両立を目指していた。すなわち、ギターの練習やバンド活動に費やすのは平日であれば一日に一時間、休日であれば三時間という、きわめて窮屈な生活である。それで志望校の合格ラインまで達し、バンドのほうではついにライブに参加することを許されたのだから、アンナにしてみれば申し分のない結果であった。


「そっか。アンナちゃんは、やっぱりすごいね。もちろん勉強のほうもだけど……こんなに短い練習時間で、ライブに出ることを許してもらえるなんて……」


「うん! でも、ウチってサイドギターだから、演奏の内容はそんなに難しくなかったんだよー! 手こずったのは、曲の構成を覚えることぐらいかなー!」


「それでも、やっぱりすごいと思うよ。……ライブは必ず、観にいくからね」


「えーっ、マジで? 理乃こそ、勉強のほうは大丈夫なのー?」


「一日ぐらい、どうってことないよ。アンナちゃんがライブをやれるようになったら絶対に観にいこうって、エレンちゃんやローサちゃんとも約束してたしね」


 この頃になると、さすがに人見知りの理乃もアンナの家族たちと打ち解けていたのだ。アンナは「ありがとー!」と声を張り上げながら、幼馴染の華奢な体を抱きすくめることになった。


                 ◇


 そうしてついにやってきた、ライブの当日である。

 会場は、また見知らぬ場所となる。以前に穂実がライブを行っていたライブハウスよりも小規模で、どちらかというとバーか何かの片隅に演奏のスペースが設えられているという印象であった。


 しかしもちろん初のライブとなるアンナとしては、奮起するばかりである。早い時間から会場入りをして、セッティング表というものを記載したり、リハーサルというものに取り組んだり、他のバンドの生演奏を目にしたりするだけで、アンナの心はいっそう昂っていった。


 他のメンバーたちはそれぞれキャリアを積んでいるので、落ち着いたものである。そしてアンナは、この段に至ってもリードギターの女子メンバー以外とは親交が深まっていなかった。残る三名はもともと寡黙である上に、中学生であるアンナを見くびっている気配がひしひしと感じられたのだ。


(ま、ウチだって練習不足なのは百も承知だからねー! 受験が終わったら、目にものを見せてあげるさ!)


 そうして開演の時間が近づくと、アンナの家族と理乃がやってきた。

 二度目のライブハウスとなる家族たちは相変わらずはしゃいでおり、理乃はひとりでまごまごしている。店内はさびれたバーそのものの様相であったので、深窓のお嬢様まるだしの理乃はずいぶん場違いに見えてしまった。


「あはは! 理乃はだいじょーぶ? 客席もそれなりのボリュームだから、耳をおかしくしないように気をつけてねー! しんどかったら、スピーカーから離れたほうがいいよー!」


「う、うん。わかった。……アンナちゃん、頑張ってね」


「ありがとー! もう、今から血圧があがりっぱなしだよー!」


 そうしてアンナたちが騒いでいると、さらにもう一名の招待客が登場した。

 およそ一年と八ヶ月ぶりの再会となる、穂実である。その懐かしい姿に、アンナは思わず「わーっ!」と大声を出してしまった。


「ホヅちゃんだホヅちゃんだ! マジで来てくれたんだねー!」


「そりゃーアンナ先生の初ライブは見逃せないからねー」


 東京に住まいを移した穂実はバンド活動とアルバイトに明け暮れて、土日や祝日はひときわ忙しいという話であったのだ。そして本日はまぎれもなく日曜日であったのに、無理をして来場してくれたのだった。


 ずいぶん寒さも厳しくなってきたので、穂実も冬の装いである。エスニックな柄のニット帽から緑色の毛先をこぼし、オーバーサイズのボアジャケットを着込んだ穂実は、アンナが覚えている通りの温かな笑みを浮かべていた。


「アンナ先生も元気そうで、何よりだねー。……あれあれ? ちょっとばっかり、背がのびたんじゃない?」


「そりゃー成長期ど真ん中だったからねー! 最後にホヅちゃんと会ってから、三、四センチぐらいは大きくなったんじゃないかなー!」


「そっかそっか。あたしも追い抜かれないように頑張らないとなー」


「あはは! そのトシで背がのびたらおかしーっしょ! ウチだって、そろそろ打ち止めだと思うよー!」


 穂実が変わっていないということは普段の電話のやりとりでもわかっていたことだが、やはり本人を前にすると感慨もひとしおである。アンナは涙腺がゆるみそうになるのを必死にこらえながら、笑顔を返すことになった。


「ホヅちゃん、今日はマジでありがとー! こっちは全然ライブに行けなくて、ごめんねー!」


「そりゃー受験生に無理はさせられないさー。それにアンナ先生だって、自分の練習で手一杯だろうしねー」


 言葉を交わせば交わすほど、アンナは涙腺を刺激されてしまう。アンナはそれをごまかすために、もじもじしている理乃を引っ張り出すことにした。


「ホヅちゃん! これがウチのツレの、理乃だよー! ほらほら、理乃ももじもじしてないで、挨拶しなってば!」


「おー、ようやく会えたねー。こりゃー確かに、目のくらむような美少女ちゃんだー」


 穂実が呑気な笑顔を向けると、理乃はたちまち真っ赤になってしまった。

 そして、二人の妹たちが穂実を挟撃する。町田家の人間は、誰もがこの再会を心待ちにしていたのだった。


「じゃ、ウチは準備があるから! ライブが終わったら、ゆっくりおしゃべりしよーねー!」


「うんうん。楽しみにしてるよー」


 アンナはその場の全員に笑顔を送ってから、楽屋に舞い戻った。

 楽屋は、きわめて雑然としている。そして、トップバッターを務めるアンナのバンドのメンバーたちが、それぞれ好き勝手にくつろいでいた。


「賑やかな声が、こっちにまで聞こえてきたよ。それで覗き見してみたけど、ほんとにお母さんはあんたと同じ髪の色をしてるんだね」


 そんな声をかけてくるのは、やはりリードギターの女子メンバーだ。アンナは体内に渦巻く熱情のままに、「うん!」と答えてみせた。


「ウチが呼んだお客は、これで全員そろったよー! チケット代は、いつ渡そうか?」


「清算の前でかまわないよ。六枚もチケットを売ってくれるなんて、ありがたい限りだね」


「ふん。まるで授業参観だけどな」


 と、ドラムの男子メンバーが珍しく口を出してくる。アンナは眉を吊り上げかけたが、その前にリードギターの女子メンバーが掣肘してくれた。


「そんなへらず口を叩く前に、きっちりチケットをさばいてほしいもんだね。あんた個人のお客なんて、毎回ゼロ人じゃん」


「大事なのは、新規の客をつけることだろ。知り合いをいくら呼んだって、その場の賑やかしにしかならないんだからな」


「そんな御託も、チケットを売ってからにしてほしいもんだね。そうすれば、こっちの懐も痛まないんだからさ」


 こちらの両名は、こうして時おり意見がぶつかってしまうのである。ただそれは、交流が深い証拠なのかもしれなかった。

 ともあれ、アンナもライブの直前に言い争いはしたくなかったので、口をつぐんでおくことにする。メンバーたちはいずれも年長者であったが、道場の門下生たちに比べるとやっぱり子供の面が強いように感じられた。


 そうして、着々と時間は過ぎていき――ついに、本番の開始である。

 こちらのステージには幕もなかったので、アンナたちが楽屋から出ていくと、すぐさま歓声や指笛が鳴らされた。アンナの呼んだ六名は、当然のように最前列に並んでいる。というか、それ以外の人間はおおよそカウンターやテーブルの席に着いたままであった。


 アンナのバンドは、あまりお客が呼べないようであるのだ。店内に居座っているのは、そのほとんどがライブハウスのスタッフと対バンのメンバーたちであった。


(ま、ウチは理乃たちがいてくれるだけで、十分だけどさ!)


 アンナは大いに発奮しながら、スタンドに立てかけておいたオレンジ色のテレキャスターを肩に掛けた。

 他の面々も、思い思いに準備を進めている。そうして準備が整うなり、ドラムはすぐさまスティックでカウントを取った。


 バンド名や曲名の紹介もなく、いきなり演奏の開始である。

 まあそれも、このぶっきらぼうな面々には相応しいのかもしれなかった。


 アンナは熱情のおもむくままに、ギターをかき鳴らす。

 この曲もアンナはコードのバッキングのみであるので、何も難しいことはない。この一年と八ヶ月で、アンナもそれなりの腕に成長しているはずであった。


(ま、この数ヶ月は、大して練習できなかったけどねー!)


 それでも課題曲の練習には一番時間を割いていたので、アンナは過不足なくその成果を発揮することができた。

 こちらのバンドはアンナにとって過去最高の演奏力であるため、土台もしっかりしたものである。アンナもその土台を支える一助になるべく、正しいリズムとテンポを心がけてみせた。


 他のメンバーたちにも演奏の乱れは見られないので、アンナも練習の通りに演奏することができた。

 しかし、そうすると――練習時に感じている物足りなさもそのまま蘇ってきた。


(みんな、ウチなんかよりよっぽど上手なんだけど……なんか、クセがないよなー)


 ヴォーカルもリードギターもベースもドラムも、演奏力はそれなり以上の水準に達している。音は聴きやすいし、演奏は安定しているし、いまだ初心者に毛が生えたレベルであるアンナには穴らしい穴も発見できなかった。


 ただ――迫力というものは、あまり感じない。聴きやすい音で、演奏が安定しているためか、CDの音源でも聴いているような心地になってしまうのだ。

 それはきっと、曲や詞の出来も影響しているのだろう。彼らはそちらの面でも、聴きやすさや安定感が突出していたのだった。


 そんな中、アンナは堅実にリズムギターを刻んでいる。

 なおかつアンプは、ジャズコーラスという機種だ。アンナはマーシャルのアンプを好んでいるが、そちらはリードギターが使用しているのである。


 まがりなりにも生演奏であるのだから、もちろん家でひとりで練習しているときとは比較にならない楽しさも存在する。迫力がないとは言っても、音が小さいわけではないのだ。これほどの轟音を体感できるのは、スタジオとライブ会場だけであった。


 ただ――アンナには、スタジオとライブ会場の差が感じられなかった。

 現在の楽しさは、スタジオ練習の際に感じる楽しさとほぼ同等であったのだ。異なるのは、眼前に見知った人々が立ち並んでいることぐらいであった。


 妹たちは楽しそうに、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。

 母親は穏やかな笑顔、父親は豪快な笑顔だ。

 理乃は演奏の音量に驚いている様子で、目を丸くしていた。

 そして、穂実は――やっぱり、やわらかな笑顔だ。


 普段通りの、穂実の笑顔である。

 愛嬌があって、優しげで――のほほんと笑いながら、アンナの演奏をゆったりと見守ってくれている。アンナが知っている通りの、穂実の姿であった。


(……これっぽっちもコーフンしてないよなー。ウチがホヅちゃんのライブを観たときなんて、ボーゼンとして動けなくなっちゃったのにさ)


 しかしアンナは、少しも悔しいとは感じなかった。

 ギターを始めたばかりのアンナに、それだけの力があるはずもなかったし――そもそもアンナ自身が、スタジオ練習の際と同じていどの昂揚しか覚えていないのだ。それで観る側を昂揚させられる道理はなかった。


 アンナはまだまだ、未熟者なのである。

 アンナが初めてのライブで体得したのは、そんな思いのみであったのだった。

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