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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Side:A-

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05 最初の終わり

 その後もアンナは、ひたすら練習に没頭した。

 アンナは初めてのスタジオ練習を体験したことで、自分の未熟さを思い知らされたのだ。それはアンナの熱情に、いっそうの燃料を注いでくれたのだった。


 とりあえずは、バンド活動のほうも継続させていただいている。彼らは誰しもアンナの力量に不満はないようであったので、今後もともに頑張っていこうという話になったのだ。


「さすがに三年生になったら、バンドなんて続けてられないからな。それまでにライブをできるようにっていうのを目標に、頑張っていこうぜ」


 ドラムの少年はそのように宣言し、他の面々も異論はないようであった。

 それから何度かスタジオ練習を重ねても、アンナの抱く思いに大きな変わりはなかった。生演奏に対すると楽しさと、演奏力の未熟さに対する物足りなさだ。彼らは誰もがアンナより長いキャリアを持っているようであったが、演奏力にそれほど大きな差はないのだろうと思われた。


『演奏レベルが同程度ってのは、重要なポイントかもねー。みんなで一緒に頑張って、理想のバンドを目指しておくれよー』


 穂実などは、そんな言葉でアンナを励ましてくれた。

 しかしアンナは励まされるまでもなく、存分に奮起している。とにかくこれはアンナにとって初めてのバンド活動であったのだ。演奏どころか会話のテンポまで噛み合わないというのは揺るぎのない事実であったが、それでもアンナの熱情に水をかけることは何ものにもかなわなかったのだった。


「やっぱりアンナちゃんは、すごいよね。あんまり気の合わなそうな人たちと一緒にバンドを頑張るだなんて……私には、とうてい真似できないよ」


 理乃などは、しみじみとそんな感慨をもらしていた。


「いやー、気が合う合わないなんて、そんなすぐさまケツロンは出せないじゃん? なんかのハズミでいきなり距離が縮まるとか、道場でもしょっちゅうだったしさー!」


 それがアンナの、偽らざる本音であった。

 なおかつ、バンドの練習などというものは、それほど大した頻度で行われるものでもなかった。こちらのバンドはメンバーのひとりでも欠けたらスタジオには入らないという方針であったため、ひどいときは三週間ばかりも間が空くことになったのだ。


 その点についても、アンナはそれほど不満に思っていなかった。アンナにとってのスタジオ練習というのは、ある種の苦行であったのだ。アンナはそれを乗り越えればさらなる演奏力を身につけられるという意欲でもって、スタジオ練習に取り組んでおり――どちらかといえば、自宅でひとりでギターをかき鳴らしているほうが、よほど楽しかったのだった。


「あのさー。人の曲をコピーするばっかりじゃなくって、オリジナルとかにもチャレンジしてみない?」


 バンド活動が二ヶ月間ぐらいに達した頃、アンナはそんな提案をしてみた。

 が、賛同してくれるメンバーはひとりとして存在しなかった。


「オリジナルって、誰がそんなもん作れるんだよ?」


 面と向かって反対してくるのは、やはりギター&ヴォーカルの少年である。どうやら彼はギターに関して、アンナをライバル視しているようであった。


「曲なんて、コードをテキトーにつなげたら何とかなりそ-じゃん?」


「そんなシロウトの曲で、誰が盛り上がるんだよ? ギター歴一年足らずのくせに、あんまりでかい口ばっかり叩くなよな」


「まあまあ。……でも、オリジナルってのはやっぱり時間がかかるだろうからさ。まずは初ライブっていう目標を最優先にするべきじゃないかな」


 そういう際に取りなすのはおおよそドラムの役割であったが、そんな彼もアンナの意見には賛同しかねるようであった。


(人の曲より、自分の曲のほうが楽しいと思うんだけどなー。でもまー。やりたくないってんなら、しかたないか)


 これまで格闘技という個人競技に打ち込んできたアンナは、どうしたって我が強い。よってバンド内においては、なるべく周囲の意見に耳を傾けるように心がけていた。

 しかしまた、体内に生じた熱情を消すことはままならない。それでアンナはバンドで合奏するあてもなく、ひとりで曲作りに打ち込むことになったのだった。


 曲を作るのは、楽しかった。思いのままにコードを並べたて、デタラメに歌いあげ、それを整理しながら完成に近づけていく作業というものが、思いのほかアンナの好みと合致したのだ。


 そうしてアンナは本能のおもむくままに、音楽活動を楽しんだ。

 やがてその年が終わりを迎えて、お年玉を獲得したならば、それを握りしめて楽器店に突撃した。目的は、歪みのエフェクターを購入することである。スタジオ練習の初日にギター&ヴォーカルの少年がエフェクターを使用しているのを目にして以来、アンナはずっとこの瞬間を待ち受けていたのだった。


「そのエフェクターという道具だって、安いものではないんでしょう? どうして最初に買いそろえなかったの?」


 母親が不思議そうに問いかけてきたので、アンナは穂実からいただいていた言葉をそのまま解説することにした。


「エフェクターってのは、必要に応じて買いそろえるものだっていう話だったんだよー! ギターを始める前の段階じゃあ、自分がどんなエフェクターを欲しいのかもわからないってことさー!」


「そうなのね。やっぱり音楽の世界っていうのは、わからないことだらけだわ」


 すると、次女のローサも笑顔で会話に加わってきた。


「でもやっぱり、お姉はギターに夢中なんだね。次のお年玉では絶対にブーツを買うんだーって騒いでたのにさ」


「いーんだよ! 今はブーツより、エフェクターのほうが欲しかったんだから!」


 そんな会話をしてしばらくしてから、アンナの誕生日がやってきた。アンナは早生まれで、誕生日は年を越えてからであったのだ。そうして両親から共同のプレゼントをいただいたアンナは、包装紙を開封するなり目を剥くことになってしまった。


「わーっ! マーチンの8ホールじゃん! なんで? どーして? ウチがコレを狙ってたって、誰にも話してなかったのにー!」


「だって、雑誌に開きグセがついていたもの。そのページの中でアンナが喜びそうなものを選んだだけよ」


 当然のように、そちらのブーツはオレンジ色をしていた。ギターもアンプもエフェクターも、アンナにとって大切なものはのきなみオレンジ色をしているのだ。なおかつ、衣服の中では靴だけにオレンジ色を求めているというのも、アンナがこれまで買い集めてきた衣服とスニーカーを見れば一目瞭然であったのだった。


「ありがとー! 一生、大事に使うから! ママ、愛してるー!」


「あらあら。それなら、パパにもお礼を言っておきなさいね」


「あー……あいつは、いいや。なんか、ムカつくから」


「ひどいぞ、アンナ! ほらほら、パパにもぎゅーっとハグを!」


「そーゆーとこがムカつくんだよ! ちっとはムスメの扱い方を覚えろー!」


 斯様にして、格闘技の世界から身を引いて数ヶ月ばかりが経過しても、町田家は平穏そのものであった。


 その後も、順当に日は過ぎていき――気づけば、春も目前である。

 今からライブのブッキングを申し込んでも実現は四月以降になってしまうし、そもそもアンナたちのバンドはライブに耐え得るクオリティに達していない。そうしてこちらのバンドはライブを行うという目標を達せぬまま、解散の日を迎えることに相成ったのだった。


「やっぱりちょっと、時間が足りなかったな。町田さんと出会うのがあと数ヶ月早ければ、きっと間に合ったんだろうけどさ」


「あはは! その頃のウチはもっとへたっぴだったんだから、結果は変わらないさ! ま、こればっかりはしかたないっしょ!」


 バンドの解散式ということで、アンナたちは春休みの直前にファミレスでディナーを囲むことになった。

 このメンバーたちと出会ってから、およそ半年ほどが経過している。親睦は、深まったような深まっていないような――なんとも微妙なところであった。


「受験生になったら、さすがにバンドなんてやってられないもんな。……よかったら、受験の後にまた一緒にやらないか?」


「うーん! それはちょっと、約束できないかなー! ウチは三年生になってからも、なんかしらのバンド活動を続けるつもりだからさ!」


「え? でも、受験勉強は?」


「もちろん、そっちも頑張るよー! だからまあ、可能な範囲でね! そもそもギターも弾かずに受験勉強一本なんて、ウチにはフカノーだもん! それならいっそ、バンド活動も楽しんじゃおうと思ってさ!」


「そっか。町田さんは、やっぱりすごいな」


 ドラムの少年やキーボードの少女はにこやかな面持ちであったが、ヴォーカルは相変わらず仏頂面で、ベースは気取った面持ちである。最後まで、このメンバーでしっかり輪を作ることはできないようであった。


 そうしてディナーを終えたならば、それぞれ帰路を辿る。アンナと同じ帰り道であるのは、ドラムの少年のみであった。

 今日もスタジオには入らなかったので、家に戻ったら練習ざんまいである。半ばそちらに気を取られながら、アンナが足取りも軽く街路を進んでいると、ドラムの少年が神妙な面持ちで呼びかけてきた。


「なあ、町田さん。ちょっと大事な話があるんだけど」


「えー? なになにー?」


 と、アンナがそちらを振り返ったところで、スマホが振動した。


「あ、ちょっと待ってね。なんか受信したみたい」


 アンナがスマホを確認すると、相手はギター&ヴォーカルの少年であった。そのメッセージの内容は――『電話していいか?』である。


「なんだこりゃ? 別れたばっかなのに、どうしたんだろー?」


「たぶん、俺に先を越されないようにって焦ったんじゃないかな」


 そんな風に言いながら、ドラムの少年はアンナにぐっと近づいてきた。


「それじゃあ、俺から先に言わせてもらうよ。……町田さん、俺とつきあってくれないか?」


 アンナは「ほえ?」と小首を傾げることになった。


「つきあうって、どこに? あんま帰りが遅くなると、親父がうるさいんだよねー」


「いや、そうじゃなくってさ。……わかるだろ?」


 彼の真剣な眼差しで、朴念仁のアンナもようやく察することができた。

 アンナはその眼差しを真正面から受け止めつつ、「うーん?」と思案する。しかし、答えを出すのに二秒もかからなかった。


「それがもし色恋沙汰の話なんだったら、ごめんね。ウチ、そーゆー気にはなれないや」


「どうして? 他に好きなやつがいるのか?」


「いやー。今はギターが楽しいから、カレシだとか何だとかには、これっぽっちもキョーミを持てなくてさー。そもそもウチは、自分がオトコみたいなもんだしねー」


「そんなことないよ」と、少年はいっそう思い詰めた面持ちで身を寄せてくる。

 アンナは同じ距離だけ、後退してみせた。


「あんただって、これから受験を頑張るんでしょ? カノジョ探しは、高校に入ってからにしたら? 何にせよ、ウチは期待に応えられないから!」


 アンナはさらに後退し、心からの笑顔を届けてみせた。


「でも、バンドに誘ってくれたことは感謝してるよ。今日まで、どうもありがとう。受験勉強、頑張ってねー」


 少年は、がっくりと肩を落としてしまう。

 アンナはぺこりと頭を下げてから、ひとり夜道に足を踏み出した。


 そうして五十メートルほど進んでから、スマホを操作する。もちろん相手は、ギター&ヴォーカルの少年である。


『電話してもいいけど、何の用かなー? 色恋関係の話は、カンベンねー』


 アンナがそのようにメッセージを送っても、返信は来なかった。

 しばらくしてからスマホを確認すると、メッセージアプリのメンバー一覧からギター&ヴォーカルの少年の名前とアイコンが消えている。アプリの機能で、ブロックされたのだ。


 アンナは頭を引っかき回しながら、さらに街路を突き進む。

 すると今度は、着信が告げられてきた。相手は、ベースの少年である。


「はいはーい。なんのご用事かなー?」


『……お前さ、一組の栗原さんと、仲良いのか?』


「自分的には、そのつもりだよー。でも、理乃に用事があるなら、本人によろしくねー」


 アンナがそのように告げると、電話は一方的に切られてしまった。

 アンナは夜空を仰ぎ見て、深々と溜息をこぼす。その後にこぼれ落ちたつぶやきは、「なんじゃこりゃ」というひと言であった。


                ◇


「まー、そんなわけでさー。愛の告白とか理乃は慣れっこだろうけど、あいつが突撃してきたらよろしくねー」


 翌日の放課後、アンナが帰り道でそのように告げると、理乃は力なく目を伏せてしまった。


「実は……アンナちゃんには黙ってたけど……去年のクリスマスの前ぐらいに、その人から声をかけられてたんだよね……」


「えー、そーなの? どーしてウチに黙ってたのさ?」


「だって……それでアンナちゃんとメンバーさんの仲がこじれちゃったら……私にも責任は取れないし……」


「そっかそっかー。ウチはべつに、気にしないけどさ! 理乃ぐらい美少女だったら、誰に告白されてもおかしくないしねー」


「や、やめてよ。……アンナちゃんだって、二人いっぺんに告白されてるじゃん」


「ひとりは告白前に敵前逃亡だけどねー。ま、バンドの解散までガマンしてたってんなら、立派なもんじゃない?」


 アンナがそのように答えると、理乃はびっくりしたように目を見開いた。


「アンナちゃんは……すいぶん落ち着いてるね。メンバーさんからそういう目を向けられて、嫌な気持ちになったりはしないの?」


「んー。まあ、ホヅちゃんにアドバイスされてたんだよねー。男女バンドは、色恋のトラブルに気をつけなってさー。しっかしウチみたいなオトコ女に告白しようだなんて、酔狂なこったよねー」


「そ、そんなことないよ。アンナちゃんはすごく可愛いし、性格だってこんなに素敵なんだから……」


「あはは! ウチは理乃にそう言ってもらえるほうが、百倍うれしいかなー!」


 アンナが歩きながら肩を抱くと、理乃は嬉しそうな顔で頬を染めた。


「で、でも、残念だったね。半年も続けたバンドなのに、こんな終わり方になっちゃって……キーボードの女の子とは、仲良くなれたの?」


「それがさー、今日の昼休みにいきなり呼び出されて、『メンバーを二人も振り回すなんて、町田さんはすごいね』とか言われちゃった! 顔は笑ってるのに、目だけマジなの!」


「ああ……もしかしたら、その人はどっちかの男の子が好きだったのかもしれないね」


 理乃はしみじみと息をついたが、アンナはべつだん気にしていなかった。溜息は、昨日の内につき終えていたのだ。


「ま、どーせあのバンドは二年生いっぱいって話だったんだから、もういいさ! ウチは新しいメンバーを探して、新しいバンドを頑張るよー!」


「う、うん。でも、受験勉強のほうは大丈夫なの?」


「そこは、気合で乗り越える! ま、一年もあればヨユーっしょ!」


 そうしてアンナは、三年生に進級し――次はバンド活動と受験勉強の両立を目指すことに相成ったのだった。

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