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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 3-

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06 清算

「いやー、今日は最後まで満喫しちゃいました!」


 すべてのステージの終了後、そんな声をあげたのは、『ケモナーズ』でギター&ヴォーカルを担当している少女である。場所は一階のバーフロアで、帰宅する彼女たちを『KAMERIA』と『V8チェンソー』のメンバーで見送っているさなかであった。


「二番手のバンドは見逃しちゃったけど、それ以外はみんな最高だったもん! それでも振り返ってみると、やっぱ『KAMERIA』のインパクトが絶大だったかなー!」


「うん。しつこいようだけど、とうてい年下とは思えないステージだったもんなぁ」


 リードギターの担当である少年は、しみじみと息をつく。他のメンバーたちは、のきなみ屈託のない笑顔であった。


「実はわたしたち、自分たちでイベントを企画してみようとか目論んでてさ! それで本当は、『KAMERIA』にも出演をお願いしようかなって考えてたんだけど……ちょっと、考えなおしちゃった」


「ああ。俺たちが尻込みするぐらいだから、他のバンドはなおさらだよな。だから、こっちももうちょっと地力をつけてから、あらためてお願いすることにしようと思うよ」


「えー? ウチらなんて、まだまだヒヨッコだよー? イベントとかに誘ってもらえたら、嬉しいのになー!」


「でも、わたしたちのイベントは高校生バンドで固めるつもりだからさ! 『KAMERIA』に出てもらうと、色んな意味で浮いちゃうと思うんだよー! だから、もうちょっとだけ待っててね! いつか絶対、実現させてみせるから!」


 そんな言葉と笑顔を残して、『ケモナーズ』の面々は立ち去っていった。

 ビールの小瓶を掲げた浅川亜季は、ご満悦の面持ちで「ふふぅ」と微笑む。


「つくづくあのコたちって、ポジティブだねぇ。ああいうコたちは、のびると思うよぉ。いつか『KAMERIA』とわたりあえるようになる日が楽しみなことだねぇ」


「うんうん。あのコたちも、高校生バンドとしてはいいセンいってるもんね。ただ『KAMERIA』が規格外なだけでさ」


 ハルも無邪気な笑顔で、そのように応じる。

 すると、フユが鋭い目つきでめぐるたちを見回してきた。


「それじゃあ約束通り、こっちの話を進めさせてもらいたいけど……その前に、まずは清算だね。話の腰を折られるのは面倒だから、さっさと済ませてきなよ」


「はーい! それじゃあ、また後でねー!」


 清算とは文字通り、本日の諸経費を清算する時間である。その際に本日のライブの批評をいただけるという話であったので、めぐるは多少ながら緊張してしまった。


(だけどまあ……自分的には納得してるし、メンバーのみんなもそれは同様なんだから……店長さんに何を言われても、気にする必要はないか)


 そんな思いをひそかに抱きつつ、めぐるは『KAMERIA』のメンバーとともにスタッフルームを目指した。

 去りし日に、ジェイ店長から入場チケットを受け取った場所である。本日も、その雑然とした部屋にはジェイ店長がひとりで待ち受けていた。


「やあやあ、お疲れさん……こっちから呼びつけるまでもなかったねぇ……それじゃあ、思うさま語らせていただこうかぁ……」


 そちらのデスクにもビールの小瓶が置かれており、ジェイ店長は幽霊じみた面相でにやにやと笑っていた。

 本日は壁際のベンチシートも多少ながら片付けられていたので、めぐると和緒と栗原理乃が身を寄せ合いながら座らせていただく。『KAMERIA』のスポークスマンたる町田アンナは、ジェイ店長の正面に陣取る形でパイプ椅子に腰を下ろした。


「まずは清算のほうから片付けさせていただくよ……出演料は四万円、機材費は二千円、撮影費も二千円で、合計四万四千円……それで、チケット預かりの一万円と、バックマージンの千円を引かせていただくと……残るお代は、三万三千円だねぇ……」


 経理の役目を担当してくれた町田アンナは、財布を取り出しながら「んー?」と小首を傾げた。


「ウチらは五枚のチケットを預かってもらったから、一万円はその分だよねー? でも、バックマージンってのは、なんのこと?」


「当日券で入場したお客が、ひとりだけいたんだよ……そのお客が『KAMERIA』を観に来たっていうから、それはあんたたちの売り上げに勘定させてもらったのさ……当日券は五百円増しだけど、バンド側へのバックは千円で統一してるから、今後もそのつもりでね……」


「えー? 当日券って、誰だろー! みんな、心当たりはあるー?」


 めぐるは和緒や栗原理乃とともに、首を横に振ることになった。事前にチケットを渡せなかったのは『ケモナーズ』の面々のみであったので、そちらの五枚を店頭で預かってもらうことになったわけだが、それ以外に来場者の予定はないはずであった。


「あんたがたはあちこちのイベントを荒らして回ったから、それで目をつけた誰かが来場してくれたんだろうねぇ……あんたがたは、SNSとかやってないのかい……?」


「あー、バンド用のを立ち上げるべきかなーって思ったんだけど、けっきょく先延ばしにしちゃったんだよねー! ウチらはもともと、SNSとかあんまり活用してなかったからさー!」


「今時の女子高生にしては、珍しいことだねぇ……SNSのアカウントがあれば、そういうお客も事前に連絡を取ることもできるからさ……お客のためにも、一考するべきじゃないかねぇ……」


「うんうん! 当日券で割り増し料金になっちゃうのは、申し訳ないもんねー! ちょっと本気で考えてみるよー!」


 元気な声でそのように応じながら、町田アンナは財布から封筒を引っ張り出し、そこから千円札を一枚だけ引き抜いた。


「じゃ、コレがこっちのチケット売り上げと、プラス三千円でーす! 余った千円は、とりあえずバンドのキョーユーザイサンに加えておくからねー!」


 バンドの共有財産とは、最初のライブイベントで獲得した二万円のギフトカードのことである。けっきょくそちらもメンバー内で分配されることなく、手つかずで残されていたのだった。


「三万三千円、確かに……それじゃあこいつが、今日の映像だよ……」


 ジェイ店長がDVDRのソフトを差し出し、町田アンナが「ははー!」と受け取る。入場チケットを受け取った際と同じ光景が再現されて、めぐるはまたくすりと笑ってしまった。


「さてさて、それじゃあ今日のライブについてだけど……自分たちでは、どういう手応えだったのかねぇ……?」


「ウチらとしては、サイコーの仕上がりだったよー! 現時点ではこれが『KAMERIA』のめいっぱいだから、煮るなり焼くなりお好きにどうぞってシンキョーだねー!」


「ああ、そうかい……それならこっちも、ほっとするねぇ……これでまだまだ力半分とか言われたら、あたしも返す言葉がなくなっちまうからさぁ……」


 すべての紙幣を封筒に詰め込みながら、ジェイ店長はまたにやりと笑った。


「ただ……あんたたちは、まだ高校一年生なわけだからねぇ……ここで満足しちまったら、そこまでの話だよ……?」


「今日のステージは大満足だったけど、まだまだヒヨッコなのは自覚してるよー! どの曲だって、まだカイゼンのヨチってやつはたっぷり残されてるんだろうしさー!」


「ふふん……そいつは、心強いこった……あんたがたは現時点でも大したもんだけど、どれだけのポテンシャルが秘められてるかは計測不能だからさぁ……」


 現金の封筒を書類棚に放り込みつつ、ジェイ店長は骨張った肩をすくめた。


「言葉を飾らないで語らせていただくと……今日のステージで一番勢いがあったのは、あんたがただと思うよぉ……」


「えー? いくら何でも、それは言いすぎじゃない? 二番手のバンドはちょっとコケちゃったみたいだけど、それ以外のバンドはみんなすごかったじゃん!」


「ああ……あいつらには、ちっとばっかり気の毒なことをしちまったねぇ……あいつらもセンスは悪くないんだけど、センス頼りで初心を忘れちまったから、気合を入れ直してやろうと思ったんだよ……だけどこいつはショック療法を通り越して、電気椅子に座らされたような心地だったろうねぇ……」


 そんな風に語りながら、ジェイ店長は死神のように微笑んだ。


「ま、ここでのびるか潰れるかは、本人たちしだいだ……だからまあ、余所のバンドのことは置いておくとして、あんたがたのことだけど……もちろんあんたがたは、まだまだ未完成なんだろうと思うよ……一番勢いがあったってのは、ビギナーズ特有の初期衝動ってやつなんだろうさ……ただ……そいつが野外フェスのときよりも急上昇してるってのが、なんだか不可解に思えちまってねぇ……あれから三ヶ月以上も経ってるのに、初期衝動が上乗せされるってのは……ちっとばっかり、自然の摂理に反してるだろう……?」


 初期衝動――それはかつて、『V8チェンソー』の面々にも指摘されたポイントであった。

 町田アンナは「んー」と小首を傾げつつ、くるんと和緒のほうに向きなおる。


「ウチにはよくわかんないから、ここは和緒にパスしておこっかな!」


「なんだい、そりゃ。我がバンドのスポークスマンは、あんたでしょうよ」


「そんなもん受け持った覚えはないし! さっきから、ウチばっか喋ってるじゃん! そーゆーややこしい話は、和緒のセンバイトッキョでしょ!」


「そんな特許を申請した覚えはないっての」


 和緒は気安く応じてから、普段通りのクールさで言葉を重ねた。


「まあ、主観と客観にズレが生じることは大前提として……うちらはブイハチのみなさんにお招きされたバンド合宿で、山ほど課題を抱えることになっちゃったんですよ。それをひとつひとつクリアーしていくのは、バンドの結成時よりも慌ただしさの極致でした。だからまあ、落ち着くヒマもなかったって一面があるんじゃないですかね」


「ふうん……なるほど……確かにあの頃とは音作りの土台から変わってるし、おまけにピアノまで追加されてるもんね……ブイハチの連中が、ずいぶんな刺激を与えてくれたわけだ……」


「それは、間違いないことだねー! おかげでもー、毎日練習が楽しくってさ!」


「とまあ、課題の過酷さを喜ぶ被虐的が人間がぽつぽつ入り混じってるもんだから、常識人のあたしも引きずり回されて満身創痍なわけです」


「うん……ドラムのあんたも堅実ながら、びっくりするぐらいレベルアップしてるからねぇ……あんたとベースはキャリア一年未満って聞いてるけど、そいつは本当の話なのかい……?」


「一年どころか、半年ちょっとだよねー! めぐるは四月から、和緒は五月からだもん!」


 町田アンナがえっへんとばかりに胸をそらすと、ジェイ店長はいよいよ愉快げに目を細めた。


「そいつはますます、大した話だ……そんなキャリアに見合わないリズム隊が、がっしり土台を支えてるって面もあるだろうし……歌とピアノとギターだって、キャリアうんぬん関係なしにパワフルだし……とにかくあんたたちは、ひとりずつがそれぞれ強力で……しかも、誰が欠けても成立しないようなサウンドを作りあげてるよねぇ……」


「うん! でも、バンドってそーゆーもんでしょ?」


「そういう理想を体現してるバンドは、そうそう存在しないってことさ……それこそが、あんたたちの一番の強みなんだろうねぇ……」


 ジェイ店長はパイプ椅子を軋ませながら足を組み直し、ついでのように骨張った腕も組んだ。


「あんたたちは現時点でも魅力的だし、今後の成長を何としてでも見守りたいって気持ちをかきたてられてならないよ……そこで提案なんだけど……うちの準レギュラーを名乗ってみる気はないかい……?」


「準レギュラー? でもウチら、レギュラーバンドのナンタルカってやつもよくわかってないんだよねー!」


「実際のところ、そんなかっちりしたルールがあるわけじゃないのさ……レギュラーだったら月に一本ぐらいはライブをやってほしいところだけど、それだってべつだん強制なわけじゃないし……レギュラーだろうがそうでなかろうが、気に入ったバンドはイベントにお誘いしてるからさ……だけどまあ、高校生のあんたたちには月一本のライブも厳しいだろうし……ライブにかまけて練習を二の次にしてほしくもないし……それならまあ、準レギュラーぐらいが妥当じゃないかと思ってね……」


「その身分を拝命したとしても、取り立てて義務や責任というものは生じないわけですか?」


 和緒がクールに問いかけると、ジェイ店長は「ないない……」と口の端を上げた。


「ただ、有望なバンドにはツバをつけておきたいってだけの話さ……それでもまあ、いきなりレギュラーにしちまったら、そいつが活動の足枷になることもありえるだろうしね……とりあえず、準レギュラーになったらチケットノルマを十五枚にしてやろうかぁ……」


「えーっ、マジで!? それでそっちのケーエーはだいじょぶなのー?」


「ご心配くださり、ありがとさん……ノルマは十五枚でもバックマージンは二十一枚目からってことにさせてもらえれば、こっちの腹は痛まないさ……きっとあんたたちだったら、それなりの集客を見込めるだろうしねぇ……」


「そっかー! でもまあノルマのことをぬきにしても、そういうお誘いは嬉しいかなー? みんなは、どうだろー?」


 そう言ってメンバーの姿を見回した町田アンナは、「あはは!」と楽しそうに笑った。


「意外なことに、めぐるが一番うれしそー! めぐるって、そーゆー話にはキョーミなさそうなのにね!」


「あ、いえ……『V8チェンソー』や『マンイーター』は、すごく格好いいので……その端っこに加えてもらえるのは、嬉しいかなと思って……」


 そうしてめぐるが赤面すると、和緒が無言のまま頭を小突いてきた。


「そっかそっかー! じゃ、理乃と和緒はどうだろー?」


「わ、私もバンドが評価されるのは嬉しいと思うよ。『V8チェンソー』や『マンイーター』は、私も素敵なバンドだと思うし……」


「義務や責任が生じないなら、暴走プレーリードッグに引きずられるのもやむなしかな」


「それじゃー、つつしんで拝命いたしますですー! ただ、しばらくは練習に集中したいんだけど、それでほんとにかまわないのかなー?」


「ふうん……? もしかして、ブイハチのイベントに備えようって心づもりかい……?」


「その話は、まだこれからなんだけどさ! てゆーか、テンチョーさんもキビしくチューコクするつもりだって言ってなかったっけー?」


「今日のステージを見せつけられて、反対なんかできるもんかい……あんたたちより勢いのあるバンドなんて、アマチュアの中ではなかなか思いつかないぐらいなんだからさ……」


 ジェイ店長のそんな言葉が、めぐるの心に深く食い入ってきた。

 しかしまだ、『V8チェンソー』との話し合いはこれからであるのだ。それを思って、めぐるは目頭が熱くなるのをこらえることになった。


「ただ……さっき練習を二の次にしてほしくないって言ったけど……ライブこそが最高の練習だっていうのが、あたしの持論でね……けっきょくどれだけ練習を積んだって、本番ってのは別物だからさ……ライブの経験を重ねることでしか得られないスキルってのも、間違いなく存在するはずだよ……ブイハチのイベントは二月なんだから、その前にひとつやふたつはステージをこなしておくべきじゃないかねぇ……」


「うーん、それは考えどころかなー! とにかくウチらはブイハチのイベントに出られるんなら、それまでにもう一曲は増やしたいと思ってるからさ! 何かお誘いがあったら、そのたびに考えようと思ってるよー!」


「それじゃあこっちは、お誘いのネタを考えておくことにするよ……今後が楽しみなことだねぇ……」


 そう言って、ジェイ店長はまたにんまりと微笑んだ。


「それじゃあ、清算はここまでということで……今日は面白いもんを見せてくれて、ありがとさん……これからはおもいきり期待させていただくから、力の限り頑張ってくださいな……」

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