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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 3-

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05 並み居る猛者たち

 その後はしばらく、バーフロアでさまざまな相手と語らうことになった。

 気づけば、二番手のバンドも演奏を開始している。バーフロアには大きなモニターが設置されており、平時はミュージックビデオが流されていたが、ステージが開始されるとそちらの映像に切り替えられる仕組みになっていたのだ。


 申し訳ないことに、めぐるはそちらの映像にあまり関心を引かれなかった。

 もとより彼らの楽曲があまり好みでないことは、リハーサルの段階でも明らかであったのだが――それをモニターで拝見すると、いっそう興味が削がれてしまったのだ。


「……何だかこのバンドさんは、演奏がチグハグだねぇ。『KAMERIA』の迫力に呑まれちゃったのかなぁ?」


 と、浅川亜季はこっそりそんな言葉をめぐるの耳に囁きかけてきた。

 確かに彼らは、リハーサルの際よりも演奏力が低下してしまっている。たとえめぐるの好みに合わなくとも、バンドとしての完成度はそれなり以上であったはずなのに、それが見る影もなく崩落してしまっていたのだ。


 顕著なのは、ヴォーカルとドラムである。ヴォーカルは妙に声が上ずっていたし、ドラムはリズムが不安定であった。スネアのスピードに、バスドラが追いついていないような――実に聞き苦しいリズムであったのだ。


「これはたぶん、リキんでハシっちゃってるんだろうね。それで、ペダルを踏む足だけ追いついてないんだよ」


 和緒はクールな面持ちで、そのように評していた。

 ともあれ、リズムの核たるドラムが乱れてしまっては、演奏の調和など望むべくもない。そうしてリードギターやベースも、リハーサルとは比較にならないほど演奏が揺らいでしまっていた。


「ま、『KAMERIA』はそれだけのド迫力だったからねぇ。これは『KAMERIA』の底力を見誤ったジェイさんの采配ミスだから、めぐるっちたちは気にする必要もないさぁ」


 浅川亜季はそんな囁きを最後に、また世間話に加わった。

 めぐるは何となく申し訳ない気分を抱えつつ、それに続く。めぐるが何を思おうとも、ステージ上のことは本人たちでどうにかするしかないのだ。


 それにめぐるは、彼らの仏頂面や苦笑顔を思い出していた。めぐるの知る限り、あのような表情でステージに向かう人間はこれまでいなかったのだ。ただひとり、轟木篤子だけはいつでも仏頂面であったが――それは常からそういう表情であったし、彼女もステージ上では誰よりも集中していたのだった。


(もしもこれが本当に、『KAMERIA』のステージを意識しての結果だとしたら……なんだか、もったいないな)


 そんな思いを抱えながら、めぐるは歓談の場にまぎれこむことになった。

 そうして二番手のバンドが終了する頃に、宮岡部長と寺林副部長が帰宅の準備を始める。そちらの両名は、受験勉強の合間をぬって来訪してくれたのだ。めぐるはろくに声をかけることもできなかったが、精一杯の思いを込めて見送ることにした。


 それと同時に、町田アンナの個人的な友人たちも退出していった。そちらの面々はライブ観賞に興味が薄く、町田アンナのステージだけが目的であったのだ。それでも『KAMERIA』のことは大絶賛してくれたものの、他のバンドに興味を持つまでには至らなかったようであった。


「俺たちは、次のバンドが終わったら失礼させてもらうよ! あんまり帰りが遅くなると、エレンがぐずっちまうからな!」


「もー! パパはうるさいのー!」


 そのように騒ぐ町田家の面々も引き連れて、客席ホールへと舞い戻る。『V8チェンソー』のメンバーも『ケモナーズ』のメンバーも、三番手以降のバンドには小さからぬ興味を抱いていたのだ。めぐるとしても、楽屋で好ましい空気を発散させていた『ザ・コーア』の演奏には好奇心をかきたてられていた。


 然して、そちらのステージは――見事のひと言に尽きた。もちろん二番手のバンドはモニターでしか拝見していなかったので比較はできないが、とにかくこちらは申し分のない迫力だったのである。


 もとより彼らは、本日の出演バンドでもっとも曲調の激しいバンドであった。町田アンナいわく、メタル要素の強いミクスチャー系というジャンルに分類されるそうであるが――ギターやベースは歪みまくっているし、ドラムはツーバスペダルという機材でもって凄まじいバスドラの連打を見せている。曲調の激しさという意味では、めぐるがこれまで観てきた中で一番であったかもしれなかった。


 ただしめぐるは、『SanZenon』や『V8チェンソー』ほど心をひかれることはなかった。好ましい要素は多々あったが、そうでない要素もなくはなかったのだ。ギターやベースの歪み具合も金属的な響きが強すぎるし、ドスのきいた低音で奏でられる英詞の歌声もあまりピンとこなかったし――どこか、めぐるの求めるサウンドとは若干以上のズレが感じられた。


 しかしまた、好きか嫌いかで言うならば、好きと言える範疇である。何より彼らは『V8チェンソー』にも負けない完成度と迫力であったので、その時点でめぐるは感心するばかりであった。


 そんな彼らのステージの終了とともに、町田家の面々は帰宅の時間となる。

 その際に、『KAMERIA』の機材はワゴン車で持ち帰ってもらうことができた。どうせめぐるたちはまた町田家に宿泊するのだからと、そのように取り決められていたのだ。楽屋に楽器を置き去りにすることにまだ慣れていないめぐるにとって、それは何よりありがたい配慮であった。


 これで客席に残されたのは、『V8チェンソー』と『ケモナーズ』のメンバーのみとなる。

 しかしその頃には、客席の顔ぶれもすっかり入れ替わっていた。『KAMERIA』のお客のみならず、二番手のバンドのお客たちも大半が帰宅したようであるのだ。ついでに言うならば、二番手のバンドのメンバーも自分たちの出番の後は店外に出てしまったようであった。


(そういえば……あの女の人は、いつの間にかいなくなっちゃったな。やっぱりあれは、二番目のバンドのお客さんだったのかな)


『KAMERIA』のステージが始まる前に、めぐると背中をぶつけた女性――ころころとした丸っこい体型で、独特のイントネーションで喋るあの女性は、バーフロアにも客席ホールにも姿がなかった。お客の再入場は不可とされていたので、姿が見えないのなら帰宅したのだと考えるしかなかった。


(二番目のバンドは調子が悪そうだったから、残念だっただろうな。……まあ、わたしがそんなことを考えてもしかたないけど)


 そうしてめぐるたちは二組のバンドメンバーと歓談にいそしみながら、ちょっと遅めのディナーをとる。店内で販売しているフード類で空腹を満たすことになったのだ。その際には、カウンターの係であった『ヒトミゴクウ』のベーシストが柔和な笑顔で感想を告げてくれた。


「みなさん、本当に見違えましたね。野外フェスでも十分に素敵でしたけど、今日はもう完全に別物でした。いつか機会があったら、またご一緒にお願いします」


 彼はいつでも礼儀正しかったが、その言葉が社交辞令でないことは実感できた。それでめぐるは、また深い充足を得ることがかなった。


 そんな彼から受け取ったカルボナーラとトマトジュースで腹を満たしつつ、四番手のバンドである『StG44《エステーゲーヨンヨン》』のステージを拝見する。

 そちらは『ザ・コーア』ほど激しい曲調ではなかったものの、演奏力と完成度ではまったく負けていなかった。それに、生々しい迫力という意味では、『ザ・コーア』を凌駕していた。あまり歪んでいないギターに、エフェクターを一切使用しないベースでも――あるいは、そうであるからこそ――彼らの演奏は人間くさくて、胸に迫るような切迫感を有していた。


(なんていうか……わたしの好みが、分散してるような感じなのかな)


『ザ・コーア』にこれぐらいの生々しさや切迫感が備わっていたら――あるいは、『StG44《エステーゲーヨンヨン》』に『ザ・コーア』ぐらいの激しさが備わっていたら――めぐるはもっともっと、心を震わされていたのではないかと思われた。


 しかしもちろん、めぐるが失望することにはならなかった。彼らは彼らで十分に魅力的であるし、それに――すべてのバンドに魅了されるわけではないという事実が、『SanZenon』や『V8チェンソー』のかけがえのなさを証し立ててくれたような心地であったのだ。


『ザ・コーア』も『StG44《エステーゲーヨンヨン》』も、『イエローマーモセット』も『さくら事変』も、『ヒトミゴクウ』も『ケモナーズ』も、みんなどこかしらに魅力を持っている。ただそれ以上に、『SanZenon』や『V8チェンソー』はめぐるの好みに合致するという、ただそれだけの話であった。


(それでもやっぱり一番大切なのは『KAMERIA』だって思えるのは……本当に、幸せな気分だな)


 そんな気分を噛みしめながら、めぐるはついに最後のステージ――『マンイーター』の出番を迎えることになった。

 電子音で構成されたけたたましいSEとともに、幕が開かれる。客席からは歓声があげられたが、楽器をさげた柴川蓮と坂田美月は棒立ちのノーリアクションだ。ただドラムの亀本菜々子だけがにこにこと笑いながらスティックを振っていた。


 そして、のんびりとした面持ちである坂田美月に対して、柴川蓮は険しい形相である。彼女は怒れる柴犬のごとき形相で、客席をじっとにらみ据えていた。

 もしかしたら、『V8チェンソー』の面々が控えていることに、緊張してしまっているのだろうか。

 それでめぐるが、思わず手に汗を握ってしまったとき――なんの前触れもなく、柴川蓮がベースをかき鳴らした。ギターのように歪んだ音色で、コードのバッキングを披露したのだ。


 ベースというのは音が太いので、コードを鳴らしても上手く響かないことが多い。めぐるもまた、効果音として使うパワーコードの他は、ハイ・ポジションにおける1弦と2弦のコードぐらいしか曲中に織り込んだことはなかった。

 しかし柴川蓮はコード感がぼやけていることもおかまいないしで、激しいバッキングを見せている。それが、分厚い音の壁を作った。


 そこに、坂田美月が突き刺さるような高音のリフを奏で始める。

 さらに、亀本菜々子がスネアの連打とともに加わって、タテノリの激しい楽曲を開始した。

 何か、奇妙な調和が生まれている。

 ベースのコード弾きとドラムの8ビートがとてつもない疾走感を生み出して、ヒステリックなギターがその上でひらひらと踊っているような風情であった。


 その勢いのままAメロに突入して、柴川蓮が歌い始める。

 リハーサルでも目にすることになった、キーの高い歌声だ。それはキャンキャンと吠える子犬のようなけたたましさと可愛らしさの同居する歌声であった。


 これが昔の『V8チェンソー』に似ていると評されるのであれば、土田奈津実もこういう歌声であったということなのだろうか。

 実際のところは、どうだかわからなかったが――何にせよ、それは個性的な歌声であった。そしてめぐるも、決して嫌いな感じではなかった。


 そうしてBメロに差し掛かると、ドラムが音数を半分にしてどっしりとしたリズムに変じた。ベースは通常の指弾きに戻って、うねるようなフレーズだ。その硬質的なディストーションサウンドと縦横無尽に駆け巡るフレーズが、ほのかにフユを思い出させた。フユの基本は艶やかな音色であるが、時にはプリアンプの歪みでこういう音色を奏でるのだ。


 ベースのプレイの完成度や安定感という意味においては、轟木篤子のほうが上回っているのかもしれない。

 しかし、轟木篤子が演奏していたのはカバー曲であったし、ベースのフレーズもシンプルであった。柴川蓮のプレイはフユほど洗練されてはいなかったものの、きわめて華やかで、攻撃的であった。めぐるにとって好ましく思えるのは、間違いなく柴川蓮のほうであった。


 やがてサビに入ったならば、ドラムは激しいリズムに戻される。そして今度はギターがバッキングを担当し、ベースは歌いながらスラップを披露した。

 歪みのエフェクターはかけられたままであるので、鋭い牙のようなサウンドだ。

 歌もキーが上昇したために、けたたましさを増している。

 そんな『マンイーター』の音色にひたっている内に、めぐるの心はどんどん昂っていった。


 リハーサルの際よりも、彼女たちの演奏は激しくめぐるの心に食い入ってくる。

 これは、めぐるの好むサウンドだ。さすがに『SanZenon』や『V8チェンソー』の完成度には及ばないが――間違いなく、そこに繋がるサウンドであった。


『V8チェンソー』に似ている要素もあれば、似ていない要素もある。

 しかし、めぐるの思いに変わりはない。彼女たちは『V8チェンソー』と似た魅力とまったく異なる魅力を同時に携えていたのだった。


(『マンイーター』って、こんなに格好よかったんだ)


 バンドの好みに順番をつけるというのは、あまりに無粋かつ失礼な話であるのだろうが――めぐるにとって、『マンイーター』というのは『SanZenon』と『V8チェンソー』に次ぐぐらい、好みに合うバンドであるようであった。


 そうしてその後も、めぐるの期待と昂揚が裏切られることはなく――ついにその日のライブステージは終焉を迎えることに相成ったのだった。

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