四年目(目前)・春 成長の過程(後)
「……また負けた」
遠く島の反対で、自身の分身の一体が息子相手に完敗するその様子を意識下のつながりによって感じ取り、離れた位置にいたトーリヤの本体はしばし落胆してため息を吐く。
使用した分身の肉体年齢は一番年下の本体準拠とはいえ、精神面では父親を名乗れるくらいには大人であるトーリヤとしては、模擬戦形式の戦闘で子どもに手も足も出ないというのはやはり多少なりとも思うところがある。
無論トーリヤの有する能力を考えれば、その真骨頂は分身を大量投入しての一人集団戦闘であり、そういう意味ではトーリヤ自身本気を出しているとは言えない状態なわけだが、ここ最近は子供らの成長も著しく、そのうち追い抜かれるのではないかという危機感を覚えることも多い。
(子供らの成長と考えればうれしい部分もあるんだが……。どちらかといえば俺の方の実力不足が疑われるってのが問題か……)
トーリヤとしては三人の子供らには最低限の自衛ができる程度の実力が付けばいいと思っていた。
これは単純に三人を見くびっていたというよりも、転生に際して特典能力を与えられている自分のレベルに付き合わせるのは酷だろうと思っていたというのが大きい。
だがふたを開けてみれば、分身を大量投入しての総力ならともかく、その分身一体一体が発揮できる技量、運動能力や魔法技能という点においては、むしろトーリヤの方が四人の中で一番後れを取っているといってもいいくらいだ。
否、その総力にしてみても。
先ほどのようにレイフトが複数体の分身を倒しきり、エルセもまたそれに近づこうとしているように、このままいくとその総力ですら負けかねないのではないかという懸念すら拭えない。
と、そんな風に最近覚え始めた懊悩に頭をもたげていたトーリヤのもとに、直後猛烈な爆音と暴風が離れた位置、具体的にはトーリヤ達のいる岩場から少し離れた海上から押し寄せてい来る。
「――ぉ、ぐ――」
「――んにゅ……、トーさん? ダメだよ、実験の時はちゃんと耳塞いでなきゃ」
幸い爆発地点が離れたいたため鼓膜などが破れることなく、耳を抑えてうめくだけで済んだトーリヤに対して、その爆発を引き起こした張本人が注意を促すように声をかけてくる。
とはいえ、今回のこの件に関しては全面的にトーリヤが悪かった。
「危ない実験の時に考え事は、ダメ……。特に、今日は、本体だし……」
「――ああ、悪かった」
日ごろから必要な活動のほとんど、それこそ本体を鍛える以外の大半のものごとを分身に任せているトーリヤだったが、一方で分身に任せられることであっても意識的に本体で行っていることというのもそれなりにある。
今回の、シルファの実験に付き合うというのもその一環で、というよりもトーリヤは、日ごろから他の三人の活動に付き合う際、そのうちの一人にはできるだけ本体で接するように意識していた。
単純にトーリヤ自身、いくらなんでも一日中本体の筋トレばかりしていられないというのも理由としてはあったが、それ以外にも、やはり子供たちと接するのが分身ばかりでは、子供らの側もトーリヤの接し方を冷淡に感じてしまうのではないかという考えが根底にあったのだ。
島に来た当初の状態を考えた時、肉体面で最も問題を抱えていたのがエルセであるならば、精神面で最も問題を抱えていたのがこのシルファだ。
精神面と言う点ではレイフトも別方向に同じことが言えるが、彼の場合は島に流された状況によって強制的に問題が先送りされてしまったため、二人を比較した場合の深刻性においてはシルファのほうが緊急性が高く切迫した状態だったと言える。
他者の顔色や一挙一動に常に警戒し、他者の前で眠ることを忌避し、同じトーリヤであっても大人の分身を染みついてしまった習性として恐怖する。
そんなシルファに対して、トーリヤはできるだけ本体をはじめとした年少の外見の分身で接するように心がけ、寝食を共にする中で信頼を勝ち取り、あるいは彼女がどこからか引き出している知識を他のメンバーに伝える教師役を任せることで欠損した自尊心の修復を図ったり、自身の置かれていた状況を客観視させることでその劣悪さを理屈として理解させてきた。
結果として、かつては誰に対しても怯え、痩せて目の下に隈を作った不健康な外見をしていた少女は、今ではすっかり健康的な外見へと成長し、それどころか島にいる三人の中では一番の美少女に成長した。
まあ、これについては比較対象が少ないうえに、エルセなどはあまり外見に頓着しない性分であるから評価の仕方が悪いかもしれないが、同じ少女として転生し、自身の外見を客観的に見て悪くないのではないかと思っていたトーリヤより確実に上と言えるまでの変わりぶりである。
心ここに在らずでボヤっとしていたり、気づけば眠そうにうつらうつらしていたりと、別の意味で危なっかしいところも出てきてしまったが、少なくとも共に育った三人に対しては、もはや怯えるような様子も見せなくなった。
そしてそれのみならず、今。
外見と内面の年齢が一致しないトーリヤを除けば、島の中で間違いなく最年少と言えるこの少女もまた、他の二人に勝るとも劣らない戦力となるべく、自身の魔法能力を伸ばし、検証し、実験するためにここ(・・)にいる。
「にしても、やっぱりきちんと手順を踏んだ魔法は威力も違うな……。爆発する炎弾とか、【シン域】を使って発動させれば簡易なものでもそれなりに威力は出るけど」
この世界の魔法は、世界と意識を繋げて念じることで任意の現象を引き起こす異能だ。
その性質上、理屈の上では念じれば何でもできるが、当然起こす現象が大規模なものになれば術者に求められる力量、かかる負担は比例して大きなものになり、その負担を受け止め支えられる限界がその人間の魔法の限界ということになる。
この世界における『魔力』とは、人間が体内にため込んで使えるエネルギー(MP)ではなく、より規模の大きい現象を引き起こすための、そのために必要な干渉力の出力のことなのだ。
その点において、暫定的に『シン域』と呼ぶどこかに接続しているトーリヤ達は、ことこの出力については格段に高いものとなっており、それこそ極端に負担の重い現象でも実現にこぎつけられるほどの怪力を有するに至っている。
一方で、同じ現象を引き起こすにしても、伴う負担が軽くなるのであればそれに越したことはない。
特にこの世界の魔法は、地球のものとそん色のない物理法則と衝突する魔法よりも、物理法則に逆らわず、あるいは利用するような形で現象を引き起こす時の方が負担が軽くなる傾向がある。
もっと言うなら、周辺にある環境や物質、物理法則や現象を利用する形であれば、この魔法という技術体系はより少ない消費で高い効果の魔法を発動させることができるようになるのだ。
そのため、魔法が存在するこの世界においても前世における科学的な知識というものは重要な意味を持っているし、時にはそうした知識を利用した魔法が、実際にうまくいくか実験する必要も出てくる。
「とりあえず予定通り、水の分解から水素と酸素で爆弾を作るやり方はうまくいったと思う……。あとは気体の量や比率をいろいろ試して威力の調整と、発動プロセスの習熟による時間短縮、これはひたすら反復練習を繰り返せば――」
自身に注意が戻ったことを察してか、再びシルファは海の方を見ながらこの先の予定いつもより饒舌にを話し始める。
今トーリヤ達がいるのは、この島に最初にたどり来た時流れ着いた浜辺とは違う、むしろ島の反対側に位置する岩場の一角だ。
そんな場所で、今シルファはその両足を岩の隙間にたまった海水に着けたまま、そこにある水分を材料にして爆発魔法の練習と実験を行っているのである。
(……なんだかんだでこの子も、自分の興味や関心をキチンと表に出せるようになってきたな……)
義務感に駆られているという様子でもなく、自身の新しい魔法の研究に没頭するシルファの様子に、それを見るトーリヤは心中密かに胸をなでおろす。
実のところ、この島に来た当初、強くなって海竜の討伐や魔王襲来に備えるという目標を掲げて訓練を始めた際、トーリヤが一番心配していたのがこのシルファという少女のスタンスだった。
というのも、この島に共に流された三人の子供たちの中で、レイフトとエルセの二人には力をつけることへの意欲があったのに対し、唯一シルファだけはそうした意欲が乏しく、良くも悪くもトーリヤの言うことにいい子に、従順に従っているという姿勢だったのである。
実際訓練を始めても、そうしたトーリヤの危惧はますます当たっていたと実感させられることとなった。
もともとシルファの場合、他の二人と違いお世辞にも運動能力が高い問い訳ではなく、体を鍛えるのもトーリヤに言われたからやっているような様子で、いわば好きでもないことを嫌々とまではいわずとも、言われたからまじめにやっている(・・・・・)ような状態になっていたのである。
無論トーリヤ自身、シルファが好んでいない運動を半ば強要している状態を、それでも続けなければいけなかった理由はあった。
島からの脱出はともかく、魔王の襲来が予告されている現状、生き延びるために最低限の運動能力は身に着けていなければ命にかかわると思っていたし、単純にこのお世辞にも安全とは言えない世界で生きていくうえでも身を守る力というのは必須技能だ。
トーリヤは何も前世の基準で優等生に育てたいから子供たちに訓練を貸しているわけではなく、あくまでもこの先、高確率で必要になるから求めているわけで、いくらシルファの性に合わない訓練だったとしてもこればかりは親を名乗る者として譲れない一線だったのである。
ただし、その一方で。
ほかならぬトーリヤ自身、一度は良い年齢になるまで人生を過ごした、その人生経験ですでに知っている。
単純な伝聞情報というだけでなく、己自身の実体験として。
特に好きなわけでもない、己の尺度で魅力も価値も感じないそんな物事を、ただ『まじめさ』やら『やる気』などといったの精神性だけを頼りに、己を押し殺しながら取り組むことが、どれだけ息苦しく、そして非効率であるのかを。
三人の子供らを育てるにあたって、その一人一人に対して思うことは多々あったが、その中でもシルファという少女に対してトーリヤが抱く感情はある意味で特別だ。
ありていに言ってしまえば、トーリヤはこのシルファという少女に対して、ある種の同族意識のようなものを抱いているのだ。
厳密には、トーリヤとシルファが同族だったというよりも、トーリヤの前世と現在のシルファに少なからず通じるものがあったというべきか。
あえておこがましい言い方をするのであれば、トーリヤの前世はいわば天才になり損ねた人間だ。
天才、あるいは別の言い方をするならば『特別』とでも言えばいいのか。
別に、自分に特別な才能があったと胸を張って言えるわけではない。
どちらかといえばその逆。
自身がいつのころからか持っていた特異性、伸ばしていればあるいは他人にはない才能と言えるものになっていたかもしれないそれ(・・)を、前世のトーリヤ自身は『普通』であることにこだわり、己を抑圧するような生き方をしてしまった結果、伸ばし育む機会を逃してしまった。
大人になって、自身が『普通』になどなれないのだと自覚したときにはもう遅い。
結果、伸ばせば才能になっていたかもしれないなにかは結局身を結ぶことなく、中途半端にフォローしきれなかった弱点と、そして自身が『普通』にも『特別』にもなれなかったという劣等感だけが残った。
とはいえ、では前世のトーリヤが特別不幸な境遇にあったかといえば実のところそう言う訳でもない。
シルファのような過酷な境遇はもちろんのこと、他の二人のような不幸に襲われてそうなった訳でもなく、それどことかトーリヤの前世は弱点や劣等感を抱えながらもそれ以外は平穏そのもので、最後に事故で死亡した以外は相対的には恵まれた境遇だったと言っていい。
ではなぜそんなことになったかといえば、ありていに言えばトーリヤが前世で生きていたのはそういう時代だったのだ。
トーリヤが生きていた時代は、価値観や世間の風潮として一つのパターンの『普通』を目指すのが当たり前の時代であり、トーリヤ自身がそれ以外の生き方があると知り、また自身が『普通』になれない人間なのだと知ったのは、世の価値観が発展し、ある種の知見が積み重なった、トーリヤ自身が大人になった後のことだった。
正直これについては誰のせいとも言い難い。
しいて言うなら生まれた時代が悪かったというべきなのかもしれないが、そんなものに何かを想ったところで意味などないのだ。
ただ自分という人間が、持ち合わせた性質を考えた場合の、最適解を逃したという後悔だけが胸にあった
(まあ、結局は自己投影や代償行為ってことになるんだろうが……)
トーリヤがシルファという少女の特異性に気づいたとき、まず最初に思い出したのは、前世の自身の経験とそれに付随するそうした後悔の記憶だった。
特にシルファの場合、その抱えた特異性はトーリヤの前世などよりはるかに分かりやすくて強烈なものだ。
そんな特異性を持つシルファが、周囲の圧力からくる生きにくさに負けて、自身を抑圧して 『普通』になろうとする道を選んでしまうのではないかと、かつて同じ道を歩んだトーリヤは親を名乗る身としてそんなことを危惧したのである。
少なくとも、トーリヤは経験として知っているのだ。
『異質』な存在に生まれた自分たちのような存在は、努力して『普通』を装うことこそできても、本当の意味で回りが求める『普通』になることなどできないのだと。
それを知っていたがゆえに、娘となったシルファに自身と同じ後悔をしてほしくないといっちょ前の親のように考え、その果てにトーリヤは――。
「――次は、込める気体の量を増やしてみる、ね……。どのくらいの威力をどのくらいの時間で出せるのか、必要な水の量とか、いろいろ試してみたいから」
「――おう。けど、あくまで増やす量は少しづつだ。距離も一定に保って、こっちまで爆風やらなんやらが飛んでくるようならそれより近い距離で炸裂させるのはやめた方がいい。有効射程と一緒に、安全な距離についてもこの際だから覚えていけ」
予定していた実験、あるいは感覚をつかむために自分で考えた練習内容を確認するように告げて、応じたトーリヤにシルファは改めて意識を足をつけた水の方へと戻して魔法を発動させていく。
当初こそシルファの、ひいては三人の子供たちの教育方針に悩んだトーリヤだったが、結局のところいたった結論はシンプルなものだった。
訓練や勉学、魔法の研究など、先を見据えて必要だと思い、トーリヤが提示する技能を習得しつつ、自分たちの興味や関心、願望や目標を自覚させ、それらの間で本人にバランスを取らせる(・・・・)。
どちらか片方を極端に追い求めてどちらかをないがしろにするのではない。必要な行動と当人の希望が合致するならそれでよし、合致しなくてもそれで片方をあきらめさせるのではなく、両立させることを、難しいことを承知でそれでも子供らに求め続ける。
それこそが、前世の経験の元、最終的にトーリヤが行き着いた三人の子供たちへの教育方針だった。
そのうえで、シルファの場合、島に来る前の生活環境の影響か、自身の願望から目を背けて押し殺そうとする悪癖があった訳だが、些細な興味や関心などを指摘し、『どうするべき』と思っているかと『どうしたいか』を自覚させることで、己と向き合い理解するところから始めていった。
トーリヤ自身も、彼女を含め三人の好むものを把握するところから始めていき、結果として三人が三人とも、ある意味ではトーリヤ以上に自分たちの力を高めることに、予想した以上の熱心さで邁進していくことになった。
とはいえ、体を鍛え、効率の良い体の動かし方や獣の殺し方などを研究しているレイフトやエルセと違い、シルファの場合は研究の方向性はまた別だ。
島に来た当初から四人の中で唯一この世界の文字を読むことができ、島に残されていたかつての船の積み荷と思われる書物に触れる機会があったシルファは、文字を覚えた後のトーリヤと一緒になってそれらの本を次々と読破して、その中で身につけた魔法や科学の知識をもとにこうして実験を繰り返し、他の三人にはまねできない多数の魔法を開発・習得するに至っていた。
あるいはこの少女の性格は、ある種の学者気質だったのかもしれない。
無論トーリヤの要請もあって、シルファ自身も最低限体を鍛え、運動能力を身に着けるための訓練を日課として続けているが、近接戦闘を好む他の二人と違って、彼女は完全に前世でいうところの魔法使いタイプとして成長しつつある。
(……っていうかこいつの魔法って、もはや俺でもほとんどまねできないしな……)
今もまた、シルファは足をつけた海から海水を抽出し、そこから酸素と水素を分解してそれらの混合ガスを生成して、球体にまとめて射出し、遠隔で点火して爆発させるという複雑な工程の爆発魔法を練習し続けている。
少なくともトーリヤでは、空気を念動力で圧縮して炸裂させることはできても、水を酸素と水素に分解するなどというまねは到底できない。
そもそもの話、この世界の魔法は水や空気など、目に見えたり、あるいは見えずとも肌で、あるいは呼吸などで感じ取ることができる存在に対しては干渉しやすい反面、そうした五感で認識できない存在を対象にすることが難しいのだ。
トーリヤ自身、周囲の空気を丸ごと操ることは難しくないものの、その中に含まれる特定元素だけに限定して操作しようとすると途端に困難にぶち当たる。
これが海水であるならば、熱して蒸発させることで水分と、含まれていた塩などを分離させて別々に採取することはできなくはないが、これとて海水の成分を個別に認識して干渉しているわけではない、いうなれば科学実験の延長で行っているだけの話だ。
これは何もトーリヤだけではない、レイフトやエルセにも共通した話であるのだが、そんな中でシルファだけが、いかなる方法、あるいは感覚をもってしてか、空気や水に含まれる酸素だけを個別に操作する奇妙な技能を獲得していた。
レイフトやエルセに目覚めたような【固有魔法】とはまた違う、というよりシルファの【固有魔法】はこれとは別に存在しているにもかかわらず、だ。
(あるいは――、あの海竜の討伐に本当にこの三人の力を借りるのもあり、か……?)
トーリヤがこの生贄として船に乗せられ、海竜に襲われてこの島に漂着したのが転生して五年目の四歳のころだった。
現在は転生して八年目。トーリヤが夏の生まれで、今はまだ春だから年齢的には六歳だが、あと地球換算で三か月ほどでトーリヤは七歳を迎え、魔王襲来の目安と見ている十年目の誕生日まで、残り時間はいよいよ二年に迫ることとなる。
このうち最後の一年については、いくら何でも人類社会で何の準備もできぬまま魔王の襲来を迎えるわけにはいかないため、最低でも来年にはこの島を脱出し、残る一年を最後の準備のための期間に割り当てたいところだったのだが、そんな思惑に反して現在のトーリヤは、海竜の討伐に手が届いているとは言い難い状態だ。
(問題なのは、こちらの攻撃力の不足……。なにしろ地球だと最大級だったメガロドンだのモササウルスだのに噛みつかせても体が大きすぎて致命傷にならないってんだからな……。
しかも魔法染みた何かの力で遠距離からものすごい速度で突っ込んでくるせいで、こっちが接近する前に襲われて先手を取られやすいときてる……)
現在のトーリヤは、あの巨大な怪物を仕留められるだけの攻撃力を求めて実験を行っているが、現状殺傷能力という意味ではシルファの爆発や、レイフトの【来光斬】を超えるような魔法などは編み出せていない。
そうなると、トーリヤの攻撃手段の中でもっとも威力が高いのは巨大生物による捕食や体当たりなどになる訳だが、ここで相手にしているのはそれら地球産の巨大生物すらも超越したけた外れの超巨大生物なのだ。
一応のからめ手として、襲っても食らえるエサにならない分身を断続的にぶつけて、エネルギーを消費させながら食事を断つという、兵糧攻めに近い作戦を仕掛けたことがあったが、どれだけ続けてもあの海竜は餓死するどころか痩せていく様子すら見られず、結局無駄と判断して作戦そのものは打ち切られることとなった。
その後、トーリヤも直接的な攻撃手段でより威力の高いものを求めていくつかの研究を続けているが、どれも現状では結実のめどが立っていない。
(いや、威力や規模の不足というなら、別にあの二人だって海竜を倒せるほどの攻撃力に届いているわけじゃない……。シルファの魔法は研究しだいでさらに火力は出せそうだが現状だとまだ不足……。
レイの【来光斬】は切断能力こそ高いが、現状だと刀身の長さが圧倒的に足りていない……)
レイフトの発現させた固有魔法【来光斬】は、端的に言ってしまえばなんでも斬れる光の剣だ。
ここでいう“なんでも”というのは“この島で確認できるものはなんでも”という意味で、生えた草から相応の太さを持つ樹木に始まり、岩石や金属、果ては生物の体構造を再現した分身たちにいたるまで、レイフトの生成する光の刃は本人の言うところの「軽い手ごたえと」共に試したあらゆるものを切断するに至っていた。
とはいえこの魔法、なんでも斬れるとは言っても展開されるその刀身の長さを超えるものはさすがに斬れないため、現状では規格外の巨体を持つあの海竜を殺しうるものではない、のだが――。
(さっきもマンモス相手にやってたけど、最近あいつ瞬間的に光の刀身を伸ばせるようになってるんだよな……。あの魔法が切れ味を落とさぬままビルみたいな海竜をぶった斬れる規模にまで大きくできるなら、あるいは――)
無論攻撃手段を用意しただけで、あの巨大かつ高速移動可能な海竜を、相手のホームグラウンドである海上で討伐できるかといえばそれは否だが、実のところ攻撃手段さえ用意できるなら現状トーリヤ達にもアレに勝てるだけの目はある。
トーリヤとて、この三年間別に遊んでいたわけではないのだ。
少なくとも足りないピースがそろえば討伐の算段が建てられるくらいには、すでにあの怪物についてはつけ入る隙もその生態についても一定の調査が済んでいる。
(……もし仮に、二人の能力を戦力に組み込むとしたら――。シルファはともかくレイフトの場合どう接近するか――。その場合安全確保のためにエルセと組ませて――、けどのその場合は――。……、……)
あれこれと戦術を考えて、それによって自身が子供らの存在を現実的な戦力として考え始めていることを自覚して、トーリヤは一度思考を打ち切り、胸の内で渦巻くようだった息を吐く。
いい加減、考えておくべきかもしれないとそう思った。
トーリヤ自身にその気がなくとも、すでに当の三人にその気がある以上、これ以上目をそらすことなく。
若いという以上に幼い、それこそ最年長のレイフトでも現在十二歳という、あまりにも低い年齢体の子供らの力を、それでも借り受けるその選択肢を。
いくら強く育ったとはいえ、命の危険が付きまとう戦いに、それでも駆り出すその意味と共に。
恐らくはすでに、子供ら自身はとっくにそのつもりで動き出しているのだから。
なおこの日、シルファの起こした予想以上の爆発により、本体のトーリヤと生身のシルファはそろって命を落としかけ、以降この手の実験にはエルセが立ち会い、彼女の防御能力を頼みとして安全確保が行われるようになる。
これについては、一歩間違えれば命にかかわっていたかもしれない明確な失敗であり――。
そして、この時からさらに一年と三か月後、トーリヤはこの時に転換した方針通りで四人がかりで海竜へと挑み、そして予想を超えて力をつけた三人の子供らの手によって、海竜が討伐される光景を見ることとなった。
こちらについては果たして成功と見るべきか、あるいは失敗に当たるのかは、それこそトーリヤの中でしか問題にならない別の話。




