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四年目(目前)・春 成長の過程(前)

 この島に流されてからというもの、トーリヤの【生体出力】による分身たちの使用用途は多岐にわたる。


 もともと村にいた時は、周囲の村人の目を気にして大っぴらな能力の検証すらできていなかったトーリヤだが、皮肉にもこうして人間社会から追放されてしまったことで自制する必要がなくなってしまい、村にいたころにはできなかった派手な能力の使い方や検証・実験が思うままにできるようになってしまった。


 加えて、島に流された者たちはトーリヤ以外全員子供で、かく言うトーリヤ自身も肉体年齢的には当時四歳の女児である。


 大人のいない環境下、生きる糧を得ることにすら事欠く状況で能力の出し惜しみなどできようはずもなく、結果としてトーリヤはこの島での生活において、食料の調達手段である狩猟と採集、農業などから、生活基盤を整えるための工作や工事、料理などの家事に加え、果てはトーリヤ自身の各種研究にいたるまで、あらゆることを分身たちを用いた人海戦術で行うようになっていた。


 そうした人数によるごり押しという通常できない手段が取れたことも相まって、子供四人で無人島に流されるという極限状態でのサバイバルにしては思いのほか快適な生活を送っていたトーリヤだったが、昨今はそうしたこれまでの運用に加え、別の用途での使用頻度も高くなっていた。


「――ハァ……、ふぅ……、ああ……、きつかった……!!」


 地面へとへたり込み、荒い息を吐くレイフトの姿に、トーリヤは閉じていた目を空けて近づきながら呆れの混じった表情で歩み寄る。


「よく言うよ……。いやまあ、きついにはきついんだろうけど――、それでもなぁ……」


 訓練に付き合う関係から、大人の男の分身の高い視点であたりを見回して、トーリヤは改めて周囲の広場、その足元の踏み荒らされた地面やなぎ倒された草などの派手な周辺被害を確認する。


 とはいえ、この場所自体は元々訓練用に切り開いた広場のような場所だ。


 折れた草なども春を迎えたことで広場に侵食してきた植物であり、もう少し成長してきたら刈り取る必要があると考えていたようなもので、それ以上の被害については、もっとずっと前に樹木が倒れるなどの形で被害が出終えている。


 それはそうだろう。なにしろ今レイフトがこうして息を切らしている理由というのは――。


「――まさか一人でこの分身まで倒すとは……」


 付近の地面に先ほどまで倒れていた分身、すでに消失したマンモスの巨体を思い出し、トーリヤは自分の育てた子供たちがどんどん超人的な存在になっている事実にひそかに感嘆する。


 四歳というまだ世間に触れる前の年齢で人類文明から切り離されてしまったためこの世界の人間が一般的にどの程度強いのかは定かではないが、たかだか十二歳の少年が自分よりもはるかに大きいマンモスを相手に立ち回ってそれを打倒するというのはさすがに常識はずれなのではあるまいか。


 少なくとも、トーリヤが三人から聞き出した強い人間の定義は狼程度の猛獣を危なげなく狩れる程度の強さだったはずなのだ。


 無論そうして話を聞いた三人にしても、そもそもが田舎の村の年端もいかない子供であるため世間一般の強い人間というのを知らなかった可能性は高いし、トーリヤがここまで研究してきた魔法、その性能を考えた場合もっと戦える人間がいてもおかしくはないと思っている。

だが、それを踏まえても……。


「そっち、終わった?」


 そうして考え込むトーリヤのその耳に、少し離れた場所で魔法の練習をしていたエルセが待っていたようにこちらへ向かって歩み寄ってくる。


 今行っている訓練、端的に言えばトーリヤが生み出す様々な生物の分身と戦い、それを殺しきるという物騒な訓練は、元々レイフトではなくエルセの要望に応える形で始まったものだった。


 本土にいたころに野犬に襲われ、その右腕を噛まれて重傷を負い、今もその右腕を満足に動かせない後遺症が残っているエルセという少女。


 そんな彼女が、満足に体を動かせるまでに回復した後、強くなるという目標のために最初に目指した一つの指標が、自身に大けがを負わせた野犬を相手に怪我を負うことなく勝てるようになることだったのである。


 当初から薄々感じていたことではあるが、このエルセという少女はかなり負けず嫌いな性格だ。


 否、正確には単純に負けず嫌いというだけでなく、なんというか負けた後の方が燃える性格であるとでも言えばいいのか。


 右腕のけがを負った時も、彼女はとっさに持っていた刃物を自身の右腕に食らいつく野犬の眼球に突き立てて、死に物狂いでその脳をえぐって命を絶っていたらしいのだが、彼女の中では右腕の負傷は敗北とカウントされていたらしく、同じような野犬を相手に勝てるようになる、いわばリベンジを最初の目標として設定してきたのである。


 そして幸いなことに、と言っていいのか。

 彼女のそばにはトーリヤがおり、その身には様々な生物を分身として生み出せる【生体出力】という異能があった。


 前世が日本人だったこともあり、生物を殺す練習をするというその内容には思うところがあったが、さしものトーリヤもこの世界におけるそうした技能の重要性は理解していたため、当時まだ張り詰めた雰囲気が強かった彼女に自身の技能を提供することにした。


 具体的には、野犬の分身を生成したうえで、まずは一切の抵抗も逃走もせず、エルセにそれを殺す練習をさせる。


 武器に選んだナイフで心臓や脳など急所となる場所を狙い貫く練習をさせ、素振りや筋力トレーニングなどと合わせてまずは無抵抗の獣を的確に殺せるよう訓練を行う。


 その後、安定して殺せるようになってきたら今度は犬の分身が逃げ回るという条件を加え、そこからさらに抵抗し、反撃して来るという条件で練習させて、そうして徐々に難易度を引き上げながら彼女に安全に戦える敵をあてがっていった。


 そうするうち、エルセの始めた訓練にレイフトやシルファも加わるようになり、あてがう獣の条件も全力で戦うのはもちろんのこと、群れを成したり大型生物を相手取るようになったり、徐々にそのバリエーションも多岐にわたるようになっていた。


 先ほどレイフトが戦っていたのも、最後に(・・・)倒されたのが(・・・・・・)マンモスだったというだけで、実際に戦ったのは野犬や猿、ジャイアントシャモや人型といった、複数種類の分身十体からなる混成部隊だ。


 さしものレイフトも、魔法を使う人型分身まで含めた混成部隊の相手はさすがに厳しかったらしく、全てを切り伏せるころには大分疲労していたようだが、逆に言えばそれだけの相手を用意してもこの少年を疲れさせることしかできなかったともいえる。


 そしてそんなレイフトのことを、同じ訓練を受け続けているエルセは相当に意識していたのだろう。


「次は私もお願い」


「オーケー。数は――」


「――レイと同じ十体で」


「……いいけど、動物の構成はお前に合わせてちょっと変えるぞ?」


 前回八体が限界だったにもかかわらず、レイフトに対抗してか十体を希望するエルセに対して、トーリヤは苦笑しながらも事前に考えていた分身を次々と生成し始める。


 とはいえ、動物の構成を変えるというのは何もエルセが戦いやすい相手を選んで、いわば手加減してやろうという意図ではなく、どちらかといえばエルセを負かすための、弱点を突ける動物に変えるためだ。


 素早い動きと【来光斬(サンライザン)】という必殺の攻撃手段を生かして立ち回るレイフトに対して、エルセはどちらかといえば高い防御力が売りでそれを突破しなければ実戦に近い形で設定した勝利条件を満たせない。


 レイフトの場合は大型の分身で一撃入れれば大きなケガまではしなくとも動きを止めることくらいはできるのに対し、【隔意聖域(スペースクラフト)】という鉄壁の装甲を有するエルセの場合、その守りを何らかの形で突破するか、あるいは捕まえて動きを封じたり押しつぶしたりといった形で封殺する形でもなければ勝利と言える形にならないのだ。


(まあ、レイフト以上にうっかりで怪我をさせたり死なせたりする心配がないから遠慮なくいけるとも言えるんだけどな……。こいつの場合本気で負かした方が悔しさをバネにして強くなるし……)


 そうしてエルセを相手取るために大型のものを主軸とした分身軍団を生成し、この場に残る監督役のトーリヤが付近の岩に腰を下ろしたそのタイミングで、そばにいたレイフトが『ああ、そうだ』と何かを思い出したかのように声を漏らす。


「そういやこの前だされてた課題、相手を殺す心配のない対人制圧用の魔法ってやつ、一応いくつかパターンを用意したんだけど――」


「――ん、おう。それなら実験台にする分身を出してやるから――、向こうの演習場で試しててもらっていいか?」


 トーリヤがこの島で切り開いた場所の一つ、今いる場所より若干狭いものの、早い段階から使っているその場所を指さしながら、トーリヤは急ぎ実験台にするための人型分身を用意する。


 そんなトーリヤに対して向けられるのは、しかしどこか困ったような、遠慮というよりも引け目のようなものを感じさせるレイフトの表情だ。


「それは良いんだけどさ……。やっぱ実験はトーちゃんで試すんだな……」


「――まあ、見栄えが最悪なのはわかるけどな。対人用の技を試すなら人間の分身が一番だし、分身なら最悪力加減を誤って致死攻撃になったとしても取り返しがついちゃうから」


 そう言いながら、トーリヤは大人の男性の姿をしたその分身のそばに、新たにトーリヤ本体に酷似した少女の分身を生成する。


 この島に来た頃、あくまでも生物しか生成することができないという【生体出力】の性質から、たとえ人型であろうと裸の状態でしか生成できないという厄介な制約を抱えていたトーリヤの分身だったが、体の一部を服のように纏うという着想から研究を続けた結果、今では着衣とそん色ない外皮、通称【鱗皮服(スケイルウェア)】をまとった分身も当たり前に生成できるようになっていた。


 あくまでそういう身体構造の生物を生み出す形で作っているため服と肉体が背中部分で癒着している、布製品などを作ることができず、動物の皮膚(かわ)に材質が限定されるなどの制約は今も残っているものの、眼前に生み出されたトーリヤ本体に酷似した少女の分身は、首から下を爬虫類の皮膚を思わせるスーツで覆った状態で生成されている。


 足回りも前世のブーツなどを参考に強度のある靴のような構造に設定しており、正直なところ島に残っていたこの世界の衣服や布地をどうにか繕いながらやりくりしているトーリヤ達よりもよっぽど機能的で未来的な服を着ている。


(まあ、材質が皮のせいで通気性が最悪で夏が地獄なんだが――、まあ、そのあたりは毛皮を着られる冬場メリットと表裏一体か……)


 暑さ対策をするなら、それこそ水着のように被覆面積を減らすしかないかと密かに思案していると、生み出されたトーリヤ似の分身を前にレイフトがどこか微妙な表情を見せる。

 まあ、トーリヤ似とはいっても髪の色が赤く肌の色も濃い、いわゆる色違い(カラバリ)的な差異を設定して本体との見分けがつくようにしているのだが。


「――なあ、実験に分身とはいえトーちゃんを使うのはもう今更だから何も言わないけどさ……。せめてその、本体そっくりな分身ってのはやめないか……?」


「……いやまあ、年下の子供にシャレにならない暴力をふるってる気分になるってのは健全な反応だと思うが……。俺としても本体とまったく同じ分身で動く経験を積んどかなくちゃいけないからな……。お前にしても実戦の中で手加減ができるようになってほしいし、俺の組手もかねて付き合ってくれよ」


 手早く髪をまとめて三つ編みにし、近くにおいてあった訓練用に作った木剣の中から短めのものを選んで手にしながら、トーリヤはそう頼みつつ隣の訓練場へと移動する。


 いまだ肉体的には七歳手前の女児でしかなく、本体の脆弱さという問題が解消されていないトーリヤであるが、それでもこの四年間そうした弱点に対して何もしてこなかったという訳ではない。


 島での生活に必要な各種業務や魔法の研究を分身たちに任せ、そうして自由に行動できるようになった本体の方は、他の三人と一緒になって体を鍛え、寝食に気を使って体を作って、虚弱な本体でも最低限の動きができるよう努力を重ねてきていた。


 実際、体格の未熟さゆえにどうしても力不足な部分はあるものの、トーリヤとてレイフトやエルセと同じくらいには剣を振るっているのだ。


 むしろ分身も動員して何倍もの経験を重ねている分、経験値だけなら他の三人よりも多くのものを積み重ねているといえる。


「――さて、やろうか」


 両手で剣を構えて、トーリヤとレイフトは互いに向かい合いながら自身の体に魔法を纏わせる。


 この世界にも前世のフィクションの中にあったような【身体強化】に相当する概念はあるものの、実のところトーリヤ達はこの技術を身体能力を強化するだけのものだとは思っていない。


 検証の結果至った結論としては、どうにもこの技術は身体能力を底上げしているというより、周辺事物(せかい)を任意の形に捻じ曲げ、書き換える魔法を起こす力が、体を動かす意志と連動することで単純な身体能力とは別の力となって上乗せされているようなのだ。


 だから、この世界の【身体強化】は強い力を出そうと思えば魔力によってパワーが底上げされるし、早く動こうとすれば同じく魔力がその速力を後押しする。

 危機的状況化で意識が防御に向けば体が多少頑丈になるようだし、五感に意識を向ければその感覚が鋭敏になる。


 肉体を起点に、それを動かす際の目的や意識に合わせて特殊な法則(まほう)、あるいは(まりょく)が一つ一つの動作を後押しする形で働いている、と言えばいいのか。


そしてそれは、逆に言えばそうした意識をしっかりしなければ強化の効率は落ちるということでもある。


(――たまには本体に近いこの体で、勝つ――!!)


 意を決して地を蹴って、トーリヤはレイフトの側面、剣を握るのとは反対の側から回り込むように全力でもって打ちかかって――。





 ――なお、レイフトが対人・非殺傷を目的に開発した魔法とは剣を軸に電気を纏わせるというもので、言ってしまえば近接戦で防御するだけで相手は感電するというものだった。


 結論から言えば、接近戦を挑む時点で身一つで戦いを挑んだトーリヤに勝ち目はなかった。

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