三年目・夏 水泳授業
トーリヤ達が流された無人島、暫定的に海竜島と名付けたこの島にはそれなりの広さを持った遠浅の浜辺がある。
これはトーリヤ達が最初に流れ着いたあの浜辺で、当時は多数の船の残骸が流れ着いた船の墓場となっていたのだが、使える物資や船の木材の調達などで掃除を行った結果、残骸全てがなくなったわけではないものの、ある程度障害物のない遠浅のプールのような空間を整備することに成功していた。
「はい、という訳では今日は天気も良く水温もぬるいので、全員で水泳の練習をしておこうと思います」
背後に指導役を務める男女の分身を並べ、教える相手となる三人の子供たちを前にしてトーリヤはそう宣言する。
なお、分身たちが全員鱗皮服からなる黒い爬虫類の皮のような水着を着用しているのに対して、目の前の三人、そしてほかならぬトーリヤ自身は水着などには着替えていない。
これは単純に着衣泳を想定しているからというのもあるが、そもそもの問題としてこの島内では水着を用意できなかったからというのがその理由だ。
そもそもの問題として、この閉ざされた島の中では布というものが非常に貴重だ。
素材となる生物の種類が非常に限られているこの島内では羊毛のように潤沢に毛をとれる生き物がいるわけでなく、糸をつむいだり機織りを行ったりといった技術もないため、そもそも新たなに布地を作るということがまずできない。
結果としてトーリヤ達の普段の衣類は、島内にいる生き物から剥いだ皮を加工したものか、あるいは島の洞窟に残されていた、かつての漂流者たちが残していったのだろう衣類の数々を直すかしたものだ。
当然、一から衣類を作る技術など確立できている訳もなく、試行錯誤できる布地の余裕もないため水着のようなものを用意するのはあきらめたという事情がある。
(――まあそもそも、この世界であのレベルの露出の衣服が文化的に受け入れられるかも微妙だしなぁ……)
いくら転生して現在は最年少の幼女になっているとはいっても、トーリヤは本来いい年まで生きた大人の男である。
いくら普段から父親として接しているとはいえ、否、父親として接しているからこそ、子供らに文化的に受け入れられるかもわからない露出の多い服装を進めるというのは心情的にも抵抗があった。
それでなくとも、そろそろレイフトやエルセなどは年齢的に難しい年ごろを迎えるはずなのだからなおさらである。
閑話休題。
「――まあ、とはいえ、そもそも教えるまでもなく泳げるらしい奴も一人いるんだが……」
「――そりゃぁ、まあ、なぁ? そもそも生まれ育った村が海の近くだったし、親父たちだって漁師でこそなかったけど、土地柄的に漁の手伝いをすることはあったくらいだから……」
もとより知っていたことではあるが、メンバーの中でも最年長であるレイフトという少年は普通に泳ぐことができる。
無論、正式に誰かに習ったことがあるという訳ではないようだが、そもそもトーリヤ達が元居た村というのは海の近くで、必然的に子供たちが水遊びに興じたり、親の真似事をして浅瀬で魚や貝をとるようなことも多くあった。
加えて、本人も体を動かすのが好きだったことも相まって、こうして授業という形で教える前から本人ちょくちょく海に入る機会も多くあり、実のところトーリヤが今回水泳教室を主宰したのもレイフトが普通に泳いでいるのに他の二人が泳げないという話を聞いたからである。
「――まあ、レイの場合でも泳ぎ方が我流だし、俺の前世の泳ぎ方を教えるから無駄な時間にはならんだろう。レイの泳ぎって、どっちかっていうと潜水とかそっち方面だし……」
さすがに犬かきでしか泳げないほど不格好なわけではないが、レイフトの泳ぎというのはいわば適当に手足を動かして、望んだ方向に進めるというそれだけの技能だ。
海に潜って魚を取るなど実用的な部分ではそれで十分なのかもしれないが、これを機会に前世でトーリヤが見知っていたような、クロールや背泳ぎ、平泳ぎやバタフライといった早く安定して泳ぐ泳法を教えておくのも悪くない。
「――んで、シルファだが……。お前の場合はまず水に顔をつける練習かりゃ始めなくちゃだな」
「……んぅぅ……、がんばる……」
もとより運動全般あまり好きではないシルファだったが、案の定というか昨日確かめた感じではそれほど泳ぐ能力は高くないようだった。
というより、村にいたころからそもそもシルファは泳いだ経験自体がなかったらしく、唯一海に入ったのがこの島に流れ着く際の、トーリヤの分身たるイルカにしがみ付いてのあの時が初めてというありさまだった。
そんなわけで、シルファの場合はひとまず水になれるところから始めるべく、事前に生成しておいた女性型の分身と共に海へと向かっていったのだが、問題なのは最後に残った一人の方だった。
「――それで、これって私もやるのよね?」
「――ああ。まあ、お前の場合は――」
無理にとは言わない、と、そう言いかけて、しかしトーリヤは思い直して目の前の少女、今だ負傷の後遺症で右腕を吊った状態のエルセに己の決断を告げることにする。
「――おまえの場合は、他の二人と同じという訳にもいかないだろうが、それでもある程度は覚えてもらう」
「……わかった」
トーリヤの言葉にそう返しながら、エルセは右腕を吊る布を外すと、自由になった右腕を持ち上げ、試すようにわずかに動かして見せる。
当人の腕の力で動かしているのではない。それはこの三年間の間に、エルセ自身が練習して身に着けた念動系の魔法の結果だった。
「――それで、あそこで泳いでるレイみたいにやればいいの?」
「いや、どちらかというとおまえの場合もシルファみたいにまず水になれるところからだな。
右腕を念動で動かしている関係上、これからの練習は俺自身手探りでやり方を確立していく必要がある。
だから泳ぐうえでの基本的な動きをひとつづつ覚えて、右手が使えないことで生まれる不都合を一つ一つ解消していく形で泳げるようになっていこう」
そう方針を告げると、トーリヤは本体と、そして同様に生成しておいた女性型分身と共に水へと入り、まずはエルセにバタ足の練習から始めさせる。
そもそもの話をするならば、トーリヤは別に三人を一流の水泳選手にするために泳ぎを教えているわけではない。
これは三年間の間に習得させたほかの技能にも言えることだが、トーリヤが泳ぎを教えているのはこの先の三人の人生において、その技能が役に立つ局面があると考えているからだ。
具体的にはこの海、そこに潜む海竜の討伐と、その後島を脱出して大陸を目指す際。
現状トーリヤの方針としてはあの海に潜む海竜の討伐は分身を全投入して自力で行うつもりでいるのだが、三年の研究でもまだその討伐の手段が見いだせていない状況にある。
これは単純に決め手に欠けていることが理由としてあるのだが、何の因果かつい最近子供たち三人の中でその決め手になりうるかもしれない妙な力が発見されてしまった。
否、正確には三人というより二人で、力も発見されたというより発現したと見るべきなのかもしれないが。
なんにせよ、魔王の襲来が予想される期日まであと三年、その期日までに海竜の討伐が難しければ、あるいは三人の子供たちの力を借りることもあるかもしれない。
それでなくとも、海竜を倒して大陸に戻る際には結局この四人で海を渡ることになるのだ。
方法についてはそこまで心配していないものの、それでも足などまずつかないだろう海を渡る以上、不測の事態に備えて最低限泳げるようにはなっていてもらいたい。
「だから、目指す最低レベルはとりあえず水に投げ出されてもおぼれない程度。自力で安全を確保するべく泳げればなおいいが、極論手足の力を抜いて浮いていられるだけでも構わない」
その点でいうなら、前世の義務教育で水泳を習ったことのあるトーリヤの経験上、一番習得してほしいのは背泳ぎなのだ。
あれならば顔は上を向いているため息継ぎも楽にでき、極論手足を動かさなくても浮いていられるため、昨今水難事故の際に救助を待つために教えられる『浮いて待つ』というのが楽にできるようになる。
その意味でいえば、習得してほしいのはどちらかというと背泳ぎというよりも、その前提となるこの浮く感覚であるというべきか。
「なるほど……。確かに浮くだけなら私でもできる……。あとは右腕以外を使うか、右腕まで使って(・・・・・・・)泳ぐかできるようになれればなおいい、くらいの考えだったわけね」
「――ああ、そうだ。そうなんだが――、これは……」
ある意味では思惑の通り、仰向けになって水に浮かぶエルセの姿を見ながら、しかし思惑通りのその結果にトーリヤはどうしたものかと若干悩む。
その理由は、けがの後遺症を抱えた彼女の右腕。
獣にかまれたことにより動かせなくなり、トーリヤ自身再手術による治療を目標としているその腕が、しかし今この時彼女を浮かせる奇妙な現象の軸となっているからだ。
「――なんか違う。えっと、これ、どうなってるんだ?」
エルセが胸の下あたりに抱えた彼女の右手、どういう訳か水にぬれることなく、まるで見えない浮袋のように彼女の体を浮かせているそれに触れようとして、しかしトーリヤのその手は腕そのものに触れることができずに見えない何かに阻まれる。
決して強く弾かれるわけではない、バリアのように固い感触という訳でもない、けれどそこから先に触れようとする手が進むことのできない、そんな奇妙な感覚と共に。
そしてその感覚に、ほかならぬトーリヤ自身少しではあるが覚えがあった。
「これ、例の念動の障壁だよな? 腕を動かすためにまとった念動力場に空気が巻き込まれて、それが疑似的な浮袋になっている……?」
エルセと、もう一人レイフトの二人は、ここ最近魔法関係で一つ大きな成長を遂げている。
それはこれまでトーリヤやシルファが魔法を使う際に接続していた、四人の間では暫定的に【シン域】と呼ばれている領域。
この世界のどこにあるのかもわからない、ただ感覚としてあると実感でき、そして魔法発動の際に意識をつなぐことで、周辺世界に意識をつなぐ従来の魔法よりも強い力で干渉できるその“どこか”へと、エルセとレイフトの二人もついにつながることに成功したのだ。
成功して、そして同時に奇妙な力を身に着けた。
ここ最近その分析に費やすことになり、あるいは海竜討伐に役立つかもしれないと目され出した力。
その一端こそが今エルセの腕を包み、その動きを補助するとともに浮袋のような奇妙な現象を起こしているものの正体だ。
(いやまあ、正体っていうか正体がよくわからない力でもあるんだが……)
一見すると体の周りに障壁を張る能力のようではあるのだが、エルセのそれはどうやら念動系の力場がエルセ自身の設定した対象を体の外に弾くような原理で成立しているらしい。
その性質もあってか、エルセはこの能力に目覚めて以降、もとから練習していた念動による腕の操作性能が飛躍的に向上していたわけだが、それに加えて今回体の周りに空気を押しとどめる層のようなものを形成していることも判明してしまった。
「――いや、これは、どっちなんだ? 空気を身にまとった状態になっているから浮き輪代わりになって浮いているのか、念動力場が水を弾いて起きている現象なのか……」
「それよりこれ、私自身の力で浮いていることになるの?」
「――うーん、いや、水泳としては間違ってるのかもだけど、今やってるのっていざというとき溺れないための訓練だし……。
ちなみに負担感みたいなのはあるのか? 疲れやすくて魔法なしで浮いてる方がましっていうなら困るし、同じ状態を長時間維持できた方がいい部分もあるんだが……」
「――負担、は気になるほど感じてない。まあ、浮くのが腕だけだからそれにつかまる必要はあるけど――」
「……ちなみにこれ、全身包んだらどうなる?」
「……やってみる」
お互いに当初の趣旨から外れ始めているのを自覚しながら、それでも一応の検証を兼ねてトーリヤの指示をエルセが実行する。
すると案の定、エルセの体の周りに空気でできた膜のようなものができて、その全身が水から離れて水の上へと浮き始める。
「見事に浮いたな……。内部の状況はどうだ? 負担感とかはあるか?」
「その辺はやっぱり大丈夫。しいて言うなら油断するとひっくり返りそうなことくら――、ンィッ――!!」
検証のため会話していたエルセが、いつの間にか犬かきで泳いできたシルファにわき腹をつつかれて悲鳴を上げて悲鳴を上げる。
「――あ、今回は触れた」
それに対して、それを成したシルファが漏らすのはそんな感想。
そう、悲鳴が上がるということは、それは念動力場で全身を包んだエルセの体に彼女は触れることができたということだ。
「やっぱりこの念動力場、弾くものを選別してるな……。さっきから水は弾いてるのに不意打ちのシルファは普通に触れる……」
「――んぅ。他の人でも、意識してないと触れる、よね……。それも大抵、人が触るとき……」
つつかれた驚きでバランスを崩し、うつぶせの体勢になってぷかぷかと水上に浮かぶエルセの体を指先でつつき、心なしか強く念動力場に弾かれながら、シルファが興味深げにそう分析し続ける。
そんな時間がしばし続いて、トーリヤが『あれ?』と思ったその瞬間、まるで同じことに気づいたと言わんばかりにエルセが勢いよく顔を上げる。
「――というかこれ、空気を体の周りにとどめているせいなのかしら、息ができるわね……。顔も水にぬれないし、水中の様子もよく見える……」
「マジで?」
考えてみれば、空気を自分の周囲に固めて外界と遮断しているということは、エルセの体はいわば潜水スーツに包まれたような状態になっていると考えるべきだ。
否、これはむしろ潜水スーツというよりも、どちらかといえば宇宙服に近いというべきか。
「まあ、水に浮いちゃうのは少し不便といえば不便だが……。ああいう宇宙服とかって水中で疑似無重力みたいな訓練もするんだよな……。そういうときってどうやって水中に沈んでるんだっけ……?」
「体にまとう空気の量を減らして、その分体を重くしたり――、念動系の魔法で上から抑えるとかすれば沈める……?」
「……まあ、やってみるけど」
なんとなく趣旨が変わってきていることに想うところはあるようだったが、それでも重要な検証であることは理解しているのかエルセがシルファの提案に乗って自身のまとう念動力場を調整する。
直後、空気が抜けたのか体と周りの水との間の空間が目に見えて狭くなって、同時にエルセの体が水上に浮いた状態から徐々に体部分だけ水中へと沈んでいく。
「……うん。これなら頭の周りだけ空気を残しておいて、念動で上から抑えるようにすれば水の中にも潜れるかも」
「……まあ、今日の主目的はあくまでも溺れないようになることだから、潜水までする必要はないんだが……」
「でも、レイはやってるし。……負けない」
(相変わらず張り合うなぁ……)
本人がどこまで自覚しているのかは不明だが、エルセは何かというと年の近いレイフトに張り合おうとする傾向がある。
別段仲が悪いという訳ではない。それどころか、訓練や勉学などを共にする機会も多いこの二人には一定以上の信頼関係すら感じるのだが、それはそれとしてエルセにはレイフトに対して一方的にライバル意識を抱いている節があるのだ。
(まあ、それがモチベーションになってるならそれもいいんだけど)
若干趣旨から外れる潜水にしても、水に慣れておくことでいざ水に落ちても冷静に対処できるようになるならそれでいいと考え、ひとまずトーリヤはこの二人の隙にさせておくことにする。
(――ん?)
そんなスタンスの元、しばらく水泳の練習からエルセの能力、恐らくは固有魔法とでも呼ぶべきものの検証に移ってしまった二人の様子を眺めていたトーリヤは、ふと分身越しの感覚でそれに気付く。
姿かたちは違えども、すべて同じトーリヤである本体と分身が見守る中、水中に没した二人のもとへと同じ水中からそれが近づいて――。
「――ッぅ!!」
直後、うまく沈んでいたエルセが勢いよく水中から飛び出してきて、直後にそれを追ってシルファと、そして密かに背後から潜水で忍び寄っていたレイフトが水上へと浮かび上がってくる。
「はっは、確かに水は弾けてるのに人間の接触には無防備みたいだ――、アデッ――」
恐らくは先ほどシルファがやっているのを見て同じようなことをやりたくなったのだろう。
水中から背後に忍び寄り、不意討ちで背中に触れたらしいレイフトが、しかし次の瞬間周囲の水と共に見えない壁のようなものに弾かれて水中へとひっくり返る。
「ちょッ、なんだよ――、そんな怒らなくても――、アブッ――!!」
「――うる、さい……!!」
水中から再び顔を出し、自身をなだめようとするレイフトたいして、エルセはいつも通りにあまり表情を変えぬまま、しかし心なしか耳を赤くして、左手にまとわせた念動によって大量の水を浴びせかける。
対するレイフトの方も負けじと水をかけ返しているが、その水は念動力場に覆われたエルセには一滴たりとも届かない。
それどころか、レイフトのかける水は他の海水よりエルセから遠い場所で阻まれていて、二人の水の掛け合いはエルセの側が反撃を防ぎつつ大量の海水を叩きつける一方的なものとなっていた。
「――ぁ、今度は背中側も、しっかり触れなくなってる……」
「シルファおまえ……。いや、まあ、必要な検証ではあるけど」
エルセがレイフトへの報復に夢中になった隙に、背中側から不意打ちを仕掛けようとしたシルファが、しかしそのかなり前の段階で念動力場に阻まれ、見えない壁のようになったそれをペタペタと触って確認していく。
(しかしこうしてみると、この念動力場そのものがなんだか可視化されたパーソナルスペースみたいだな……)
思いつつ、トーリヤはこの辺りがエルセに芽生えたこの魔法の命名の着想にならないかとしばし吟味する。
この二人の固有魔法に限った話ではないのだが、島での研鑽の中で開発された魔法には、基本的にトーリヤが名前を付けている。
これは便宜上の問題という以外にも、名前とイメージが結びつく関係上、魔法に名前があった方が言葉からの連想でイメージを補助しやすいという一つの工夫だ。
とはいえ、戦闘を想定した際口にした言葉から手の内がバレてはまずいため、それを避けるために名前にはすべて前世の言葉を使用して、それ故に命名は基本的にトーリヤの役割となっており、今回の二人の固有魔法についても二人の要望を取り入れながらトーリヤが名前を考えていた。
このうち、レイフトの方はすでに決まっている。
レイフトに芽生えた固有魔法、【来光斬】は効果がわかりやすかったうえに本人の中でのイメージも明瞭だったため、それらをもとにトーリヤが前世の言葉を思いつくそばから上げていき、レイフトがその中から気に入ったものを選んで組み合わせることで現在の名前へと至った。
一方で、エルセについては能力の詳細が分析しきれていなかったうえに、本人が名称にあまり頓着しなかったため、検証を優先して命名が後回しになっていたのだ。
(名前のネタについてもそれなりに集まってるし、そのあたり後でまた本人と話してみるか……)
目のまえの光景を眺めながら、トーリヤがのんきにそんなことを考えていると、ほとんど一方的に大量の海水をかけられることになっていたレイフトが堪り兼ねたように叫びをあげる。
「――ぶぁっ、ちょ、悪かったって……。そこまで起こらなくても――」
「いや、今のはお前が悪いだろ」
「シルファの時はそんなに怒ってなかったじゃん……!!」
年相応の少年らしいデリカシーの無さを発揮するレイフトに、トーリヤはかつて少年だった身として『同性なら許されても男だと許されないこともあるのだ』と心中でそう独り言ちる。
そのあたりを、果たしてどこまで語り聞かせるべきかと親として頭を悩ますその眼前で、気が済むまで止まらないだろうエルセが念動を駆使して大量の水を叩きつける。
その後、途中からわき道にそれていたエルセやシルファも、とりあえず溺れない程度には泳ぎを習得し、その夏の水泳授業は一定の成果を上げることとなった。
それと並行して、トーリヤはエルセの発現させた固有魔法に一つの名前を付けることになる。
【隔意聖域】という、エルセの魔法に抱いた印象、その全てを集約したそんな名前を。




