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一年目・冬(夜)

 この島でのトーリヤ達の生活パターンについて、朝のジョギングや三度の食事、就寝時間といった生活パターンはある程度決まっているが、実のところそれ以外の予定については日によってまちまちだ。


 一応トーリヤ自身の方針として、島を脱出して人類社会で生存していくために文武両道の授業や訓練を行っているわけだが、それ以外にも魔法の研究開発や、あるいは料理をはじめとする生活(サバイバル)技術についても模索し、習得の道が探られている。


 とはいえだ、実のところこの魔法や生活(サバイバル)技術については、他の二つ以上にトーリヤの中で手探りのところが大きい。

 無論他の二つについてもかなり手探りな部分はあるのだが、前世の経験や知識が大きくいかせる前者二つに対して、後者二つはそれら前世の知識が役に立たない部分の比率が大きく、この世界で得たなけなしの知識を駆使して研究開発の部分が大きくなるのだ。


 それこそ、前世の世界では想像の産物でしかなかった魔法はもちろんのこと。


 生活能力についても、前世での経験がどれだけあっても、そもそもこの世界では調理器具や材料からしてそろわないという事態がとにかく多い。


(――まあ、前世でカレー作った経験はあっても、こっちにはそもそもカレールーはもちろんまともな包丁すらないからな……)


 この洞窟内で見つけたナイフ、やり方を知っていたレイフトの指導の下どうにか使えるレベルにまで研いで磨き上げたそれを使って、トーリヤは昼間の内に分身を使ってとってきた魚を前世のそれより使いにくい刃物を駆使して若干もたつきながらもさばいていく。


 朝食や昼食こそ起き抜けだったりそもそも材料がなかったりで簡素な食事で済ませていたトーリヤだったが、その分というべきか夕食については多少なりとも手の込んだものを作る傾向があった。


 捌いた魚の骨でだしを取り、そこにぶつ切りにした魚と、そして塩漬けにしておいた野菜を加えて鍋かすまし汁のようなものを作り上げる。


 この島に流される前の段階で、分身を介してこの世界の人々の生活を観察し、食材の保存や加工の様子を見ていたのだけは幸いだった。


 おかげでトーリヤは仕留めた動物や見つけた野草、かつてこの島にいた先住者が残して野生化していた野菜などをどうにか解体・加工して、主に海水から抽出した塩に付け込むことでとりあえずではあるが冬を越せるだけの食材を蓄えていた。


 無論、トーリヤ自身前の世界でもこの世界でも経験のない作業を見よう見まねで行ったため失敗することも多かったが、分身によって確保した物量とそれによる試行回数、あとは多少なりともすでに教わっていた三人の知識や経験を結集することでかろうじて食材の保存は成功した。


 だが一方で、この世界の人間に学び、三人の子らの知識を結集してもできたのはかろうじて食材の保存までだ。


 どうやらこの世界の文明レベルではまだそれほど料理文化というものは発達していないらしく、今生での四年間でトーリヤが口にしてきた食事も幼児向けという以上にその味は大雑把で、共に生活することになった三人の子供たちも食事の味についてはさほど頓着していないようだった。


 ただ一人、前世でグルメとまではいわないまでも、それなりに食文化が発展した世界で過ごし、転生してなお舌が肥えてしまっていたトーリヤを除いては。


「さあ、おあがりなさい……!!」


「「「いただきます」」」


 部屋の中心にある焚火の上に鍋を吊るし、その中で煮込んだ魚と野菜の知る者に加えて、最近ようやくうまく炊けるようになった麦飯を合わせてかろうじて夕食の形を整える。


 トーリヤが教えた前世の習慣を四人で踏襲し、鍋の中身を器によそって四人での食事を開始する。


 朝昼に食べていたそれとは明確に違う、未熟で稚拙ながらも明確に料理といえるそれらに対して四人の反応は――。


「ぉ――」


「んぅ――」


「……いい」


 レイフトが、シルファが、そしてエルセが。

 三者が三様にほおを緩めて、トーリヤが作って使い方を教えた箸を使って目の前の食事に舌鼓を打つ。


 とはいえ、それを見るトーリヤはといえば、口に運ぶその食事に必ずしも満足してはいなかった。


(うーん……、ここのところの思考錯誤で多少マシになったとはいえ、やっぱりあっちの世界のものに比べるとなぁ……)


 単純にトーリヤの腕が未熟というのもあるのだろうが、それ以上にそもそも使える材料の類が少なすぎるのだ。


 現状でも、トーリヤが使える食材は島でとれる肉や魚と野草の類、あとは恐らく難破船の積み荷だったのだろう麦をはじめとしたいくつかの作物、野菜のみ。

 より深刻なのは調味料で、現状では海水から魔法を使って水分を蒸発させることで生成した塩くらいしかないのだ。


 前世において調味料の代名詞だった味噌や醤油などそもそも材料の段階から存在していないし、家畜の類もいないため乳を絞って乳製品を作ることも現状できそうにない。


 しいて言うなら卵くらいであれば、この島にはジャイアントシャモをはじめとするそれなりの大きさの鳥が何種類かいるため、それらが産んだ卵を盗み出す形である程度手に入るのだが。


(まあ、まだ始めたばっかりなんだ。春が来て本格的に農作物の増産ができるようになれば、ある程度食材の量を気にせず色々試せるようにもなるだろう)


 四人で食事を終えて片づけを当番のエルセとシルファに任せ、トーリヤは二人が先日開発したばかりの水を使った洗浄魔法で食器を洗うのを見ながら、隣で同じ魔法の練習をするレイフトの様子をまずは黙って観察する。


 前世の知識をこの世界の文字知識などと合わせて教える学業。

テレビなどをはじめとする各種メディアで語られていた程度のスポーツ医学の知識で、まず体を鍛えるところから始めている戦闘訓練。

そして材料の乏しさに四苦八苦しながらも前世の知識で何とか試行錯誤している料理と違い、前世の世界になかった魔法関係の研究開発はほとんどがトーリヤ達の独学だ。


 一応発想程度なら持ち込む余地もあるし、トーリヤの場合転生特典としてもらった能力に助けられている部分もあるが、訓練方法などを教えてくれる人間がいない関係上、トーリヤ達は村にいた時に大人から習った最低限の知識や、島内の書庫に残されていた関連書籍の知識をひも解くなどして、独力で自分たちの魔法を開発しなければならない状況に置かれている。


 そのせいと、そう言ってしまっていいのかは不明だが、島の来てからこの半年で、四人の中での魔法能力には一定の差異が生まれてしまっていた。


「とりあえず、水をボール……、これくらいの球の形に収めて、こう、手の中に収めりゅ感じでやってみよう。そのうえで、まずはゆっくりでいいから渦巻くように回転させて――」


「――と、と。ああ、確かに……、手で包むとそのうちに収めるイメージがしやすい、か……!!」


 徐々に回転の速度を上げたことで、若干周囲に手の中で操る水をこぼしながら、レイフトはその手の中の水を球体状にし、その中で渦巻かせるように操作する。


この世界の魔法はイメージ出来れば理論上何でも出来る万能の異能だが、当然というべきかそれはあくまで理屈の上での話で、現実はそこまでうまい話ではない。

術者の力量によって規模や起こせる現象に限界があるのはもちろんだが、そもそも望む現象をうまくイメージできるかについても人によって限界というものがある。


そうした事情ゆえに、この世界の人々はまず目の前にある物体を動かすという、比較的イメージしやすい念動系の魔法を基礎として練習をはじめ、その中でも事故の起こりにくい水を対象にした練習を重ねることで、ある種の水魔法的なものから習得していく練習過程を経ることになる、らしい。


とはいえ、体系化された教育システムが整備されていないこの世界において、人々の間で常識として広まっている魔法のレベルというのはそのあたりが限界だ。


無論火種の代わりになる発火系の魔法のような別系統の常識的魔法だったり、感覚的に使えてしまうが故にレベルを問わなければ一定数の人間が使えてしまう魔法、それらの魔法を独自に発展させた個人技に近い魔法などはそれなりに存在しているようだが、ある程度の練習方法が確立されていて言語と同じレベルで浸透している魔法となるとこの辺りまでになる。


 水の収集や、生活用水の生成くらいであればだれでもできるが、水のろ過による安全な飲み水の生成や、あるいは水を操ることによる特定の作業となってくるとできる者とできない者が出始める。


 それこそ、肉体を起点にした魔法であれば四人の中で誰よりも抜きんでているレイフトが、水流の操作によって汚れを落とす洗い物用の生活魔法に苦戦しているように。


「そう、念動で水球の外周部と、食器を同時に抑えるようにして――、あとは内部で渦巻かせた水流の、その流れを汚れの場所に押し付けて……」


「――っ、ちょ、水を球体に維持したまんま内側でってのがむずいんだよ……。どっちか一つならまだしも、――ああ、けど球体に維持してないと水が飛び散るし……」



「――うぅん……。レイの場合、水を集める工程については問題なく出来てりゅけど、それを操作する感覚がうまくいってない感じだな……。いや――、これは……。ひょっとしてお前、水球の維持と渦の水流操作を同時にやってないか……?」


「いやだからそうしろって話だろ? どちらか片方だと水とか中に入れた皿だとかが吹っ飛んだり、ただ水の塊を維持してそこに付けてるだけになっちまうじゃん」


「そうじゃなくてさ――。あー、アレだ、料理で刃物つかうときとかに左手で抑えて右手で切りゅみたいなもんだよ。そうだな、いっそ両手で別々に動かすイメージでやってみろ。左手で、そう、下から支えりゅようにして水球と皿を固定して、右手で中身をかき回す……」


 念動で操った水球を下から支えるように両手で構えるレイフトに対し、トーリヤはもしやと思いながら同じ魔法に対して、左手で下から支えるようにしながら右手を上からかぶせるようにして、内部の水をかき回すように動かし、やり方を示して見せる。


「――ぉ、――ぉお……。確かにこれなら――、ちょっと不安定、だけど……!!」


「あとは、慣れるまでは指先でこう、回すようにしてかき回す動きのイメージを補強すりゅといいかもしれない。特にレイの場合、念動でも体の動きと連動させた方がうまく動かせてる節がありゅし」


 水球の上で指をくるくると回し、その動きに連動させて内部の水をかき混ぜながら、トーリヤはこの魔法という技術に対して実際に試す中での知見を得たような感覚を得る。


 この魔法という技能が真実イメージによって成り立っているというなら、こうしたイメージを補助する工夫というものも思いのほか大きな意味を持ってくるかもしれない。


 それこそ体の動きに連動させる今回の工夫もそうだし、あらかじめ特定の言葉で特定のイメージを連想できるように訓練しておけば、よくあるファンタジー物における呪文詠唱のような技法も実際に有効な手法(テクニック)ということになってくるかもしれない。


(一度成功させてしまえば次回以降はイメージもしやすくなるだろうし、反復練習を重ねれば手癖感覚で発動させることも理論上は可能――か? 成功体験が重要になってくるなら、ひとまずできることからのアプローチで完成形にこぎつけて、そこから発動条件を省略していくやり方のほうがいいかもしれない)


 イメージやそれを形作る脳の使い方が重要な意味を持ってくるなら、思っていたのとは別の方向で前世の経験が生きてくるかもしれない。


そんなことを考えながら、同時にトーリヤは心中で密かにレイフトがうまく魔法を使いこなせたことに安堵する。


 今後の生活や衛生観念の面で考えても、水を使った生活魔法の開発と習得は恐らく必須だ。


 前世の生活環境を参考にしても、これができるかどうかで冗談抜きに生活レベルが大きく変わってくる。

 なにしろここは水道など望めぬ無人島で、現状トーリヤ達は風呂に入ることすらままならなない身の上なのだ。

 トーリヤが転生者であることを明かし、自由に魔法を使えるようになったことで、水の塊に体をつっこんで洗うという村にすらなかった入浴方法が開発されたわけだが、これだっていつまでもトーリヤが全員面倒を見て洗ってやるわけにもいかない。


(特に俺なんて、前世男の現女児と来てるからな……。思春期迎えるまでには自力でこれを使えるようになってもらわないと……)


 男女どちらにとっても異性と呼べる存在になってしまった自身の境遇を顧みながら、同時に思うのはこの魔法という技能の便利さと不便さだ。


 水道や機械など、文明の利器がなくてもそれ等を使ったのと同じ仕事がこなせてしまう魔法は確かに便利だが、一方でその便利さを支えているのは完全なる個人技だ。

 人によって適性やうまく扱える発動手法も異なるこの世界の魔法で、誰でも使える魔法を開発するのは相当に難しく、そのくせ使える魔法によって|生活のレベルや質(QOL)が如実に左右されてしまう。


 あるいは前世のファンタジー物にあったような、魔道具的な物品が存在していれば話は変わってくるのかもしれないが。


(――そういえば書庫の本にもそれ系の記載があるモノはなかったな)


 単純に魔道具のような物品が存在していないのか、あるいはそれらの情報を扱った本がこの島まで流れつかなかっただけなのか。


 魔法の性質を考えると、そもそも存在していないという可能性は低いものとも思えず、だとすればそれこそ水系の魔法を極めておけば、将来食べていくには困らないようになれるかもしれない。


(――まあ、それはあくまで平穏な未来が訪れるならの話だが)


 人間社会で食べていくのに不自由しなくなるためには、まずその人間社会に存続してもらわねばならないというのは当然の話だ。


 普通ならしなくていい心配も、あと数年で『魔王』なる存在が襲来するとあってはしないわけにもいかず、そして人類社会に存続してもらうためには今ここでこうしているトーリヤ自身が魔王を倒せる力を身に付けなければならない。


(そのためには、こうして魔法を研究して、って感じだな……)


 すでに何度行ったかわからない、思考を一回りさせて原点に立ち戻るいつもの流れを繰り返して、トーリヤは改めていま目に前にある魔法についての考察を進めていく。


どうせなら湯船につかれるような魔法も欲しいと日本人としての欲求も覚えながら、夜も更けて寝るまでのわずかな時間を魔法の練習と研究に注ぎ込む。






 この世界の冬に眠るにはそれなりの準備というものがいる。


 暖房がわりとなる洞窟中央の焚火が途中で消えないように、けれど必要以上に燃えて火事にならないように薪の状態を調節し、同時にベット代わりにもなる大型犬の分身を必要な数だけ生成していく。


 加えてトーリヤ個人に関していえば、日中の内に島中にばらまいておいた分身たちを用が済んだ者から消していく作業も重要だ。


 分身一体一体が独自の意思と判断能力を持ちながら、根底のどこかで意識や記憶を共有し、その一体一体がトーリヤでもある分身たち。


 基本的に非常に便利極まりない能力ではあるのだが、数少ないデメリットの一つとして本体が就寝する際分身体たちが活動していると、分身たちから流れ込んでくる五感情報が邪魔になってひどく眠りにくくなってしまうというデメリットがある。


 一応、気絶するような危機的状況だったり、疲労がピークに達して眠りにつくような状況だったりすれば分身がいても眠れるのだが、日常的にそんな状況に陥っていては不健康極まりないし、やはり健康的に眠ろうと思うなら眠る前に分身の数を最小限に絞って、残しておく分身も本体共々眠りについておくのが望ましい。


 そうした理由から、暖を取るために必須といっていい大型犬以外の分身をあらかた消して、そのうえで上から毛布代わりの毛皮をかぶって四人そろって眠りにつく。


 とはいえ、四人が四人ともすぐに眠りに落ちるわけでもなく、中央の焚火がわずかに燃える中で行われるのは、トーリヤが父親として一日の最後に行う仕事だ。


「――さて、今夜は何の話をしようか?」


「――あー、俺としては、やっぱ前世であったまんが? とかの話が聞きたい」


「役に立ちそうな話なら何でもいい」


「――えっと、前世の世界のこと、どんな道具があった、とか……」


「……ふぅ、相変わらずバラバラだな……」


 一日の最後にトーリヤが最後にこなす父親としての仕事、それは寝入る前の三人に聞かせる寝物語だ。


 前世の世界でトーリヤ自身が見聞きしてきた情報の内、この世界では一見役に立たなそうな物語や歴史の話、あるいは魔法の開発には役立つかもしれない文明の利器の話や、あるいはそれらから脱線して向こうの文化風習の話に至るまで。


 特にテーマを固定することなく、トーリヤ自身かほかの三人、どちらかが寝付くまでつらつらと語るのが、この娯楽の少ない島の中で数か月暮らす中で芽生えたトーリヤ達の日課だった。


「まあ、そういうことなら、ひとまず昨日の話の続きにでもするか……」


 そうして、緩い意識の中でひとまず最初のテーマを決めて、トーリヤは三人に向けてつらつらと己の頭にある物事を語りだす。


 やがて語る声、問いかける声のどちらかが眠りに落ちるその時まで。

 洞窟の外にも届かぬ声が、更けていく夜の中に消えていく。

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